ピンチな俺と幼馴染

生ハム

ピンチな俺と幼馴染

俺は今、人生最大の苦境に立たされていた。

「フッ、なるほどそう来るか……」

 一人、自嘲気味に笑みを漏らす。これが何者かのトラップだとするならば、最大限の効果を発揮したと褒めてやりたいところだ。


 時は放課後、場所は学校。

 俺はとある一室で、一切の身動きを取る事が出来なくなっていた。

「クックック……ハーッハハハハ!」

 大きく声を上げて笑うが、それを聞く者はいない。放課後ではあるが、一般的なそれとは深度が違う。部活に行く者や街へ繰り出す者の喧騒が溢れる放課後ではなく、現在は誰一人残る事を許されない、最終下校時刻を越えた放課後なのだ。

「ハハハ…………はぁ」

 手には紙切れ。長さは約一五センチ。

 回りくどい事は無しにしてはっきり言おう。

トイレで用を足したはいいが、紙が無かった。

 正確には一五センチだけ残っていたが、はっきり言うのは憚られるので回りくどく言うが、俺は腹痛を起こしていた。

 つまりはそういう事だ。一五センチでは足りないのだ。

 そういうわけで、俺はトイレの個室で途方に暮れていた。


(このままではここで夜を明かす事になってしまうな……)

 紙を確実に手に入れる方法はある。次の日の朝、トイレに入ってきた人に紙をくれと頼めばいいのだ。

 だがそれは現実的ではない。先ほど独白したようにそれではここで夜を明かす事になり、しかもここで一泊した事が万が一にも知られてしまえば、俺のあだ名はその日からウンコマンになってしまう。成績も運動も容姿もそれなりである(と自負している)俺にとって、そのような道化然たる扱いは耐え難きものなのだ。

 なので、俺は夜が明ける前に紙を入手しなければならないのだが、ここで俺の行動制限を説明しておこう。要は取る事の出来ない行動だ。


 その一、【下半身を丸出しでトイレの個室からは出られない】。

 これは当然だ。文明人たる者、下半身を露出して外出してはならない。もし下半身を露出したまま紙を探しに廊下を彷徨い歩き、万が一にも誰かに見つかったとしたら――それはもはやウンコマンどころの話ではなく、学校にいられるか……いや、シャバにいられるかどうかの話になってしまうのだ。


 その二、【ちゃんとした服装で下校する事】。

 これも当然だ。文明人たる者、服はきちんと着こなさなければならない。例えば制服を紙の代わりにアレしてワイシャツ一枚で帰るなど、到底許される行いではないのだ。それに制服って高いしね。


 以上二点は、絶対に遵守しなければならない。もしこの条件を反故にするような事があれば、例え無事に家に帰れたとしてもそれは敗北に他ならないのだ。

(文明人らしく……そう、ちょっと書店で立ち読みをしていて遅くなったという感じで家に帰るのだ)


 さて、次は持ち物を確認しよう。鞄こそ教室だが、俺は裸一貫でトイレに入ったわけではない。ポケットを探れば、何かしらは見つかるはずなのだ。

 ちなみにハンカチで拭くのはセーフとする。ハンカチなら失っても文明人としての体裁を保つ事が出来るからだ。

「…………」

 結論から言うと、ハンカチは無かった。俺はどうやって手を洗うつもりだったのか。

 ただその代わりと言ってはなんだが、携帯電話を所持していた。万一の盗難に備え、肌身離さず持っていたのが幸いした。

 いや、幸いどころかこれは勝利だ。携帯電話があるという事は、助けを呼べるという事。知り合いに連絡して紙を持ってきてもらえば、このふざけた密室事件は『めでたしめでたし』で幕を下ろすのだ。


「よし、じゃあさっそく――」

 携帯を開き、電話帳を開いて――そこで気付く。

 この俺に、気軽に連絡出来る知り合いなどいないという事に。

「そ、そうだった…………俺には友達がいないのだ」

 この高校に入学してから一年と半年。

俺は未だに一人で飯を食っていた。

「まさか誰にも頼れないとは…………ん?」

 何気なく電話帳をスクロールしていくと、ふと懐かしい名前を見つけた。

 ――古牧小春。

(…………番号、交換してたのか)

 そこには、幼馴染の名前があった。

 幼馴染とは言っても、既に疎遠になっている。今では学校も違うので、もう何年も顔を合わせていない。昔はいつも一緒に遊んでいたのに、今ではどんな顔をしているのかすら分からない。


「…………これだけか」

 電話帳に載ってる名前は以上だった。両親と、幼馴染。ちなみに大人が黙って校舎に入ると警察沙汰になり兼ねないので、両親に助けは求められない。

 となると、選択肢は一つだ。

「…………」

 いやいや、さすがに無理だ。俺が疎遠に思っているという事は、相手も疎遠に思っているという事。こんな事を頼めるような――紙を男子トイレに持ってきてもらえるような関係では、既になくなっているのだ。

