第10話それは偽物…そう思っていた
北野さんの実家に来て2日が経った。
特に話すこともなく、アンケート順位なんて忘れてしまうくらい、どことなく楽しい時間を過ごしていた。
明日の朝に地元に帰る。
その日の夜に、蛍を見に行こうと俺と北野さんは2人で蛍の森に足を踏み入れた。
歩くこと役30分ぐらいで、ちょっとした湖にたどり着く。
そこで目にしたのはつい1ヶ月前にも見た、蛍の群れ。
ついこの前も見た光景と全く同じ。
特に俺何も感じ取る事はなかった。
だが、俺の左隣にいる北野さんは目を輝かせ、その蛍の群れを眺めていた。
蛍が飛び立つ姿、幼少期の俺はその姿を見てまるで流星の様だ。そうこれは『偽物の流星』と思った。
それは今も変わらない、この蛍達は本物の流星ではないのだから。
「昔一度だけ来たことあるんです」
目を輝かせた北野さんが偽物の流星を見ながらそっと囁く。
「10歳の時でした、お父さんと森に来たんですけど、お父さんとはぐれちゃって。暗い森の中泣きながら歩いていたんです、その時この湖にたどり着いたんです」
10歳…俺もそのくらいの時だ、この湖に来たのは。
「この蛍の群れを見てたら涙なんか吹っ飛んじゃいました。何も変わってない…」
「…俺も10歳の頃ここに来たことがある」
「え?」
俺のおばあちゃん家もこの村にあるなんて、まだ北野さんには言ってなかったからな。
驚いた表情でこちらを伺う。
「俺も見たよ。この蛍、そしてもう1つ忘れるこ事のない今と変わらない君の笑顔を…」
「あ……」
これは偶然か?いや、どうだろうね。
よく流れ星に3回願い事をすると叶うと言うだろ?この流星に願い事をしてみてはどうだろうか。
案外叶えてくれるんじゃないか?そして、1ヶ月前の俺は実は願い事をしていたのかも知れない。
10歳の時ここで出会った名前も知らないあの彼女の笑顔をもう一度見たいと。
今その願いが叶ったのだから。
6年越しの再会は何も変わらない彼女の笑みだった。
「偽物でも人を笑顔にする事はできる…」
「え?偽物…?」
不思議そうな顔をして、こちらを眺める。
「ん?偽物の流星、そう思うけど?」
さっきまで笑顔だった彼女の瞳に、少しだけ光り輝く一滴の雫が落ちた。
「南雲君には、そう見えるんだね…」
「北野さん…?」
彼女の顔は少しうつむきながら、震えた手で涙を払う。
「確かに、流星から見たらこの蛍達は偽物なのかも知れない、けどね」
「…けど」
「この蛍達には、この蛍の存在は本物なんだよ!!」
「…!!」
「それは、偽物の流星は南雲君が勝手に蛍達を偽物の流星にした、それだけ!」
「…それは」
「ここにいる蛍達はきっと流星になりたいんじゃい。その目的に偽物なんかないんだよ」
「………」
確かにそうだ、全て俺の決めつけなんた。
いつからこの蛍達は流星になったのか。
それは俺が勝手に流星に似ているからと決めつけていた。
それだけ。
全てが偽物で出来ている。
そんなのは多分嘘だ。
本物があるからこそ、それに比例して偽物があるんだ。
じゃ、俺の本物は…?
「南雲君にとっての本物ってなに…?」
蛍の胡を眺めていた顔は自然と俺に変わり、さっきまでの笑顔とは変わって彼女は力強い顔で俺と目を合わせる。
「俺は…」
「私といる今この瞬間も、南雲君にとっては偽物なの?」
「そんな事…」
俺は彼女に何も言い返せなかった。
彼女も俺を責めているわけではない。
ただ、お互いに『偽物』と『本物』がなんなのか知りたいだけで。
「今の私と1年前の私、どちらかは偽物って事になる!?」
「…!」
姿は変われど、『北野シンデレラ』と『北野 美南』は同一人物だ。
どちらかが本物でどちらかが偽物なんて事は決してない…。
「打ち切り漫画が『偽物』で大ヒット漫画が『本物』なの!?」
俺の漫画は…偽物にしかならないだろう…けして本物ではないんだ。
それが俺の答えだ。
「今の南雲君にとって、何が本物なの…」
強気な表情をしていた北野さんの瞳に涙が零れおちる。
「…っ!」
俺が泣かせてるのか?俺が…?
「今の南雲君…わからないよ…!」
そう言って彼女は来た道を引き帰り、蛍の胡から姿を消した。
俺は彼女を追いかける事は出来なかった。
体は重く、足には重りがついているような感覚。
「俺は…」
自分で自分がわからない。
いつだってそうだ、俺に自分って存在があったのか?
答えは偽物でも構わない、それでも…。
明るい蛍の群れの中で目を閉じ、瞑想する。
出た答えは。
「…なんなんだよ」
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