第11話
また、阿久津は毎週日曜の夜に
調査のために参加している私の
そして今夜も中野まで来て、阿久津の話を聞かされているのだが、この
「うんうん。でも君が言うような常識って僕は存在しないと思うんだよね」
いつの間にか議論が白熱していた。赤のギンガムチェックのスーツを着た阿久津が前のめりになって椅子に腰かけている。曲芸をするアシカと並べばさぞお似合いだろうが、それ以外の用途には全くもって不向きな格好だった。
「常識が存在しないって、そんなことはないと思います」
受けて立っているのはライさんだ。正式なスターリーネームは「ライブラ」だから
「だから、ないんだよ」
「でも、みんながそう言ってるじゃないですか」
そう言われて阿久津が腕を組みながら笑みを浮かべる。唇が
「その“みんな”というのは誰のこと?」
ライさんが言葉に詰まる。してやったり、と阿久津の顔に書いている。
「ライさんが誰かから直接聞いたわけではないんだよね? どこかでたまたま耳にしただけなんじゃない? そんなあやふやなものを僕は信用できないな」
それから阿久津のライさんへの反論が始まった。柔らかな話し方だったが、それはすべやかで美しい
「いや、ライさんは悪くないよ。むしろ重大な問題を提起してくれたと僕は感謝したい。このワークショップを開いた目的のひとつは、なるべく多くの人を根拠のない思い込みから解放してあげたい、と思ったからだしね。うんうん」
阿久津がテーブルの上に置いてある小さな箱からスクワランオイルの入ったカプセルを取り出して5、6個まとめて一気に飲み込んだ。
「みんなも誰かが作り上げた常識とかいう幻に縛られていたらダメだよ。真実は自分にしか見えないんだからね。それでライさん」
突然呼びかけられたライさんが椅子の上で身を震わせる。
「これもいい切っ掛けだと思って、ライさんも変わったらいいと思うよ。リア充という立場に満足しないでさ。僕らと一緒にまだ誰も足を踏み入れていない砂漠の横断にチャレンジしていこうよ」
このワークショップでサハラやゴビに行く予定などないはずだが、ライさんはすっかり萎れて、ありがとうございました、と言うのがやっとだった。阿久津はライさんに向かって「リア充」、リアルが充実している、というのを略した
これに限らず、阿久津が参加者を一方的にやりこめる、いわば主宰者による参加者の虐殺は毎週水曜の夜に1度は必ず行われていた。目的意識の希薄さ、生活習慣の乱れ、社会経験の不足、といったそれ自体は誰にでもある目くじらを立てて責めるにはあたらない欠点を見つけるや否や、阿久津は世界や宇宙や
そのような攻撃を阿久津がサディスティックに
「それじゃあ話題を変えようか」
そう言うと阿久津はホワイトボードに書かれていた「心のデトックス」という文字を消して、改めてマーカーで「戦争について」と丸っこい字で大きく書いた。ロンドンの老練なテイラーはどんな気持ちであのスーツを仕立てたのだろうか。
「たまにはこんな難しい問題についても考えて欲しいんだよね」
それまで自己変革というミクロな話をしていたのがいきなり大きな話題になって、戸惑いを隠せない参加者の中に自分から発言しようという者もなく、やむを得ず阿久津がランダムに指名していって戦争について語るよう求めた。幸い私は指名されることなく、おずおずと話をする他のメンバーを同情の目で見ていた。
雰囲気が変わったのはパイくん―正式名称「パイシーズ」―の発言からだった。普段は受け狙いの発言ばかりして場を白けさせ、滑っても最初からそれが狙いだったと言わんばかりに虚勢を張っている困った青年なのだが、いつものふざけた感じとは違って、彼は大真面目に先の戦争は間違っていない、日本は正しいことをしたのだと熱く語り出した。知らない人が聞けば驚かされるはずの話だが、その内容と言えばインターネットで広く拡散されたもので、私には見慣れたものだった。そうは言っても、現実でこのような話をする人を見るのは初めてだったので、ネットの影響力が強くなってきたのを実感せざるを得なかった。
「ちょっとよろしいですか」