(いや、仲良かった頃でもたぶん無理だと思うけどな……)

 俺は携帯を閉じて、他の手を探す事にした。

「…………」

 しかしすぐに手詰まりになった。当然だ、持ち物が携帯電話しかないのだから。携帯電話を使って出来る事を除外したら、必然的に出来る事が無くなってしまうのだ。


「…………」

 なんとなく携帯を開いたり閉じたりする。

 いや、既に分かっていた。電話を掛ける相手の選択肢が一つという以前に、まず俺が取れる解決策の選択肢が一つなのだという事を。

「…………。……よし、掛けるぞ」

 俺は幼馴染の名前を開き、意を決してダイヤルボタンを押した。

「――――」

 少しして、コール音。着信を拒否されたりはしていないようだ。

(き、緊張するな……)

 最後に会ったのはいつだったか…………あれは確か小学校の卒業式の時だ。


 一つ年下の幼馴染は、俺が卒業する時にピーピー泣いてたのを覚えている。その時は別に家もそんなに離れてないし、一年経てば同じ学校なんだからと慰めたのだが……

(それきり会わなくなったんだよな……)

 中学に上がりたての俺は自分の事で手一杯で、一年経って落ち着いたと思ったらあいつはあいつで私立の中学に行ってしまったので、会う機会が無くなってしまったのだ。

これはもう、俺の事を覚えているかどうかも怪しい。例え覚えていても小春には小春の生活があるし、再び俺と関わるつもりなど少しも無いのかもしれない。

そして俺は、そんな小春に何を頼もうとしているんだっけ……?

(やべ、やっぱり切っ――)

『……もしもし』


 繋がってしまった。


 こうなってはもう手遅れだ。今切ったらイタズラ電話として処理されてしまう。

 俺はもう当初の目的を果たすしかなかった。

「あ……もしもし。えっと、その…………俺だけど」

『……うん、知ってる。名前出てるし』

 小春の電話帳には、まだ俺の名前が残っていた。少なくとも過去の人にされているというわけではなさそうだ。

「そ、そうか…………久し振りだな」

『うん……』

「…………」

 会話が途切れてしまった。

(いや、別に楽しい会話をするために掛けたのではないが……)

