第33話 邪悪さは邪悪なままに
神族って突飛なことします。美の神が自らの教団を解散しました。神官として神聖魔法を行使したい者は他の教団へ改宗し、美の神の教義に殉じたい者はお祖父様(賢者)のように隠遁生活を選びました。
『あなた、決断早すぎるでしょ』
『想像を絶する邪悪さに対して、動じずに接することが出来るのは私でしょう』
『あなたは何からでも『美』を読み取れる神だから、そうでしょうけれど』
『母神様と真朱の負担を減らすのに、私を使わないでどうしますか』
『厚意はありがたいけど、あなた受け入れ体制というものが……』
『時間は幾らでもあります。ぶらぶらしていますから、お2人で話し合って下さい』
モンスター達の新天地である『世界』を用意したら、修羅の国になった件を、神族に共有したら、こうなりました。
私は自宅の居間で、真朱と向かい合っています。
「美の神が、教団解散したわよ」
「神族初の暴挙ですね」
「まあね。それで、私達の手伝いするんだって」
「あの方の感性は特殊ですから、確かに適任ではありますね」
「ただ、移住はさせたけど、まだ整ってないじゃない?」
「そうですね。人の社会の仕組みに合わない・ダンジョンで殺し合いをするのは嫌、
だからと言ってモンスター同士で殺し合いたいわけではない者が、
今の仕組みだと結局『例外』のままなんです」
「苔を舐めて日向ぼっこして、卵がかえったらチビ竜の世話をするのを好む子は
人の世に土地を与えたいくらいだもの」
「禁止しても乱獲対象になりますからね」
「強いから力試しに倒したい冒険者もいるしね。でも、本来は人の社会の仕組みが
彼らと共存するように歩み寄るべきよね」
「もう少し、人が成熟するのを待たないと、無理でしょう」
「そうね。で、どうする?」
「相容れない存在同士が、争うことを求めるなら放置します。
でも、好戦的ではないモンスターを、好戦的なモンスターの仕組みに
巻き込む状態は、『世界』を分岐させてしまうのはいかがですか?」
「修羅の国もあれば、苔を舐めるドラゴンが日向ぼっこする世界も
平行して存在するっていうこと?」
「そうです。7つ程度まで『世界』を同時に動かしても、負荷に耐えられます」
「7つの幅の中で、共存できる状態になったら、また統合すればいいかな」
「いいと思います。そのために、私達の暮らす社会より時間の流れを早めると
分岐と統合の回数を増やせますね」
「時間の流れを早めると、管理大変じゃない?」
「私も目を通しますし、美の神様が専任になって下さるなら、いけます」
「独自に進歩しそうね」
「人の世より成熟するのは早いでしょうね」
美の神は天界で、モンスター達の新天地である『世界』の監視業務に就きました。美にうつつを抜かすかと心配したけれど、私達からしたら狂気や残虐すぎる状況や異形にしか思えない、理解するのがかなり難しい状況も、平然と読み解いて問題があれば私や真朱に共有してくれます。
「うちのお父様(武神)が、モンスターをねじ伏せて無力化しましたけれど、
彼らのことを人の世の基準に縛られずに見ることが出来るから、
彼らにとってはあなたこそ『新たな邪神』なのかもしれないわね」
「神族ではありますが、今はただの管理者でしかありません」
「本来は人もモンスターに歩み寄らせたかったけれど、実際は、
私達神族が歩み寄るのが精一杯だったわ」
「真朱が指摘したように、人の成熟を待つしか無いでしょう」
「そうね。あなたの仕事ぶりに満足しています。何か足りないものは有りますか?」
「情報が膨大ですね。管理業務自体は可能ですが、時々足を止めて
鑑賞し考える時間があると望ましいです」
「真朱と私が担って、あなたが休むのと、あなたが考える時間は
『世界』を凍結するのどちらがいい?」
「私達神族の想像さえ、軽々と飛び越えていく者たちですから、
できれば全て目撃したいです」
「分かった。あなたの休暇が必要になったら教えて。その間は
モンスター達の『世界』を止めます」
「ありがとうございます」