熱弁をふるうパイくんに反論したのはキャンさん―正式名称「キャンサー」―だった。浅黒く痩せた顔に大きな丸い眼鏡をかけていてギンヤンマのように見えるキャンさんは、パイくんを諭すように、若い人だから知らないのも無理はないが日本がアジアの国々を侵略して多大な迷惑をかけたのは事実であり、その反省のもとに平和憲法を守ってきたのだ、と説明した。キャンさんを初めて見た時に、この人はリベラルっぽい、となんとなく思ったのが当たっていたので我ながら驚く。パイくんはいきり立って、憲法はアメリカに押し付けられたものだ、中国や韓国に謝る必要はない、と反論し、それに対してキャンさんは
「いいね。いいね。盛り上がってきたね」
阿久津は嬉しそうに徳見くんから渡された700
「ところでサジッタさんの意見はどうなの?」
と阿久津が話を振ってきた。不意を突かれて慌てる。
「はい?」
「いや、一人で後ろの方で“俺には関係ねえ”って雰囲気を
勘だけは鋭い男だったのを忘れていた。しくじった。
「そうだ、今度はサジッタさんの話を聞きたいなあ。70年前の戦争についてどう考えているのか、聞かせてよ」
「えーと、すみません。そんな難しい話はよく分かりません」
「何もないってことはないでしょ。せっかくお金を払って参加してくれてるんだからさ、あなたのためにも熱心に活動してもらいたいのよ。で、どうなの?」
これまで発言しなければならなくなると、特にありません、分かりません、誰それと同じです、とはぐらかしてきたのだが、今度ばかりはそれもできないようだった。やっと巡ってきたリベンジのチャンスに阿久津の顔には隠し切れない喜びが見える。私がちゃんと答えなければサーカスから脱走してきた地獄の
「正直に言っていいですか?」
「もちろんだとも。このワークショップはそういう集まりだよ」
そうは言いながらも、阿久津は予定と違う、と言いたげな表情をしている。
「さっき、よく分からない、と言いましたが、正確に言わせてもらうと、戦争とかそういう話に興味はないんです」
私以外の全員が突然目の前に複雑極まりない数式が現れたかのような表情を浮かべた。もっとはっきり言えば、「わけがわからない」という表情である。
「僕が生まれる前、それどころか両親が生まれる前のことなので、僕にとって先の戦争も
話し終わると、さっきまで言い合っていたパイくんとキャンさんが一緒になって私に反論してきた。顔を赤くしたパイくんにはあんたみたいなのはサヨクよりもひどいと怒鳴られ、若干冷静さを取り戻したキャンさんには今を生きる我々は責任から逃がれることができないんですよとやんわりと注意されたが、後は
「うーん。サジッタさんの考え方はさすがに問題があると思うな。嫌だからやらないって子供じゃないんだからさ。もっと真面目に考えた方がいいよ」
阿久津にまで説教された。叱ったおかげで私に対するフラストレーションは多少軽減されたようで、これは思いがけないボーナスだった。処刑の日が遠ざかったようで喜ばしい。他の参加者は目の前を横切った黒猫を見るかのように私のことを窺っていたが、それには若干私を低く見る気持ちも含まれているようで、調査をする人間としてはむしろ有難いことだった。やりかたは人それぞれなのだろうが、私としては有能だと思われるよりは
今夜はそこでお開きになった。叱られて終わりというのは格好がつかないが、それでも片付けをしなければならない。テーブルを前に戻そうとして手をかけると、反対側の
「この後空いてますか?」
と後ろから
「一緒に飲みませんか?」
とギンヤンマに似た人が言ってきたので、距離を詰めてから小声で答える。
「いいんですか? 禁止されているんじゃないですか?」
「それは分かってますけど、前からみんなでよく飲んでますよ」
思わず言葉に詰まる。しかし、あんな決まりを四角四面に守るよりはずっと健全なことだ。少し嬉しくなる。
「ただ、中野からは離れた方がいいです。前に駅の近くのバーで集まろうとしたら、プロさんに見つかりそうになって」
「まさか見回っているんですか?」
徳見くんならやりそうだ。阿久津のためにそこまですることはないのに。
「サジッタさんがいい店を知っているならそっちに行きたいんですけど」
ずっと足を止めたままだと怪しまれるので、歩きながら考えてみる。やっぱり新宿に行った方がいいかな、と考えたところで
「あの、
「
「店員さんが誰もカーディガンを着ていないのはどうして?」
とポラさんに聞かれたがそれは私の方が知りたい。仕切りの向こうにある大きな丸テーブルを囲む形で私たちは座った。
「それでは今日はサジッタさんの歓迎会ということでみなさんにお集まりいただきました」
