第16話 だって食べ頃なんだもの

ため息出ちゃうことありますよね。


豊穣神は、村娘姿でこっそり降臨して仕事することが多いんです。

だから、人間に考え方が近いのかな。好きな人が出来たんですって。


「母神様。捕まえて夫にして不老不死にする許可下さい」(ぐるぐる目)

「落ち着きなさい。そんなの許可できるわけないでしょ」

「あら。母神様のご両親の事例は?」

「うん。あれは本来ダメね。当時は私がいなかったから」

「でもでも、結果的に母神様が生まれたわけですし、アリなのでは!」

「あなた、捕まえてもいない男の人の子を宿すことまで考えてるの?」

「……」(ぽっ)


「とにかく、神にするとまでは望みませんから」

「それは妥協に入らないからね?」

「だって、好きな人と死に別れるなんて耐えられないです」

「一緒にならなければいいでしょ」

「それも耐えられません」

「あれもいや、これもいやって、あなたねえ」

「豊穣神辞める勢いです」

「奇遇ね、私も『母神』をすっごく辞めたい」

「!」


うちの神族がほんとすみません。



さ、碧の物語の続きを語りますね。今日は17年未来で24歳になった碧のお話です。

場所は旧・王都の城下町です。


昨年、最後の王子達が、王族と貴族を廃したでしょ? 混乱が起きないように、『鉄棍会議』の仕事が増えました。どうしても手が回らない部分が出ます。

碧は学院を卒業して、そんな部分を補おうと活動していました。

彼なら、生活費も活動費もダンジョンをすれば拾えますし。


「竜の兄ちゃん」と貧民街では有名な碧なのに、碧の知らない女の子を見かけました。ゴミあさりをしていますね。


「話しかけてもいいかい」

「や」

「屋台に行かないかい。美味しいよ」

「こんな子どもをナンパするなんて、ヘンタイ?」

「違うよ」

「ヘンタイはみんなそう言う」

「そうだね。僕は僕がヘンタイかどうか、今すぐ証明はできない。賢いね、君は」

「分かったらあっち行きなさいよ。私はギゼンシャは嫌いなの」

「そうかあ」

「まだ子どもだから無理だけど、もう少し大きくなれば、体を売れる。

 そしたら、人並みの暮らしができる」

「竜のお兄ちゃんは、それ反対だなあ」

「私の生き方なんだから、口出ししないでよ」

「居場所も用意できる。強くなりたいなら、鍛えてあげる。

 だから、そんな選択肢は君の夢にしないで欲しい」

「居場所なんて無いの。私は、モンスターと人間の子どもだから捨てられたの」

「それは、僕ら大人が悪い。不条理な世の中でごめんなさい」

「お兄さんが悪いわけじゃないでしょ」

「お願いがある」

「なあに」

「一緒に末の神の教団へ行ってくれないかな」

「行かないと、ずっと付きまとう?」

「君の夢を聞いた以上は、放っておけない」

「分かったわよ……」


女の子は、末の神の教団長に直接謝罪されました。

「うちの孤児院は、種族を問わず受け入れている。

 当然、モンスターと人間の間に生まれた子もいる。理由は様々さ。

 捨てられた子もいれば、親に問題があって育てられない子もいる。

 なのに、あんたを苦労させたのは、私の落ち度だ」


「偉い人に、そんなに謝られても困ります。

 教団長さんが、私を産んだわけじゃないでしょ」


「産んではいないが、あんたは私にとって娘だよ。おいで」

「私の家はどこにも無いのに、帰るって変だわ」

「馬鹿な子だね。ここがあんたの家じゃないか。私が親じゃイヤかい?」


「竜のお兄さん、教団長さんの言ってる意味が分からない」

「深読みしなくていいよ。言葉通りだよ」

「なんで2人とも、醜い私に構うの?」

「教団長、どうぞ」

「ああ。あのね、あんたは人ともエルフとも亜人とも異なる。

 が、違うだけ。美しいのさ。そう思えるようになるまで、ここにいてご覧」


女の子は、怪訝そうに頷きました。



ある時は、城下町の『特区』で困っているモンスターに声をかけます。

「最近、きたの?」

『ああ』

「買い物はここが便利でしょ」

『そうなのだが、ちょっとな』

「よかったら、聞くよ」

『私は、口の構造上、人間の言葉は発音できない』

「なるほど」

『指で指し示して売って貰ってはいるが、意思の疎通が出来ないのは不便だ』

「あなたは、人の言葉の読み書きは出来ますか」

