冬は僕を静かに見つめる

 12月。夜11時。季節の移り変わりは早く、あっという間に札幌は冬の装いとなっていた。雪がゆっくりと空から落ちてくる。今年もあと一時間で終わろうとしていた。

 僕は足元の踏み固められた雪道を眺めながら大学のメインストリートを歩いていた。大学は年末年始の短い休暇に入っている。そのため見回しても人はおらず、この一面の銀世界に自分だけが取り残され、社会から断絶させられている錯覚に陥る。しかし、今の僕にはそれが必要だった。周りを気にするがゆえに周りに合わすことができない僕にとって、何も気にせずに済む今の状況でなら、彼女のことについて考えることができるはずだ。


 あの出来事の後、彼女はまた一段と壁を作った。グループワークが終わり、また個人作業の課題に戻った今では誰ともしゃべることはなくなった。僕は何かきっかけがあれば声をかけようと思っていた。しかし、彼女のことは講義で見かけることはあっても、会話することも、ましてや目が合うことすらなかった。無意識のうちに僕自身も彼女のことを避けてしまっていたのかもしれない。

 時間が解決することもあるのかもしれないが、僕らの抱えてしまった問題には答えが示される気配はなく、この数か月をただ無気力に過ごしただけだった。


 足元から意識を遠ざければ足を滑らせ転んでしまうかもしれない。けれど、そんな懸念すら忘れてしまうほど、僕は深く思考していた。

 僕が彼女にかけるべき言葉は何だったのか。

 その答えは、僕が今まで経験してきたことの中にあるのだろうか。もしあったとしても、僕はそれを見つけることができるのだろうか。

 たとえ見つけたとしても、果たして今の彼女はまだその答えを欲しているのだろうか。すべて自己満足で終わるのかもしれない。それでも僕は構わないと思うだろうか。

 彼女は納得するのだろうか。僕は彼女を納得させることができるのだろうか。僕は、僕自身が探し出した答えに納得することができるのだろうか。

 そう、これは彼女の問いかけに対する答え探しだが、これは僕自身のためでもあるのだ。

 今までの自分たちがしてきたことや感じてきたことが間違っていたのかもしれない、そう考えてしまうと僕らにはもうどうすることもできなくなってしまう。

 僕は、彼女は、僕らは、どうすればいいのだろうか。


 気がつくと建築棟の近くまで来ていた。彼女が僕に背を向けた場所。僕は、いたたまれなくなって、今歩いてきた道を引き返すために振り向こうとした。ふと横を見ると六角形の大理石の石碑が視界に入った。世界初の人工雪の誕生を称えるものだ。

 雪の結晶はよくその姿を華にたとえられる。見上げると、漆黒の空を背に降る雪が映える。この一つ一つが空に咲く無数の華。その姿に夜空で煌めく花火を重ねた。

 そんなことを考えていると、彼女と一緒に過ごした夏のひと時が脳裏に浮かんだ。

 ともに言葉を交わし、ともに同じ時間を共有した。思い出される感覚。

 そうだ、僕はあの時初めて彼女の手を……。


 その時、僕が彼女に伝えるべきだったことは何だったのか、それがわかった。

「そうか、すでに答えは知っていたのか……。」

 ぽつりとつぶやき、雪が落ちた自分の手のひらを見つめた。手が冷えていたからか、雪はすぐには溶けずにその形を保っていた。よく見ると結晶は肉眼でも確認できた。そこには華が咲いていた。

 遠くの方で鐘の音が聞こえる。


 僕はあの時触れることができなかったものを思い出すように、開いていた手を静かに閉じた。

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