顔色の悪い青年を起こして、意見を聞くわけにいかないのがもどかしいわね。まだ合格点は貰えないかもしれないけれど、彼が不満に思ったことは、だいぶ解決したと思うの。というか、私と真朱、それに美の神が出来ることは、今はこれが精一杯なのよね。これ以上は、人の世の成熟待ちだから。
私と真朱は、仕事を終えるとお祖父様の洞穴を組みかえた書斎へ伺いました。
母神「お祖父様は、先代母神が邪神を産んだ理由ってどう考察されます?」
賢者「ん? その問いに至る過程をまず話しなさい」
真朱「母神様、私と『同期』するのに慣れちゃってるでしょ」
母神「あ、そうよね。えっと、人とモンスターの共存について、
こんなことがあって、私達はこんな風に取り組んだの」
賢者「ふむ」
母神「人やエルフやドワーフや亜人と相容れないモンスターの存在と、
それを生み出した邪神、邪神を産んだ先代母神の意図を考えていて」
賢者「邪神を産めば、何をやらかすかは想定出来るじゃろ?」
母神「私と能力が同等なら、可能です」
賢者「『脅威』という刺激を意図したのでは無いかな」
母神「自然災害もあるし、野生動物に襲われたりもするのに、さらにですか?」
賢者「モンスターを大量に倒すと、適性のある者は超人へ至る。
お前の父のようにな。だが、超人を生み出すための『経験値』という
養分であったり、ただの『障害』だけが役割だったのだろうか」
母神「真朱はどう思う」
真朱「邪神は本気で社会を破壊し支配するつもりでした。
そのためにモンスターも生み、建国王に封印されましたよね」
母神「ええ」
真朱「現在の社会の基礎はあの時代に作られているのですから、
賢者様の『脅威という刺激』という視点は分かりやすいですね」
母神「先代母神とは、話が合わないと思う、私。乱暴過ぎるし、迷惑だもん」
賢者「ははは。ワシらは愚かだからなあ。どのような作り方をしたところで、
血は流れたと思うぞ。お前の言いたいことも分かるがな。
何より邪神がいなければ、ワシの娘も、そして孫娘のお前も
現れてはくれなかった。だから、ワシはこれでいいと思っておるよ」
母神「お祖父様は、善悪とか倫理観といった社会の仕組みよりも、
ご自身の感情や家族を優先するわよね……」
賢者「それがワシの強みであり、ワシの限界でもあるよな」
母神「その柔軟さに、私も真朱も助けられていますよ。
お祖父様の限界は、私達が補うもの」
賢者「うむ。頼りにしておるぞ。――ふむ。イルカが呼んでおる。
どれ、村の衆の話を聴いてこようかの」
「「いってらっしゃい」」
お祖父様のお部屋からの帰り道、顔色の悪い青年が「生きる石」として夢のない眠りの中にいる、あの高台へ真朱と立ち寄りました。
「まだお昼だけど、夕方になればそれぞれのお家から夕食の支度をする
煙が立ち上るじゃない? そして深夜になって村の衆が眠りにつくと、
彼らがそれぞれ穏やかな夢の中にいる気配が、私には潮騒みたいに感じられるの」
「はい」
「真朱は私と同格の存在を目指して、いつか理解者になってくれるんでしょ?」
「そのつもりです」
「何年先か分からないけど、『ね、潮騒みたいでしょ』って言えるように
なったらいいな」
「母神様は、精霊界を見ることが出来ますよね」
「ええ、もちろん。精霊王と話すし」
「私と『同期』して、精霊にとっての精霊界も経験されましたよね?」
「うんうん、あれ不思議だったねー」
「私は精霊と魔法生命体の融合した存在ですから、1000年経っても神族と
物の感じ方は異なるかもしれません」
「そうね」
「でも、『同期』して下されば、今の私でも母神様が何を愛おしく感じたのか
理解可能だと思いますよ」
「そういうことは、もっと早く言おうよ」
「いつ気がついて下さるかなーって」(ニヤニヤ)
私は、イタズラが見つかった子どもみたいな素振りで微笑む真朱を抱きしめました。
「ニヤニヤしないの! 綺麗だなとか嬉しいとか、そういう時、
どんどん『同期』するからね」
「『悲しい』とか『苦しい』も、ですよ」
私には理解者は与えられないと諦めて大人になったじゃない? だから、どんなに嬉しいか、言葉にならないのでこの気持ごと『同期』しました。
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