第02話 「くたばれ豊穣神」と彼女は言った

この世界には、幾つかの王国があり、そこにエルフやドワーフの里が点在しています。モンスターも居ますが、彼らはある事情で武神の管理下にいます。

深い深いダンジョンがある王国も1つあるんですよ。


今回は、私の暮らす骸骨村から見て、他国の城下町に問題を見つけてしまったの。

この地域は豊穣神の信者が多いわね。では、聞いて下さる?



石造りの小さな集合住宅の3階に、その老婦人は暮らしています。


「最初に歌があった。

 混沌は歌によって土水火風へ整えられ、

 四大上位精霊は、世界を作った。


 歌が届かない混沌は、世界へ1柱の女神として降り立った。

 名が失われ『母神』と呼ばれるこの女神は

 あらゆる命を生み出し、これらを導くようにと7柱の神を産んだ。

 『母神』は命と神を祝福し、この世界を去った」


「おとぎ話の1つとして、あの子に聞かせたこともありましたね。

 『7柱』ってなあにときかれて、

 『主神、結婚と恋人の神、豊穣神、美の神、叡智の女神、

  武神、眠りと終末の神』ですよと答えたのが、ついこの前の出来事のよう」


(彼女が昔を懐かしみ口にした創世神話に出てくる『母神』は、私の先代に当たります。そして、人々は私が現れ、神族7柱の長をしていることを知りません)


