咲人「少し自分に素直になってみます」

 思いがけずアンのコンプレックスを刺激してしまった咲人だったが、このままにはしておけない。悩みや心の重荷があるのなら自分を頼ってほしいと咲人は思う。

 打ち明けられる相手がいるだけでも心は随分と救われるのだから。


「アン、もっと前に来て姿を見せてください」


 アンは不思議そうに首を傾げたが咲人の呼びかけに応じてカーテンから抜け出だしてきた。そうだ。独りで丸くなっている以外にもアンには選択肢があるのだ。いまのアンには咲人がいる。

 ガラス一枚隔てて目の前にはアンの姿がある。咲人はその頬に触れる様にガラスに触れた。


「うん、やっぱりアンは美人ですね」

「ふぇっ⁉」


 咲人の突然の言葉にアンは頓狂とんきょうな声を上げる。


「な、なに言ってるの⁉ サキト?」

「いやいや。一目見たときから綺麗だなと思ってはいましたし、えみとメールするときも美人さんですよね、とか言ったりしているんですよ? 面と向かって言ったのは初めてですけど」


 アンは目を白黒させ『え?』とか『へっ?』と繰り返しながら首を振っている。


「お、おかしいよ⁉ いきなりどうしたの?」

「おかしいことはないと思いますよ? 髪も瞳も他のエルフの方よりもキラキラとしてますし、顔立ちもはっきりとはしているけど、優し気でおっとり美人だなと思います。そういうこと、言われたことないですか?」

「ない! ないよ!」


 ぶんぶんと首を振るアンだったが、疑わし気な表情を浮かべた。


「サキト、ほんとにそう――」

「アンは美人ですよ」

「おもっ……! くぅ……ん」


 魔法の繋がりで嘘がバレるのなら、本心を口にしてもそれと知れるはずだ。

 だから咲人は普段ならわざわざ口にしない本音をアンにぶつけた。

 アンは再び俯いてしまった。だけど、今度は耳まで真っ赤だ。

――本当に言われたことがないって感じ、だな……勿体ない。

 俯いたままのアンだが、顔を上げると表情がかなりニヤけたものになっていた。


「えへっ、ほんとに? えへへ」

「はい。他の人がどう感じるかは分からないですけど、私はそう感じますよ」

「そっかぁ、そうなんだ……」


 浮かれるアンに咲人は美醜の評価は地域や時代、文化が変わればガラリと変わってしまうものだと付け加えた。


「周囲がおかしいと言っても、ソレが絶対という訳でもないんですよ」


 だからアンが容姿について劣等感を抱く必要はないのだと咲人は伝えたかった。

 しかし、浮かれたアンは頬に手を当ててエヘヘとくねくねしているばかりだ。

 多分いまのアンには咲人が見えていない。


「もう、まったく……」


 アンは可愛いな。

 そう咲人は思った。つもりだったのだが――


「ひぅ……!」


 突然、アンの動きが止まった。


「……あれ?」


 咲人がまさかと思っていると、アンが開錠して窓を開けてくれた。

 入っていいと短く言って咲人を招くと彼女は目を合わせずにスタスタどこかへ行ってしまった。去り際に振り返り一言だけ『咲人はずるい』と残して。


「……あれ?」


 お父さんはやってしまったようだ。

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