第17話 娘たちは健康過ぎました

いたずらして叱られたことってあります?

私は一人っ子ですから、周囲は大人ばかりでしょ。幼い頃は『母神』として与えられた力の大きさが恐ろしくて、それほどいたずらした自覚は無いんです。

意図せず大人たちを驚かせたことはありますけれど。


さあ、碧の物語を続けましょう。25年ほど未来の出来事、碧は32歳になりました。

碧の妻(サッキュバス・姉)が、血みどろの娘達3人(7・6・5歳)を前に、途方にくれています。


母 「怪我してはいないのね?」

長女「うん。全部、返り血」

母 「あとでお父さんに話して貰いますからね。お風呂はいってきなさい」

  「「「はーい」」」

――血みどろ三姉妹は浴室へ行きました。居間では、碧が頭を抱えています。


「君のおかげで、僕の病気はあの子達に出なかったけど……」

「それは幸運なだけで私のおかげではないでしょ。健康なのはいいけれど、

 あなたの気質を強く受け継ぎ過ぎたみたいね」


「そうだねえ。あの子達は力を適切に使える。ダンジョンの歩き方を教えよう」

「それって竜族として普通なこと?」

「いや、僕は18まで待った。あの子達は、君に似たのに、気性は僕より激しいね」

「似てるって言っても、外見だけよ? サッキュバスとしての本能は無いもの」

「エナジードレインは?」

「私達のは食事としての意味もあるし、性的なことも大切でしょ。

 あの子達にとっては、戦うための道具に過ぎないわね。

 私から受け継いだ力だけど、もう、在り方は違いすぎる」

「なるほど。まあ、なんにせよ、今回みたいに3人だけで潜られるのは困る」

「女の子だから、本当は他のことに興味持って欲しいけれど」


――夕食を終えて、親子が揃いました。娘達は正座させられています。

碧 「何か言うことある人」

末娘「私達もお父さんみたく強くなれる?」

碧 「なれるけど、そこじゃないなあ」

次女「謝らないよ。連れてってくれないお父さんがいけない」

碧 「うーん。お父さんとお母さんに、無断で出かけるのはダメだねえ」

長女「心配かけてごめんなさい。

   次からは、お父さんか叔母さん(サッキュバス・妹)に、

   引率をお願いします。――こんな感じ?」

碧 「正解は分かっても、反省はしてないんだね」

  「「「うん」」」

碧 「君らは、戦えない人相手に暴力を振るったりしないだろ」

末娘「あたりまえでしょ」

碧 「でも、火力職しか上げてない状態で、

   幼女3人でダンジョン潜るのはいけません。

   お父さんだって神官は上げてあるんだよ」

長女「お父さんがする時に、私達も連れてって。

   少し引率してくれれば、自分たちで出来るようになるから」

碧 「じゃあ、そこでドン引きしてるお母さんに、

   心配かけてごめんなさいって謝って、お母さんが許可したら、引率しようね」

  「「「はーい」」」


――数回、碧が最下層へ引率しただけで、娘達は数職カンストし、じき、3人だけで潜れるようになりました。こつこつ通って、すぐフルカンします。



碧の家を、次期族長の鉄紺(24)が訪れました。

「義姉さん、兄貴がお世話になってます。これ、良かったら」

「あら、ありがとう。うちの子達も喜びます。あの人なら居間よ」

「お邪魔します」


「あのなあ兄貴」

「どしたの」

「姪達なんだが……」

「うん」

「全員、一対一で族長とやって気絶させた」

「やるねえ」

「おかしいだろ、まだ子どもだぞ?」


「で、里としては、次期族長はオレじゃなくてあの子達にさせたい」

「断られたでしょ?」

「そうなんだよ。

 『私達も竜族の末裔ですから、誰が強いかハッキリさせたかっただけ。

 ご先祖様だって、強い子孫は嬉しいでしょ? でも、族長は興味無いです』

 って、さっさと帰っちゃってさ」

「見た目はサッキュバス系だから、竜族のホコリには敏感なんだろうね」

「なら族長やればよくねえか?」

「白黒つけたら、満足したんじゃない?」

「兄貴、オレ里に帰れねえよ……」

「好きなだけ泊まってきなよ。歓迎するよ?」

