第03話 会いたい人に会えますか?

恋愛って興味あります?

通常の神族は、エルフのように、人と子を成すことが出来ます。半神と呼びます。神同士で子が授かったのは、今のところうちの両親だけです。


私は、創世神話の『母神』と同格ですから、一切の命と神を、単独で産むことが出来ます。そういう体ですから、恋愛に興味は無いんです。


「あのさあ、お父様」

「なんだい」

「今にも、が出来そうな雰囲気のところ申し訳ないんですけど」

「うむ」

「娘の前で、お母様とイチャつくってどうなの? お部屋へどうぞ」

「あらあら、お母様にお父様を盗られたと思った?

 残念、この人は元からお母様のものでした!」

「お母様、ごめんね。それ、どうでもいい」

あ、お父様がしょんぼりした。テンション下げちゃったかな。



祖父は、村外れの洞穴を書斎や部屋に組み替えて、住んでいます。

「お祖父様」

「なんだね」

「うちの両親って、結婚して350年以上経ちますよね?」

「うむ」

「なんで新婚みたいなの?」

「あいつら、飽きんよな」

「理解できない」

「お前の母が、かなり束縛したじゃろ。婿殿は慣らされてしまったのではないかな」

「お母様は、束縛するし手はかかるし、面倒だもんね」

「そういうのが好きな男もいるんじゃろ」

「お父様は好きだけど、そこは理解できないわ」

「気が合うな、ワシもだよ」



うちの村は、犬猫の他に馬や牛等、色々動物がいます。幼い頃、村のボス猫と仲良しだったの、懐かしいわ。300年以上前に居た、数匹の猫と犬が、今もこの骸骨村の動物達には語り継がれているの。

だから、具合悪くなると神官である小町の母様(小町魔王)のところへ行くし、自力で行けないくらい幼い子は大人が連れていくし、言葉が通じなくて不安な時は、お祖父様のイルカ(助手)に通訳を頼むわね。


あら、ボス猫が、赤ちゃん猫をくわえて、小町の母様の家の方へ歩いて行く。

風邪でも引いちゃったのかしら?



「あ、孫娘様。こんにちは」

「イルカさん、こんにちは」

「昼間からお散歩なんて、珍しいですね」

「うちの両親から避難してきたの」

「大変でしたねー」

「イルカさんは、お仕事?」

「はい。村の子達と遊ぶのは終えたので、女衆の愚痴きいてきます」

「がんばるわね」

「楽しいですよ? では、失礼いたします」

イルカはふよふよと、宙を泳いで行きました。



さて、どうしようかな。小町の母様のお家は、さっきの猫ちゃんを神聖魔法で治療してるでしょうし。お邪魔しても悪いわよね。


「華の母様、いらっしゃるー」

「いらっしゃい。どしたの?」

「聞いてよ、うちの両親がさあ」

「それは、娘としてイヤよね」

「あと、私は、ああいうことと無縁の体だから」

「二重に嫌なわけね」

「うんうん」

「理解もするし諦めてはいるけど、もったいないわよねえ。

 あなたの魅力なら、惹きつけられる子はいるのにね」

「そういうのは、したい人がすればよくない?」

「そうね。で、どうする? 小さな頃みたいに、しばらく家出してくる?」

「魅力的だけど、お父様が病むから……」

「武神がここまで娘バカになるとはねえ」

「あと、華の母様は、きちんとしたいじゃない?」

「ええ」

「私が散らかすの許してくれないでしょ」

「むしろ、あなたの家の汚部屋を掃除したいくらいですけど」

「やあよ。あれが居心地いい、最適な状態なの」

「正気?」

「残念なことに」

「あなた、綺麗な子なのに、アレはねぇ……」

「それでも、華の母様は私が好きでしょ?」

「残念なことに」

「じゃ、何も問題無いじゃない」



歌の母様にも愚痴を聞いて貰おうかな、でも心配させちゃうかな。そんなことを思いつつ、ゆっくり歩いていると、叔父が、村長と深刻そうな話をしていました。

村長さんは、この村の子達に教育を与え、優秀な子は王都の学院へ彼の私財で進学させてくれる方なの。人魚の肉を食べた不死人だから、かれこれ300年はずーっと村長やってくれてるわね。20代後半くらいの外見で、キレイな顔をした人です。


