第8話 ...we'll find ourselves arising stars.

 宇津美うつみの葬儀が終わって、そのまま帰って来た。

 そして帰ってきてから最初に電話をよこしてきたのは、奈留島なるしまだった。耳が早いというか相変わらずセットで考えられているのか、俺が帰郷したあの街でもめて帰ってきたことを栗原くりはらから聞いていたらしく、えらい剣幕だった。


幸多こうた! 喧嘩して帰ってきたって聞いたけど本当なの!?』

「ん、喧嘩ってほどのことじゃねぇよ……」

『栗原くんから大体の事情は聞いたけど、それでももうちょっとやり方あったんじゃないの? そりゃあ、腹が立つのもわかるけど』

「腹なんて立ててねぇけど。別に、ただ何となく、あいつらの言ってることがつまんねぇって思っただけだし」


 死んだ人間の陰口ばかり吐いているやつらの中にいると、俺まで腐っちまいそうな気がした。ただ、それだけだった。あいつらが茶化したりとか、それに奈留島が本気で心配してくれているようなことではない。


「あぁ、クソ」

『幸多?』

 嫌なことを思い出させやがる。もちろん、奈留島にそんなつもりはないのだろうし、そもそもこの気分に奈留島は関係ない。

 この気分の原因は、奈留島でもあいつらでもなく、俺だ。

「とりあえず、電話くれてありがとな」

 だから、奈留島には当たったりしたくない。

「そろそろ寝るわ」

『幸多、』

「心配すんなって。俺は、大丈夫だからさ」

 まだ何か言っていたようだったが、それ以上は聞かずに通話を切った。聞くことなんて、特にない。今夜は、部屋の窓から見える星がとても綺麗だから。

 少しだけ、外に出たくなった。



 夜とはいえ、やはり夏の空気はまとわりつくような熱気をまとっていて息苦しい。昼に比べればまだマシだったが、肌をぬらりと伝う汗が気持ち悪い。夜風も決して冷たくも涼しくもない。

 深夜の公園。

 いるのはたぶん、街路灯に群がって燃え尽きていく羽虫くらいだろうか。

 時々、ジッ、ジジッ、と聞こえる断末魔にもならない音が耳につくが、それ以外はまるで死んだ場所みたいに静かだ。

 見上げた夜空には、相変わらず綺麗な星が素知らぬ顔で輝いていて。

 とっくに死んでいるかもしれない輝き。死にゆくモノが見せる、最期に向かう輝き。悪足掻きと言うなら、それでも構わない。

 俺たちだって、似たようなものなんだから。

 久しぶりに持ち出したアコースティックギターを、昔と同じように抱える。

 まだギリギリ錆び付いてはいない弦をはじき、静かな夜に響く音を確かめる。当然のことながら、あの頃のように自分は天才だとかそんな思い上がりをできるような音ではなかった。

 ただ、それでも少しずつ鳴らし続けるとそれなりの音にも聞こえてきて。だから調子に乗って更に音を重ねる。


 そのうちにも、思い出す。

 こんな風に、ただ思うままにギターを鳴らすのは何年ぶりだったろう。


 中学を出て、あそこよりも少しは都会と言える地域にある全寮制の高校に進学した俺は、休日には路上でライブをしていた。中学の時のようにメンバーが集まるわけでもなく、1人で詞も曲も作っていた。

 理解していたつもりではいた。

 「クロノスタシス」が成功していたように感じたのは、あくまでそれが中学生が中学校のイベントの一環として、そのホームグラウンドの中でっていたからなのだということを。


 だが、思っていたよりも現実というやつは夢だけのガキに厳しくて。

 わかるやつにはわかる。

 そんな風に、半ば意地になってライブを続けた。

 当時の俺には、ガキなりに歌にしたいことはあった。それくらいの感情の昂りを持っていた。そんな歌を作っていたつもりだった。音楽への情熱だって、そこら辺のミュージシャンよりあると自惚れていた。

 だけど、1年、2年と続けても何かが変わるわけでもなく。

 足を止めるのも「懲りずに何かしらを歌っているやつ」への面白半分の見物ばかりだった。時には(今にして思えば)わざと煽ってくるようなやつもいた。当時の俺にとっては、琴線に触れるような発言をしてきたやつらを、思わずカッとなって殴ってしまったこともあった。

