第5章 「正しさ」に押し込められた者達

第29話 『例外』の逆襲

真朱まそおちゃん、ここ教えて下さい」

「答えではなく解き方ですよね?」

「うん」


村長が、真朱と教え子のやり取りを優しく見守ってくれています。あの子、何か仕事が無いと耐えられない人じゃない? 村の子に勉強を教える村長の手伝いをすれば、村の子と接することも出来ますし。真朱が気づくこともあるでしょう。



68年未来、へきの葬儀が済んだ頃のことです。

覚えているかしら、碧が貧民街で見つけ、末の神の教団長に保護され、鉄棍会議で働くようになった、白蛇を思わせる女の子のこと。教団長は孤児である彼女を娘と呼び育てました。


真朱は優秀ですけれど、過去や未来の行き来は神族しか出来ませんから、叔父様(末の神)にお願いしたの。残酷だけど、あの子の意思を確認してって。


彼女の寝室は広く、整えられています。趣味の良い調度品を必要最小限置いてありますね。薄手の夜着に包まれた肢体は、エルフよりは人間に近い体型かしら。華奢な体つきですね。全身を光沢のある細かな白い鱗が覆っていますけれど、それ以外は人や亜人と違いはありません。人で言えば20代後半くらいかしら。淡くて金色に近い山吹色の髪を長く伸ばしていますね。白い鱗と金の髪でしょ? 黒い瞳がとても印象的です。