 しかし物事には順序というものがある。いきなり用件を伝えたところで、用件が用件なので「は?」ってなるに決まっている。

 まずは空気を和ませる必要があるのだ。


「ええと…………いつ以来だ?」

『……小学校の時、かな。透くんが卒業してから、それっきり』

「そ、そうか……そうだったな」

 記憶の通りだった。となると、四年と半年ぶりか。

 ならまずは、当時の話から始めよう。

「確かあの時は…………俺が卒業するってんで、ビービー泣き喚いてたよなハハハ」

『…………ビービーなんて泣いてないし、喚いてない』

「いやぁよく覚えてるぞ俺は。寂しいようとか言いながらしがみ付いてきてたよなハハハ」

『切っていい?』

「いや、よく思い出したら全然泣いてなかったな。クールの化身だった。だから切らないでくれ」

 なんか怒らせてしまった。


『……で、何の用? 昔話をするために電話してきたわけじゃないでしょ?』

「う、うむ…………まぁ、な」

 もう少し場を和ませたかったが、これ以上は危険だ。何せ小春がどうして怒ったのか分からないのだから。

「もう少し場を和ませてから伝えようと思ったのだが……」

『どこか和んでたっけ……?』

 少しも和んでいなかったらしい。

「トイレで用を足したはいいが紙が無かったから、紙を学校まで届けてくれないか」

『は?』

 やっぱり「は?」ってなった。

「トイレで用を足したはいいが紙が無かったから、紙を学校まで届けてくれないか」

『いや聞こえてないわけじゃないから』

 聞こえていないわけではないとすると、やっぱり小春は困惑してるのだ。

『え……なに、からかってるの?』

「違うんだ、本当に困ってるんだ」

 本当に困ってる感を出して言った。


『…………。本当に困ってるのだとしても、そんなのクラスメイトに頼めばいいじゃない』

「いやっ、それが…………クラスメイトには頼めないんだ」

『頼めないって、なん――』

 そこで少しだけ小春の声が途切れて、

『……もしかして透くん、いじめられてるの?』

 心配そうに、そう訊いてきた。

「そっ…………、……いや、そういうんじゃないんだ」

 俺はいじめに遭っているわけではない。ただ友達がいないだけだ。

『そう……それならいいけど』

「――――」

 一瞬だけ、いじめられてる事にすればすんなり来てくれるんじゃないかと考えたが――本気で心配してそうな声だったので、嘘を吐く気にはなれなかった。


「とっ、とにかく頼れるのは小春だけなんだ! 頼む、助けてくれ!」

『…………』

 受話器の向こうで、沈黙が流れる。

 即座に断らないという事は、少しはこちらの身を案じてくれていると思っていいのか。

『……本当に無いの? これっぽっちも?』

「いや…………一五センチくらいならある」

『じゃあそれで何とか…………その、アレすればいいじゃない』

「一度しか言わないからよく聞いてくれ…………俺はものすごく腹の具合が悪かった」

『――――』

 再び受話器の向こうで沈黙……と言うか絶句だなこれは間違いなく。

 まぁおそらくだが、助けてくれる意思はあるのだろう。ただ用件が用件なので、快諾は憚られるといった感じだ。だって小春は女の子だしな。

 ならばここは、もう一押しだ。


「頼みを聞いてくれたら、何でも言う事聞くから!」

『分かった。学校はどこ?』


 恐ろしい速度で了承された。

(…………ちょろいな)

 これが、交渉術というものである。将来はネゴシエーターとして活躍するのもいいかもしれないな。

「東山高校だ」

『東山…………かなり近所だね』

 俺の家から徒歩で約二〇分の距離だ。俺の家から近いという事は、小春の家からも近いのだ。

「四階の中央階段近くのトイレだ。頼むぞ……!」

『ん、分かった』

 通話が切れる。

「よし…………助かった」

 ほっと胸を撫で下ろす。

 一時はどうなる事かと思ったが、助けを呼べればもう解決したも同然だ。

 紙を受け取って、尻を拭いて帰宅する――アクシデントなど起こりようの無い、確かな未来がそこにあった。

(さて……あいつが来るまで約二〇分といったところか)

 しかし電話越しだったけど、声はあんまり変わってなかったな。話し方もだいたいあんな感じだった。


 古牧小春。一個下の幼馴染だ。幼稚園の頃からの付き合いで、俺が小学校を卒業するまではよく一緒に遊んでいた。一年の内半分くらいは、あいつの家で過ごしていたような気がする。

(…………あれ、そういえば他の奴と遊んだ記憶が無いな)

 思い返すにどうやら俺は、小春以外の友達がいなかったようだ。

(いなかった、と言うより現在進行形で小春以外の友達が――いやいや)

 恐ろしい事実が判明しそうだったので、頭を振って考えるのをやめた。みんな俺に萎縮しているだけなのだ。


(しかし……今の小春はどんな感じなんだろうな)

 当時の小春は、身長はだいたい俺と同じくらい。髪は短くて、頭よりも体を動かす方が得意な女の子だった。実際は、小春は私立の中学に進学したので、頭の方も得意だったわけだが。

 当時はかなり俺に懐いていた。それこそ、俺の卒業で泣いてしまうくらいに。あいつは結構勝ち気な性格だったから、とても驚いたのを覚えている。何もしてないのに罪悪感が芽生えたほどだ。

(俺が最後に見たあいつの顔は、泣き顔か……)

 そう思うと、会うのが少し気まずく感じた。


 だがそうも言ってられない。

 今は十月、季節は秋だ。陽が落ちれば肌寒さを感じる今日この頃、俺は下半身丸出しのままなので、風邪を引いてしまう事もあるだろう。

 そしてそれより何より、陽が落ちるという事は暗くなるという事だ。生徒は全員帰宅した事になっているので当然明かりなど点いておらず、小春が来てくれなければ、あと一時間もしない内に俺は夜の学校に一人きりという事になってしまうのだ。


(こっ、怖ぇ……!)

 夜の学校は、怪談には事欠かない。夜が更ければあらゆる場所で、人間を脅かさんと妖怪どもが跋扈するのだ。

(やべぇな……トイレって事は花子さんビンゴじゃないか……!)

 あれ、でも俺は中にいるから安全なのか? それとも花子さんが発生した瞬間にエンカウントするのか? そしてそのまま便器に引きずり込まれ……あれ、花子さんって具体的に何してくるんだっけ? 最終的には殺しにくるんだろうけど……

 などと怪談に思いを巡らせていると――


 ヴヴヴヴヴ!