 そうやって場所を転々としながら1人で歌い続けていくうちに、いつしか高校卒業が近づいてきて。早々に進路を決めてしまっていた周りのやつらが急に遠くなったような焦燥感に駆られていった。

『いい加減に現実見ろよ』

 恐らく、本気で心配しての言葉だったのだ。

 だからこそ癇に障って、どうしようもないくらいに関係を決裂させてしまったやつもいた。

 もちろん、わかってたんだ。俺には音楽で食べていけるような才能はないということを。そして、色々な通信手段や検索エンジンを手軽に扱えるようになってからは、たぶん努力も全然足りていないことを。

 ほら、見ろ。

 お前はこんなに平凡なやつだったんだ、と突きつけられる感覚。

 辛かった。

 どうにかしてみようとも思った。


 当時流行っていたストーリー曲を作ってみても、話が稚拙だと馬鹿にされた。

 耳障りのいいフレーズを並べ立てた歌は、どこかで聴いたようなものだと笑われた。

 それなりに足を止めるやつはいたものの、色よい言葉が聞こえることなんてなかった。

 いつだったか、バーで歌ってみないかと言われたことがあって、喜び勇んで行ったけど、ただ酔っ払いたちを笑わせるためだけの余興扱いだった。

 流行りの曲を真似ると、余計に俺の未熟さが浮き彫りになった。

 ボーカルをやめてみたら、演奏の下手さが。

 そうやっていくうちに、どんどん「俺のやりたかった音楽」はわからなくなっていった。


 その頃からだろうか、俺の中で音楽が「夢」ではなくただの「言い訳」に変わっていた。夢なんて煌めいたものを持ったままじゃ、どうしようもなかった。

 言い訳になった音楽は、もう俺のやりたかったことなんかじゃなくて。ギターの音を聴くのがしんどくなっていて。当然のように、自然と距離ができていった。


 それが、今はどうだろう。

 あの頃よりだいぶ腕もなまっているのに、どう考えても下手だとわかるのに、まるで「クロノスタシス」として活動していた頃――弾いているのが楽しくて、作った曲はみんな大ヒット作になるような予感がしていた頃――と同じような感覚が、俺の中に湧き上がってくるのを感じた。

 まったく、こんな気持ち……もう要らないもののはずだったのに。

 どうしてこんなに思い出す?

 そんなときにも、浮かぶ顔に答えを見つける。


 そうか、お前のせいか。

 だったら、聴かせてやる。

 お前が昔「凄かった」だとか適当な感想を述べてのけたやつの曲を。無名にして底辺の歌手……ともいえない、下手の横好きに過ぎない思い上がっていたクソ野郎の歌を。

 夜空の星を見上げる。


 星の中には、死んでいるものもある。

 死んでも尚、星はその輝きを届ける。

 ちらつく影に、俺は真正面から叫ぶ。


「聴いとけよ、お前ら……!」


 情熱に駆られるようにギターを鳴らす。

 声を嗄らしても構わないと、歌う。


 思えば、色々なことが変わった。

 誰よりも情熱を持って音楽をやっていると思っていた俺は今こういう姿で、俺のフォロー役だったもののかなり調子いいやつだった奈留島は今や真面目な就活生である。

 たぶん「クロノスタシス」の中で誰よりも外に出たがっていた栗原は、今や実家のビデオ屋の店主だ。

 誰よりも才能に溢れていた吉田川きつだがわは、俺たちが卒業した直後に音楽をやめている。

 で、誰よりも冷めていたはずの石動いするぎは脱サラしてDTMに専念しているらしい。

 そしてあれだけしぶとくて図々しくて、どこででも生きていけそうだった宇都美はどこにもいない。


 それでも、もしかしたら。

 星空が過去に繋がっているのだとしたら。

 どうか届いてくれ。


 鬱陶しく笑ってばかりだった、あの頃の宇津美に。

 その近くでしかめっ面をしていた、あいつのことが「嫌い」だった夢見がちなクソガキに。

 あのガキなら、まだ手が届くから。


 ただの願望ばかりの歌。

 捻りもなく、テクニックも感じられない、稚拙な歌。

 それでも。


 手を伸ばした夜空は遠くて、果てしないけれど。この声を星空のどこかに届かせるための歌を、しばらくの間は作ってみようか。そんな下らない思い付きが、妙に懐かしくて思わず笑った。

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手を伸ばした夜空 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

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