『本は読んでいる』

「書くことも出来ますか?」

『こんな感じだが……』

「うん、十分読めるよ。筆談でいいじゃない」

『しかし、筆談に応じてくれる店は無いだろう。店主は皆、忙しい』

「そんなの調整すればいいだけだよ。あなたの、メモ帳を借りますね」

『うむ』


「はい。僕は碧って言います。で、これが僕の親友の店の場所。

 簡単な地図も描いたから分かるよね?」

『そこは特区の外ではないか』

「大丈夫だよ。要件は書いておいたから、それを見せるだけ」

『手間をかけてすまない』

「いえいえ。筆談できるくらい学んでくれたあなたに、

 不自由をさせた、僕らの方こそお詫びします」


人の言葉を発声できないモンスターは、碧の友達のおかげで、『特区』で筆談に応じて貰える店が出来て、これまでより買い物が楽しくなりました。



――こんな風に、碧は人と共存する意思のあるモンスターの為に、奔走しました。当然、彼を見て好きになる子もいるわよね。


ここは碧の伯父・朱の家。朱は『鉄棍会議』に、今日は泊まり込みで仕事をしています。混乱期ですからね。妻のサッキュバスのところへ、姉が遊びに来ていました。


「お姉ちゃんがうちに来るなんて珍しいね」

「うん」

「香水変えた?」

「え、そうね。今日はつけてない」

「へー。香水つけてない方が好みな子に惚れたの。誰」

「……」(もじもじ)

「お姉ちゃんが恥じらう姿、初めて見たわ」

「へ、碧さんの好きな物ってある?」

「弟」

「?」

「8つ下の弟を、可愛がってる。最近反抗期だから――」

「違うの、好物とかプレゼントできそうなもので」

「あの子は、うちの人と同じ、竜族の里に伝わる粗食しか口にしないからねえ」

「あらまあ」

「うちの甥を狙うとか、お姉ちゃんは見境ないの?」

「!」

「あのねえ。話の流れで分かるでしょ」

「だって、あんなにモンスターのこと考えてくれる方って、

 これまでいなかったから。美味しそうな(生命力が満ち満ちた)人だから、

 つい見ちゃうし」

「あら。単純に美味しそうだからじゃなくて、あの子の働きに惚れたの」

「あなたは姉を何だと思ってるのよ」

「手当たり次第?」

「私はそんな悪食じゃありません!!!!」


「――落とす側が、落とされたわけね」

「あなたもそうでしょ!」

「うちはお見合いだもん。まあ、分かりました、この妹に任せなさいな」



未来の話から、いったん現代の話に戻しましょう。

先日、小町の母様の宿に宿泊した、半神の男の人の話をしましたね。彼はこの村の静けさを気に入って、高台から村を眺めるのが好きなんです。


「あなた、手紙よこした割には、来ないわね」

「やあ、先生、ご無沙汰しています」

「ごめんね、教え子が多すぎて、覚えてないの」

「そうでしたか。先生が子育てされていた頃の教え子ですよ」

「あの頃の私って、家事・育児・仕事で手一杯だったから、

 とくに覚えてられないでしょうね。あの頃の私のどこがいいの?」


「静けさでしょうか。先生の、他人との距離の取り方は、『静か』だと思います」

「『冷たい』だけよ」


「それにしても、美しい村ですね。静かです」

「活気はあるでしょ」

「村の方たちの暮らしの気配と、豊かな自然の調和が、静けさに思えるのです」

「あー、それは私も気に入ってる」


「こんな遠くまで、どんなご用? 求愛なら余所に行って。友達も間に合ってます」

「お会いして、話したいと思いました」

「ええ」


「先生が、この静かな環境を愛されていることは分かるつもりです」

「あなたが、それを乱してることは理解してる?」

「はい。ですから、これだけお伝えしたら、おいとまします」

「聴きましょう」


「私の人生は、やっと始まりました。半神の体はどこまで生きられるか

 わかりませんが、私は生涯、待ちます」

「人生を棒に振る価値は、私には無いわよ」

「私は、かけるに値すると思います。お時間ありがとうございました」


半身の男は、華の母様にそう微笑んで、静かに立ち去りました。

「ちょっと、言うだけ言って、私の話も聴きなさいよ!」


華の母様は、小町の母様のところで愚痴っています。

「何なのあれ。言うだけ言って、帰られた」

「あなたらしくないわねえ」

「だって、私の今を理解した上で待つって言うのよ?

