いやしかしどうしたものか。

 病院から家へ帰る間ずっと考えてみたけれど、そもそも料理のレパートリィなんてない。だからアイディアもない。本当に多段パンケーキにしようか。しかしあれだ。パンケーキにするにしても、やはりトッピングくらいは工夫を凝らすべきだろう。

 リビングのソファーテーブルに置きっぱなしの新聞束から広告を抜き出す。

 とりあえず各段の間にクリームは挟む。 具はバナナ、いちご、ベリーミックス……そんなところか? しかしなにか物足りない気がする。でも水気の多いものはよくないだろうし、栗みたくもっさりしたものも食感を損ないそうだ。

 病室や食堂でホットプレートが使えればいくらでもやりようがあるのだが、使えるのは備え付けの電子レンジだけなのだという。だからウェンディは自分で料理ができないから、なにか作って来いというのだ。

 ということは、だ。できたては食わせられない。病院まで数一〇分かかる。水気があるものも駄目な理由はこれだ。

 さてどうしたものか、と頭を悩ませていると、弟が帰ってきた。

「ただいまー」

 お帰りー、と返すが、智(さとし)の姿が見えない。どうやら素早くリビングを通過して、キッチンに手を洗いに行ったようだ。さすが小学生。衛生観念がしっかりしてる。

「智、お前パンケーキのトッピングってなにが好き?」

「アイス!」

 即答だった。しかも俺が思いつかなかった方向からの素材だ。

「もしかしてウェンディが作ってた?」

「うん。あと、いろんな具とソースを使って、クォーターピザみたいに一枚で何種類もの味が楽しめるのも好き」

 ああ、そういやあそんなのも作ってたかも。ヤバイなー。今すっごいハードル上がったぞ。

 クォリティを求められているというわけではない、というのはわかっている。けれど、やはり満足度の基準はあるだろう。その合格点だけは満たさないと。ならどうする。パンケーキの生地になにか入れるか。例えばリンゴとか。バナナもいけるかもしれない。他には――。

 いつも食い専だった俺が、柄にもなく熱心にアイディアを出し、広告裏を埋めようとしていたときだ。甘くコッテリとした香りが鼻孔を撫でた。

「いただきまーす!」

 智が俺の向かいに皿を置いて、笑顔で手を合わせた。

「え、なに。お前が作ったの?」

 それは食パンにチョコレートソースとなにかを塗ったトーストだった。

「ウェンディお姉ちゃん直伝の、ピーナッツチョコトースト!」

 聞けばそれは、食パンにピーナッツクリームを塗り、その上にチョコレートソースを垂らすだけの簡単レシピなのだという。

「俺にもちょーだい」

 頼んでみたら、智は得意気に承知してくれた。俺は、再びキッチンへ向かう弟に続いて、その手並みを拝見させてもらう。

「おー、すげえ! なんかグツグツ煮えて……いや、泡だって? きたぞ!」

 なにがどうなっているのかさっぱりだが、トースターで過熱したら、ソースだかクリームだかが沸騰したお湯の表面みたいにコポコポしてきた。

「こうなったらオッケー!」

 智はピーナッツチョコトーストを、滑らせるようにしてトースト網から皿へ移した。そしてドヤ顔で俺に差し出すのだった。

「さあ召し上がれー」

 それはウェンディの決めセリフだ。智の奴、自分が料理をふるまえるからと、調子にのってるに違いない。まあ、小学生らしくてかわいいけどな。

 俺は素直に礼といただきますを言って、熱々なうちに口へ運んだ。

「ああ、なるほど」

 やっぱり甘い。けど甘ったるいというわけではない。ピーツナッツクリームのコクとなめらかさが、チョコレートソースの旨味と香りを倍増させているんだ。そういうのなんていうんだっけ? 相乗効果?

 確かにこれは手軽で甘くてしっかりおいしい。子供にはもってこいのおやつだ。なにより刃物や火を使わず、トースターだけでできるのがポイントだろう。と、ここまで分析した時だ。

 あ、と思わず声が出た。

 糖分を摂取したからか、驚くほど頭が回る。気がついたらスマホでレシピを調べていた。

「白玉粉、か」

 それならスーパーで売ってるだろう。ただ、試行錯誤と作り置き分がいるだろうから多目に買っとくか。それともうひと工夫だな。

 とりあえず、智にごちそうさまを言って家を出る。工夫のネタにウェンディの料理を振り返っていれば、スーパーに着くまでにはなにか思いつくだろう。

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