第28話 新生活と初めての休日

真朱まそおから、思いがけないプレゼントを貰いました。


私はこの世界の最高神である『母神』を引き継いだじゃない? 神族を世界の外へ追放することも、先代の母神が産んだようにあらゆる命も神族も生み出すことが出来ます。幼い頃は、この大きすぎる力に怯えていました。


今も怖いです。でも怯えるだけじゃなくて、怖くても自分の役割を果たすようにしています。何が怖いかというと、私も必ず間違いはするでしょ。間違えた時に、例えば人同士なら、うっかり足を踏みましたごめんなさいで済むけど、私はどれほどの被害を出すか想像するのも怖いです。


真朱がね、「母神様が、神族として上位互換の存在だから、一般の方に知られると依存されてしまうので、表に立つことが出来ない点は変わらないですけれど、その不安は仕組みで解決できますよね?」って言い出したの。


・精霊たちが行っている仕事の可視化

・雲の巣・改の現在と、仮に全世界の人に開放した際に必要な容量

・精霊界のように事故が起きた際に復元できるようにするために、必要な容量


こういうのを整理して見せてくれたの。私が許可出せば、精霊界のように事故が起きた時に復元して事故を回避出来る仕組みを動かせますって。

ただ、精霊と人は異なって依存の問題があるから、精霊界と同じように機能させるのではなくて、私がうっかりミスで問題を起こした時の保険として運用することになります。


「そっか、こう書き換えておけば、心配せずに済んだのね」

「精霊界の仕組みが土台ですから、母神様が見落とされるのも仕方ないです」

「ありがと。許可出します。運用お願い」


こうして、私の抱えていた「力と生きる不安」は、真朱が解決してくれました。人でも神族でも精霊でも魔法生命体でも、頑張ったら休むの大切じゃない?