「そういう問題じゃなくてだなあ……」



お話を現代に戻しますね。ここは私の自室。お母様が「片付けろ」って言ってますけど、聞こえません。


「仕事の話?」

「お母様がむちゃくちゃやったから、示しがつかないのよ」

「豊穣神のこと?」

「まあ、他にも幾つかあるんだけどね」


「いいんじゃない? 不老不死って、私の夫でも慣れるのに苦労したのよ。

 それを知ってでも、二度と現れない『その人』と共に生きたいと願ったのなら

 豊穣神達の問題でしょ」

「許可は出せないわよ」

「力の行使に制限を与えず、邪魔しないだけでいいんじゃない?」

「それだと黙認になっちゃう」

「うん、それ」


「私は、やりたいようにやって来ましたけど、責任は取っていますよ」

「お母様は、周囲にどれだけ迷惑かけたか自覚が無いのね」

「配慮はしたのよ?」

「参考になりました。ありがとう」


――黙認かあ。力づくで豊穣神を従わせるよりは、気が楽かなあ。



25年後の未来のお話に戻しますね。

三姉妹は子供部屋で熟睡しています。ここは、夫婦の寝室。


「娘達が脳筋過ぎて心配なんですけど」

「街での様子を見てるけど、ガキ大将に『姐さん』って呼ばれる程度で、

 あれだけ鍛えてあっても、問題起こさないじゃない」

「まあね。あなたの真似して、末の神の教団長さんに寄進してるし」

「戦えない子は苦労することを理解出来たんだね」


「そもそもあなたは、どうして鍛えたの?」

「僕? 本能じゃダメ?」

「私にわかるように話して」

「1つは、短命であれ、自分の限界まで鍛えてみたかった。

 1つは、僕は『人と共存することを選んだモンスター』達と関わりたかった。

 彼らの中には、自分より格下なら対話に応じない者もいる」

「あの子達も、何か目的があるのかな」

「意地だと思う」

「意地?」

「君だって、サッキュバスとしての沽券に関わることってあるだろ」

「育児でだいぶ自信無くしてますけどね」

「優しい子達だよ。君と少し違うだけだから、見守って」

「そこは信じてますけど」

「性質は僕、神族から与えられた『祝福』を含めて、竜族の頑強な体を受け継いだ。

 でも、額に小さな鱗が一枚あるだけで、外見は君だろ?」

「そうね」

「鍛えなければ竜族として認められない。鍛えてもサッキュバスとは認められない」

「あの子達は、もあなたと同じで、

 大人になってもサッキュバスの味覚は持たないでしょうね」

「中途半端さに苛立って、それを吹き飛ばすだけの力があるなら、鍛えない?」

「まだ幼いのに。そういうのは思春期入ってからでいいのにねえ」

「うちの里の族長をのす程度で、規格外ではあるけど、それだけだよ。

 君や僕に甘えに来たり、きょうだい喧嘩したりするでしょ」


「悩んでる私が変なのかしら」

「あの子達が僕に近いから、たまたま僕が動じないだけだよ。

 そのうち僕が悩む日も来るから、その時は助けて下さい」

「ええ、そこは頼りにしてて。あの子達に好きな人が出来たとか、

 あなたが寂しくなる日は、慰めてあげますからね」

「……うちの子に求愛するなら、僕を倒してもらわないとね」

「物理的に立ちふさがるんだ!?」



碧夫婦は、碧の友達の自宅へ招かれ、交際しているを紹介されました。


友  「オレ達のことで、来てもらって済まない」

碧妻 「夫がお世話になっている方の、大切な方を紹介されるのは喜びです」

碧  「そ。で、何かあるんだろ?」

友  「君が話す?」

村娘 「ええ。あの、じつは私、豊穣神やってます」

碧夫婦「「?!」」

豊穣神「村娘姿だと分かりにくいですよね。降臨するとこうなります」

碧  「たしかに神々しいですね。眩しいので人の姿でお願いできます?」

村娘 「ですよね」

友  「……というわけなんだ」

碧夫婦「「ごめん、わかんない。詳しく」」


友  「プロポーズしようかなあと迷っていたら、神族って心読めるでしょ」

碧  「うん」

友  「キレられた。言い方とか工夫しなくていいから!って」

村娘 「……待てませんでした」(ぽっ)