私 「難しいお話ですか?」

村長「そうですね」

叔父「村長、この件は、うちの姪と私でやります」

私 「?」

村長「あなた方にお願いできるなら、何も心配いりませんね」


村長は「くれぐれもよろしく」と私達に頼み、丘の上の彼の家へ帰って行きました。


私達も家に帰り、居間で叔父と向かい合いました。

「叔父様、説明お願い」

「ああ、

「なるほどねえ、ドワーフは頑固だもんね」


村長と叔父が問題にしていたのは、かつて「職人ドワーフ」と呼ばれた、老ドワーフのことなの。長命な種族とはいえ、エルフと比較すれば短命よね。

まだ寿命は尽きていないけど、悪い風邪を引いたみたい。


ずっと、道具や家屋の修繕・補修をしてくれたドワーフだから、村の衆も心配して面倒をみたいけど「うつすといかん。離れとれ」と、断るんですって。


「小町の母様は?」

「神聖魔法の癒やしは断られてね」

「さくっと治るんだけどねえ」

「まったくだ」

「じゃ、叔父様が強引に治すのもダメよね」

「そうだね」

「彼は、自分の寿命がまだ残ってることを知らないわけでしょ」

「もちろん」

「この病気で死にたいんじゃないの」

「だろうね」

「叔父様が幼い頃からの付き合いでしょ。どうしてあげたい?」

「彼の会いたい人に会わせてやりたいかな」

「まってね。探すから。……見つけた」


私は、叔父と打ち合わせを済ませ、この件を彼に任せました。



約900体のご先祖様スケルトン達が暮らしている長屋があるのだけど、老ドワーフはここで暮らしているの。


老ドワーフの病床へ、1人の老婦人が訪れました。

「なんじゃ。夢の中でも婆さんのままか」

「あのねえ。死人に看病してもらって、ずいぶんじゃないの。

 この姿で呼び出されたのだから仕方ないでしょ」

「夢ではないのか」

「まったくねえ。私は死ぬ時に言いましたよ。家庭を持てと」

「断ったじゃろ」

「それで270年以上も独身でいたの? 頑固者」


老婦人は、老ドワーフの喉を通りそうな物を用意して、与えました。


「病気して弱気になったところ悪いけど、あなたまだ死なないわよ」

「そうか」

「不満そうね」

「もう十分生きたからな」

「私に会いたいから、死に急ぐわけ?」

「しらん」


老婦人は生前、この村の属する領地の領主をしていました。

ある事情で、恋愛も結婚も諦めるしかなかった為、仕事に打ち込んだ人生でした。彼女は伴侶を求めていません。

ですから、老ドワーフは理解者として、見守り続けました。


玄関を叔父がノックしました。

老ドワーフが、「うつすといかん。入るな」と応じますが、叔父は気にしません。

「私はうつりませんから。お2人の時間を、邪魔してすみません。失礼します」

「お前は、来るなと言っても通じんからなあ」


ぼやく老ドワーフを横に、老婦人が叔父へ声をかけます。

「久しぶりですね」

「ええ、お久しぶりです。亡くなられても、お元気そうで良かった」

「そうね。生きていた頃より快適かもしれないわね」

「じつは、お願いがあって伺いました」

「私に?」

「そうです」

「神族であるあなたが?」

「ええ、力づくでは解決できませんから」

「伺うわ」

「老ドワーフさんは、『うつすといけないから来るな』と村の衆の看病を

 断りました。これは筋が通ります。

 しかし、小町魔王による神聖魔法の奇跡まで拒否するのは、

 おかしいですよね。小町魔王にはうつらないですから」

「面倒をかけているのね」

「私達にとっては、大切な方です。

 彼が黙って、私達の家や道具をどれだけ直してくれたでしょう。

 村の衆は、彼が病んでいることを本当に案じています」

「私が言い聞かせるのでいいかしら?」


叔父は微笑むと、老婦人に託し、2人に挨拶をして退室しました。



「聞こえていたでしょ」

「耳は遠くない」

「村の人達に心配をかけてまで、寿命を縮めたいの?」

「言わねばダメか」

「ダメね」

「やれやれ。村の衆は心配するからな。弱った姿を見せたくなかった」

「小町魔王さんの神聖魔法を断った理由は?」

「忙しい方だ。ワシにまで時間を使うことはない」

「つまり、あなたなりに気を使ったのね?」

「ああ」

「私が帰ったら、すぐに神聖魔法で治してもらいなさい」

「むう」

「あなたが気を使った結果、余計、みんな心配したの。

 死者の私をわざわざ呼び出すくらいにね」

「呼び出されると苦しいのか」

「そういうのは無いから、心配無用。次からは、素直に、

 小町魔王さんやイルカちゃんに神聖魔法の行使をお願いしなさい。約束よ」

「死人に言われては、断れんではないか」

「はい、じゃ、話はおしまい。数日、看病しますよ。

 何驚いているの。すぐ帰るとは言っていないでしょう」



老婦人は老ドワーフの汗を拭いてやり、着替えさせ、洗濯を済ませます。

散らかった部屋も片付けてやりました。

老ドワーフは少し眠り、目を覚ましました。

まだ熱はあるけれど、気持ちは穏やかです。


「なあ」

「なに」

「私は、お前と過ごした時間がある」

「ええ」

「それで十分だった。だから、妻はほしくなかった」

「あなたはお酒嫌いで有名な、変わり者のドワーフだけど、

 そこまで変わっていたの?」

「変わり者に言われたくないわい」


老婦人はおかしそうに笑ったの。

2人とも、生涯独身だものね。



叔父さんのやり方は良かったみたい。

老ドワーフは、老婦人の言葉に従って、小町の母様やイルカちゃんの神聖魔法を受け入れるようになりました。具合悪くて心細い時に、心から会いたい人が来てくれるって嬉しいでしょうね。それが、死者ならなおのこと。


私は老婦人を膨大な死者の中から見つけて、一時、ここに滞在できるようにしただけ。あとは、全て叔父と老婦人がしてくれたの。

おかげで、安心して、汚部屋でゴロゴロしたり、『雲の巣・改』で遊ぺ……じゃなかった、仕事することもでき、大変捗りました。



老ドワーフは、老婦人の帰り際の言葉を、ずっと覚えて生きるのでしょうね。


――さ、元気になったわね。もう若くないのだから、無理はしないの。

  こちらには、ゆっくりくるんですよ。

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