彼女は事故で、幼い子と夫を一度に失いました。

60年前のことです。


「あの頃、私は、何も知らなかった。我が家は代々豊穣神を信じて

 来ましたからね。あの子に、豊穣神のことをどれほど素晴らしいか

 聞かせたものね。今なら、他のことを教えたんだけどねえ」


「神なんて気まぐれな存在ですよ。遠からず私は死ぬでしょう。

 人は死んだらゴミになる。

 例えゴミになってでも、私の人生をこれ以上、神の好きにさせない」


老婦人は、家族の遺品をそっと棚へ戻し、部屋の隅に立てかけてある一振りの斧を見つめました。


「あれを担いで、冒険者をした日もあったねえ。

 神官戦士の奇跡も便利だったけれど、どうせならエルフ達のように、

 精霊魔法を覚えるか、魔法使いのように魔法を学ぶ方が、

 神と関わらずに済むねえ」


老婦人は当時、豊穣神の神官戦士でした。教団によっては、刃のある武器を使わず、メイス等を用います。しかし豊穣神の教団は、そうした慣例はありません。

時は流れ、老婦人は冒険者を廃業し、豊穣神への信仰も棄教しました。今はもう、神聖魔法を使うことは出来ません。


「ずいぶん生きたけれど、何も残らなかったねえ」

老婦人は、うつらうつらとうたた寝を始めました……。



この世界には3つの魔法が存在します。

・魔法   何者にも頼らず、魔力で行使する

・神聖魔法 信仰する神から与えられた奇跡を行使する

・精霊魔法 『格』を認めてくれた精霊に『歌』で助力を願う


老婦人の言うとおり、魔法か精霊魔法なら、神の助力は必要ありません。



天界を使うのダルいので、私は自室でゴロゴロしたまま、お仕事しています。

豊穣神と思念で打ち合わせ中なの。

『というわけで、あなたの子がこういう状況なんだけど』

『どうしたものでしょう』

『あなたは棄教した子のことも、見ている?』

『もちろんです』

『見守った結果がこれ?』

『はい』

『うんとね。どう生きて死ぬかは彼女の自由です。

 でもね、残念なことや叶わなかった願いがあったとしても、

 それでも「私は逃げなかった」って、「よくやったじゃないか」って

 思ってほしい。おせっかいかしら』

『私も、同じ思いです』

『あなたを憎み、棄教した子でも?』

『当然ですわ。彼女は不条理と生きる上で、憎む対象が必要なのでしょう』


私は軽くて着心地の素敵な寝間着に着替えつつ、彼女へ命じました。

『放っておけないじゃない? 孤立して無縁な彼女の人生に、介入します』

『お引き受けします』

『ちなみに、あなたが関わったと分からないようにね?』

『え? あの城下町の町長や、彼女がよく出入りする市場の店主達の元に降臨し

 見守りをお願いしようかと……』

『彼女はあなたや私を拒否してるの。だからダメ』

『旅の神官とかも……?』

『ダメです』

『なんとかしてみます』

『お願いねー。するから、報告だけお願い』

『……母神様』

『なあに?』

『私から母神様のお部屋は見えませんから、私の気のせいかもしれないですけれど、

 もしかして私に丸投げして、お昼寝なさるおつもりですか』

『うん。気のせいだから。じゃ、頑張って』



あらあら、豊穣神が途方に暮れてるわ。でも、私が気づく前に対応しなかったのだから、仕方ないじゃない? 『雲の巣・改』っていう、知的領域空間があるんだけど、昨日、ついつい夜更かししちゃって、寝不足なのよ。

