第15話 最短距離で行く、若葉の季節

へきは、竜族系亜人の感覚では一瞬で寿命が尽きる自覚があります。

だから、目的へ最短距離で向うことを好む子に育ちます。


11年未来、18歳になった碧を見てみましょう。

彼は竜族の里で家族と共に暮らし、この春学院へ入学しました。以前お話しした、碧の苦手な虫を退治してくれるお友達と、王都で再会したところです。


「碧は学院出て何やるんだ?」

「幾つか考えてはいるんだけど、それが出来ることなのか、

 出来るとして僕の能力で足りるのかを見極めるために、来た」

「お前ならサクッとやれそうだけどなあ。

 オレは、商売覚える」

「うん」

「ガキの頃、お前がまだ巨大化出来た時に、一度だけ、村のみんなと

 カゴに乗せて貰ったことがある。

 領主の街の王立図書館分館まで運んでくれたよな」

「そんなこともあったね」

「楽しかった。村の爺ちゃん婆ちゃんも喜んでた」

「うん」

「今って、王都と領主の街の間は馬車が出てるけど、

 領主の街から村までは足って無いだろ」

「うん」

「馬車屋をやりたいんだ。ただし趣味でな」

「趣味?」

「毎日4往復するのに必要な費用を計算すると、村の衆が出せる運賃では

 必ず赤字になる。だから、馬車屋をやる為に、商人で稼ぐ」

「かっこいいね」

「で、これは、ちょっと夢を見すぎなんだけどさ。

 成功したら、『鉄棍会議』と組んで、全ての村に対して同じようにしてやりたい」

「壮大だね」

「お前の友達だからな」


「だから、オレは学院に行かない」

「僕は学院にいるから、店主さんに叱られて泣きたくなったらいつでもおいで」

「言うじゃねえか。お前こそ、虫が出て学院の女の子にしがみつくんじゃねえぞ」

「……虫は、君のとこ行く」

「仕事中かもしれねえなあ」

「休憩時間に」

「休ませろ」

「えー」


「……お前、虫を殺せる子を嫁さんにしたらどうだ」

「そんなのまだ早いよ」

「彼女でもいいし。この歳になってそのままなら、一生無理だろ」

「むー」

「お前なら、多少駄目でも、女の子達は許してくれるしな」

「?」

「本当に分かってないのが、嫌味なヤツだなあ」(苦笑)



これも11年未来の出来事です。学院生になって最初の夏季休暇を迎えました。

碧は、族長と相談しています。弟の鉄紺てつこん(10)も、兄の横にくっついて、神妙な顔しています。


「鍛錬を始めるのか」

「はい。族長様は、どう鍛えられたのですか」

「曾祖父ちゃんでいいぞ」

「いえ。族長として接して下さい」

「そうか。オレは元はただの人間だっただろ」

「はい」

「あまり参考にならんぞ」


・学院へ行けるように村で教育を受けた

・学院では小町魔王と生きるために必要なことのみ学んだ

・魔法は骸骨村の賢者に習った

・ある事情で封印された、凶暴な竜族の亜人と融合した

・融合した影響で三日三晩死線をさまよった

・あとはダンジョンで竜化した体の使い方を覚えた


「いえ、目安にさせて貰えそうです。やはりダンジョンですね」

「ああ、鍛えるならあそこが早い」


「魔法については、『転移』のみで十分です」

「理由は」

「私は歌姫様にも育てて頂きました。精霊と親しんでいますし、

 精霊魔法使いLv30ですから、これを上げます」

「精霊魔法は『歌う』関係で、魔法より発動が遅いぞ」

「竜化して戦うのが中心ですから、肉弾戦が中心です。

 それに僕らにはブレスがありますから」


「なるほど。多少不便でも、被る能力は捨てるわけだな」

「はい。他は、神官・竜族を上げるつもりです」

「3職か。時間はどの程度かける」

「学院の夏季休暇で終わらせます」

「生意気を言うようになったな。通常は、年単位かかるものだぞ。

 お前らが中興の祖として知っている、鉄棍女王は神官のみだが、

 武神夫婦に連れられてカンストした。オレの知る限りでは、あれが最短だな」

「人間の肉体で成し遂げたのですから、

 より強靭なこの肉体で負けるわけにはいきません」

「竜族のホコリってやつか?」(ニヤリ)