「信仰する神の降臨を受けて、言いにくいことですが」

「なんでしょう」

「一人暮らしの女性の寝室へ、断わり無く降臨するのは、望ましくありませんね」

「配慮が足りませんでしたね。場所を移しましょうか?」

「いえ、見られて困るものはとくに有りませんし。

 でも、美の神様のように、半神をもうけることができるのですから、

 いくら神族とはいえ、不安に思う気持ちは知って下さい」

「ありがとう。そのことは、私達神族で話し合って決めますね」

「はい」


「末の神様が、私にどんなご用ですか?」

「まずは碧のこと、彼の静かな晩年を守ってくれてありがとう。

 彼は私にとって家族のような存在ですから、あなたに感謝を伝えたい」

「碧のおじさまのことは、私がしたくてしたことです。

 礼にはおよびません」

「あなたのご両親についての話をしても構いませんか?」

「ええ」

「人に化けることの出来る大蛇が、あなたのお母さんです。

 モンスターだと理解して恋をした人間の青年があなたのお父さんです」

「初めて知りました」

「あなたは碧に保護される以前の記憶はありますか?」

「誰かが手を繋いでくれていたことだけ覚えています」

「あなたを教団の孤児院へ託すことの出来なかったご両親の

 友人のお婆さんの手の記憶だと思いますよ」

「そんな方がいらしたのですね」

「あなたは卵から生まれた段階で、人間で言えば7つ程度の見た目をしています」

「私には乳房もおヘソもあるのに、卵から生まれたって不思議ね」

「お父さんから受け継いだ血が現れたのでしょう」


「私が碧のおじさまに保護されたのは、生まれて間もない状態だったと?」

「ええ、そうです」

「あなたを孤児院へ預けず、あなたのお母さんの帰りを待ったことで、

 お婆さんは流行病で亡くなりました」

「まったく覚えていないです」

「モンスターと人間の夫婦で、極まれに生じる悲劇はご存知ですか」

「幾つかありますね。

 モンスターや人間同士なら発症しない病気をうつしてしまうことなど」

「あなたのお父さんは、運悪く大蛇であるあなたのお母さんから感染し

 亡くなりました」

「そうだったのですね」

「人と共存することを選んだあなたのお母さんですが、この出来事が

 きっかけになり、ダンジョンへ向かいました」


「私の知らない両親の話を聞かせて下さってありがとうございます。

 末の神様は、何をなさりたいのかしら?」

「あなたのご両親の悲劇は、私達神族の落ち度だと考えています。

 かといって、問題が起きないように、あなたのお父さんが発症しない

 ようにするか、治療が間に合うようにした場合、

 あなたの人生が変化します」

「……残酷な選択肢を突きつけるのですね。顔も覚えていなくても、

 両親ですから彼らの悲劇は防ぎたいです。

 でも、碧のおじさまに保護され、末の神様の教団長を母と呼び、

 母から『山吹』と名前を貰って生きた、私の半生が変化して、

 私が私で無くなるわけですね」

「ええ」

「私達は過去は変えられないものとして生きています。

 寝た子を起こすようなことをされるのね」

「あなたの立場なら、そう思われますよね。今、答えを出す必要はありません。

 生涯出さなくても構いません。ただ、あなたが望むなら、私達は介入する

 用意があることを知って欲しいのです」

「本音を言うと、知りたくなかったです。でも、私の意思も確認せずに

 勝手に過去を変えられることは恐ろしい。

 ですから、私に告げて下さったこと、感謝します」


「次は、寝室のドアをノックする感じでどうでしょう」

「もう、そういう問題ではありません。戸締まりをして休んでいるのですから、

 いきなり入ってくること自体に抵抗があるのです。

 昼間、普通に訪ねて下さることは難しいですか」

「いえ、私達の習慣で今の形で降臨していますが、日中の訪問も可能です」

「予め、降臨の形を選ばせるのも変な話ですものね」

「そうなんです。夜間の降臨を喜ぶ方もいますし」

「ふふふ。では、神族の方で相談してみて下さいな」


叔父様は、山吹に宿題を貰って帰ってきました。あらあら。



さて、現代の話に戻しますね。

村の高台で、顔色の悪い青年、いつか真朱と叡智の女神に貧民街のことを話してくれた人ね、彼が風にあたっています。


「おう、ちょっと話を聞かせてくれないか」

「あなたも凝りない方ですね、武神。私は神族が嫌いです」

「だが、会話には応じてくれるんだよな」

「困った性分だと思いますよ、我ながら」


「オレは世の中のモンスターを力でねじ伏せて、無害化した。

 人との共存を望む者は手を貸したし、凶暴性の扱いに困るなら『書き換え』を

 受けられるよう調整もした。生まれついたままに暴れたい者はダンジョンへ

 転移させた」

「ええ、知っていますよ」

「モンスターと人の間に生まれ、苦労してきたお前の意見を聞きたい」

「本音をお伝えしてよろしいのですか」

「むろんだ」

「結論から言うと、私は、あなたのやり方・仕事を評価していません」

「理由を教えてくれるか」

「2つあります。まず1つ目は『神族の意図が分からない』ことです」

「ふむ」

「そもそもモンスターを生み出したのは創世神話の母神ではなく、

 7柱の1柱だった旧・邪神、現在のあなたの妻ですよね」

「ああ」

「根本的には、創世神話の母神が『邪神』をわざわざ生み出したこと自体、

 神の考えがいくら計り知れないとはいえ、問題でしょう」

「そうだな。オレは元人間だから、お前の指摘は理解しやすい」

「創世神話の母神が邪神を生み、邪神がモンスターを生み、2代目武神で

 元邪神の夫が世界中のモンスターをねじ伏せて従わせた。

 神族は何がしたいのですか?」

「母神の意図はわからん。元邪神に関してはそういう性質だったとしか言えない。

 オレはモンスターと人の共存を願っている」

「ならば、もともと、人とエルフやドワーフや亜人達のみの世界を作れば、

 よろしいでしょう。モンスターを生み出した意図が分かりません」

「ふむ」


「2つ目の理由は、あまりに一方的で、人や亜人に有利過ぎることです」

「なるほど」

「モンスターの側に立って下さい。ある日、力づくでねじ伏せられます。

 ここまでは弱肉強食ですから仕方がないとしましょう。

 負けて奴隷になることと近いですが、『人に合わせる』か

 『生まれついた気性でいたいならダンジョンで殺し合え』と要求されるのです。

 私は半分モンスターですから、ダンジョンにも潜ってみました。

 同族殺しにしか感じられませんでした」

「ふむ」

「あなたのやり方に感謝する者も多いでしょう。人間や亜人に近く、生まれ持った

 性質を歪めなくても人と共存できる者もいますから。

 しかし、そうでない者もいる。

 なぜ、モンスター側が一方的に歩み寄るのでしょう。

 あなたの武力に太刀打ち出来なかったために、あなたの信じる正義とは

 異なる正義や理想を抱くことさえ取り上げられていますよね」


「なるほどなあ。お前の指摘は堪える。どうしたものかな」

「私の結論は、『仕組みに合わない者は諦めるしか無い』ですから

 お役に立てませんよ」

「いや、参考になった。オレたち神族が独善的な面を、お前は教えてくれた。

 お前の気に入る世の中にすると約束は出来ないが、

 もう少しマシに出来ないか、あがいてみるよ」


お父様は、顔色の悪い青年の肩を叩いてそう言うと、立ち上がり、大きく伸びをしました。真朱とは別の意味で、じっとしてるのが苦手なの、うちのお父様は。

ほら、脳筋じゃない?

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