第3話

「間違いありません。封鎖されてるの、真紀ちゃんの部屋です……」

「分かった。ちょっと待ってて」

 遠巻きに眺めながら、不安そうに美結は言う。冬子はそれを聞くと、つかつかと階段を登り数人の警官が立っている部屋に向かって歩いていった。美結は落ち着きなく手をぱたぱたさせている。

「ちょっといいかしら?」

「……何でしょう」

 冬子が警官の一人に話しかけた時、隣にいる美結が、はわわー、だの奇妙な声を上げていた。彼女のこういった行動に慣れていないのなら普通の反応と言えるかもしれない。波留の感覚が麻痺しているだけなのだ。

「西山警部、来てる?」

「えーと、どなたですか?」

「来てるのね。じゃ出してもらえる?  この部屋の住人に用があるの」

「あの、加藤さんのお友達、ですか?」

 警官は階下にいる波留達にも聞こえる声量で、はきはきと発音する。警官というのは皆こんな感じなのだろうか。そんな事を考えていると、警官の後ろのドアが開き男が顔を見せた。

「何だ? 誰か来たか?  ……あぁ、冬子ちゃん。……参ったな、こりゃ。君は事件の匂いを嗅ぎ付けられるのか?」

「久しぶりですね。西山警部。婚約は解消ですか?」

「……元気そうで何よりだよ、はは」

「煙草もきっぱり辞めた方がいいですよ。腕と胸ポケットを見るに、今回の彼女もそれが原因でしょう? もういい歳なんですから、相手が居なくなりますよ」

「ご高説、痛み入る」

 部屋から出てきたのは見覚えのある顔だった。西山蓮。ある事件で冬子と知り合って以来、何かと彼女に関わってしまっている、言わば彼女の被害者の一人だ。彼の白髪の四十パーセントは冬子のせいだと言っても過言ではないだろう。

「それで、私、加藤真紀さんに用があるのだけど、生きてるかしら?」

「死んでる。自殺だ」

「自殺?  自殺だって?  ここで?」

「そうだ」

 それを聞いた冬子は美結の方をちらりと見た。恐らく彼女を心配しているのだ。友達が自殺した、なんてショックのはずだろう。見てみると、彼女はやはりというべきか、口を開いて固まっていた。

「知り合いだったのか?  ……彼女と」

「あの娘が……、ね。2人とも来て!」

 唐突に呼びかけられる。西山もこちらを向いたので、軽く会釈をしておいた。

「美結、大丈夫か?」

「……あ、は、はい。大丈夫、です」

 美結はそう言いながらも俯いたままこちらに目を合わせない。少し震えているようだ。

「大丈夫じゃないな。ちょっと待ってろ……西山さん!」

「どうした?」

「彼女、具合が悪いみたいなんで、ちょっと休ませてもらえると助かるんですけど」

「あぁ、分かった。……すまん、頼めるか?」

 西山が部屋の前にいた警官に声をかけると、彼は頷いてから階段を駆け降りて来た。

「すみません、ありがとうございます。先輩……」

「気にするな。しんどかったらすぐに帰るんだぞ」

 警官が美結に紳士的に話しかけるのを見届けて、私は冬子のもとに向かうことにした。私が階段を登りきった時、冬子は部屋の前で西山と言い合いをしていた。

「現場が見たいわ。5分ちょうだい」

「3分だ。それ以上はやれん」

「検視は来てる?」

「まだだ。少し奇妙なことになっててな……」

「誰が来る予定?」

「あー……、小清水だ」

「はぁ、よりにもよって。」冬子は舌打ちした。「波留、やれる?」

「はいはい、やりますよ」波留は短く答えて、西山の方へ向き直った。「すいませんね、西山さん、うちの冬子がご迷惑おかけして」

「いつもの事だ。それに、君の方が彼女に振り回されているだろう」

 取り出した手袋とマスク、簡易の作業着を手渡しながら、西山は同情するように言う。私はどう反応したものか、と逡巡した後に苦笑を浮かべることにした。

「先に部屋を見ておくわ」

 冬子は準備をしている私と西山を置いて部屋の中に入っていった。

「……まぁ、こうなるのも仕方ないかもな」

「なに?」

「彼女、ハイになってるんですよ。鍵のないクロスワード、作者は自殺。ワクワクしてるんです」

「鍵のないクロスワード?  なんだそりゃ」

「まぁ、色々あるんです。それと、ニコチンパッチ着けながら煙草吸っちゃ駄目ですよ。体に悪いです」

「なんで分かるんだ?」

「いえ、冬子が言ってたから。腕と、それから胸ポケット」

「……いつも思うが、何で気付くんだろうなあ」

「同感ですね」

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