第5話 complex emotions
夏の気配が見え始める、梅雨の日。
雨の中、
宇津美は中学校以外のところでも「いい子ちゃん」を貫いていたのだろうか、それとも少しは変わっていたのだろうか、そんなことはわからない。知ったことではない。
しかし、彼女の交友関係が俺の知るよりもずっと広かったことは、斎場を訪れたときに感じた弔問客の多さと、会葬者名簿に記帳された名前の多さで知った。
「突然のことで驚きました。心からお悔やみ申し上げます」と、少しずつ言う機会の増えてきた型通りの言葉を述べてその名前の列に自分の名前を連ね、香典を渡す。
受付にいたのは、確か宇津美と仲のよかった別の中学校のやつだったか。
俺のことを覚えていたのか、少しだけ驚いた顔をして、「本日はお足元の悪い中をお越しいただきありがとうございます」と返してきた。
型通り……だったはずだ。
その割に、しっかり言えるか心配だった言葉は思った以上に胸を重くして、足取りも自然と周りと同じようになった。
驚きよりも信じられない思いのあった
中学2年生の秋。
宇津美が会長になった生徒会にお伺いを立てて、その年も「クロノスタシス」のライブが学園祭で催されることになった。そこまでの手続きだったりやり取りだったりは思いのほか面倒で、参加が決まって手続きが全部終わったときは解放感に思わずテンションが上がった。
「これで、やっと練習に集中できる!!」
「お疲れ様だったね、
「あっ、
満面の笑顔で迎えてくれた1年にして「クロノスタシス」におけるメインギターの
そうして迎えた学園祭当日。
「クロノスタシス」のライブはやはりその年も盛況だった。
十分な時間をとれて生徒会がかなり熱を入れた宣伝をしたことも効いただろうし、何よりやはり吉田川のギターと、そこに釣り合うとまでは行かなくても合わせても違和感のないくらいにまで成長していたメンバーたちの演奏も、十分観客たちを魅了していた。
観客席でその様子を感じていたのだから、それは間違いなかった。
『え、疲労骨折?』
奈留島に連れて来られた病院で聞いた言葉の意味が、少しわからなかった。
その数日前から、ギターを弾いている時に感じていたちょっとした指の痺れと痛み。
まぁ疲れているだけだろうと放っておいていたのだが、なかなか引かないから相談してみた……というか軽い愚痴のつもりでこぼしたら『何で早く言わないの!』と大声で叱られ、練習もそこそこにすぐに連れて行かれた。
『当分……、少なくとも年末までは手を安静にしておかないといけないよ』
老医師は本当に気の毒そうな顔をして、俺に告げた。
たぶん、近隣の病院ということで学園祭の宣伝か何かを受けていたのかも知れない。もしかすると、浮かれて撮った「宣材写真」まで目にしていたのかも知れない。
それももう確かめるようなことではないが、今となっては、あの表情はそういうことだったのかもと思う。
ただ、当時の俺はそんな表情なんかはどうでもよくて、ただ叫んだ。どうにかして俺を出させてくれ、と。ギターを弾かせてくれ、と。
だがもちろんそんなわがままは通用せず。俺は左手に、そしてその年の学園祭でのライブには出演できないことが決まったのである。
観客席から見ると、それは確かに凄かったが、粗も少し目立った。
吉田川のギターはたまに走りすぎるところがあったし、奈留島のベースもたまに少しズレる。栗原のドラムも、数箇所うまく音の出ていない箇所がった。
それでも観客たちは拍手をくれていたし、全体としては自慢できる誇らしい気持ちでいっぱいだったが……やっぱり出たかった。
そんな気持ちを抱えながらあいつらの顔を見ているのが辛くて、学園祭が終わったあとの打ち上げは休んだ。奈留島は「都合悪いなら、また日を改めようか?」と言ってくれたが、ライブの感動はその日のうちが1番大きいだろ、だとかいう適当な言葉で見送った。
俺は、用具の片付けをするだとか言って残った。
もちろんそんなことをするつもりなんてなかった俺は早速手持ち無沙汰になって。
ふと足が向いたのは、生徒会室だった。
バンドのメンバーと共有できなかった感動を、それでも少しはしていた感動を、せめてその宣伝とかいう形で共有してくれていた宇津美と共有してみたかったのかもしれない。
普段の俺なら絶対に浮かばない、弱気な発想だった。
だから、喧騒の残滓があちこちに浮かんでいる校舎の中を妙にこそこそしながら歩き回ってようやく見えてきた生徒会室。
見覚えのある1年の役員が歩いてくるのが見えた。
「でさ~、あっ、沢上先輩! クロノスタシスかっこよかったです! 次のライブ楽しみにしてますね! 頑張ってください!!」
「ん? おぉ、ありがとう」
……俺が出てたわけじゃないから複雑な気もしたけど、一応礼は言っておいた気がする。その数分後に、それを取り消したくなるのだが。
何だか更にテンションの高くなった後輩を見送り、「もしかしたらもうみんな帰っちまったか?」と思いながら生徒会室の引き戸を開けると。
そこにいたのは、まるまる残った用具とか企画の余った景品とかを1人で片付けている宇津美だった。
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