第18話 大往生の3歩前

共存を願った者たちの友。


『鉄棍会議』や各教団からの、称号や表彰を全て断った碧は、68年後の未来で国中の人達にこう知られています。碧も75歳になりました。彼の命の灯火はそろそろ終わるでしょう。

そういう時ですから、親元を離れて各地で暮らしていた娘達も、実家へ帰省しています。妻と3人の娘は、今日も日課のダンジョン通いです。

碧の妻も娘達と共に通うようになった理由は、またあとでお伝えしますね。


ここは骸骨村。竜族の里のことは弟の鉄紺に任せ、碧はもう何年も骸骨村の静けさの中でゆっくりと歳を重ねています。


碧とは寿命も老化の速度も異なる家族が留守にしている間、教団長に娘と呼ばれる、白い蛇に似た、モンスターと人の間に生まれた娘が、碧に付き添っています。


「そんなに張り付いてなくても、まだ逝きはしないよ」

「ご家族が日課で留守にされる間は、私がここにいる約束ですもの。

 それとも碧のおじさまは、私ではご不満ですか?」

「まいった」

「ふふふ。私にとっては碧のおじさまは父のような方ですもの。

 娘と口喧嘩して勝てないのはご存知でしょ?」

「うちは、殴り合いでも負けるんだけどね」

「竜族の家系は大変ねえ」


「それより、『鉄棍会議』の重鎮が、年寄りに張り付いてていいのかい」

「私の願いでもありますし、『鉄棍会議』からも頼まれています」

「ああ、君は賢者の爺ちゃんと同じで、『雲の巣・改』が使えたね」

「ええ。それもありますけれど、『共存を願った者たちの友』と、

 モンスター達・彼らの家族や子孫や友人から慕われる、碧のおじさまでしょ。

 私がここにいないとどうなると思います?」

「考えたくはないが」

「みんな、会いに来たいんですよ。でも、あまりに数が多すぎるでしょ」

「世話をかけるね」

「いたくているんですもの」



その頃、ダンジョン最下層では、一通り暴れまわった碧の家族達が、新たなモンスターが湧くのを待っています。68年先の未来でも、彼女達の外見に変化はありません。


長女「まさか、家族でダンジョンに潜るようになるなんてねー」

母 「あなたたち、たまにしか帰ってこなかったものね」

末娘「あら。両親に孫を見せようと思って、私より強いオスを探したのよ?」

母 「いないから。もう諦めて、その好みを直しなさいよ……」

次女「それより、お母さんが私達に似せて、

   『体の書き換え』を受けるなんてね」

長女「愛だわ」

末娘「愛よね」

母 「冷やかさないの。あなた達と違って、私は純血種のサッキュバスだから、

   あの人が老いれば、エナジードレインで体に負担をかけちゃうでしょ」

末娘「お母さん、一時期、やつれてたよね」

母 「見てたの? で、あの人にバレて怒られたわけ。

   サッキュバスは、憑依した相手が死ねば次に行くだけなんだけどさ、

   私はあの人の妻でいたいわけ。後追いするわけにいかないし、ねえ。

   おかげで味覚が変化して戸惑ったわよ」   

娘達「「「愛じゃん!」」」



その頃の、つまり68年未来の精霊王と、私は話していました。

『君が、「輪廻転生の輪から、希望者を精霊界へ出すこと」

 「精霊たちが輪廻転生の輪に参加し、精霊界から人の世へ入ること」を

 調整してくれただろ』

『ええ、そちらはどうですか』

『末の神の教団経由で、こちらに来る者も出ているな。

 一切を忘れて来るから、それぞれの向いている属性を割り振って様子を見ている』

『順調そうね』

『1つ問題がある。順番待ちでな。人の世に興味のある者と、

 末の神の教団経由で精霊として転生してくる者の差がありすぎる』

『どうにかした方がいい?』

『いや、無理はしないでくれ。これでいいんだ。そっちはどうだい』

『基本的には人に転生させています。来世は他の子達と同じよ。

 精霊としての力が強すぎる子はモンスターに転生してる』

『碧達が整えてくれたから、どちらでも問題なかろう』

『そうなの』

『手間をかけたね』

『良い変化に繋がるといいわね。ではまた』



碧の部屋へ、友達が訪れています。彼はいまも30代の肉体のままね。碧の妻の体の書き換えは、彼の妻である豊穣神から私に依頼が来ました。

『鉄棍会議』の重鎮である白い蛇に似た娘は、席を外しています。


「お互い、夢を叶えたね」

「そうだな。オレが自力で通した馬車は、この村を含めて30程度なんだ」

「うん」

「それで、費用や利用頻度等は分かるだろ。

 『鉄棍会議』と話をつけるには十分だった」

「君は、自分でするところと、他人と協力するところの見極めが上手いよね」

「お前が独りで出来すぎるんだよ」

「寿命が短いって子どもの頃に受け入れた影響かな、他人と相談するより、

 自分で動くのが好きでね」

「わかってるよ。お前は問題を見つけるのがずば抜けて早い。

 オレたちは、お前が1人で対応できなくなる頃に、引き継ぐ。

 その繰り返しだったな」

「僕は友達に恵まれたね」

「おう、感謝しとけ」


「最近、賢者の爺ちゃんとよく話してるらしいね」

「ああ」

「次の夢?」

「馬車で一応、間に合いはするんだ。だが、賢者の爺ちゃんのところの、

 イルカいるだろ。魔法生命体なら量産できねえかなって考えてる」

「『私は乗り物枠ですか……』って言われたんだろ」

「そうそう。全員を『雲の巣・改』の利用資格を得られるくらい育てるのが、

 早いんだけど、オレみたいに学ぶのは苦手な奴もいるからな。

 イルカほど高性能じゃなくていいんだ」

「時間かかりそうだけど、楽しんでよ」

「ああ、お前に見せられないのが寂しいな」

「僕は、君が今も若い頃みたいに夢を持っていることが嬉しい」



その頃、母様が私の部屋に居座っていました。

「説明して」

「?」

「豊穣神はかつて、未来へ飛んで夫を選んだでしょ」

「うん」

「未来を見る以外に、未来へ飛んで生きることが出来るなら、

 誰がどう生きるか嫌でも分かるわよね?」

「うん」

「それに、小町魔王の初産の時、私はお腹の中の赤ちゃんの未来を見たわよ」

「ネタバレしようとして、ご夫婦に止められたわよね」

「そうそう」


「そういう、無茶する人がいるから、制限かけたの」


「原則、生まれるまで見えない。未来を見たり直接未来へ行って、

 知ってしまうことがあっても、伝えたり介入することは出来ない」

「何でそんなことするのよー」

「命を宿して喜んでるご夫婦に、重い病気の子だよとか、

 流産するよって言える?」

「教えてあげたら、心の準備ができたりとかは?」

「全員の願いを叶えてあげることは出来ないでしょ。

 そもそも、命がどう生まれるのかは、私達は関わっていないのですから」

「つまり、私が力の乱用するから?」

「ええ。お母様が無茶しなければ、碧は悩まなくて済んだかもね」

「やめてよ、罪悪感抱いちゃう。謝ってこようかな」

「禁止」

「ええ」

「そんなの、お母様が楽になりたいだけでしょ。

 碧に事情を話す? 未来変わっちゃうでしょ」

「むー」

「というわけで、お母様は、力を振るう時には碧のことを思い出すこと」

「あなたって、私にだけ当たり強いよね」

「どの神族がやらかしても、こうですよ」

「母親だから手加減するとか、ないの?」

「仕事だからね。お母様も、いいかげん大人になって」



碧の友達が帰り、彼を父のように慕う娘がまた、ベッドの枕元近くに置いた椅子へ腰掛けました。


「ふふふ。碧のおじさまに会えない子達からの、感謝状や嘆願がすごい数ですよ。

 鉄棍会議の子達がひいひい言ってます」

「迷惑かけるね。皆も忘れてくれていいんだがなあ」

「忘れられますか! 私は、碧のおじさまが拾って下さらなければ、

 ここにいませんよ」

「どうかな。見つけるのが少し時間はかかったかもしれないが、末の神の教団長が

 必ず君を娘にしたよ」

「母様なら、そうかも。でも、住む場所も食べ物も、愛してくれる人も、

 守ってくれる人もいない状態で、母様が見つけてくれるまでもったか

 私は自信ないです」

「過酷だもんな」

「というわけで、みんなそれぞれ、碧のおじさまへの恩を忘れられないの。

 旧・王都に巨大な銅像を建てようって人達がいるわね」

「勘弁してくれ。ただ土に還って、君たちの胸に少しだけ住ませてくれれば、

 それで十分なんだよ。『共存を願った者たちの友』って分不相応な名前まで

 もらったじゃないか」

「どうしようかなあ。私は、銅像が建っても嬉しいけど」

「頼む。私は『雲の巣・改』は使えないんだ」

「仕方ないなあ。『本人辞退してる』って伝えます。でも、あの子達、

 この村に押し寄せて来そうな勢いですから、また他のこと考えますよ?」


「ご家族が戻られましたね。では、また明日参ります」



3人の娘が、老いた父の元へ集まります。

末娘「お父さん、謝った方がいい?」

碧 「またいたずらでもしたのかい」

末娘「違います。夫も孫も見せて上げられなかった」

碧 「気持ちだけで十分だよ。君たちは、竜族の血を引いている。

   自分より弱い男にときめかないのは仕方ない」

末娘「いつか、お母さんには見てもらう」

碧 「ああ、縁があったらそうしてごらん」


次女「鉄紺叔父さんが、族長やれってまだ言うのよ……」

碧 「君たち三姉妹の強さは、どうかしてるからね」

次女「あれって義務? 興味持てないのよ」

碧 「鉄紺が二代目だろ? 竜族の里自体が、先代の族長によって、

   各地に散らばっていた者を集めて作られただろ。

   そんな義務は無いよ」

次女「良かった。私は、お父さんの仕事を真似して、

   各地の城下町を中心に見て回るのが好きなの。この生き方でいい?」

碧 「君の自由だ。どう生きたとしても、君の味方だよ」

次女「娘に甘いんだから」


長女「私達は長く生きられると思う。

   お父さんのことは、私達が全部持っていきます」

碧 「あまり抱え込まなくていいんだよ。時々思い出す程度で十分嬉しい」

長女「お母さんは強がるけど、お父さんが亡くなったら、喪失感半端ないと思う」

碧 「そうならないように、たくさん旅をして、同じものを見て来たんだけれど、

   力不足で済まない」

長女「いいえ。これは、私達の役目です。お母さんが、笑ってお父さんのことを

   話せるようになるまで、私達が見守ります。

   死んじゃったら出来ないんですから、私達に任せて?」

碧 「君が生まれた時、抱くのが怖くて緊張したんだ。

   ちょっと前のような気がする。大きくなったなあ」

長女「お母さんから聞いてます。それにしても、何年前の話よ……」



碧と妻は様々な話をします。旅の思い出、子育て時代の思い出、夫婦喧嘩した思い出、碧が杖をついてゆっくり歩く村の様子……。話すことは、語り尽くせぬほどありました。


「君に死ぬのは本望だったんだよ?」

「サッキュバスの倫理観ではアリなんですけど、あなたと暮らして

 私の価値観が変化したの。そんなことしたくない。

 今の体に『書き換え』をお願いして良かった」

「そうか」

「高台まで行く?」

「いや、やめておこう。途中で足が動かなくなりそうだ」

「じゃあ、ここで風に当たりましょうか」


「ああ」

「どうしたの。なんだか、あなた嬉しそう」

「先日、鉄紺が来てくれただろ」

「ええ」

「僕はあの子が母のお腹にいる頃に、

 『僕はカッコイイお兄ちゃんになるんだ』と張り切っていてね。

 あの子に認めて貰えると、なんだか嬉しいのさ」

「銅像が旧・王都に建ちそうになるくらいの人だもの。鉄紺さんには

 自慢のお兄さんでしょ。族長を頼んでも頼んでも断る姪が3人もいるし」

「娘達のことは、申し訳なく思っている。あそこまで伸びるとはなあ」

「私達の組み合わせが良かったんじゃない?」

「前族長が、幼女時代のあの子達に倒された時は、さすがに凹んでいたからね」

「今でも、鉄紺さん、あの子達に敵わないし」

「それは言わないでやってくれ」

「ふふ」


「最近、起きていられる時間が減ったけれど」

「ええ」

「今日は、君とたくさん話せて嬉しいよ」



――この数日後に、碧は人生を終えました。王族や貴族がいた頃は、国葬ってありましたよね。碧の葬儀は弔問客が多すぎるので、骸骨村では行えず、旧・王都で行われました。実質、国葬に匹敵する規模になりました。



さ、現代に話を戻しますね。小町の母様の宿へ、華の母様と例の半神の男の人が来ています。


小町「で、あなたたちは、いつくっつくの?」

半神「彼女次第ですね。彼女が踏み入って欲しくない距離には近づきませんから」

華 「あのさあ、私はそうしてくれるの助かるけど、

   あなたは子どもや家庭欲しいんでしょ」

半神「もちろん」

華 「他の女にしなさいよ」

半神「また喧嘩しますか?」


小町「あなたたち、実質夫婦なんじゃないの?」

華 「会って話して食事するだけで?」

半神「私にとっては妻のような存在ですけれど、

   彼女が伴侶を望まないことは理解しています」

華 「大切な他人かな?」

半神「いいですね。あなたにとっては、そこは家族も含む場所でしょう」

華 「家族だとは言ってない」


小町「で、華の君は、この方のどこがいいの?」

華 「私、特殊でしょ。説明して通じない人もいるし、待てない人もいる。

   この人は、理解して合せてくれる。

   それに、たぶん、『独りでいること』を私がどうしても必要とするように、

   この人もそういう傾向があるみたい」

小町「じゃ、娘さんには、『お義父さん出来たわよ』って手紙書いていいのかな」

華 「何を聞いてたの。大切な他人って言ったでしょ!」

半神「一生待って、ダメなら、骨くらい彼女が拾ってくれます。

   私はそれで満足です」



その頃、碧(7)は友達と喧嘩していました。

「だから、尻尾ひっぱらないでって言ってるでしょ」

「お前、チビ竜の時は、ぺたぺた触られても黙ってるじゃねえか」

「なんか皆喜んでるから我慢してるだけだよ」

「じゃあ、オレが喜ぶから我慢しろ」

「『竜族のホコリ』が僕にもあるんだ。尻尾は嫌なんだ」

「お前強いんだろ。力づくで言うこと聞かせればいいじゃないか」

「僕らは種族が違う。殴り合いは出来ない」

「遠慮されてるのがムカつくんだよ」

「体の作りが違うんだから仕方ないだろ!」


碧の足の上を虫が横断していきます。村に絶叫が轟きました。


「またかよ。ほら動くな、取るから」

「だって、今、ひくってした。動いてる動いてる」

「そりゃ、虫も生きてるからなあ」

「とってとってとって」

「『竜族のホコリ』ねえ……」(ぐしゃっ)


「なんか白けたな。喧嘩は終わりでいいか?」

「うん。僕もなんか疲れた。取ってくれてありがとう」



碧は友達とわかれると、歌の母様のお宅にお邪魔しました。

「歌姫のお姉ちゃんこんにちはー」

「あら、いらっしゃい。ここまで聞こえたけど、また虫?」

「村中に聞こえちゃうんだね。恥ずかしい」

「みんな笑ってるからいいのよ。苦手なんだから仕方ないでしょ」

「……」

「碧ちゃんは、おやつ食べる?」

「まだお腹すいてないの」

「そうなの。じゃあ、お昼寝かな?」

「小ちゃい子みたいに寝ないよ。歌姫のお姉ちゃんに会いたくなっただけ」

「あなたはまだ小さいの。ふふ。私の子守唄に抗えるかしら?」


地上最強の歌い手による熟練の子守唄じゃない?

碧は即落ちしました。

歌の母様は、そっとかけものをかけてあげています。


碧を見ていたから、歌の母様の子守唄をもろに聴いてしまいました。

条件反射っていうのかな。私も、あの歌で育ったでしょ。

なんだか、すごく眠くて……。


今寝たら、碧と同じ夢を見られるのかしら?

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