第1章 陽の君 来襲
第04話 この声はお好き?
ねえ、一年中発情期って疲れない?
村の動物達も不思議がるんだけどね、人間もエルフもドワーフも亜人も、個体差はあれ、子どもを産める期間は一年中「その気」になれるじゃない?
居間でダラダラしてる私は、考え事をしている叔父様にそう質問してみたの。
「突然どうしたんだい。君もとうとう、恋する乙女始めるの?」
「違うわよ。エルフの里の陽の君さんのこと」
「おや。今日はいい天気ですね。ちょっと、村を見てきましょう」
「あの子の気持ちから逃げるわけ?」
「答えないとダメですか」
「少しだけ私の機嫌が悪くなるでしょうね」
「それ脅迫だからね? うーん、そうですねえ。
彼女は、恋に恋する子です。たまたま私なのさ。まだまだ子どもですよ」
「ふーん。あの子なら、叔父様が落とされても、良い奥さんになりそうだし、
叔母様って呼ぶ用意はあるわよ?」(悪い顔で)
「姉様みたいにニヤニヤしないで下さい」
叔父様は、呆れて見せると、また考え事に戻りました。
そうねえ。身びいきもあるけど、叔父様が集中してる姿は綺麗よ。好きになる子がいても、私は不思議に思わない。まあ、恋心までは分からないけどね。
『雲の巣・改』を使う資格を持つと、お祖父様のイルカちゃんみたいな魔法生命体の導き手を、呼び出すことが出来るの。私はまだ呼び出して無いの。とくに不便を感じないのと、どんな姿なら可愛いか決めかねていて。
どんな子が可愛いかなあ。どんな子でも愛着はわくでしょうし、ねぇ?
とっても快適に散らかっている、愛する自室のベッドでゴロゴロしながら、私は『雲の巣・改』経由で、お祖父様へ直送ツブヤキを送ったの。
『お祖父様、元気?』
『うむ。どうしたね。今日は来ないのか?』
『私に会いたい?』
『当たり前じゃろ』
『なら、会いにきて下さればいいのに』
『お前の部屋はなあ……。孫娘の脱ぎ散らかした下着はキツイものがある』
『あら、そんなの知らないわあ』
『ん? とうとう片付けたのか?』
『まさか。お母様が、「耐えられない」って、回収してお洗濯して下さるの』
『お前の怠惰が、ワシの娘に勝ったか』
『やったー』
『褒めとらんぞ』
『やったー』
あら。お祖父様が黙ってる。やだ、お祖父様の洞穴で頭抱えてる。
いいかげん、私に慣れて欲しいわ。
『あのね、お祖父様の考えを伺いたいの』
『構わんが、コレ、記録残るぞ』
『ええ。記録を解読できる者も、管理者も私だけです。何も問題ないわ』
『そういえばそうか。まあ、話してみなさい』
私は、かつてお祖父様が、この国の中興の祖である鉄棍女王と話し、彼女の息子たちが組織した『鉄棍会議』が取り組み続けている「停滞と衰退」の問題を話したの。
・千数百年以上王国が続いている異常さ
・建国王の時代と比較して、明らかに進歩したのは魔法のみ
・他国との緊張は無く、戦争も小競り合いも無い
・神聖魔法や魔法の恩恵で、病で困る人はいない
・基本的に世襲制の世の中
(学院で学ぶか、お祖父様のように師匠を見つける人は少数)
『そのことか。お前はどうしたいのかね』
『んー。「鉄棍会議」で真面目に取り組んでる子達の努力を思うと、
気の毒ではあるのよ』
『ふむ』
私は、お祖父様との会話を続けました。
その頃、歌の母様の家では――
歌の母様(歌姫)と華の母様(華の君・元学院長)の、2人のエルフが、客を迎えていたの。
「ご先祖様達、ご機嫌いかがですか。お会い出来て陽の君は幸せです」
「歌姫でいいですよ」
「私はお姉ちゃんでいいのよ?」
「年齢考えろよ大年増」
「こーら、本音漏れてるぞ?」
「?」(とっておきの、キョトンとした顔で)
歌の母様は3人の子がいます。火の君(長女)・水の君(長男)・土の君(次男)の3人です。水の君がエルフと設けた子孫の1人が、華の母様の子孫と子を設け、何代か経った子孫が陽の君さんなの。
この子が受け継ぐ人間の血は、歌の母様の夫である精霊王の血のみ。だから、もう人間の血は薄まり、ごく普通のエルフなの。
歌の母様はエルフとしては肉感的過ぎるから、華の母様の方が似てるかな?
