秋は僕と夢から覚める

 10月。午後5時。夏の暑さはいつの間にかどこかへと追いやられ、涼しさを通り越して少し寒さを感じる。製図室の窓からは、傾きはじめた太陽に染められた黄色と赤色のきれいな色彩のイチョウ並木が見えていた。


 季節が変わり新学期が始まった僕たちに、新たな課題が課せられようとしていた。

 それは、グループワーク。4、5人でグループをつくり、普段の一人で進める課題では作らないような大きい模型を協力して作成する。昔からグループを作る場合、大抵人数が集まらないところへ入れられる僕だったが、グループは教授がすでに決めていた。僕のグループは5人で、その中に宮沢ひばりがいた。

 宮沢が僕に近づき、同じグループだねと言うと、僕はそうだねと答えた。


 宮沢とは花火大会以来、別に付き合い始めることはなかったが、顔を合わせれば話す程度には仲良くなったと感じている。お互いうまく周りに馴染めていないため、その反動で二人でいる時間が長くなったからだろう。


 グループで作成する模型は実際に建てられている有名建築を対象とする。教授がグループとともにその建築も決めていたようで、僕のグループにはコロッセオのような円形の図書館があてがわれた。

 スケジュールや役割分担は宮沢が決めた。周りと馴染むことは下手だが、段取りを決め、的確な指示を出す頭の良さを宮沢は持っている。この日は解散し、後日材料を買い揃え、図面を用意して作業に取り掛かる。提出期限までは十分な時間があるので、スケジュール通りに進められれば終わるだろう。僕は、グループワークなので、宮沢や他のメンバーに迷惑をかけないよう今回ばかりは真面目に取り組もうと心に決めていた。


 課題開始から日数的に折り返し地点まできたところで、事件が起きた。

 宮沢はメンバーを集めると、このままでは終わらないと告げた。

 スケジュールが少し押していた。まだ時間はあると油断し、集中力が続かず明日やろうと先延ばしにしていたために作業効率が落ちていたからだ。宮沢だけがスケジュール通りに進んでいたが、僕を含めた4人が遅れていた。

「徹夜の回数増やして間に合わせるよ。」

 間に合うかどうかわからなかったけど、僕がそう答えると宮沢は、当たり前でしょと少し笑って僕の腕をペチンと叩いた。

 しかし、他の3人がここで新たな提案をしてきた。

 円形すべてを作らず半円にする。

 間に合わないと踏んだのだろう。断面で切ったように半円でも建物内の様子はわかると考え、これならば間に合うと主張した。

 これに宮沢は反発した。スケジュール管理をしていなかったのが悪いと正論を突きつけたが、負けじと1人がそもそも初めから仕切っているのが気に食わなかったと言い始めた。すると他のメンバーも言うことを聞いていられないと文句が出てきた。宮沢は円形で作るべき理由を説明し続けていたが、他の3人は聞く耳を持とうとしなかった。

 楽になるのは嬉しいが、正直どちらでもいいかな。それは口にはしなかったが、僕はどちらの意見も聞いて、どちらにもそうだねそうだねと言うだけだった。


 提出日。課題は無事終わらせることができた。最終的に宮沢の意見は無視され、半円のみの模型を作った。半円でも見せるべきところは見せていることを説明すると教授は納得したようだった。ただ、模型を作っている間も講評会の間も、宮沢は黙ったままだった。


 講評会が終わると、宮沢はすぐに製図室から出て行った。僕はその後ろ姿を急いで追いかけ、外に出たところで名前を呼んだ。

「宮沢……。」

 僕の声に反応して、宮沢はゆっくりと振り返った。

「どうして私に合わせてくれなかったの?」

 今まで聞いたことのない小さな声だった。しかしその目は真っ直ぐに僕を見つめている。手はギュッと固く握られている。

 僕は黙っていた。

「私って、こんなでしょ?もう自分でも性格変えられないんだよ。私、どうすればよかったのかな?」

「それは……。」

 僕はその問いの答えに詰まった。宮沢自身がどうすればいいのかわからなかったように、僕にもわからなかった。宮沢はグループの他のメンバーに合わせればよかったのだろうか。僕は周りと足並みを揃えようとはあまり思っていない。宮沢もそうだった。

 でも、僕は他のメンバーにも宮沢にも合わせようとしていなかった。その場の流れに任せようと思っていた。そうすれば自然といい方に流れると考えていた。だけどそれは、ただ他人任せにして、思考を停止させていただけだったのではないのか。

 そうだとしても、僕はどうすればよかったというのか。

 僕が黙っていると、宮沢は背を向けて歩きはじめた。待ってと僕は手を伸ばし、彼女の小さい手を掴もうとした。しかし、僕の手は彼女を止めることはなかった。今の僕には、花火大会の時のように、彼女に触れる勇気がなかった。


 僕らは近づいている、そう勝手に思っていた。

 だけど、僕らの間には、あの時彼女が差し出してくれた手以上の距離が空いてしまっていた。

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