オフトゥンが呼ぶなら、潜り込むしかないよね。



うたた寝から目が覚めた老婦人は、夢の気配が遠のくのを感じていた。

家族と過ごした時間の夢だった。


「しょぼくれてると、あの人やあの子に笑われますからね。

 しゃんとして、買い物に行きましょう」


老婦人は小さなカゴを下げて家を出て、痛む膝を庇いながら自宅の階段をゆっくりゆっくり降りました。市場を目指します。

市場へ行くと、村から城下町へ出てきたばかりに見える、美しい娘がいました。


「あの、すみません」

「どうしたね」

「親戚を訪ねて来たのですが、引っ越したらしくて。

 この辺りで私でも泊まれる場所はありますか?」

「失礼だけど、お嬢さんの予算を教えておくれ」


娘は、村や領主の街なら十分に宿泊できる金額を口にしました。


「そうだねえ。城下町は何かと高いのよ。

 その予算だと、冒険者向けの宿に一泊というところね」

「ありがとうございます。行ってみます」

「お待ちなさい。あなたは綺麗だから、揉め事に巻き込まれてもいけない。

 確認しますよ。何泊したいの」

「今夜泊まって、明日は村へ帰ります」

「なら、私の部屋にお泊り」


娘は老婦人の空のカゴを見て言いました。

「おばあさまは、お夕食の買い出しをなさるの?」

「ええそうよ」

「なら、泊めて頂くお礼に、お夕食は私に任せて下さい」

「帰りの馬車代もいるでしょう?」

「ちゃんととってあります。任せて下さい」


こうして、娘は市場で手早くを買い、老婦人に連れられて彼女の部屋へ向かった。


「お台所、お借りします」

「お茶くらい出しますよ。おかけなさい」

「新鮮な内にお料理したいです。支度が済んでから頂きますね」

「そうなのかい。ただ泊めるだけなんだから、気を使わなくていいんですよ」

「私がしたくてするんだもの」


食卓に老婦人の好物が並び、老婦人は久しぶりに誰かと共に食卓を囲みました。



食事と後片付けを終えた娘に、老婦人はお茶を入れてやりました。

2人で食卓に座り、雑談をします。


「あなたは育ちが良さそうなのに、食事の前に神への感謝を口にしないのね」

「お料理が美味しく出来たか緊張して、忘れていました」

「あらあら。お店に並べても十分通用する出来栄えでしたよ」

「褒めて下さって嬉しいです」

「……私は、棄教した元神官で、神様が苦手なの。

 だからね、あなたが祈らなかったことが、何だか嬉しくてね」

「おばあさまは、どの神の神官だったの?」

「豊穣神よ」

「じゃあ、『くたばれ豊穣神!!』って、私が言い続けることにします」

「はあ?」

「『くたばれ豊穣神!!』です。さあ、ご一緒に♪ さん、はい!」

「『ご一緒に』じゃありませんよ。どうしてあなたが?」

「泊めて頂いてるし、一緒に食卓を囲めて楽しかったから」

「まあ呆れた。そんな不信心なこと口にしないの」

「でも、気持ちがスッとしません?」

「あなたは自由ね。私は棄教しても引きずっているのでしょう。

 口に出来ないわ」

「それなら、なおさら私が代わりに!!」

「わかったから、気持ちは嬉しいから、ね、おやめなさい」


老婦人は、娘をたしなめる内に、吹き出してしまいました。


「ふふ。笑って下さった」

「呆れたんですよ」

「そういえば、帰り道に、猫を眺めてらしたわ」

「ええ、好きですよ。でも、見るだけでいいの。遺して逝くのは、無責任だもの」


娘は言葉に詰まってしまいました。


「あなたは、この部屋の間取りから、私が一人暮らしで、

 家族が居ないことも読み取ったのね」

「はい」

「寂しくないと言えば嘘になります。でも、これでいいの。

 猫も飼えないんじゃなくて、もう、見ているだけでいいの。

 大切なものは、全て私の胸にあります。

 静けさが保たれた今の暮らしは、それらと共に暮らせるのよ」

「そんな風に思ってらっしゃるのですね」

「さあさ、お湯を沸かします。体を拭いておいで」


娘は、老婦人が用意してくれた物で、体を拭き清め汗を落とします。

着替えた下着類は、丁寧に畳み、袋へ入れ、自分の鞄へしまいました。


「年寄りと話すと、辛気臭くていけないねえ」

「おばあさまに娘時代があったように、私もいずれ通る道です」

「悟ったような事を言う、面白い子ね」

「おばあさまは幸せですか?」

「ええ、満ち足りていますよ。嫌いというか、苦手な存在はあるけど』

「では、私が代わりに!」

「それは、もういいから。どこまで話したかしらね。そうそう。

 誰に干渉されるわけでもない、自分で買い物に行き、

 自分で身の回りのことができる。人生ですべき事は全て済ませました。

 あとは死ぬだけ。私は、この静かな暮らしを愛しているの」

「ずいぶん整理されたのですね」

「家族を亡くしてから、60年あったもの」

「おばあさまは、会いたい方はいませんか」

「さっき話した通りですよ。全て胸の中。これで十分、身軽でしょ?」


娘は、老婦人の隣のベッドで休ませてもらいました。

翌朝、娘を見送りに部屋の外の階段まで出た老婦人の所へ、通りかかった猫を捕まえた娘が、3階まで階段をささっと駆け上ってきました。


「あらあら。あなたは、すばしっこいのね。ほら、猫が困っていますよ」

「猫、抱いてみませんか?」

「やめておきます。触れば、若い頃のように、猫と暮らしたくなるもの。

 こんなに近くで見るのは久しぶりです。ね、放してあげて」


娘は繰り返しお礼を言って、城下町を後にしました。



愛する汚部屋で熟睡していた私は、お父様に起こされました。

「なあ、うちのお姫様」

「なによー。ねむいいい」

「仕事だ。『豊穣神』が、君に思念が届かないと困っている」

「安眠のためには、一人暮らしも検討する必要があるわね」

「脅すなよ。一人立ちしないでくれ」

「うふふ。じゃあ、今度は『寝てるから待て』って言って下さる?」

「君は昨日から寝っぱなしなのに? オレは言えないぞ」

「いいわ。お父様をいじめても仕方ないよね。豊穣神と話します」


お父様はやれやれと、部屋を出て行きました。どんな強大なモンスターも力でねじ伏せる、筋骨たくましいお父様が、私と母には弱いのよね。

優しい父・夫と考えるか、私と母がモンスター以上と考えるか。

後者の考えの方は、村の墓場裏へ招待します。ね、話し合いましょう?


私は、豊穣神と思念で会話を始めました。

『報告?』

『いえ、ご相談です。まず、ご覧いただけますか?』

『なるほど。村娘風になって会ってみたのね』

『ええ、優しい方でした』

『あなた、無茶苦茶するのね。自分で言う?』

『必要かなって』

『孤立して無縁であることに変化は無いけど、自分で言えないことを

 言って貰えたことは、良かったみたいね』

『なら、安心しました』

『ねえ、豊穣神は彼女のことどうしたい?』

『このまま見守って、彼女が自分で自分のことを出来なくなったら、

 また村娘姿で会いに行きたいです』

『あなたが看取るわけ?』

『静かな生活を守り、神と距離を置くのが彼女の願いですから』

『神だと明かすの?』

『まさか。棄教は彼女の自由です。これは私のワガママですから』

『ありがとう。あなたに任せて良かった』



老婦人は「死ねばゴミになる」と言ってるわね。

でも、残念、豊穣神がきちんと、荼毘に付して弔います。あなたをゴミになんて、させるものですか。

拒否されたって、私達の愛は重いのよ。

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