華奢で、胸は薄く、人間の価値観だと儚げに見える美貌の持ち主よね。
陽「エルフの里にいても、末の神様に会えないから来ちゃいました!」
歌「あらあら」
華「あの子は、押し倒してもその気にならないわよ?」
陽「まあ、そんなはしたないこと、陽の君は分かりませんわ」
歌「うんうん」
華「そのキャラで行くのね?」(こめかみを押さえながら)
陽「?」
きょとんとしてる。この子、表情がころころ変わって参考になるわね。
今度、真似してみようかな。
陽「精霊王を落とした歌姫様と、多くの浮名を流したお姉様に、
ぜひ、ご指導いただきたくて! 達人、お願いします!!」
歌「んー。うちの場合は、あの人が私のことを気にかけてくれて、
自然にプロボーズされたから、特に何もしてないのよ」
「「参考にならない上に、なんかむかつく!!」」
陽「こほん。歌姫様は天然だから、お姉様だけが頼りです」
華「私? 性別・種族は気にせず、美味しそうな子は全員食べた。以上」
紫「達人過ぎるので、初歩でお願いします」
華「そもそもさあ、好きな男1人落とせずに、私達に泣きついてる時点で、
あなたはお子様なのよ」
陽「むー」
ふふ。歌の母様のお家が、今日はすごく賑やかだわ。
そうそう。お祖父様との直送ツブヤキでの会話は、こんな感じに続いてるの。
『根本解決できるのは、私だけなのよ』
『ふむ』
『そもそも、創世神話で先代「母神」が設計した世界自体が変なの。
私が直すとしたら、具体的には――』
・私が神族全員を「世界の外」へ追放する(神聖魔法の消滅)
・精霊に役割の変更を依頼し、世界の維持のみ任せる(精霊魔法の消滅)
・魔力を元に、頭の中の設計図を出力する回路を壊す(魔法の消滅)
・ステータスやLvの廃止(成長の数値化の廃止・超人化の抑制)
・モンスター達は「世界の外」へ追放する(モンスターの消滅)
・混乱した人々の暮らしが落ち着くまで見守る
・母神である私も「世界の外」へ出ていく
『そのやり方ならば、「停滞」から「進歩」に変わるだろう』
『私は、今の世の中を気に入っているんだけど、変える意味はある?』
『ワシが何を言うかは分かるじゃろ』
『祖父としてのお祖父様と、人の力で切り開きたいお祖父様がいるよね』
『ワシはお前が好きだ。これが答えじゃ』
『うん、私もお祖父様が好きよ。もう少し、考えてみます』
世界に暮らしてる子達全員に意見を聞いても、お祖父様が家族を選んだように、『停滞・衰退・進歩』の問題より、各種魔法の便利さや、神族の存在や、今の暮らしを選ぶ子達もいるから、全員を満足させるのは無理。
このまま見守るか、書き換えられたことが分からないほどに書き換えるか……。
さて、叔父様を恋い慕う陽の君さんは、「手っ取り早い手を」とむくれたり泣き落としをしたり、忙しくしてるわね。歌の母様はお茶のお代わりをいれに席を離れていて、華の母様は陽の君を面白がって見てるわね。
「ねえ陽の君。あなたは彼が欲しいわけでしょ」
「はい」
「彼は、7柱の神の末弟として、兄姉達の手が回らない部分を担当しているの。
仕事が楽しくて仕方ないのよ。恋する気分じゃないの」
「私の魅力に反応しないなんて、まさか変な趣味でも?」
「また本音漏れてるわよー」
「?」
「だから、突撃しても断られるし、告白すらさせないでしょうね」
「ひどい人」
「そんな男より、他を探さない?」
「だって、あの方がいいの」
「そうよねえ。そこで、あの子の弱点を教えましょう」
「詳しく」
「近い近い、顔近いから。そんな身を乗り出さなくても、教えるわよ」
華の母様は、どう伝えようか、言葉を選びました。
「あの子は、女の体より、声に反応するわね」
「やっぱりヘンタイ?」(震え声で)
「あなた、どの声を想像したの?」
「想像なんてしてません!」
「はいはい。あなたも、男の体の好きなとこ、ドキッとするとこあるでしょ?」
「末の神様なら、ぜんぶドキッとします」