碧妻 「心っていつも読んでるの?」

村娘 「いえ、彼が凄く考え込んでいたから、聞こえてしまいました」

碧妻 「そういう仕組なんだ」


友  「どうしたもんかな」

碧  「何か問題あるの?」

友  「そうなんだよな。うちの村って7柱の内、3柱が暮らしてるから、

    慣れてるもんなあ」

碧  「人間のように暮らしている神族って、あの人達だけだからね」

友  「確かに」

碧  「豊穣神様は、こいつのドコがいいんですか?」


村娘 「夢を叶えたいって、熱心に祈ってくれたんです。

    気になるから、見守っていたら、なんだか見ていられなくて」

友  「オレ、頼りなかった?」

村娘 「ううん。一緒に頑張ったら、素敵だなって」


碧妻 「神族に見初められるなんて、いいじゃない」

友  「いや、光栄ではあるよ。

    でも、交際相手がじつは信仰対象だったって、驚かない?

    それと、彼女はオレを不老不死化したいって願っている」

碧妻 「夫と死に別れるのを回避できるなら、そうしたいでしょ」

村娘 「そうなんです。でも、彼は受け入れてくれなくて……」


碧  「君は、彼女が好きなんだろ?」

友  「もちろん」

碧  「僕の体のことは知ってるだろ? 本来長命種の竜族だけど、

    あと40年もすれば、僕は老いて死ぬ。

    不老不死を生きるのは、村長さん(現・国王)も教えてくれたけど、

    耐え難い面もある。それでも、賛成するかな」

友  「お前ならそうだよな」


村娘 「彼は、私が主神に次いで信者が多い神ですから、

    妻として独占するのは問題があるとか、色々考えすぎるんです」

碧妻 「そこも、お好きなんでしょ?」

村娘 「……」(赤面)


碧  「僕らは応援する。骸骨村の女神様夫婦の例もあるし、

    商人の才覚ある君と豊穣神様の組み合わせっていいと思うし。

    応援するよ」

友  「もう少し、2人で話を詰めてみる。ありがとう」



――豊穣神は、夫をちゃっちゃと不老不死化して、生き生きしています。

世の中の変化を好まない主神は、モンスターと人が共存しやすいように働く碧のことを面白く思ってはいないんです。その上で、豊穣神の結婚でしょ?


ちょっとゴタゴタが起きたのですけれど、他の神族が豊穣神についてしまったので、主神は何もさせて貰えませんでした。

こういう時って、うちのお母様、強いんです。



碧は末の神の教団長の私室に居ます。

「もうすぐ、あんたの持ち時間の折り返し地点だね」

「ええ。家族に恵まれ、『鉄棍会議』や『教団』に属さずに、

 好きなように動くことも出来ました」

「うちに来て欲しかったんだけどねえ」

「属さない方が、身軽に動けることってありますよね」

「まあ、うちもそれで助けられているからね」


「寿命の他に、1つ、限界が分かりました」

「話しな」

「僕は、教えることが苦手なようです」

「あんたは、育てるのは向かないだろうね」

「歯がゆいです」

「そこは、得意なヤツに任せたらどうだい?」

「本当は、直接教えたかったんですけれど」

「あんたは『歌姫』みたいに、妻との時間も必要だろ?

 人に任せることも覚えな」

「はい」

「お前の友人の商人が、豊穣神を妻にしただろ?」

「ご存知でしたか」

「豊穣神が挨拶に来てくれたからね。でも、限られた者しか知らない」

「はい」

「それと、お前が貧民街で見つてくれた、私のがいるだろ?」

「はい」

「あの子は、お前の志をもう継いでるよ。手が空くと、人の言葉が話せず

 『特区』を利用しにくいモンスターの案内をしてやっている」

「そうでしたか」

「『鉄棍会議』がらみは、お前の友人と、お前の伯父(朱)がいる」

「あとは、わかるだろ?」

「考えます」



碧はその足で、モンスターと人の間に生まれ、教団長が「娘」と呼ぶ子(18)に会いに行きました。竜化してもいないのに、全身光沢のある鱗に覆われています。そうですね、白い蛇を連想させる、綺麗な子です。長い髪も変わった色をしていますから、後ろ姿でも目立ちますね。


