アン「子供じゃないもん」
セインに促されて家に戻った咲人だったが、玄関ドアには鍵がかけられていた。
がちゃがちゃと不快な金属音がするばかりで家に入れなかった。このままでは謝ることも出来ない。咲人は庭先に回り掃き出し窓からの侵入を試みる。
――本気で怒らせてしまったか?
咲人は自分の軽率な行動を後悔した。その場しのぎのつまらない反論の為にアンを傷つけたり怒らせたりするなんて、とんでもないことだ。
庭に回り込んだタイミングで窓の方からカーテンを引く音がした。
「アン!」
駆け寄り咲人が窓に到着すると同時にカーテンは閉め切られてしまった。
アンの姿が見えたのは一瞬で、いまはガラス越しに厚い布しか見えはしない。
「くぅ……!」
咲人はうなだれた。窓ガラス一枚とカーテン一枚がとても分厚い壁に思える。
だが、アンが遠ざかった気配はない。声は届くはずだ。
「アン、聞こえますか?」
返事はない。けれどカーテンが僅かに揺れた。
アンはすぐそばにいるのだ。
「アン。お願いです、顔を見せてください。謝らせてほしい」
おそらく十秒と経っていなかったはずだが、その時間は長く感じられた。
カーテンからひょこりとアンが顔だけ出した状態で現れた。
§ §
「アン」
「…………」
アンは押し黙って何も言わない。
長いまつ毛に縁取られたエメラルドグリーンの
最近は笑みを浮かべていることの多い瑞々しい唇もいまは真一文字に結ばれていた。他のエルフと比べると童顔なアンビエントだが、美人であるのは間違いない。そんな美人が黙っているとなかなか迫力がある。
自分に落ち度があるのなら尚更だろう。
「さっきはごめん、なさい。セイン君になにか言い返したくてアンを言い訳に使いました……その、アンを子供だとは思ってないです」
迫力に押されながらどうにか謝罪と自分の気持ちを口にする咲人。
僅かにアンの眉根が寄り、頬が膨れた。
「……サキト」
「はい……」
「サキトも思ってるの?」
沈黙を破ってくれたアンからの質問。ガラス越しのくぐもった声もあって、意図が読めない。咲人は思わず首を傾げる。
「ええっと……?」
そんな反応にアンはじれったそうだ。どうして分からないのだと言わんばかりだ。それでも咲人がなにも返せずにいるとアンは大きくため息をついた。
「サキトも思ってるんでしょう? 私のこと、おっぱいエルフって……!」
「えっ?」
思わぬ言葉に咲人は固まった。気に障ったのはそちらの方だったのか。
自分はそんなに乗っていなかったのになぁ、と咲人は頬を
「いえ、そんなことは――」
「ウソ、咲人が嘘ついた」
反論を遮ってアンが咲人をビシリと指す。その言葉にはなにやら確信めいたものが感じられた。
「魔法で繋がってるから分かるんだよ? 私の耳はサキトの嘘を聞き逃さない」
自分の耳を
「そんな……おっぱいエルフだなんて……」
「サキトぉ~?」
じぃぃ、とアンが睨む。ガラスが彼女の呼気でわずかに曇った気がする。
「……言い得て
お手上げ状態で白状する。初めは確かに呆れていたがセインの説明を聞いたらなるほどと思ってしまった。咲人の言葉の真偽がわかるからかアンは頷いてから、ぶぅと口を鳴らし頬を膨らませた。
「そんなの私の方が知ってるし……」
――これは過去になにかあった、というところか。
アンは不満顔でいるが、その瞳は咲人を見ていない。カーテンを身体に巻き付けミノムシのような恰好でゆらゆらと左右に揺れ出した。
「エルフはそんなのおかしいって馬鹿にする……背も低いって笑う」
アンの身長は大体百五十五センチ前後だろう。そして平均的な女性エルフの身長は咲人(身長百七十センチ)とそう変わらなかったので、確かに小柄である。そしてエルフの身体つきにはあまり
「人間はやらしい目で胸を見る。サキトもたまに見てる。それくらい、知ってる」
続けて『子供じゃないもん』とアンは不機嫌そうに呟いた。咲人はぐっと言葉に詰まってしまった。しかし、気まずさに咲人が沈黙しているとアンが今度はしゅんとしてしまった。
「……こんなの、要らないのにな」
カーテンで隠れているがアンは自分の胸に手を置いているようだ。
そして、その言葉の震えはもっと別のものが欲しかったのだと訴えていた。
それは容姿で後ろ指刺されるようなものでなく、普通にやり取り出来る関係が欲しかったということだろう。
子供じゃないもんと言ったばかりのアンの姿が咲人には小さく見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます