第30話 手遅れの君へ贈る眠り

天界も効率的といえば効率的なのですけど、不便なのよね。真朱に相談して、使い勝手よく出来ないか考えた方がいいかもしれないですね。


お父様(武神)が顔色の悪い青年と話した件で、神族が集まりを持ちました。あわせて、叔父様(末の神)が、山吹(白蛇を連想させるモンスターとのハーフ)に指摘された、女性の寝室に降臨する件も取り上げました。


「叔父様が指摘された件ですけれど、降臨する前に相手の考えを読んで、

 深夜に降臨することに神々しさとか神秘的な体験とか意味を見出すタイプなのか、

 普通に許可を求めて訪問して欲しいタイプなのか、確認するのはどう?」

「手間ではありますが、そのルールを取り決めることは賛成しますよ」

「主神の他に意見のある者は? いない? じゃ、これからはそれでお願いね」


すぐ決まったのはいいんだけど、山吹に指摘される前に、神族が自分で気がついて欲しいわよね。で、もう一件の方は、話が噛み合わなくてね……。


ちなみに、美の神は私に全権委任して、自分の興味あることを優先しています。ですから、天界にはいません。叡智の女神は天界への呼び出しに応じたものの、「人・亜人・モンスターが自分で気がついて問題に取り組むことが望ましい」というのが彼女の立場なので、議論には参加していません。


お母様(結婚と恋愛の女神)・叔父様は、お父様寄りの立場で議論を見守り、豊穣神は「血が流れることは嫌だ」という立場ですのでお父様の意見は理解しつつも主神寄りで議論を見守っていますね。


「武神よ。モンスターが人や亜人に合わせることに何の問題があるのだ?」

「一通り話しただろうよ、主神。あんたは逆に、何が分からないんだ」

「邪神を生み出した先代母神の意図は分からない。だが、モンスターは

 邪神が生み出した物だ。先代母神が命や私達神族を生み出した時点では

 無かった存在だろう。邪神の後始末として、そもそも『存在しなかった』ことに

 しなかっただけ、譲歩しているぞ?」

「その譲歩は神族の傲慢だろう。オレはたまたま武神を引き継いだ。

 あんたはたまたま主神として母神から生まれた。

 同じように、たまたまモンスターやモンスターとのハーフとして

 生まれる者もいる。存在することを認めてやるから、窮屈でも我慢しろと言うのは

 オレは受け入れがたい」

「ふーむ。

 君が話した顔色の悪い青年の出した『仕組みに合わない者は諦めるしか無い』

 という結論で、いいのではないか?」

「オレは良いとは思えない」

「やり方を変えようとしているのは君だ。

 この数百年をかけて、モンスターを従わせてきたのは君だろう」


――うん。この2人に話をさせても時間の無駄ね。


「そこまで。主神も武神も、他の神族も聞いて。

 叡智の女神の立場は理解します。

 血を流すものが出ることを嫌う豊穣神の立場もまた。

 武神が提示した『世の中が人間や亜人に有利すぎる』点を

 主神は理解したくないようですね。課題を与えましょう。

 