真朱は放っておくと、家事をしながら頭のなかで研究続けてしまうから、今日は私がお弁当を作って、2人で村を一望できる高台へ遊びに来ました。


「母神様、村の視察ですか?」

「ううん、気持ちのいいお天気でしょ?」

「はい」

「ここで2人でだらだらして、お弁当食べたりするの」

「それは母神様のお部屋で……、あ、でも風に当たられるのもいいことですよね」

「私の健康管理的なことではなくて、あなたを休ませたいの。

 だから、今日はお仕事禁止よ? 私とお喋りしながら、研究しちゃだめ」

「ええっ」


「何よ、私と一緒に休暇過ごすの不満なの」

「何もしないって苦手です。本当にお暇でしたら、私ダンジョン行って、

 して、末の神の教団に寄進したいです」

「だーめ。あなたは私のこと、雲の巣・改中毒って言うけど、

 あなただって仕事中毒じゃない」

「ええと、精霊も魔法生命体も休まないですし」

「精霊が休暇を楽しみにして、義体に入ってこの世に来てるわよね」

「うっ」

「イルカちゃんも頑張り過ぎると、潰れますけど?」

「ええっと」

「抵抗しないで、ぼーっとすることに取り組んでごらんなさい」

「取り組みながら、少しだけ研究するのもダメですか」

「だーめ」


真朱はおとなしく、膝を抱えて雲を眺めています。


「母神様は」

「うん」

「こういうの辛くないのですか?」

「幼い頃は意味が分からなかったの」

「ですよね」

「お母様達が、休んだりボーッとすることを教えてくれたんだ」

「そうなんですね」


「そういえば、いつも不思議に思うのですけれど」

「うん」

「お部屋に散らかってる本って、雲の巣・改で閲覧できる物ばかりですよね」

「あれは、わざわざ製本してるの。図書館まで借りに行くのめんどいし」

「知識を得るなら、情報のみの方が扱いやすくありませんか?」

「そうねえ。私は詩集が好きなんだけど、とっくに暗記しちゃっていても、

 それでもページをめくって文字を目で追ったり、口ずさんだりするの好きよ」

「小町魔王さんにも言われたことあります。『味わう』ってやつですか」

「やつです」

「じゃあ、母神様の部屋に本があることは必要だとして……」

「はい、そこまで。あなたそれお仕事の話になってる」

「あら」


「真朱はさ」

「はい」

「気持ちが安らぐ時ってどんな時なの」

「頭をめちゃくちゃ使って深く集中できる時?」

「それは高揚感じゃない?」

「役に立てたって嬉しい時?」

「それは充実感だと思うよ」

「えっと、検索してもいいですか」

「しなくていいわよ。真朱は、あまり馴染みが無いのね」

「そうかもしれません」

「私の理解者に、いつか成ってくれるのでしょ」

「目指します」

「なら、心安らぐということも、あなたに経験して欲しいな」

「イルカさんの経験を、やはり分けていただくべきだったでしょうか」

「あの子の経験を複写しても意味ないでしょ。

 あなたが味わわないと。

 それに、イルカちゃんは、安らぐって分かるのかしら」

「たしかに」

「宿題ね」


「あなたはやりたいこと・行きたい場所・会いたい人とかどうなの?」

「うーん。叡智の女神様との旅で、会いたい方にはお会い出来ました」

「あれだけ? 色んな人いるわよ」

「そうなんですけれど、知識としては存じていても、会いたいって

 気持ちはなかなか動かなくて」

「そっか」

「やりたいことは、人の依存の問題に配慮しないといけないから」

「だよねえ」

「行きたい場所は、今なら王都の貧民街ですね。

 末の神の教団長さんのお手伝いしたいです」

「気持ちは分かるけど、真朱は最短距離で答え出そうとするから、

 あの仕事は向かないわよ」

「直接関われなくても、人手が足りない部分を補えたら」

「そうねえ。あなたが来てくれれば、便利だろうね。うっかりすると、

 聡明な教団長でも、あなたに依存して手放せなくなるわよ」

「えええ」

「難しいでしょ?」

「です」

「私が怠惰を愛するのは、好みの問題だけじゃないんだぞ」

「不思議です。ちょっと説得力感じました」

「ちょっとって、あなたねえ」


「母神様、あの猫さんなんですけど」

「うん? ああ、ボス猫ね」

「さっきから、ちょっと距離を置いて、なんとなくそこに居ますけど

 お腹でも空いてるのかしら」

「違う違う、あの子はこの場所が好きなの。のんびりしたいから、来ただけよ」

「猫さんから、のんびりする感覚を情報として取り出させてもらえれば……」

「だーめ。眺めて見習うのは構いません。でも、情報取り出してあなたの中に、

 直接取り込むのはいけません」

「だって、私の心身で、『のんびり』とか『ボーッっと』とかを

 覚えようとしたら、ものすごくものすごく非効率ですよ」

「時間かけていいの。自分で経験して実感して欲しいの。

 いつかお祖父様に言われてたじゃない」

「はい」


「ふふ。ほんっと苦手なのね。そうだなあ、ヒントあげましょう。

 あなたもイルカちゃんも、再起動できるでしょ?」

「はい」

「あれって、頭の中さっぱりしたりしない?」

「整えられた状態ではあります」

「猫も人も神族も私も、再起動は出来ないでしょ?

 それぞれの『整え方』があるのよ」

「異文化について、すごく調べたいです」

「あとでねー。それより、お弁当食べましょ」

「仰って下されば私が用意しましたのに」

「だーかーらー、あなたの休日にしたいんだから、それじゃ意味ないでしょ」

「あ、美味しいです」

「でしょ。やれば出来る子なのよ、私」


「出来なくてやれないならともかく、出来るけどやらないのって

 どうなんでしょう」

「今日は、ツッコミもお休みにしましょうか?」

「えええ」


時々、こうやって真朱を連れ出して、この子の休日を作ったら、いつかはこの子の中でリズムが整ったりするのかしら。一緒にゴロゴロして、「だるーい」とか言えるようになるのを、私は楽しみにしています。

だから、この件では未来を見ないことにしているの。

だって、楽しみが減っちゃうじゃない?


あら。じっとしてられない真朱が、ボス猫を構いすぎてフーッって叱られてる。

先は長そうね。

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