「やつです」(ニヤリ)


「鍛錬するならダンジョンが手っ取り早いが、

 PT組んでくれる冒険者にあてはいるのか」

「伯母さん(朱の妻)が冒険者なので、相談してみます」

「賛成だ。お前の成長を期待しているぞ」

「はいっ」


族長の家を後にした兄弟は――

「鉄紺は、族長さんちで、良い子にしていられたね」

「兄さんが真剣に話してるのに邪魔したりしないよ」

「そうかあ」

「いつから始めるの?」

「今すぐかな」

「いいなあ。僕も早く大きくなりたいよ」

「そんな慌てて大人にならなくていいって」

「むー」

「じゃ、母さんと父さんに伝えておいて。しばらくダンジョンにこもるから」

「うん。気をつけて」

「ああ。ちょっと行ってくるね」


碧は『転移』の魔法で、その場から消えました。



これは、ほんの少し未来の出来事です。骸骨村で小町の母様と暮らしている碧を、族長が迎えに来ました。いよいよ孫娘(碧の母)の出産が近いこともあり、碧と神官でもある小町の母様を連れに来たのね。


「『転移』するけど、忘れ物はないな?」

「曽祖父ちゃんは、曾祖母ちゃんに、いつもみたいにしないの?」

「お前はオレを何だと思ってるんだ。お前の母さんが待ってる。行くぞ」


小町の母様はくすくす笑っています。彼らは『転移』の魔法で、瞬時に碧の実家へ飛びました。


「はい。じゃ、あの子のことは、私が責任持って見守ります。

 皆は外で待ってなさい」


小町の母様がそう言って、碧の家に入ります。

――難産でした。


里の女衆が、部屋を清めたり、疲れ果てた碧の母を着替えさせてやったりしています。生まれた子は、碧よりも深い青でしたので「鉄紺」と名付けられました。


手伝ってくれた人達も、小町の母様夫婦も去り、今は碧達家族だけです。


碧「赤ちゃんて小さいんだねえ」

父「骸骨村では、生まれたばかりの子はいなかったんだね」

碧「うん。かわいいねえ」

母「碧も、ちょっと前はこんなだったのよ」

碧「信じられない」

母「ふふふ」

碧「お母さん、ずっと苦しそうだったけど、大丈夫?」

母「子を産むのはこういうことだもの。

  あなたこそ、構ってあげられなくてごめんなさいね」

碧「ううん。僕、お兄ちゃんになれたんだね。

  お母さんありがとう」


碧は、鉄紺を触るのも怖くて、ただただ眺めてため息を漏らしています。

「時間が止まればいいのにね」


碧が何を言いたいのか、両親は受け止めた上で、父はこう言いました。

「鉄紺はずっと赤ちゃんのままでは、碧と遊ぶことも出来ない。

 お前の知っている美しいものや楽しいことを教えてやりたいのだろ」

「ほんとだ。止まっちゃ困るね」


静かに眠っている鉄紺を、碧は眺め続けました。



さ、11年先の未来の話に戻しましょう。碧は伯父の朱の家にいます。

碧「というわけなのですけれど、伯母さん、どなたかご紹介頂けませんか」

朱「碧、そんなかしこまらなくていいんだよ。伯母さんまで話しにくそうだ」

サ「そうよー。うちはまだ子どもいないから、

  あなたも鉄紺も息子みたいなものだもの。もっと甘えてくれなきゃ」

碧「ありがとうございます」


サ「精霊魔法・神官・竜族のカンストを学院の夏季休暇でやるの?」

碧「はい」

サ「せっかちな子ねぇ。そんな無茶なペースに

  付き合ってくれる冒険者なんていませんよ」

碧「そうでしたか」

サ「ふふ。しょんぼりしないの。伯母さんに任せなさい」(ウインク)