「ひぃっ!?」

 急にポケットが震え出した。

「あ…………電話か」

 用便中の生徒のポケットに潜む妖怪の攻撃ではなくて一安心だ。例え漏らしても便器の上なので更に安心だった。

 携帯を開くと、ディスプレイには『古牧小春』……小春からの着信だった。

「もしもし、俺だ」

『もしもし……着いたけど』

「おう、じゃあさっそく紙を――」

『着いたのは学校。……で、入れないんだけど』

「は?」

『校門。閉まってる』

「こうも…………あぁ、そっちか」

 生徒が残ってなければ校門を開けておく意味は無い。考えてみれば当然の事だった。


『そっち……って?』

「いやなんでもない」

 状況が状況なので、『こうもん』と聞いて真っ先に連想するものと言えばもうアレしかないのである。


『このままじゃ入れないけど。ここから紙を投げ入れればいい?』

「うん、それだと小春を呼んだ意味が無いから」

 校門まで丸出しで行けるなら、他のトイレにだって行ける。それが出来るなら、俺は今頃自室で晩飯を待ちながらくつろいでいるはずなのだ。

「えーと、ちょっと待ってくれ……」

 さてどうするか。校門……正門が閉まっているのであれば、当然裏門も閉まっているに違いない。そしてもちろん門には、鍵が掛かっている。

 ここからどうやって小春に敷地の中に入ってもらうかだが……


『……あ、テニスコートがあるね』

「テニスコート? …………あぁ、テニス部あるからな」

 至って普通のテニスコートだ。クレーだかグラスだかといった種類はあるが、もちろん俺には何の事かさっぱり分からないし、うちの学校のコートがどの種類かも分からない。

 しかしテニスコートがあったからどうだというのか。

『ここ金網だから乗り越えられるね』

「……は?」

『まずは荷物を投げ入れて……っと』

 受話器越しに、遠くに『ボフッ』という音が聞こえた。

 おそらく、小春がテニスコートに投げた荷物が着地した音だ。

『じゃあ今から――』

「いやちょっと待て……! 別の方法を考えよう」

『なんで?』

「いやなんでって…………見つかったらマズイだろ」

 忘れ物を取りに学校に戻るというのはよくある話だが、正規の出入り口以外から入るのは不法侵入と取られ兼ねない。

 いくらなんでも、幼馴染を警察のご厄介にさせるわけにはいかないのだ。


『…………あ。確かにそうだね』

「うんうん。だから別の――」

『私スカートだった』

「いやそうじゃなくて……」

 しかしスカートとは、小春のイメージからは程遠いアイテムだ。昔は短パンとか履いてたのに。


『でも大丈夫でしょ。ここなら見つかる事もそうそう無いと思うし』

「いや、でも……」

『荷物投げちゃったから、もうここを越えるしかないよ』

「う……」

 テニスコートは金網で囲まれているので、鍵無しで中に入るにはどうしても一度は金網を越えなければならない。一度中に入ってしまえば、中から扉の鍵を開けて簡単に出入り出来るようになるのだが。

「…………分かった、じゃあスマンが頼む。もし誰かに見つかったら、俺に脅されたって事にでもしてくれ」

 そうすれば無罪、最悪でも酌量の余地は生まれるはずだ。俺の醜態は知られる事になるが、小春の経歴が傷モノになるよりはずっと良い。

『共犯だよ。それじゃ、また後で』

 通話が切れた。

「…………」

 大丈夫なんだろうな、本当に……


 その不安は、携帯のバイブで払拭された。


『入れたよ』

「おお、無事だったか……」

 ほっと息を吐く。紙が来る事以上に、小春の無事に安堵した。

『で、校舎の前に来たけど、次はどうすればいいの?』

 次は校舎だ。もちろん昇降口は閉まっているだろうから、どこか別の入り口を――

『あ、鍵開いてるねこの窓』

 鍵が開いてるなら侵入は容易だ。考える事は何も無い。

「…………そうか」

 なんとなく釈然としないが、簡単に事が運んだのは良い事だ。別に何もかもが困難である必要は無い。行動全てがドラマチックでは、例えばこの話が本になるなら、本が相当分厚い事になってしまう。こんな話、通勤通学の合間に読むくらいでちょうど良いのだ。

(元々これ、トイレで紙が無いって話だからな……)

 そして不法侵入についてだが、既に金網を越えている以上、窓からの侵入なんてオマケみたいなものだ。見つかった時の言い訳も使い回しが利くだろう。

『えっと、四階だったよね』

「おう。中央階段の所な」

『分かった。じゃ』

 通話が切れたのを確認し、携帯をポケットにしまう。もう使う事は無いだろう。次に話をする時はドア越しなのだから。


「…………」

 久しぶりに会うというのに少しの緊張も無いのは、電話越しの小春が昔とほとんど変わってなかったからだろう。案外、今日からまた昔のような関係に戻れるかもしれない。ぶっちゃけ休日とかクソ暇だし、昔みたいに遊んだりしたいのだ。

(しかし……なんでまたこんなに疎遠になったんだろうな)

 お互い忙しかったとはいえ、連絡手段はお互い持ってたわけだし。

 その原因にはすぐに思い至った。

(…………あぁ、メアド交換してないからか)

 だんだん思い出してきた。


 小春が携帯電話を買ってもらった日の事だ。

 俺たちが携帯電話を使ったのはその時の一回だけ。小春がいきなり俺の家に来て、「携帯買ったから番号交換しよう!」って言ってきて、言われるままに交換してその場で一回だけ電話して、それで終わりだった。お互いすぐ会えるから、携帯を使ってまでコミュニケーションを取る必要が無かったのだ。だからメールアドレスの事も頭からすっぽり抜け落ちていた。当時は別に連絡なんて取り合わなくても、お互いの家に行けばすぐに相手に会えたのだ。

(……でも結局、そのせいでこうなっちゃったんだよなぁ)

 電話とメールでは、行動を起こす時の腰の重さが違う。あの時メアドを交換しておけば、学校が離れてしまっても連絡を取り合っていたかもしれない。そうすれば、少なくとも一日中ゲーム浸けという悲しい休日を送る事は無かったのかもしれない。

(この件が片付いたら、交換しておくか……)


 ――コン、コン。


 ドアをノックする音が聞こえた。俺の入っている個室のではなく、男子トイレの入り口のドアだ。

「…………透くん?」

 小春だった。電話越しよりもクリアになった小春の声は、昔のイメージとは少しだけ離れていた。

「……おう、俺だ」

「良かった、合ってた」

 お互いにほっとする。

時刻は午後六時過ぎ。夕陽は沈み、窓から差し込む月明かりのみがトイレを照らしている(個室の中なので見えないが)。

 これで全ての片が付いた。夕刻のちょっとしたアクシデントは、間もなく終わりを告げようとしていた。

「紙、持ってきたよ」

 がさがさと、小春は袋から紙を取り出す。

「助かった。じゃあ紙をこっちに持ってきてくれ」


 だが、幕はそう簡単には降りそうになかった。


「え…………それは無理」

「……えっ?」

 なんと、紙の受け渡しを断られた。

「えーと…………なんだ。実は紙が無いのか?」

「ううん、ちゃんとあるよ」

「じゃあ持ってきてくれ」

「無理」

「…………。スマン、ちょっとおまえが分からないんだが……」

 小春は俺に紙を渡すためにここに来た。それなのに紙を渡せないとはどういう事なのか。

「だってここ、男子トイレじゃない」

「まぁ……そうだが」

 女子トイレなら大問題である。

「女の子が男子トイレに入れるわけないじゃない」

「…………」

 大層な理由でも何でもない。小春は単に、男子トイレに入るのが嫌なだけだった。


「いや、今はそんな事を言っている場合じゃ――」

「私の歴史において、男子トイレに踏み入ったという事実は認められない。よって私は、これを透くんに渡しに行く事は出来ない」

「――――」

 断固たる口調。

 これは小春にとっての行動制限だ。小春は、【男子トイレに入る事が出来ない】。乙女心はよく分からんが、男子トイレに入るという事は女の子にとっては一大事なのだろう。

 つまり紙が欲しければ、小春に入り口から何とかしてもらう必要があるのだ。


「じゃあここに置いておくから、取りに来てね。……見ないように向こうに行ってるから」

「いや待ってくれ。それは出来ないんだ」

「なんで?」

「小春が【男子トイレに入れない】ように、俺は【下半身を丸出しで個室から出る事は出来ない】んだ」

「…………。ピンチなのは透くんなんだから、信念を曲げる必要があるのは透くんの方だと思うけど」

 正論である。助けてもらう身の分際で、相手に注文を付けるなどおこがましいにも程がある。

 だが、それでも譲れないものがあるのだ。


「スマン、一度しか言わないからよく聞いてくれ」

「うん、分かっ…………あ、やっぱりいい――」

「尻にクソを付けたまま歩くのだけはどうしても許容出来ないんだ……!」

「――――」

 小春が言葉を失う。俺の信念、決意に、心を打たれているのだろう。

「言っておくけど呆れ果てて絶句してるだけだからね……」

「…………まぁ、とにかくそういう事なんだ」

「…………はぁ」

 小春は呆れたように溜め息を吐くと、

「……紙、一五センチはあるんだよね?」

「あ、あぁ……」

 一五センチの紙は、最初からずっと手にしている。シングルロールなので、痔の人にはあまり優しくないタイプのやつだ。

「じゃあ大丈夫。透くんは信念を曲げずに、トイレから出られるよ」

「……? いや、忘れているならもう一度言うが」

「大丈夫覚えてるから。お腹壊したんでしょ?」

「うむ。一五センチでは足りないのだ」

 せめてこれの十倍くらいあればなんとかなりそうなのだが。

「でも、水なら大丈夫だよね?」

「水……?」

 急にワケの分からない事を言い出した。この状況で、どうして水を拭く話になるのだろうか。


「透くん…………ウォシュレットを使おう」


「――――」

 ウォシュレット。

 つまり、紙で拭くのではなく洗い流してしまえという事だ。なるほど確かに、洗い流してしまえば拭くのは簡単だ。それなら一五センチで充分足りるし、足りなければ乾くのを待てばいいだけの話だ。


