第9話判決

 2月9日金曜日アンケート本ちゃん発表日。


「はぁぁ…」


 本ちゃんの結果出るのは夕方から夜にかけてだ。

 学校が終わり北野さんと2人で下校、時間的にいつ担当から連絡が来てもおかしくない時間帯。

 俺の気分は朝からドン底、何回ため息を吐いただろうか?西園にも『彼女にフラれた?』などと何度煽られただろうか。


 しかしそんな事も頭に入ってこないぐらい深刻な事ぐらいギャルゲー主人公並みの鈍感力を持っている俺だってわかっている。


「そんなに落ち込んだってもう結果は出てるかもしれませんよ?」


「やめて!聞きたくない!!」


「南雲君が聞かなくても私は聞きますけどね」


 順位が悪くて作家に言いづらいって事もあるかも知れない。

 いや、連載1年目の新人にそんな気を使わないか、むしろ『デビューなんてそんなもん!打ち切りなんて当たり前!』そんな感じで言ってきそう。


 速報なんて聞いてもあまり意味がない、だから今回の速報は聞いてない。

『わざわざ教えて来ないでください』とは言っていない。

 ただ、自分から聞いてないだけ。

 おそらく速報での順位が良かったら、担当から連絡が来るだろう、だから速報での順位はあまり良くない。


 思考が悪い方にしか行かない。

 考えれば考えるほど悪い方向に行くから、考えるのを止めよう!

 なんて、都合のいい事なんて人間急には出来ないのだ。


「それじゃ、またね!」


「あぁ、また…」


 帰り道には連絡は来なかった。

 無事(?)俺の家に着き北野さんと別れる。


 次会う時は漫画として会えるのか、それともただの同級生としてなのか。


 これまでの漫画家生活がまるでこの一瞬で偽物に変わる、全て無くなるそんな気がした。


 時間は夜19時、未だに担当からの連絡は来ない。

 かと言って自分から連絡する勇気は持ち合わせていない。


「南雲ー!ご飯ー!食べないのー!?」


 1階にいる母親から晩御飯のお知らせが飛んでくる、あいにく食欲は今の俺には持ち合わせていない。


「今はいらないー!」


 今は俺の時間は動いていない。

 だが、世界の時間は動いている。


 都合の悪い世の中だな!


【ブゥゥゥゥッ!】


(判決っ!!!)


 スマホの着信音が鳴った、その音に反応するかのように、横になっていた俺の体は飛び跳ね、誰からの着信なのかを確認するためスマホを手に取る。


「………」


 十中八九担当からの電話だと思ったら、スマホの画面には『北野 美南』の名前が表示されていた。


「もしもしぃ?」


『あっ、南雲君こんばんは!』


「要件はなんでしょうか…?」


『担当さんから連絡来ないですね…って…』


「あぁ…そうだな、そして今まさにその担当から電話が来たと思ったよ」


『なんか…すいません…』


(いや、ほんと心臓に悪いです…)


「特に用がないなら、切っていい?あんまり話す気分じゃない…」


『あっ!待ってください!要件はあるんです!』


「…?」


『明日から三連休ですよね?』


(あれ、そうだっけ?三連休だっけ?)


 チラッと家のカレンダーを確認すると、確かに明日から3日は赤く塗りつぶされていた。


「そうだね、それがどうしたの?」


『その、明日から3日間おばあちゃんの家に行くんですけど…良ければ一緒に行きませんか?』


「え?俺が?北野さんのおばあちゃんの家に?なんで?」


『お母さんと電話で話してたら、ぜひ南雲君も誘ったら?って言われたから…』


「お母さん…?電話?」


『はい、両親実家暮らしなんです。だから連休とかは私もおばあちゃんの家に帰るんです』


「…え?今って北野さん一人暮らしなの!?」


 思わず俺は部屋のカーテンを開け、隣の北野家を見る。

 俺の視線の先には、まるで『待ってました』と言いそうに北野さんが手を振って来た。


「知らなかった…」


『って事で行きましょう!おばあちゃん家の近くの森で蛍が見れるんですよ!とっても綺麗なんです!』


「ま、まぁ…いいけど」


『それじゃ!あ、順位が悪かったから行く気になれない。っていうのはナシで!』


 それはフラグですか?フラグですかね!?やめていただきたい!!


