第31話 相容れない。だから次善の策を

顔色の悪い青年には、骸骨村で静養して貰って、彼の第二の人生というか、新しい希望を掴んで欲しかったです。私のわがままかもしれないけれど。だから主神が与えた『覚めない眠り』は残念でした。でもね、説明されてそれを受け入れる彼の心が、とても安らいだことは見ていました。『消滅』かそれに準じることしか望めないところまで彼を追い詰めたのは、現在の仕組みですし、それを見守っている私達神族よね。

彼に対して私達神族は役に立てなかったことを認めましょう。

同じ失敗を繰り返さない為にも。



68年未来で、教団長にだいたいの状況を、叔父様(末の神)に説明して貰いました。貧民街への関わり、精霊界へ行きたい人と人の世に来たい精霊達の支援など、教団長の仕事は多いけれど、鉄棍会議で影響力を獲得している山吹と話すには、彼女が適任だから頼ることにしました。

教団長の自室で、久しぶりに母娘が対面しています。


「あんた、また断ったんだって?」

「母様だって独身じゃない」

「私はさっさと後継者育てて、冒険者に戻りたいからねえ」

「学院でて就職した頃は、朱様の下で見習いをしていましたけれど、

 30数年かけて一人前になったんですよ? 今さら恋とか愛とか、ちょっと……」

「あんたがキレイだと惚れるだけじゃなくて、見どころあるヤツだろ?」

「そうね。相手が私じゃなければ、応援すると思う」

「1人で寝るのが怖いと私のベッドに潜ってきた子が、

 惚れた男も女も切り捨てる罪な女に育つとはねえ」

「母様、子どもの頃のことを持ち出すのはズルいです」

「ふふふ。やっと、笑ってくれたね。じつは、厄介事があってね――」


「『人や亜人とモンスターの共生に関して、人に有利過ぎる』ですか……」

「大蛇と人のハーフであり、孤児の経験もあり、貴族・王族が去ったあとの

 唯一の統治機関である鉄棍会議の中核にいるあんたは、どう考える?」

「私は、たまたま母様や碧のおじさまに見つけて貰えましたね。

 記憶にない生みの母から受け継いだ力も、この外見が目立つ程度で

 具体的に人間の子どもを食べないと暮らせないとか、反社会的な要素を

 含んでいませんでした」

「そうだね」

「現在の立場も考えると、『人に合わせる』というよりは、既に出来ている

 社会の仕組みが人や亜人やエルフによって作られて来たものですから、

 不満があるのは分かりますが、それでも合せて欲しいです」

「その立場を離れて、私の娘としての意見も聴きたいね」

「母様、私に無茶振りして楽しんでいませんか?」

「お互い忙しい母娘が、話せるんだ。楽しいよ」

「もう。孤児院で育った私の家族は他にもいるでしょう。

 私達のような長命種では無い子もいるから、孫やひ孫だっていらっしゃるのに」

「ああ、どの子も可愛いよ。だが、あんたの代わりはいない」

「気持ちは嬉しいのですけど、なんだろう、母様の愛って重いですよね」

「諦めな」


山吹は長い髪をかきあげ、細い足を組み直しました。

「例えば、旧王国の領土を1つ、『人との共存に向かない』モンスター達へ

 与えたとします。そこには、元々暮らしていた人達がいますから、

 軋轢が生まれますし文化も破壊しますね」

「そうだね」

「現在の仕組みを維持しつつ、そこからこぼれ落ちてしまう例外扱いされる

 者たちへの配慮ということですけれど……」

「山吹は、集中すると爪を噛む癖がまだ直らないんだね」

「無作法だから普段はしませんけど、母様しか見てないですから」


「母様は骸骨村の昔話をご存知ですか?」

「どんな話だい」

「猫に頼まれて、ノミやシラミなど、吸血する生き物をまとめて

 ダンジョンへ移住させた事例です」

「ああ、知っている。賢者から直接聴いたこともあるよ」

「ノミやシラミはモンスターではありませんけれど、相容れない存在に対して

 『ここで死ぬか・新天地でトラップ要員として暮らすか』という2択を

 突きつけていますよね」

「そうだね」

「現在の、人にモンスターが合せすぎる・人に有利過ぎるという点は

 この昔話でも同じですよね」

「ああ」

「例えば、シロアリがこの教団の建物に住み着いて倒壊させたとしても、

 シロアリはそういう存在なのであって、『悪』では無いですよね」

「そうだね。私達は困るから、結界張ったり駆除したりするけどね」

「本当に共存するのなら、シロアリに建物を食い破られることを受け入れるなり

 シロアリが住み着いて繁殖しても困らない場所を用意する必要がありませんか」