 でも、待たれても、私は妻とか恋人とか無理だもの」

「私に言わないで、その人に話しなさい。学院へ会いに行けばいいでしょ」

「うーん」



華の母様はどうするつもりなのかしら。育ての娘としては、いつまでも私のモノでいて欲しいんだけどな。さ、碧の話の続きにしましょ。改めて、17年未来で24歳の碧のお話です。


朱の家に碧は呼び出されました。


碧「伯母さん、僕に会わせたい人って?」

妹「そっちで固まってる人。私の姉です」

姉「こ、こんにちは」

碧「こんにちは。どうされました? 街で困りごとでも」

妹「違う違う。姉さんは碧が好きなの」

碧「ごめんなさい。僕は体の事情で竜族としては短命なんです。

  いくら伯母さんのお姉さんが素敵でも、僕には家庭を持つ資格が無いんです」


姉「あなたのご事情は、妹から聞いています。その上で、会いにきました」

碧「困ったな。僕は伯母さんを尊敬しています。僕ら兄弟の母みたいな人です。

  体のことさえなければ、喜んでお受けできるのですけれど」

姉「夫と死に別れるのは辛いですけれど、そこは覚悟しています。

  まだ覚悟が足りませんか?」

碧「じつは――」


・弟は運良く、健康に生まれた

・しかし、自分のように生まれつき病を持つ者もいる

・神族さえ、予め知ることは出来ない(どう生まれるかを)

・家庭を持てば子も欲しくなる。だが、自分は親には向かない

・短い人生で出来ることは限られている

・子どもが健康に生まれてくれたならいいが、自分と同じ思いをするなら、

 安心できるように育ててやりたい。

・「父ちゃんは、寿命短くなったけど、楽しいぞ」と生きて見せてやりたい

・もし、困難を背負って生まれてくるのなら、

 その子に「予想できただろう」と詰られたとしても、

 「それでもお前に会いたかった」と告げ、

 その子が「残念なこともあるけど、0じゃない。生まれてきてよかった」と

 思えるまで見届けたい。

・そう考えると、怖くて、家庭も伴侶も諦めた


碧「伯母さん泣かないでよ」

妹「……」

姉「碧さん、考えは聴きました。でも、あなたは1人で背負いすぎです。

  街のモンスター達のことだってそう。いくら時代の過渡期とはいえ、

  あなたが抱え込みすぎです。あなた1人では無理でしょ」

碧「街のモンスター達のことはそうですね。どうしようか、考えています」


姉「そこまで考えて覚悟したのなら、親になってみたらどうかしら?

  私が産みます」

碧「いやいやいや、僕は断る理由を述べたんですよ」

姉「事情を聴いたら、どうしてもあなたと生きたくなりました。

  逃げても無駄よ。必ず追いかけますからね?」

碧「伯母さん、なんでニコニコしてるの?」

妹「姉さんが本気になったなら、碧は抵抗できないから、話がまとまるなあって」

碧「伯母さん! その場合、僕の意思は?」

 「「大丈夫、サッキュバス的にはアリだから!」」



その頃、碧の友達は、最近知り合ったとデートしていました。

「なんだか、夢みたいで、料理の味、分からなかったんですよ」

「私もです」

「もう少し、緊張しなくなったら、また行きましょう。美味しいですよ」

「嬉しい」

「オレの話ばかり聞いて貰っていますね」

「『お友達に紹介されたモンスターの筆談の件』とか、

 どれを伺っても楽しいですよ」

「あなたが聞き上手だから、つい話してしまいます」

「あ、その通りは避けましょ」

「近道ですよ」

「少し遠回りしたいんです」


――そりゃ、村娘姿でも、自分の信者が守っている教団派出所の前を、男連れで歩きたくは無いわよね。あの子、未来で何やってるのよ!!!