「はいはい…それじゃ」


 そう言って、電話を切る。

 てか…蛍?今2月だぞ…。

 こんな時期に蛍なんて居ないだろ…いや。

 俺のばあちゃん家の近くの森でも季節外れなのに蛍がいる。


 そう、偽物の流星が。


【ブゥゥゥゥッ!】


 再びスマホの着信音が部屋に鳴り響く。


(またか…)


「もしもし?今度は何?」


 ちょっと呆れ気味に俺は着信画面を確認しないで通話に出た。


『ん?どうした東雲先生』


(っっっっ!!北野さんじゃないっ!!)


 ハッと耳に当てていたスマホを目の前に持って来て誰からの着信を確認する。

 いや、確認しなくてもこの聞き覚えのある声は…。

 そう『ジョーク編集部』からだった。


「あ、いや、すいません…!アンケート順位ですよね?何位でした?」


 あんなに準備ができていたはずの判決は唐突な不意打ちから始まった。


『あぁ…』


 電話の向こうの声は低くテンションは落ち切った感じ、その声で察せた。


『…17位だ』


「……そう、ですか…」


 事実上の死刑宣告だ。

 2人で徹夜で試行錯誤した新キャラ作戦も花は咲くことはなく、無残に散ったのだ。


「もう…無理ですよね…」


『まだ決まったわけではないが…覚悟はしておいたほうがいい』


「はい…」


 そう言って、気落ちした俺と担当の通話は終わる。


「はぁぁ…終りかな…」


 新キャラと言っても、出すのが遅すぎたんだ。

 もっと早く手を打てば良かった、その事にたどり着く事は今の俺には出来なかったという事。


 結果が全てな世界で、結果を残せないものは全て『偽物』なんだ。


 この前見た蛍の群れだって、『本物』の流星という存在があるから、俺に『偽物』にされた。

 読者から見たら俺の…いや、俺たちの漫画は偽物なのか?


 そんなよくわからない議論をしても、答えなんか出てくるわけもなく。

 全てが崩れ落ちる。


「気が重いなぁ…」


 俺にとっての『本物』って…なんだ?


 俺の中で抱えていた感情が全てにして解き放たれた、そして支えていた心に重りが外れた。


 方向音痴の俺が帰り着いた先は…。


【ピンポーン】


 家のチャイムが聞こえる…。

 誰だよ、今何時だと思ってるだよ…少しは考えろよ。


 眠気がなく、1時間ぐらいボケーっと横になっていた俺。


「南雲!お迎えが来たよ!」


 家のチャイムが鳴ってから数秒後に俺の部屋に母親が侵入してくる。


「はぁ?迎え?なんの話だよ」


「美南ちゃんが迎えに来たよ!何ぼさっとしてるの?準備もしないで…!はやく!」


「何言ってるの?北野さんが来るのって明日じゃん?てか、こんな時間に何しに来たんだよ」


 いつにも増してポカーンとした顔で俺と会話する、俺が言うのもなんだが馬鹿げた顔だぞ母親よ。


「何言ってるの?はこっちのセリフよ!ちょっと頭大丈夫?」


「え?」


 担当から電話が来てそれ以降握り続けている左手のスマホで今の時間を確認すると。

 時間は朝の9時。


「……俺のスマホ壊れたのかな」


「…あんた本当に馬鹿になったんじゃないの?」


 笑わせるな母上よ、俺は元々馬鹿だぞ。

 いや、そんな事より。


 冷静に周りを確認すると、外はすでに明るかった、どうやら俺のスマホが故障してるわけでは無さそう。

 体感1時間が現実は12時間だったらしい。


「オレ、ネテナイ…」


「そんなのいいからさっさと準備済ませなさいな」


 いや、そんなのって…人類にとって睡眠がどれだけ大事な事ってこの人は知らないって言うのか!


 北野さんが待っていると言うのなら急いで準備するしかなかろう。

 クッソ!おばあちゃん家に行くなんて言わなければ良かった!!


 3日分の着替えを用意して家を飛び出した。


「おはよ!南雲君!」


 いつもと変わらない彼女の笑顔。

 もう、俺たちは漫画家ではないのに、なんでそんな顔ができるんだ君は…。


「おはよう…」


『おはよう』と言ったものの、気持ちは『おやすみなさい』だよ。


「てか、その荷物で行くの?」


 俺は3日分の着替えとかを用意したけど、北野さんは軽いバックだけだった。

 とても洋服とか入ってる様子はない。


「着替えとかは向こうにあるから、私は大丈夫だよ!」


「あぁ、なるほど」


 役3時間電車に揺れ、たどり着いた北野さんのおばあちゃん家は。

 俺も良く知る村の中にあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る