――可愛い甥(碧)の為に、サッキュバスは張り切りました。


Lv20 竜族(碧)

Lv80 前衛戦士

Lv80 ドワーフ

Lv85 サッキュバス(伯母)

Lv90 末の神の教団長

Lv80 魔法使い


ダンジョン最下層で、準備体操代わりに数体モンスターを倒して、彼らは一息ついています。


姐 「久しぶりに暴れられると思ったら、私は神官枠じゃないの!」

碧 「すみません。神官から上げます」

姐 「碧は気にしなくていいのよ。そこでニヤニヤしてるのに文句言ってるの」

サ 「でもでも、この子、Lv1で連れてきたのに一度も死なずに

   もうLv20になってるでしょ?

   神官枠を削り、火力で圧倒して、回転早くするのを選びました!」

前衛「Lv1を引率する発想じゃねえな」(苦笑)

ドワ「この子は耐性持ちか?」

魔法「ステータス確認しました。耐性は全て持ってますし、

   耐久力が装備無しでも私達と同等です。竜化とはとんでもない状態ですね」

姐 「碧が打たれ強いのは分かった。ヤバくなったら下がりな。私が前に出る」

碧 「はいっ」


碧は、例の病気を書き換えた際に、「祝福」を与えました。例えば族長は、耐久力に関しては碧と同じですけれど、耐性はこんなに揃っていません。

碧は彼らの戦いを見て、出来ることをしました。

モンスターの囮になって気を引くとか。

相手の攻撃を邪魔するとか。

もちろん、耐久力を活かして、後衛の為に壁はきっちりこなします。


碧を引率する残りの5人は全員火力を出せますから、大抵のモンスターを薙ぎ払うことが出来ます。高価なアイテムが落ちても拾うこともせず、ひたすら碧のLv上げに集中しました。