「ギゼンシャは嫌いって言ってた子が、優しく育ったねえ」

「もー。碧のおじさま、いいかげんそれ忘れて下さい」

「あはは」

「そろそろ将来のことを考えてたりするかな?」

「そうですね。教団の孤児院で、家族ができて、ここにいる分には幸せです。

 ただ、冒険者をするか、信仰生活に入るかくらいしか、

 モンスターと人の子の私には選択肢が無いのが残念だわ」

「学院は?」

「母様(教団長)にお願いすれば、通わせてくれますけど、

 そんな大金があるなら他の孤児達に使って欲しい」

「学院行けば、働き口は選べるでしょ。『鉄棍会議』にしろ、他にしろ」

「はい」

「じゃ、ちょっと行かない?」


「――碧のおじさま。いつもこんな無茶されているの?」

「僕の能力を使って稼ぐには、一番手っ取り早いからね」

「多すぎます。学費払っても余る」

「教団長に相談してごらん。預かってくれる。

 君が一人立ちする時に、必ず必要になる。

 足りなくなれば、遠慮せずに言いなさい。また散歩行こう」


碧はこうして、モンスターか、人とモンスターの間に生まれた子で、学費等の理由から進学できず、居場所が無い子達を30人ほど学院へ送り込みました。

この活動は、やがて碧の友人が引き継ぎます。


・鉄棍会議や教団の手が回らない部分を支援する

・人との共生を選んだモンスター達を困窮させないよう支えた

・人を育てることが苦手な碧は、そうしたことは友人や伯父に任せた

・自分の志を継いでくれる者達を、学院へ進学させた


碧の取り組みは、彼がいなくなっても困らないように、商人達や鉄棍会議や教団が引き継ぎの準備をしています。もっとも、鼻歌交じりにダンジョン最下層をして、学費を工面出来る者はいませんけれど。


碧はそうした引き継ぎを進めつつ、自分の仕事を整理しました。



碧 「というわけで、家族の時間が増えます!」

妻 「そんな、褒めてほしそうな顔で言われてもねえ」

長女「お母さん照れてるだけよ。お父さん、しょんぼりしないの」


妻 「あなたは、余計な解説しないの」

長女「えー」


妻 「あなたが家族の時間を作ってくれたのは嬉しいけど、旅行ダルいわあ」

碧 「そうなの?」

長女「えー、お父さんと旅したい」

次女「うんうん」

末娘「したい!」


妻 「骸骨村にしない?」

娘達「「「や」」」


碧 「とりあえず、ヴァンパイア村とか、この子達が喜ぶ所にしない?」

次女「お城巡りも行きたいです。美術館とか博物館なんでしょ」

碧 「いいねえ。娘さん達はこう言ってますけど、どうします? 奥さん」

妻 「もー、なんでこの子は、私に似てないわけ?」

碧 「見た目は君なんだけどねえ」


妻 「あなたたち。旅行に行くと、ダンジョンへ行けないわよ」

娘達「「「!!!!」」」

碧 「『転移』使えるんだから、旅先から毎日潜ればいいじゃない」

末娘「それなら、毎日鍛錬できるね」


妻 「ええー。あなたたち、お洒落とか好きな子とか興味無いの?」

娘達「「「まったく」」」

妻 「でもね。ほら、年頃になって、好きな人を振り向かせたいとか、

   あるじゃない?」

次女「叔母(サキュバス・妹)さんはお見合いされたんでしょ。

   私達も、叔母さんみたいになるはず。いけるいける」

妻 「またあいつか……」



こうして碧は、遺していく家族のために、そして自分のために、時間を使えるようになりました。ダルいと言ってた、碧の妻が一番はしゃいで、幼い娘達に呆れられたりしたんですよ。碧もまだ生命力が溢れ出ていますから、妻は常時エナジードレインし放題ですし。



現代では、華の母様のところへ、仕事が休みになると半神のあの人が訪れるようになりました。華の母様も、たまに学院へ会いに行っています。


でも、顔を合わせて食事してお喋りしたり散歩するだけなの。

2人のことは、また後日お伝えしますね。

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