第14話
そんな中でもテッペイだけは例外で、少し前までしつこく
そのテッペイは今阿久津に向かって何やら語っていた。酒の勢いも手伝ってか、いつにも増して早口だったが、言っていることはいつもと同じインターネットの何処にでも転がっているくだらなく
誰とも話をすることもないので酒を飲むペースが早くなる一方だったが、今飲んでいるこの1杯でやめておくことにした。朝からの労働、猫になったあなん、阿久津の
ワークショップのメンバーをこのようなイベントにもう2度と
「何を飲んでるんですか?」
カヨちんだった。今日はサーモンピンクのパーカーを着ている。
「これ? シトラスの香りのするビール」
「
「まずい」
物珍しさで思わず頼んでしまったが、私の口には合わなかった。カヨちんが身体を丸めて声を出さずに笑っている。しかめ面であっさり断言したのが面白かったらしい。
「向こうにいた方がいいんじゃない?」
私といれば彼女も嫌な思いをするのではないかと
「みなさん酔っぱらっちゃってて、ちょっと」
今日のメンバーで女性はカヨちんとカシオペアさんと、先週入ったばかりのジャコビニさんの3人だけだったから、酔った男ばかりの
「僕も結構酔っているけど」
「サジッタさんはなんとなく大丈夫そうかなって」
酒に強い自信は全くなかったが、そう言われてしまえば期待に
「基本的なことを聞くけど、カヨちんってどうしてカヨちんなのかな? カヨちゃんでもカヨさんでもなくて」
「ええっ、サジッタさんはアニメとか見ないんですか?」
そんなことも知らないの、と言わんばかりの態度だったが、あまり腹が立たないのは私にはカヨちんが人間ではなく大きなシマリスのように思われるせいだろうか。どちらが失礼なのか分かったものではない。ともあれ、彼女から最近のアニメとかの話を聞いているうちにウーロン茶が届いた。それと彼女の持っているカシスオレンジの入ったグラスと触れ合わせる。お互い手探りで会話をしていたが、いつしかカヨちんが最近人気が出てきた少年アイドルユニットの話題を
私たち2人が比較的静かにしているのに対し、阿久津たちはますます騒々しくなる一方だった。
「あの人、凄くスタイルよかったですね。憧れちゃいます」
カヨちんにも連中の今の行動の意味が分かったらしい。
「サジッタさん」
平静を
「やめちゃうんですか」
なかなか勘がいい。うちの事務所に誘ってもいいかもしれない。化け物は表に出たままだが、すぐに暴れ出すことはなさそうだった。美女を
「この前の
丸い顔が上下に動く。
「阿久津さんは君が期待していたような人ではないんだ。もっと別の場所に行った方がいい」
テッペイや阿久津と違って彼女に忠告する気になったのは、彼女なら分かってくれる気がしたことと、そしてたとえ恨まれても言うべきことを言っておきたい、という衝動に突き動かされたからだ。つまり、私は思いのほかこの娘に好意を持っているということらしかった。自分でも意外に思いながら今度こそ立ち上がる。カヨちんを見下ろした時に、私だけが先に帰ったら残された彼女がどうなるのか、とそこで気付いた。そういう配慮ができないあたり、大人になりきれていない。
「一緒に出る?」
そう言われた彼女の顔に赤みがさしたので、何か変な誤解をさせたかも、と
「お帰りですか?」
最初に私に気付いたのはヨコタニだった。彼は一人だけ酒を飲んでいないので、場の空気にいまひとつ
「あれ? 気分でも悪いの? 大丈夫?」
「2人でどこかしけこむつもりなんじゃないの」
テッペイの
「いえ、僕の方が気分が悪くなっちゃって、彼女、スーちゃんに
参加者たちが、なんだそれ、と言いたげに笑った。私の経験上、酒に弱いとアピールをすると、相手は間違いなくこちらを
「お疲れ様」
阿久津が右手のグラスを
「もしかして、何か気に入らないことでもあった?」
阿久津の全身は相変わらず白い布で巻かれていたが、動きやすくするためかトークショーの時よりはだいぶ布が減っていて、今は服を着ていないマネキンに見える。飲み会が終わってから西口の
「何のことです?」
自分からわざわざ口に出したということは、私をからかっている自覚があったと白状しているようなものだ。語るに落ちている。再び暴れ出しそうになる化け物を、ハウス、ハウス、となだめて、とぼけた返事をする。
「いや、それなら別にいいんだ。それじゃあ、また来週」
阿久津も自分の言っていることがあまり筋が良くないと分かったのか、あっさりと会話を打ち切って、横にいる徳見くんに何事か囁きだした。あっさり解放されたので、化け物も今度こそ心の奥の暗がりにある
「ごめんなさい。私、具合が悪かったなんて気が付かなくて」
店を出るなりカヨちんに
「あの」
誰かに呼びかけられて、振り返るとカシオペアさんが息を切らせて立っていた。そんなに急いでくるとは、阿久津から何か
「前から言おうと思ってたんですけど、サジッタさんってアラン・ドロンに似てますよね」
思いも寄らない言葉に固まってしまう。そんなことは言われたことがないし、もちろん私はそこまで
「えーと、カシオペアさん?」
「言いたいのはそれだけです。おやすみなさい」
カシオペアさんは急いで再び「サテンの夜」の中へ戻っていった。本当にそれだけのために出てきたようだ。混乱しながらなんとか納得のいくように解釈してみると、おそらく私の顔が濃い―これは良く言われる―ので何かひとこと言いたかったのだが、誰か適当な有名人が思い浮かばなかったので、アラン・ドロンの名前を出したというところではないか。それにしても凄い名前を持ち出してきたものだが。
「アラン・ドロンって誰ですか?」
カヨちんに
「カシオペアさんもちょっと酔ってたのかな」
答えにならない返事をすると、カヨちんが話し出した。
「私もどうしようかと思ってるんです。こないだみなさんとお話してから、ネットでいろいろ調べてみたんですけど、阿久津さんってあまり評判良くないみたいで、これ以上続けるのもどうかなあ、と思っちゃってて」
参加する前に調べればよかったのに、と思ったが、それを言っても始まらないので、それから彼女を中央西口の改札に送り届けるまであまり口を利かずに並んで歩き続けた。
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