――3職カンストした碧は、族長のように、装備なし・携帯食無しで最下層をソロで歩けるようになりました。

その報告に、伯父の家へ訪れています。


サ「伯母ちゃんも冒険者は長くやってるけど、碧は育つの早すぎよ」

碧「あはは。頑張りました」

サ「あなたならフルカンできるのにね」

朱「まあまあ、碧は必要な力のみ獲得したのですよ。

  フルカンするには時間が必要でしょう。

  この子は、冒険者になるわけではありませんから」


サ「それが惜しいの! 装備も携帯食も無しで最下層を散歩できちゃう子なんて、

  戦うために生まれてきたような子じゃない。冒険者、向いてるけどなあ」

朱「君が碧を可愛く思ってくれるのはうれしいですけれど、

  どう生きるかは彼に選ばせてあげないとね」

サ「そうね、あなた」


碧「1人で潜ったら、夏季休暇では終わらなかったです。

  伯母さん、本当にありがとうございました」

サ「『伯母さんありがとう』で十分なんだけどなあ。

  息子みたいって言ったのに、甘えてくれなくて寂しいなあ」

碧「伯母さん、ありがとう!」

サ「よろしい。とても楽しかった。こちらこそ、ありがとう」


朱「里の習わしはどうしますか」

碧「はい、挑戦します」

朱「そうですか。私は文官になりましたから、挑戦していないのです。

  族長も喜ばれるでしょう」

碧「励みます」



その頃、学院では夏季休暇を利用して、精霊魔法の特別講義が行われていました。熱心な学院生達が、十数人集まっています。広い教室はガラガラですね。


エルフの里の前長老(現・精霊魔法の教授)が、2つの歌い方を披露しました。

「何か気づいたことはありますか」

「どちらも同じ効果が現れます」

「ええ、そうね」

「2つ目の歌い方は、長時間歌い続けることができそうです」

「ええ、疲れにくい歌い方ですね」


「この、疲れにくい歌い方は、私の里の現長老の妻の置き土産なんですよ。

 私達エルフは老化するのが遅いでしょ。でも、人間は違う。

 老いた体でも歌いやすいように、工夫したの。

 この歌い方は、幾つものエルフの里へ伝わっています」


「魔法と比べ、精霊魔法は伝統を受け継ぐだけになりがちです。

 でも、こうして、改善することは出来ます。

 あなたたちに期待しています」


学院生達は、力強くこたえ、さっそく自分たちに何が出来るかを考え始めました。



未来の話ばかりしてしまいましたね。現在の、骸骨村では、華の母様のお宅に、私の母・歌の母様・小町の母様が集まっています。


華 「私は心が冷たいと思うのよ」

女神「考えたこともない。あなた頭良すぎるんじゃないの」

歌姫「大切な人との距離感のことでしょ?

   それは冷たさではなくて、個性よ」

小町「私はアリだと思う。私は夫とベタベタするのは好き。

   けど、自分でも距離が近すぎる自覚はある」


華 「うーん。皆が優しいのはありがたいんだけどね……。

   例えば、子育てした頃に、なんでこんなにしがみつかれるのか

   理解するのに、すごく時間がかかった。

   あの子達にしてみれば私しかいないんだから、しがみつくわよね。

   夫を持たなかったのは私のワガママだし」

歌姫「決めたのはあなた。でも、決めざるを得なかったのもあなたでしょ。

   ワガママなんかじゃないですよ」


華 「それで、子育てしながら、仕事しながら、ずっと考えていたのよね。

   考えてみたら、私は育ち方が特殊かもしれない。

   エルフの里の自然は懐かしいけれど、会いたい人はいないの」


女神「その影響から抜け出すのって難しいでしょ」

華 「難しい」

女神「私なら、『幼少期』ではなくて、今の私になる前の私、

   封印された邪神だった時代の記憶が残っているみたいで、

   たぶん、どこかオカシイと思う。夫を縛り付けたいし」

華 「ふふふ」

女神「で。夫に確認したの。迷惑なら、『書き換え』してでも直すって」

華 「武神は受け入れたのでしょう」

女神「そう。彼もどこか変なんじゃないかな。

   それでね。別に夫婦じゃなくても、いつか今のあなたを

   受け入れてくれる人が出たら、怖がらないで欲しいと思う」

華 「怖がってはないわよ」

小町「素直じゃないなあ」


歌姫「華の君は、冷たくないですよ。あなたの子達も、母神との関わりでも、

   あなたはサッパリしてるだけ。面倒見いいじゃない。

   学院の教え子達からも慕われているでしょ」


華 「歌姫は、私のことを美化しすぎてる。私はそんな良いもんじゃないわ」

歌姫「私とあなたは違います。でも、同じところもあるでしょう?

   心の棚に何が入っているかとか、置き場所はどこかが多少違うだけです。

   私はあなたに冷たくされた覚えはないわよ」


華 「まったく、精霊王ったら、あのおどおどしてた子を、こんなに変えるなんて」

歌姫「おどおどしていた私の方が好き?」

華 「言わせないでよ。友達でいてくれる、今のあんたが良い」


歌姫「里で育って物心ついた頃には、あなたはもう大人だったでしょ。

   あの頃のあなたも、夫におしおきされたあなたも、

   学院で勤務してた頃のあなたも、今のあなたも、全部好き」

華 「歌姫は、私をくどいてるわけじゃないんだよね?

   夫が精霊界に居て寂しいとか」

歌姫「ううん。友達とか家族みたいな、好き」

華 「その過剰な包容力はどこからくるのよ……」


歌姫「迷惑?」

華 「お人好しだなあって呆れただけ。私のことを良く解釈してくれる友達を

   迷惑だとは思わないわよ」

小町「歌姫の見方は、私も賛成だけどね」

女神「華の君は、心に触られるのが苦手なんだよね」

華 「女神様、あのねえ、そんなところ触られるの得意な人いないわよ」

女神「私は私の心に触って欲しくて、夫とベタベタしてますけど?」

華 「うん、ごめん。異次元過ぎて想像できないわ」

歌姫「あらあら」

小町「華の君って、頭いいのに、子どもな所あるのね」

華 「こど……?!」

小町「おこちゃま?」

華 「よし、その喧嘩、買った」


私の母様達は、今日も仲良しです。華の母様は冷たくはないけど、すごく「静か」な感じの魂の持ち主ではあるわね。母様だって神族なんだから、そこを説明してあげればいいのに、ねぇ?