「あらまあ。で、男の人も、胸が大きいのがいい、いやツルペタこそ至高とか、
華奢かふっくらしてるかとか、髪の長さとか、色々ドキッとするとこあるわけ」
「ですよね」
「で、末の神は声。例えば、歌姫とか、賢者の孫娘とか、美声が好きね」
「むー。エルフの体や顔立ちがイヤって言われるよりはマシですけど、
声質なんて生まれつきのものじゃない」
「でしょー」
お茶のお代わりを持って、歌の母様が戻ってきました。
「何言ってるの。私の子孫なんだもの、あなたの声質はとても素敵よ」
「本当?」
「ええ。私にとって『歌』や声は特別なものだから、嘘はつきません」
陽の君さんは、座り直して2人に問いました。
陽「声質……。耳元で囁いたりすればいいのかな」
「「逆効果だから」」
陽「だってー」
歌「好きなんだもの、待てないわよね」
陽「ええ。相手にされないでジリジリしてるの、かったるくて」
華「それも楽しいのに、お子様ねえ」
陽「ハーレム持ってた大年増からすればそうでしょうねえ」
華「また本音漏れてるぞー」
陽「?」
華「あなたを欲しいと思わせないとねー」
歌「今は、視界に入ってないものね」
陽「!」
華「歌姫、あなた、天然を装って、この子を刺しに行ってない?」
歌「そんな器用なことしませんよ」
陽「もー、どうしたらいいのよ!!」
へー、叔父様って声に弱いの。
面白いことを聞いたら、試すよね? 部屋を出て、居間に行くでしょ。
叔父様は考え事続けてるので、後ろから抱きつくじゃない?
耳元で囁いてみたの。
「ねえ叔父様、私の声と、歌の母様の声、どっちがキレイ?」
「君はまた唐突に。もう大人なんだから、そういう幼い振る舞いは……」
「ふー」(耳に吐息をかける)
「ゾワゾワするからやめなさい。君は、空と海、どちらが綺麗ですか」
「そうやって、また逃げる」
「あなたの声も、歌姫様の声も、どちらも美しいですよ」
「社交辞令なら心を読むわよ」
「納得行くまで読みなさい、本心だから」
「じゃ、遠慮なく。……あらあ?
綺麗な声の項目に、陽の君さんも含んでるじゃない」
「ええ。印象に残る声をされていますね」
「ふーん」
「また、ニヤニヤしてるのでしょう。ほら、いいかげん離れなさい」
陽の君さんに教えて上げたら、ルール違反よね。少なくとも「声」だけは、意識の中に残ってるじゃない。
彼女は結局、骸骨村へ引っ越してきたの。歌の母様や、華の母様の家の近くに、村の衆と同じ作りの家を1つ建てて暮らしてる。うちの村も、エルフが増えたわよね。
「末の神様」
「こんにちは、陽の君さん」
「村長さんにご挨拶した帰りなんです」
「そうでしたか。またどうして、この村へ」
「あんたを落とすためだけど?」
「ごめん、君、今、壊れなかったかな?」
「?」(あどけないキョトンとした顔)
「こほん。これ、里の名物なんです。お引っ越しの挨拶の品です。
末の神様も召し上がって下さい。警戒なさらないで、毒とか入ってませんから」
「毒より怖い、君の気持ちが入ってそうですねえ」(ニヤリ)
「まあ、そんな冗談で、か弱い私をいじめるの?」
「……私達は、あなたがこの村を楽しんで下さることを祈っていますよ」
「末の神様が、歓迎して下さるなんて、陽の君感激です!!!」
「『私達』と言いましたよ?」
「『あなたがこの村を楽しんで下さることを祈っていますよ♡』」
「改変して復唱するの、やめなさい」
「えへへー」
陽の君さんは、叔父様と偶然すれ違う頻度をめちゃめちゃ上げて、持ち前の美声で、優しく挨拶をしようとするんだけど、個性的な子でしょ?
叔父様、面白がりつつ、逃げ回ってるわよ。
「まどろっこしいんじゃあ!!」
あ、陽の君さんがまた切れてる。叔父様も大変ね。
さーて、どちらの応援をしようかな?
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