咲人「あれはその、アレです。男同士の会話特有のなんというか……アレです」

「交渉成立だな」

「ええ、ありがとうございます」


 咲人はセインと握手を交わす。

 大きな獲物がかかったらお前らにも分けてやるぜと彼は笑う。どうやら彼の方もいくらか緊張していたようだ。


「期待してますよ?」

「おう、任せろいっ」


 茶化す咲人にセインは軽く握った拳を突き出した。

 咲人もそれにコツンと拳を当てた。彼とは仲良くやっていける気がしてきた。



 § §



「しっかしよぉ、サキトニコカド。これどーすんだ?」


 セインは顎をしゃくってコボルトの死体を示した。頭部に落とされた大きな石と腹に刺さった槍。片付けるのが大変なのは間違いないだろう。


「いやぁ、本当にどうしましょう?」

「つーか、この石。これ、どーしたんだ?」


 彼の質問に咲人は先ほどのアンとのやり取りを語った。

 罠にかかったコボルトを不憫に思ってアンにトドメをさしてもらった。ただ、その方法というのがご覧の有様だ。


「へぇ、あのエルフがね」

「アンは魔法が得意ではないんですよ。魔法で丸ごと吹き飛ばすよりはマシでしたけど……」

「エルフってのは大体魔法が得意だって聞くけどな。あのエルフ、やっぱり変わってんだな」

「やっぱり……?」 


 咲人はセインの言葉に違和感を覚えた。セインはアンのことを知っているのだろうか。そんな咲人の視線を感じたのか、セインは語りだした。


「俺たちの村に住んでる奴は大体あのエルフを見たことがある。河原とか、森の近くでな。一人でふらふらしてたり、気づくとこっちを見ていたり……ガキのなかには一緒に遊んだことのあるやつだっているよ」


 エルフは森の奥、エルフの里とその周辺に住んでいるのが普通でそんな人里に近い場所で見かけることは珍しい。外見からおそらくは同一人物だろうということで村では知られた存在らしい。


「そうなんですか?」


 寂し気に木の陰から人々を覗き見しているアンの姿が脳裏に浮かんだ。

 そんな咲人の感慨を知ってか知らずか、セインがそうなんだぜと続ける。


「ああ、結構有名だぜ! あの、おっぱいエルフはっ‼」

「…………」


 感慨は一瞬で吹き飛んだ。



 § §



「おっぱいエルフって……」


 アンは遠目でも分かるほど胸が大きい。

 でも、それはないだろうと咲人がセインを見ると彼は慌てて手を振る。


「いやいや! ちょっと、いや半分くらい、誤解してるぞサキトニコカド⁉ 別に見たままで言ってる訳じゃないんだぜ⁉」

「じゃあ、なんなんです?」

「いいか、人間族の女には胸の小さいのも大きいのもいる。けど、エルフの女には胸の大きなのはいない。だからだ!」


 種族的な傾向としてエルフは男女問わず長身でスレンダーな体型の者が多い。

 そうなるとアンの体形は確かに大きな特徴であるといえるだろう。

――だからって、おっぱいエルフはないでしょうよ。

 咲人が思わず大きくため息をついた。


「……なんだ、随分と澄ましてるじゃないか? けどまぁ、それもそうか」


 対して口を尖らせていたセインだが、やがてニヤけ始めた。

 咲人の方へと手を差し出すと指をワキワキとくねらせる。


「夜ごと好き勝手してたら余裕もあるわなぁ~? あー、あやかりてぇぜ……!」


 ニヘニヘと笑うセイン。しかし不思議と不快ないやらしさは感じられない。本心をそのまま口にしているからか、なにを言ってもカラッとした印象しか残さないのがこの青年の特徴だ。


「ははっ、ところがまだ手も出せてないんですよ。あと、あんまり言うと奥さんに告げ口しますからね?」


 セインは既婚である。そしてその妻はエルフ体型であった。


「おーい! それはないぜっ! サキトニコカド! 男として大きなおっぱいロマンを見るのは当然のことだろ?」


 咲人とて男だ。枯れかけているとは言えそれは否定できない。

 なんといってもアンのあれは魅惑すべすべ霊峰ふにふにである。


「まぁ、その言い分は分かります……分かりますが、私も高齢ですし」


 そのことが気にならないわけがないじゃないかと咲人は続けた。


「そうさなぁ、それも分かる。けどよぉ、サキトニコカド……」


 老い先短いなら、それこそ自分に素直になった方がいいんじゃないか。

 セインはあっさりとそう言ってのけた。


「…………」


 咲人は少なからず衝撃を受けた。

 この世界の住民は元の世界と比べて平均寿命は長くないだろう。だからなのか、人生観というか生きる事への感覚の違いにたまに驚かされる。これが元の世界での会話ならば『なにを無責任なことを』と思ったかもしれない。

 けれどセインの言ったことがこの世界では正解、あるいは普通なのだろう。


「で、でも……」


 普段の咲人ならこんな風に取り乱したりはしないはずだ。

 反論の為にわざわざ余計なことを言うなんてまずない。

 けれど、この時の咲人は弁解がしたかったのだ。


「アンはまだまだ子供ですよ……?」


 そのせいで、余計なことを口走った。


 かさかさ


「あっ⁉」


 物音に引かれて咲人は目撃した。

 草むら近くの木の陰からこちらをそっと覗き見しているアンの姿を。

 その表情が『あっ』と口を開けたものから、ふくれっ面に変わるのを。

 そして、そのまま飛び去る彼女に手を伸ばしかけて危うく転びかけたのだった。



 § §



 突然咲人が転びそうになったことに驚いたセインだったが、状況の説明を終えると品物の交換は明日でいいぞと笑いだした。


「ありがとう、ございます」

「こーゆーときは早めに謝る! これが女に対する基本だな!」

「おっしゃるとーりで」


 うなだれる咲人の肩をセインがパンパンと叩いた。


「なーにっ、サキトニコカドが特別悪いって話じゃないさ! あれはよ、そのアレだ! 男同士の会話のあれってやつだかんなっ! 仕方ねぇ‼」

「ありがとう、ございます……!」


 咲人は更にうなだれた。

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