そんな、うちの豊穣神に狙われている、碧の友人ですけれど、末の神の教団長からも呼び出されました。


「わざわざ来てもらってすまないね」

「いえ。こちらもお得意様ですから」

「結論から言うと、碧が欲しい」

「あいつはまだ『鉄棍会議』や『教団』に属して無いですからね」

「人と共に生きることを選んだモンスターとの共存は、私達の課題でもある。

 碧は、私達の行き届かない部分を補ってくれる」

「ええ」

「是非、うちの教団へ迎えたい」

「あいつは、組織に属することを嫌っていますね」

「今のように動くことが、あの子にとっては最適解なわけか」

「そうです」

「だが、1人では限度がある。まして、人間と寿命が変わらないのなら、なおさら」

「そこは、あいつも考えてますね」

「どうだろう、間に入ってくれないかい。

 私達は、あんたの馬車屋の夢も興味深く見ている。もう、骸骨村だけでなく、

 幾つかの村へ馬車を通しただろ?」


「……夢のために、友を売れないですよ」

「そう聞こえたなら、すまない。私が悪かった」

「いえ、頭を上げて下さい」


「碧だけじゃない。その若さで、もう夢を一部叶えた、あんたの才覚も買っている。

 私は、あんたも碧も、いつでも歓迎する。覚えといてくれ」

「私は商人ですから豊穣神様を信仰していますが、教団長のことを尊敬しています。

 お話し下さったことを、碧に伝えることまではお約束します」



現代に話を戻しますね。小町の母様は結局、王都の学院の半神の男を訪ねました。

彼の教授室へ、華の母様は通されました。


「学院は久しぶりだわ。あまり変わってないのね」

「先生が去られて20年と経っていませんから、そう変わりませんよ」

「そうね」

「わざわざ来て下さって嬉しいです」

「私は嬉しくないわよ。話の途中で帰るなんて。ちゃんと振られなさい」

「私は私の考えを伝え、先生の言葉を聴きました」

「そうね」

「断られた上で、待つのは私の自由ではありませんか」

「そうなんだけど、うーん。私は女に見えるかもしれないけど、

 半分死んだようなものなの。

 ねえ? あなたなら、こんな面倒な女じゃなくて、

 まともな女性を選ぶことが出来るでしょ」

「きっと、私も半分死んでいるのでしょう。だから、先生が特別なんですよ」


「あなた、子どもは好き?」

「ええ」

「家庭を持ったら何人くらい子ども欲しいの?」

「授かりものですからね。与えられるだけ」

「何人産ませるつもりなのよ!! 産むのも育てるのも大変よ?」


「先生は、今の暮らしを変えられないんですよね」

「変えたくないの」

「だとすると、子育てや出産が一番大変かもしれませんね」

「だから、私に産ませる前提はやめようよ」

「あまり心配なさらなくとも、先生のやり方に、合わせることが出来ますよ」

「うん、ごめん。断りに来たのに、どうして2人の人生設計の話に?」



――華の母様、わざわざ会いに行くから……。

さ。17年未来の、24歳の碧の物語もそろそろ終わりです。


断ろうと事情を説明したら、サッキュバス(姉)に火が着いちゃいました。本気出したサッキュバスから、逃げられる男なんて、私は知らないです。


碧夫婦の寝室に、朝日が差し込んでいます。

「1人で生きるつもりだった人が、どうして寝起き悪くなるのよ」

「きみが、寝かせてくれなかったんでしょー」


まだ寝ていたい碧に、サッキュバス(姉)がぴっとりくっつきます。

「あなたにしろ、朱さんにしろ、エナジードレインで吸い付くせないって化物よね」

「君らにとっては、理想的でしょ」

「今はまだ、あなたが若くて元気だから実感ないけど、

 『歌姫』様が聴かせて下さったみたいに、私達も寿命が異なる夫婦だから、

 死に別れるのは辛いでしょうね」

「まだ先の話だよ。それまでにどうしたら良いかは、歌姫のお姉ちゃん、

 教えてくれたでしょ?」

「精霊王とたくさん旅をされたのよね」

「そうそう」


「私達なら……私にどんどん依存させて、ダメ男にすればいいかしら」

「怖いこと言わないでよ。男を堕落させるのは君の専門じゃない」

「素直に堕落なさいよ。残りの人生の快楽は保証します」

「魅力的な提案ですけど。僕のしたいことが出来なくなるよー」


「私は、本気なんだけどなあ」

「本気で夫を駄目にするの禁止です」

「むー。私は駄目なあなたでも愛する自信あるのにな」

「それは僕がいや」

「だって、あなたは利他的過ぎて自己犠牲が過ぎるんだもの。

 もっと堕落して、ちょうどいいと思うわ」

「それは不満や心配のようでもあるけど、褒められたみたいで嬉しいよ」

「まじめに注意したのに、ニマニマしないの!」

「だってさ、一緒に生きてくれる人が現れると思わなかったから」

「照れた方が可愛い?」

「そのままが可愛い」



朱の妻、つまり伯母には、碧の弟の鉄紺も可愛がられて育ったでしょ。だから、サッキュバスの印象は良いし、むしろ憧れるくらいなのね。

兄があっさり妻にした(※夫にされたのを知らない)のを見て、反抗期の鉄紺は密かに「兄貴すげえな」って思ったのでした。

もちろん、誰にも言えなかったんですけれどね。

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