第6話

 波留はそれから西山と軽く話をしてから、美結を送っていくことにした。先ほど美結を預けた警官に話すと、彼女は車の中で休ませてもらっているようだった。

「あ、先輩……」

「具合はどうだ? 送るぜ」

「もう、大丈夫です、ええ……。ありがとうございました」

 警官に礼を言う美結の顔色はかなり良くなっていたが、目に見えて元気が無くなっている。

 彼女について行く形で、波留は歩き始めた。また、しばらく無言の時間が過ぎる。

 美結の歩調は速い。考え事をしている様子だ。波留は彼女に何か声をかけようかと思ったが、気の利いた言葉を生み出すための器官がどうにも働いていないようだった。波留達の間には、二足の靴がアスファルトを叩く音だけが響いていた。

 そうしていると、ぽつぽつと雨粒が波留の頬に落ちてきた。

「……雨か」

 と、そう呟く間に小粒だった雨は、バケツをひっくり返したような豪雨へと変貌した。

「ああくそ」波留はとっさに鞄を傘代わりにしながら吐き捨てた。「ついてない」

 幸い、バス停までの距離は近い。最早手遅れだが走るか、と思ったとき、不意に、先を歩いていた美結が立ち止まった。

「おい、どうした?」

 波留が声をかけても、彼女は立ち止まって空を見上げたまま動かない。薄暗い道で雨に髪を濡らす彼女は、先程より大人びた魅力を帯びているように思えた。いつか美術館で見た、モナ・リザに少し似ているな、なんて考えてしまう。

「ああ、もう、風邪引くぞ」

「あっ……」

 そんな考えを振り切るように、私は美結の手を強く引いてバス停まで走った。雨は強くなる一方で、バス停に着く頃には私達は二人ともぐしょぐしょに濡れるのは避けられなかった。

 私と美結はベンチに座る。また沈黙の帳が下りた。私は空を見上げる。

「降水確率、20%だって言ってたじゃねえか……」

「……」

 ……困ったな。波留は昔から、こんな雰囲気が苦手だった。人に体よく接する事はできても、気を遣う、という機能が波留には欠落しているらしいのだ。そのせいで失敗する事もままあった。

 しかし、実際のところ、このような時に取るべき適切な行動を知らないだけなのかも知れない。

 何を言うべきか考えあぐね、私は美結の方を見る。

「え――」

 彼女は―――泣いていた。

「私…………。私の、せいだ……」

 彼女の、細く、震えた呟きが聞こえても、私は何も言うことが出来なかった。

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