それでね、華の母様に手紙出した人いるじゃない? 小町の母様の宿に宿泊しているの。学院で語学関係の教授をしているのですって。美の神の息子だから、半神ですね。背が高くて、物静かで知的な印象の人。


「華の君に会いにいらしたの?」

「ええ。私が学生だった遥か昔は、ただただ高嶺の花でしたから」

「あの子がハーレム持ってた頃?」

「いえ、お子さんを育てていらした頃ですね」

「そう。あの頃のあの子を好きになってくれたの」

「私は、父の件があり、今の職についたのは最近のことでしたから、

 先生が学院長でいらした頃は知らないのです」

「ああ、美の神の息子さんなんだ。苦労されましたね」

「我らの母達と比べれば、どうということはありません」

「そう。あの子の娘からは『しつこい』って聞いてるけれど、

 あなたはガツガツした感じないのね」

「そんな印象を与えてしまいましたか。色々、話はしましたが……」

「気にしなくていいわよ。あの子の娘は告白され慣れているから、

 なんとなく距離が近くなったら警戒しちゃうのよ。

 今、好きな人がいるし」

「そうでしたか」


「私が華の君の親友だって知って来たのよね。

 何が聞きたいの?」


「ただ共に生きたいと願うことは、迷惑でしょうか」

「今はね」

「今?」

「ええ。華の君は、色恋も性愛も子育ても終えて、

 今を人生の晩年として受け入れているの。エルフですから、長い長い晩年よね」

「そんなお気持ちなんですね」

「だから、私は、結婚と恋愛の女神の神官として、あの子の友として、

 あなたが、あの頑固者に再び火をつけられるか見ています。

 応援するわよ」

「ありがとうございます。まずは、会って頂けるようにしなければいけませんね」

「手強いわよ。手負いの野生動物だと思って」

「覚悟します」


――小町の母様ったら、敵に塩を送らないでよ。まあ、華の母様の好みは知らないけど、すごく静かな魂の持ち主ね、この人も。



そんな半神の父である、美の神なんだけどね。聞いて下さる?


「あの、母神様」

「なに」

「姐さんに習って、母神様のことも『お袋』などと、お呼びした方がよろしいか」

「よしてよ。私は、あなた産んでません」

「残念です」

「教団長の影響受けすぎ。頭ダイジョウブ?」

「仕様です」

「あらそうなんだ。そんな仕様にした、先代の『母神』もあなたも残念ね」

「そんなに褒められては、照れてしまいます」

「よーし、書き換えが必要ね。どこ治そうか」

「?」


末の神の教団の信者にさせられたじゃない? 神が他の神の教団でこっそり働くなんて前代未聞です。神聖魔法は神から与えられた奇跡を行うものでしょ? 奇跡を与える側だから、癒やしの奇跡とか誰より優れてて当然よね。神ですから。

教団長は、美の神(人間姿)を、教団の治療所へ来られない傷病者の元へ派遣しています。評判はすごく良いし、美の神も張り切ってるんだけど……。

あなた本業は?