「モンスターを例に取ると生々しい話が出てくるからねえ。

 あんたが、ボカしてシロアリを例に出してくれたことは理解するよ」

「私が神族なら、世界をもう1つ作って、彼らに与えるかな」

「創世神話の順番は覚えいるかい? 先に精霊達が世界を作り、

 その後で母神が生まれて命と神族を産んで世界の外へ出ている」

「神族でも、世界自体は作れないということですね」

「そう」


「鉄棍会議で働く者としては、現在の仕組みを守ることを優先します。

 人間と共生したいモンスターを迫害することを禁じます。

 ただ、生まれ持った性質を書き換えたくないし、ダンジョンで殺し合いを

 続けるのも嫌だという『例外』に対して、打てる手が少ないです」

「教団も似たようなものだね。ありがとう、参考になったよ。

 それはそうと、お前を気に入ってくれるヤツが現れたら、

 つきあってごらん。じゃないと、私みたいになるよ」

「そういうこと仰ると、会いに来ませんよ。今度から断る時は、

 『母がまだ独身なんで』とか『家訓なんで』って言おうかな」(悪い笑み)

「確かに私が言うと説得力無いねえ」



山吹が教団長の部屋を出ると、気配を消していた叔父様が、山吹の座っていたソファの隣のソファへ腰掛けました。

「あの子は、ああ考えている。参考になったかい?」

「興味深かったです。あなたから見て過去の母神へ伝えて、検討しましょう」

「せっかくの娘との会話を、あんたに覗き見されるのは気に入らないが、

 母神が直接介入出来ない以上仕方ない」

「ご理解感謝します」



――新しい世界かあ。精霊王と相談して、四大上位精霊にもう一度世界を作って貰うとしても、材料が無いわよね……。

舞台は現代の、私と真朱まそおの家です。今日は自室じゃなくて、お台所でお料理しながら考え事をしていました。


「母神様、私が知っていい範囲で『同期』かけてみませんか?」

「そうね、あなたなら、話すより『同期』の方が早いよね」


「山吹さんの言っていることも、『生きる石』として眠りについた

 顔色の悪い青年の思いも、どちらも分かります」

「そうなのよね」

「シロアリの例では無いですけれど、人や亜人やエルフ達の価値観・倫理観では

 おぞましく思える習性を持って生まれたモンスターもいますね。

 人の世で生きるのに困るから書き換えて欲しいと望むなら支援できますけど、

 ダンジョンも習性の書き換えも人との共存も嫌だという場合は

 鉄棍会議も教団も出来ることが限られますね」

「うん」

「世界、作っちゃいましょう」

「うん?」

「母神様、やけどしますよ」

「あ、うん。ごめん、びっくりして」


「精霊界は事故が起きた時に、直前の状態に戻して復元出来ますよね。

 それを応用して、現在の世の中も、母神様が万一ミスをした時に

 どれほど大きな被害が出ても復元かけられるようにしてあります」

「うん。助かってる」

「復元かけられるということは、人もエルフもモンスターも、存在をまるごと

 記憶させてあります」

「そうね」

「『例外』に当てはまるモンスターのみ、この世界と同じ舞台を用意し、

 そこで好きに暮らして貰います。無人の舞台ですから面白くないかも

 しれないですが、習性を書き換える必要はありません」

「それって、肉体を捨てて、雲の巣・改とかの上に用意した『世界』で

 暮らすってことよね」

「そうです」

「やっぱり、人と共存するこっちの世がいいってことになったら戻れるの」

「肉体を保存するのか、私達精霊みたいに義体を用意するのか

 やり方は要検討ですけれど、可能ですよ」


私は、真朱が脳内に描いた設計図と、必要になる負担を『同期』かけてもらって目を通しました。これなら、今ある仕組みを応用すれば、行けそうね。


お父様(武神)が把握している、人と共生するのが難しく、ダンジョンで殺し合いをすることも望まない(ダンジョンに押し込まれることを屈辱に感じる)モンスター達に、『新天地』として、真朱が計画した『世界』を説明して貰いました。


「食い物にする人が存在しないのはツマラナイが、

 世界をまるごと自由に出来るのは気に入った」


って、移住を希望する者が現れました。現在の仕組みでは「例外」になってしまう存在に対して、私達が提示できる支援策が1つ増えました。

山吹と真朱のおかげで。

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