キャンさんが場を仕切るようだ。3人がおざなりに手を叩く。
「僕が入って1か月経っちゃいましたけどね」
「だから誘うことにしたんです。新しい人が来ても2、3回で出てこなくなっちゃうこともよくあるんで。その代わり1か月出続けた人はまず辞めないから、もう大丈夫じゃないかって」
「そういうことですか。確かに今ここにいるみなさんは毎回お見掛けしてますね」
晴れて常連の仲間入りということらしい。
「でも、カシオペアさんも毎回いましたけど」
「カッシーは真面目だから誘っても断られちゃうのよ」
ポラさんが笑う。
「出たくない人を無理に誘ってもいけないから。逆にサジッタさんはよく来てくれましたね」
「今日は飲みたい気分だったんですよ。最初に誘われた時は“まだ戦争の話を続けるの?”と思っちゃいました。どうも馬鹿げたことを言ってしまったようで失礼しました」
いやいや、とキャンさんが笑う。
「とんでもない。僕にはない考えだったんで感心させられました」
本心からの言葉のように聞こえた。もう一人の当事者であるパイくんはむくれたままで、まだ1時間前の議論を
「それじゃ自己紹介していきましょうか。僕らが名乗った後でサジッタさんのお話も聞かせてください。じゃあ、まずは僕から。
「本名を名乗るんですか?」
驚いて思わず
「もうこうして決まりを
キャンさんが危険思想を語っている横でパイくんが、怖いなら言わきゃいいじゃん、とぼそぼそ
「じゃあ次。僕の横でご機嫌斜めにしているのが“パイシーズ”こと
無視してウーロンハイを飲むパイくん。その横でグレーのパーカーを着た丸い女の子が立ち上がった。
「“スピカ”の
深々と頭を下げた。あらためて顔を見てみると、
「僕らはみんな、カヨちんって呼んでいる。下の名前が
キャンさんが一言付け加えた後で、私の左横の青いネルシャツを着た髭面の男が挨拶する。
「最後になりますが、“ポラリス”の
他の全員に自己紹介をされたので私もしないわけにはいかなかった。いつものことだが、私が名乗るのを聞いた人はみんな不審そうな表情になる。
「失礼ですが、どんな字を書くんですか?」
「勝ちに反する、と書いてソリガチです」
負けてんじゃん、とせせら笑うパイくんことテッペイをキャンさんことヨコタニが咎めるように睨んだが、これもやはり自己紹介のたびにからかわれることなのでもはや腹も立たない。ただ、テッペイの自動車が故障して路上で立ち往生していても、私は
「でも、変わっている人は名前から変わってるんだねえ、面白い」
「僕ってそんなに変わってますか?」
「だって、そんな格好をしているんだもの。しかも顔も濃いからマフィアにしか見えない」
ポラさんこと赤根は悪気はないようだが、私も好きで黒一色にまとめているわけではないのは分かって欲しかった。
「ポラリスっていい名前を貰いましたね」
「大したことないよ。僕がこんな外見だからさ、こぐま座の2等星の名前を付けられただけだよ。阿久津さんもシャレがきついなあ」
額面通りには受け取れない言葉だった。「ポラリス」といえば普通は
「僕が何故この名前なのか分かる?」
ヨコタニが自分で顔を指さして尋いてきた。
「
「だと思うよね。でも本当は僕が
「でも僕はこの名前を気に入っている、というか、キャンさんって呼ばれるのが好きなんだよ。
リベラルな人は大抵沖縄に強い思い入れを持っていて、ヨコタニもその例に漏れないようだった。マルゲリータピザを食べながら、まだ
「カヨちんはどうしてACT2に参加しようと思ったのかな?」
カヨちん、と自分で呼んでおいて勝手に照れてしまう。自爆したようなものだ。だからといって、他のみんながそう呼んでいるのに、私だけスーちゃんまたは坂田さんと呼ぶのも違う気がする。そんな私の
「私、きれいになりたくて、ダイエットをしたりいろいろ試してみたんですけど、どれも効果が上がらなかったんです。そうしたら阿久津さんが“美しすぎる評論家”ってテレビに出ていて凄いなあって思ったんです。すぐに本を買って読んでみたら、女の人向けのビューティー・レッスンというのが書いてあってチャレンジしたんですけど、一人でやっていると上手く行ってるのかよく分からなくなっちゃうんです。それで本人がやっているワークショップに行ってお話を聞いてみたらなんとかなるんじゃないかと思ったんですけど」
「当てが