「スマンこのトイレ和式なんだ」

「――――」

 ただし、それは便器が対応機種であった場合の話。和式という便器に、ウォシュレットなどという機能は備わっていないのである。


「じゃあここに置いとくから。終わったら呼んでね」

「ま、待ってくれ!」

 引き留める。

 他にも方法が無いわけではない。ただ、確率としては低いと言わざるを得ない。


「小春……トイレのドアと天井の間に隙間があるのは分かるな?」

「うん……何のために開いてるのか分からないけど、あるね隙間」 

 ちなみに隙間がある理由は、主に安全のためだ。例えば個室内で気を失って倒れたりした場合、その隙間から入って救助活動を行ったりするのだ。


「そこから紙を投げ入れてくれ」

 人が通れるという事は、紙も通れるという事。これなら小春は入り口にいながらにして、俺に紙を渡す事が出来る。

 問題点は上手く入ってくれるかどうかだが、それは小春次第だ。ちなみに俺の入っている個室は一番奥のものなので、難易度が若干アップしている。


「…………。分かった、任せて」

 自信がありそうな小春の声。そうだ……昔の小春は、運動神経だけは良かったのだ。実際は頭も良かったんだけど。

「じゃあ投げるからちゃんと受け取ってね――えいっ」


 ――ボゴンッ! てん、てん……


「…………」

 ちなみに今のは、紙がドアに直撃した後、床にバウンドした音だ。音としては聞こえないけど、漫画ならたぶん今頃『コロコロ……』って書いてあると思う。

 全然ダメだった。

「…………。よし、もう一回だ!」

 一度でダメなら何度でも、だ。

「一個しか持ってきてないよ」

「…………」

 まぁ、普通は一個しか持ってこないよな。クソ一回分にはロール一個で充分……と言うか過分だし。


「じゃ、じゃあ女子トイレから……」

 言いかけて、口を噤む。

 隙間の辺りで弾き返されるどころかドアの真ん中くらいにぶち当たったところを見るに、小春はかなりのノーコンだ。おそらく何度やっても俺の手元に紙が届く事は無く、それを繰り返す内にトイレ内をトイレットペーパーだらけにするトイレの小春さんという怪談が発祥してしまう恐れがある。紙を確認せずに用を足したという俺の不注意一つで、幼馴染を怪談の一員にするわけにはいかないのだ。

「えーっと……どうしよう? 女子トイレから持ってくる? それとも転がってるのを拾って使う?」

「――――」

 前者はさっき言った通り却下。そして後者だが、例え手が届いたとしても、トイレ内を転がった紙など絶対に使いたくない。この校舎はかなり古い建物なので、トイレ自体があまり綺麗ではないのだ。


(こ、これは……!)

 紙の回収は出来ない。

 そして出来たとしても、その紙は使えない。小春が新たに紙を入手したとしても、それが俺の手元に届く事は無い。

 ここに来て、完全な手詰まりに陥ってしまった。

「…………じゃあ私、外に出てるから」

 何かを察したように、小春が言った。

 小春にも分かっているのだ。もう俺が下半身を丸出しにして、どこからか紙を持ってこなければならないという事が。

 つまり、ゲームオーバー。文明人だった俺は、今日ここで死ぬ事になるのだ。


「――――」

 ――いや、諦めるのはまだ早い。

(考えろ――)

 思考を高速回転させる。

前提条件はこれだ。【下半身を丸出しでトイレの個室からは出られない】【ちゃんとした服装で下校する】【小春は男子トイレに入る事が出来ない】。追加の条件は、【小春は紙を投げ入れる事が出来ない】【落ちた紙は使えない】。

 これら全ての条件を満たしつつ、俺が平穏無事に帰路に着く方法は――

「――――」

 ――あった。

 一つだけ。たった一つだけ、全ての条件を満たしてここから出る方法があった。

「……小春」

 小春を呼び止める。

 これは外法である。おそらく、この手段で尻のアレを処理した人間は全人類の一パーセントにも満たないはずだ。

 だが、俺はやる。俺には、迷ってる時間も選択肢も残されていないのだ。

「……なに? やっぱり女子トイレから紙持ってくる?」

「いや、それはいい。それより一つ、用意してもらいたい物があるのだが――」




「……よし」

 外はすっかり暗くなっていた。秋の夜風は少しだけ肌寒く、しかし解放感に火照った体には心地良かった。

 そう――俺はついにトイレから出る事に成功したのだ。もちろん前提条件は全てクリアした上で、だ。


 鞄を取りに一旦教室に戻り、鍵の開いていた窓から外に出た俺は、後始末をしてから小春の待つテニスコートへと向かった。

 小春には先に校舎から出てもらった。小春にはトイレから出る一部始終を、どうしても見られたくなかった。まぁ、何をするか口で説明すれば自発的に出てくれただろうけど。

「さて、小春は……」

 会話こそしていたが、面と向かって会うのは疎遠になってからこれが初めてだ。話した感じあんまり変わってなかったから、電話を掛けた時ほど緊張はしていないが。


 テニスコートは、校舎の正面からグラウンドを挟んで向こう側にある。当然グラウンドの照明も消えているので、半ば手探り状態で小春の姿を探す事になった。

「小春ー、どこ――うぉっ!?」

 遠くへ視線を巡らせつつ歩いていたら、すぐ近くに人影があった。

「…………」

 女子生徒だった。髪は長く、背は低い。上目遣い気味に俺を見る目はぱっちりしていて、まぁ何と言うかとても可愛らしい女の子だった。

(こんな女子がいたのか、うちの学校に……)