11年未来のお話に戻します。伯父伯母へ報告と挨拶を済ませた碧は、友達と会っていました。3職カンストするのが予想以上に早かったので、夏季休暇はまだ残っているの。


「どしたの、夏バテ?」

「いや、ちょっと仕事のことで」

「君の店は僕も行くけど、評判いいじゃない」

「ああ、店員としては、十分やれている」

「うん」

「だが、オレは『馬車屋』の夢があるだろ。自分の店を持ちたい」

「そうだね」

「店をやるには元手が必要だ。

 オレの稼ぎだと、どこかの店の入婿にでもならなきゃ、自分の店は持てない。

 だが、婿に入れば夢は捨てなければいけない」

「よく数ヶ月で気がついたね」

「働いて暮らしてみりゃ気がつくさ」

「元手ってどのくらいいるの?」


碧の友人が口にした額は、何人も学院で学ばせることが出来るほどの大金でした。


「僕に任せて」

「はぁ?」

「大きくて丈夫な袋が必要だけど、持ってる?」

「いや」

「じゃ、そこの市場で教える」

「おう」


碧は冒険者のLvは一切無い友人を連れて、鼻歌交じりにダンジョン最下層を散歩しました。いえ、散歩という名の蹂躙ですね。


「万一死んだら、蘇生させるから。まあ安心して」

「安心できるかよ」


「おまえ、意味分からねえくらい強ええな」

「褒められたー」

「半分呆れてるんだよ」

「僕の夢の為には、この程度出来ないとね」

「そうか」


「はい。そのモンスターの皮と牙は高いから、拾って」

「おう」


市場で買った袋がギュウギュウになると、碧は友達と共に、市場へ『転移』しました。伯母のサッキュバスに教わった店で、アイテムを鑑定し買い取って貰います。

――碧の友達の今の稼ぎだと、20年分に相当する大金になりました。


「なあ、これは返すからな」

「友達とお金の貸し借りはするなっていうのが、僕の家の家訓なんだ」

「?」

「だから、君と貸し借りは何もない」

「そういうわけにはいかねえ」

「一緒にダンジョンに潜って、君も体張って持ち帰った物だろ」

「まあ、何度も死んだ。お前ら冒険者の世界は理解できない」

「僕も冒険者ではないけどね。それは君の取り分だ。以上」

「お前はタダ働きじゃねえかよ」

「なんで? 子どもの頃に、君と遊んだのと一緒だよ。

 久しぶりに探検しただけじゃないか」

「あのなあ。控えめに言って、最下層のモンスターはお前に萎縮してたぞ。

 逃げてるのを捕まえて倒してたよな」

「だって、これが一番、早くて確実だから」

「お前にしか出来ねえよ。ありがとな」

「僕が強くなって君の役に立ったなら嬉しい。でも、無茶させてごめん」

「ああ、しばらく夢を見るだろうな」



さあ、11年未来の碧の物語も、そろそろ終わりです。

碧は目標通り鍛錬を終えました。竜族の里では、一番強い者が族長になります。腕に自身のある若者は、族長へ挑むことが、この里の習わしです。


広場には、立会人と、族長と碧だけが居ます。


「族長様、どうか子孫だからと手心は加えず、厳しくお願いします」

「おう。オレの子孫だからこそ、手荒くやるぞ。覚悟しろ」


族長は魔法が使えます。私の与えた「祝福」でほとんど相殺できますけれど、拳の届く距離へ間合いを詰め、族長に魔法を使う余裕を与えません。


それでも、隙をついて大火力の魔法を発動されますが、碧は精霊魔法を使って自分に加護を与え、爆風を振り払ってかき消しました。


碧が唯一使える『転移』の魔法で、族長の後ろを取ります。

族長の首筋をそっと触ります。竜族の急所の1つですね。


「僕の勝ちです」

「すまんな、オレの後ろを取ったのは見事だが、勝つのはオレだ」


族長は、急所に触れられるのを構わずに、そのまま碧を投げ飛ばしました。


「よくそこまで鍛えた。オレたちの耐久力を読み誤ったのは、お前の経験不足だ。

 そこを直せば、お前はオレを越える。族長やるか?」

「族長は、僕の持ち時間をご存知でしょう」

「ああ。その持ち時間で、この里を率いるのも楽しいぞ」

「そんな生き方もいいですね。でも、僕はやりたいことがあります」

「分かった。その道で励みなさい」

「はいっ」



竜族の里の者は、「最盛期の誰それなら誰が強いか」を語るのが好きです。それぞれ、贔屓にしている族長や冒険者がいます。

碧は、いつまでも、彼らが名を挙げる1人になりました。


鍛えた彼が何をしたいのかは、また後日にいたしましょう。

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