 私は神族による世界の直接統治を望みません。人に気付いて動いて欲しい。

 だとすると、神族同士でさえ、分かるように説明出来なかった

 武神にも問題があります。あなたは、他の神族とよく話し合いなさい。


 主神だけ残って、他の神族は帰っていいわよ」


天界に置かれた球体から、5つの気配が消えました。主神のみ残っています。


「さて、主神。あなたが武神の意見を理解しようとしなかった理由を

 聞かせて。彼が私の実父であることは忘れてくれて構いません」

「世の中に与える影響が大きすぎる問題だからです」

「今の世の中から、だいぶ変える必要があるわよね」

「残酷なことを言いますが、人であれ亜人であれモンスターであれ、

 今の世の中に適応出来ないのなら適応出来るように努力するのが基本でしょう。

 出来ない・したくない者については、残念ですが『例外』として処理することで

 全体のバランスを取ることが出来ます。つまり諦めさせるのです」

「全体を見ればその視点もあるかもしれませんけれど、あなたが『例外』として

 扱われる立場だとしても、その意見を通せますか?」

「通したいですね。しかし、私は神族である主神以外の存在を経験して

 いませんから、例えば問題を指摘した顔色の悪い青年のように

 諦めて黙って沈んでいけるか、仮定の話しか出来ません」

「彼の人生はもう読んだ?」

「いいえ」

「理由を聞いても?」

「彼の半生を知れば、私も情が生まれます」

「それはあなたの問題でしょ。四の五の言わないで、今、読みなさい」


私は主神に強制的に、顔色の悪い青年の半生を読ませました。


「……彼は、もう何十年も食事を取っていないのですね」

「水だけで、活動できてしまうことも、死ぬに死ねないことも、

 彼がどういう過程を通って今の結論に至ったかも経験したわね」

「ええ」

「あなたが『例外』として処理しようとした人物だけど、

 ねえ、本当にそれでいいの?」

「碧の伯父の朱の妻のように、人間社会で暮らすことの出来る者もいます」

「そうね」

「碧の妻になった、彼女の姉は、『体の書き換え』を神族から受けています」

「高齢になった夫からエナジードレインしないように変更してるわよね。

 性的な形での食事も不要な体に切り替えているし」

「彼はそうする機会が無かったことは悲劇ですが、人と共存する為には

 私はモンスターが歩み寄るべきだと考えています」

「根拠は」

「人や亜人達の社会として、歴史が積み重ねられて来たからです」

「『人との共存』から『人や亜人とモンスターがお互いに歩み寄る共存』に

 私は方針を切り替えたいと考えています」

「母神様が命じられるなら、残念でも従います」

「その際に、混乱が生じないように、適切なルールを設ける必要があるでしょう。

 それが得意なのはあなたじゃない?」

「どうでしょう。私は既にあるルールを運用する方が好みです」


「どんなルールや仕組みを作ったところで、例外が生じることは仕方ありません。

 ただ、その例外に対し、手厚く対応するのか、現在のように諦めさせるのか、

 関わり方は選べるでしょ」

「母神様が、諦めさせることを嫌われることは理解します」


「では、顔色の悪い青年に関しては、あなたに一任しましょう。

 責任は私が持ちます。失敗しても構いません。

 あなたが全体の調和を重視するあまり、切り捨てた存在と向かい合ってきて」

「承りました」


天界から主神の気配も消え、そして私も天界を後にしました。



今日も顔色の悪い青年は、骸骨村の高台で、村の様子を眺めたり、風に当たったり、空を眺めています。彼は気が向くと、ご先祖様スケルトン達の作業を手伝ったりするのが好きで、村の動物達も彼になついています。村の子達は彼と遊びたいのですけれど、「親御さんが心配するよ」と、彼が近づけないようにしていますね。


「青年よ、隣、失礼する」

「見かけない方ですね。板についていない神官姿は借り物ですね?」

「そうだね。君の嫌いな神族だ。主神をしている」

「武神と会話したのが失敗でしたか」

「君の静かな暮らしをかき乱すつもりはないんだ。1つ提案がある」

「提案ですか?」

「幼い君が祈った時に、我々神族は応えなかった。

 教団での信仰生活か、ダンジョンでの冒険者暮らしがあるし、

 食虫植物に似たモンスターのように美術に生きる者もいるだろう。

 私達は、君がこう苦しみ、そう結論を出すとは予想しなかった」

「ええ」

「だから、君の過去をいじるのでなければ、君が出した『手遅れだ』

 『輪廻転生の輪から自由になり精霊界へも行かずただ消滅したい』

 という決意を変えることは難しい」

「私の過去をいじられるのは断わりますよ。それは私では無い」

「君がそう考えることは理解する。現状、消滅は不可能なのは理解しているね」

「ええ。ですから『放って置いてくれ』と願っているのですが、

 神族の方に目をつけられまして」

「確認する。これから世の中が変化する。モンスターの立場も、君のような

 モンスターとのハーフの立場も変わる。見届けなくていいのか」

「もう十分生きました」

「そうか。仕組み上『消滅』は不可能だが、『覚めない眠り』と『不死化』を

 組み合わせることで、君の体感的には『消滅』を実現できる。

 これが私の提案だ」

「『休ませてやるから、第二の人生を探せ』とか、『君の希望を探そう』と

 仰らない点が気に入りました」

「通常は言うぞ? だが、君にはもう届かない言葉だろう」

「そうですね。私をそこまで理解して下さったことに感謝します。

 提案を具体的に伺っても?」

「君は『生きる石』として、この高台に残る。君は夢のない眠りの状態になる。

 仕組みとしては君に関する時間を止めることで、行う。

 不明な点はあるか」

「ありません」

「では、準備が出来たら私を呼びなさい」

「準備ならもう済ませてあります。部屋にある荷物は、

 老ドワーフが処分してくれるでしょう。会いたい人もいません。

 言い遺す言葉もありません」

「分かった。青年よ、君の時間を止めることでしか役に立てないほど

 手遅れになるまで、放って置いたことを謝罪する」

「その謝罪は受け入れなくてもいいですか? もし、私への関わりを失敗したと

 考えて下さるのなら、同じ思いをする者を減らして下さい」

「たしかに聞いた」


主神は顔色の悪い青年へ奇跡を行使しました。彼の臨んだ『消滅』に限りなく近い、何も感じず、深く深く眠り続ける状態にいます。小さな岩へ姿を変えた青年の隣で、主神は彼が見ていた風景を眺め、いつまでも風に当たっていました。

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