 お近づきになりたい気持ちもあるが、今は小春を探すのが先決だ。それに初対面の女子にお近づきになれるくらいのコミュ力があるのなら高校入学後の一年と半年をぼっちで過ごすはずがないので、小春の件が無くとも結局眼福止まりなのだが。


(でもなんで私服なんだろ…………まぁいいか)

 それより小春だ。あいつが怖がりだった記憶は無いが、それでも暗い所に一人きりでは心細いだろう。俺も心細かったし。

「……ん?」

 小春を探しにこの場を離れようとしたところで、服の裾を引かれた。

「ちょっと……どこ行くの?」

「…………えっ?」

 聞こえたのは、小春の声だった。さっきまで聞いていたのだから、それは間違いない。

 ただ、声のした場所が、可愛らしい女の子のいる場所と寸分違わなかった。

「トイレに忘れ物?」

「あ…………いや、違う、けど……」

 可愛らしい女の子が、小春の声で、俺に話しかけていた。


「…………小春なのか?」

「は?」

「……おまえ、小春か?」

「え、なに言ってんの?」

 間違いない。この声、この喋り方は、間違いなくさっきトイレで俺が話していた小春のものだ。

 つまり、この小柄で髪の長い、スカートを履いた女の子が――俺と同じくらいの背丈で、ボーイッシュな髪型だった、ズボンを履いているところしか見た事の無かった小春なのだ。


「――――」

「…………。え、なに?」

「いや…………なんか小春、小さくなってないか?」

「透くんの背が伸びただけだよ」

「そ、そうか……」

 男の成長期なので、当然の摂理だった。

(いかん、なんかドキドキしてきたぞ……)

 そんな当然の事を口にしてしまったのは、小春が見違えるような姿になっていたからだ。昔は一緒に風呂に入るくらい女として意識してなかったのに、これではまるで――普通のとんでもなく可愛い女の子だ。


(これは……この気持ちは、もしや――)


「で、あんなのでどうやってトイレから出てこられたの?」

「――――」

 ――あぁ、そうだった。そんな女の子に俺は、クソをしたら紙が無かったという理由で紙を持ってこさせたんだった。

 そう思ったら、ドキドキしてるのがアホらしくなった。どんなに見た目が変わっても、俺にとってのこいつはあの時の小春なのだ。


「……まずは学校から出よう」

 当然、出た後は入る前と同じ状況にしなければならない。鉤を開けた場所は、きっちり締めて帰らなければならないのだ。

 と言っても、大した事をするわけではない。テニスコートに入って扉の鍵を閉めた後、小春が侵入した時と同じように金網を越えて外に出るだけだ。

「先に行くから、あっち向いてて」

「え、なん……あぁ」

 漫画とかではよくある風景だが、やはりスカートで金網をよじ登ると見えてしまうらしい。

 文明人であり紳士である俺は言われた通りにそっぽを向き、小春が向こう側に降りるのを待った。


「そういうとこ、意外としっかりしてるんだね」

「意外、は余計だ」

 そもそも小春をそういう目で見た事は無いしな。まぁ昔の話だが。

 小春に続いて、俺も金網を越えた。登ってみると意外と高く、よく小春はこれを越えようと思ったものだ。

 無事に侵入の痕跡を消して学校から脱出した俺たちは、並んで帰路に着いた。


「……じゃあ、説明してくれる?」

 さて、ここからは種明かしの時間だ。如何にして俺は、全ての条件を満たしてトイレから脱出したか。

「いいだろう。まぁ、あまり綺麗な話ではないがな」

「今更だね」

 全くその通りだった。


「どうして、ビニール袋が必要だったの?」

 あの時小春に用意してもらったのは、コンビニなどで貰えるビニール袋だった。これは小春が紙を入れるのに使っていたため、改めて用意してもらう必要は無かった。

「後始末のためだ」

「後始末?」

「うむ、順を追って説明しよう。まずは前提条件からだ。おまえが男子トイレに入れないように、俺にもそれに似た条件があったんだ」

 小春に俺の前提条件を説明した。もう一度言うと、【下半身を丸出しでトイレの個室からは出られない】【ちゃんとした服装で下校する】。そして追加の条件で、【落ちた紙は使えない】。


「これを満たすには充分な紙が必須だと思っていた。だがおまえが来てくれたおかげで、必ずしもそうする必要は無い事に気付いたのだ」

 前提条件には、【紙で尻を拭く】という項目は無い。

 つまり言い換えれば、尻を拭く道具は紙である必要が無いという事になる。

「さて……俺は今、【ちゃんとした服装で下校】している。だがそれはあくまで見た目の話であり、実は欠けているものがあるのだ」

「…………。まっ、まさか……」

 小春が気付き、戦慄した。


「そう――俺は今、ノーパンだ」


 俺の行動はこうだ。

 まず、個室内でパンツで尻を拭く。その後ズボンを履いて個室から出て、小春に用意してもらったビニール袋にパンツを詰める。ついでにトイレに転がって汚れた紙も、最初から所持していた一五センチの紙で掴んで一緒に袋に詰めた。

そして校舎から脱出後、それらを詰めた袋を焼却炉に突っ込んで任務完了だ。袋に詰めたパンツと紙は、明日の放課後には灰になっている事だろう。

 これが、俺がトイレからの脱出に至るまでの全容だった。


「一人では到底為し得なかった…………小春、おまえのおかげだ。ありがとう」

「う、うん……」

 俺が感動している横で、何故か小春は俺から距離を取った。

「ん? パンツか? それならゴムが切れたから捨てたとか適当な理由をでっち上げれば大丈夫だぞ」

「うん……パンツのその後の心配は一切してないんだけどね」

「そ、そうか……」

 なんかドン引きされているような気がするのは気のせいだろうか?


「……コホン。まぁ、そんな事より。何でもするって言ったの、覚えてるよね?」

「ん……あぁ、覚えてるぞ」

 交渉の時に使用した一言だ。効果はご覧の通り、これで明日からキミもネゴシエーターだ!

「よろしい。じゃあ、まずは……」

「……まず?」

「うん。まず」

「いや複数回何でも言う事を聞くとは言ってないのだが……」

「女の子を陽が落ちた時間に他所の高校に不法侵入させたのに、一回で済むと思ってるの?」

「それを言われると……」

 小春に対する気持ちは感謝が大部分を占める中、申し訳なさも多少は含まれている。

 ならば、罪滅ぼしに複数回聞くのもやぶさかではないな。


「……分かった。なら小春の気の済むまで言う事を聞いてやろう」

「やった。じゃあまず、明日から毎日電話する事」

「…………。それは時報とかでもいいのか?」

「いいわけないでしょ。私にだよ」

 まぁ、そりゃそうだ。


「えーと…………なんでだ?」

「四年以上もほったらかしにしたんだから、それくらいはしてくれてもいいでしょ?」

「別にほったらかしにしたわけじゃ……」

 なんとなく機会が無かっただけである。

「それを言うなら、おまえの方が俺をほったらかしにしたとも言えるぞ」

「じゃあ私が毎日電話するけど……」

「いや待て。さすがに毎日電話はメンドくさいぞ。それに電話代もバカにならないしな」

 電話代は親持ちだが、限度を越えたら小遣いから天引きされてしまう恐れがある。


「じゃあメールでいいよ」

「おまえのメアド知らんし」

「私も透くんの知らないから、今から交換」

 小春がポケットからスマホを取り出した。

「おお、これが噂のスマホか……」

「え……まさか透くん、スマホ持ってないの?」

「別に必要無いしな」

 携帯を掲げる。俺の携帯は、古き良きガラパゴス式だ。側面のボタンを押すとパカっと開くのだ。


「…………。じゃあ次ね。今度の休みに透くんのスマホを買いに行きます。一緒に」

「えっ…………いや別に要らないし」

「要ります。透くんにスマホは必要です。というわけで今度の休みに付き合ってあげるから」

「…………」

 この強引さには、呆れを通り越して懐かしささえ覚える。

「……しょうがないな、付き合ってやるか」

 なので俺も、昔のようにそう答えた。

「付き合ってあげるのは私。……でも、うん。約束ね」

 嬉しそうにはにかむ小春。こういうところはまだまだ子供だな。


「あ、でも何よりもまずは私の家に来てもらわないとね。今から」

「……今から?」

「うん。私今、門限破ってるから」

 時刻は午後六時過ぎ。女子高生の門限としては、ちょっと早いような気もするが。

「それは全面的に俺が悪いが……俺が行ってどうなるんだ?」

「怒られるの。一緒に」

「えっ、それは……」

 全面的に俺が悪いが、全力で拒否したかった。

 何故なら小春のお母さんは、結構怖い人なのだ。昔もよくいたずらをして怒られたものだ。


「そうと決まったら急ぐよ。遅くなった分だけお母さん怒るから」

「おい、ちょっ――」

 返事を待たずに小春は俺の手を取って、街灯の心許ない夜道を駆け出した。

 さっき開けられた一五センチの距離は、昔と同じようにゼロになっていた。

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ピンチな俺と幼馴染 生ハム @sss_special

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