赤根が右手で口元を覆ってくすくす笑う。いちいち仕草が女性的なのは何故なのか。カヨちんはそれには答えずに寂しそうに笑っている。居残りの課題が終わらなくて友達に先に帰られてしまった小学生のようだった。
「僕も阿久津さんがあんな風になっていたんでびっくりしました」
「あんな風って」
ヨコタニにたしなめられたが、カヨちんがかすかに
「いや、“美しすぎる評論家”としてテレビに毎日出ていた頃はもうちょっと普通の大人しめの格好だったと思うんですけど、今のはさすがに行きすぎじゃないのかって」
先週のワークショップでは特に凄くて、ヤマトタケルのようなヘアスタイル―みずら髪というらしい―のウィッグをかぶって、
「ああいうことは一度始めるとキリがないのよ」
赤根はナチョスを音を立ててかじりながら語り出した。
「どこまでも
ある程度事情を知っているようなので、立ち入った質問をしてみることにする。
「もしかして整形してたりとか?」
「してるに決まってるでしょ。そもそも本を出した時点でもう骨格をいじってるんだから。阿久津さんは本を売ろうと必死だったから、美しく見えるためなら何でもしてた。それが高じて、今じゃ頬を削って鼻も高くして目も大きくなるように切開して」
「じゃあ、唇にはヒアルロン酸を注射して、肌も
「ビンゴ。サジッタさん詳しいじゃない」
調査員をやっているとつまらない知識が増えるものだ。
「マイコーみたいでクールっしょ、阿久津さん」
テッペイが無理にはしゃいで会話に割り込もうとしてきたが、みんなに無視される。
「でも、本には“普通に暮らしながら1週間で美しくなれる”って書かれてあって、そんな大変なことをしているようには見えなかったんですけど」
ふえええ、とカヨちんが
「そんなの信じちゃダメ。楽して綺麗になれるほど世の中甘くないって」
「そんなあ」
赤根の
「ファッションも凄いじゃない。それまで服に興味のない人生だったからセンスなんてあるわけがなくて、高い服=いい服と思い込んで毎週何十着も買い物をしている。マスコミも面白がってどんどん
「この前もバラエティ番組で腕時計を買わされてましたね」
ヨコタニの言った番組は私もたまたま見ていた。人気男性アイドルたちと一緒に高級時計店にやってきた阿久津がタグ・ホイヤーの特製品を「ドッキリ」と称して衝動買いさせられていた。子供向けのヒーロー番組で主人公が装着しているハイテクのブレスレットのようにゴテゴテした腕時計を半ば強要される形で買わされた阿久津が持ち前の
「でも、赤根さん。そこまで分かっているなら、阿久津さんに忠告したりしないんですか?」
「嫌だよ。あの人が僕の言うことなんか聞くわけないじゃん。
その点は私も同感だったので何も言えない。
「ただ、阿久津さんとは仕事でもプライヴェートでもいい思いをさせてもらったからさ、何があっても一緒にいようとは思うよ」
これもひとつの友情のかたちなのだろうか。ビールを飲み切ったので、たまにはラムコークを飲むことにする。
「そうですね。楽をしようとした私が馬鹿でした」
カヨちんが反省しながらシーザースサラダを食べていた。見ていて気持ちよくなる食べっぷりで、その横でちまちま食べているテッペイに、あの
「でも、それだったらもうワークショップに通う意味がなかったりしない?」
「最初はガッカリしましたけど、阿久津さんやみなさんのお話を聞いているととてもためになるので、これはこれでいいかなって思ってます。
今日のライさんの虐殺や戦争をめぐる感情のぶつけあいを人生の
「それより今日のメインはサジッタさん、ソリガチさんなんだから、もっとお話をお聞かせ願いたいのですが」
ヨコタニに頼まれたおかげでそれから店を出るまで、私は自分語りをしなければならなくなった。阿久津のファンになった切っ掛け、ACT2に参加するまでのいきさつ、仕事の上での失敗談、それらを
「連絡先を交換したいんですけど」
帰り道でヨコタニがスマホを取り出した。どうもこの人に気に入られてしまったらしい。
むしろ反感を買っているものと思っていた私としては戸惑うばかりなのだが、断るのも難しいので、ワークショップでの記録用にジャケットの胸のポケットにしまっておいたメモ帳とボールペンを取り出して、スマホの番号をさっと記して手渡すとヨコタニに石器時代からやってきた人を見るかのような目をされた。この人、ワイヤレス通信も知らないのかと。
「イベントでスマホを預けた時に中を見られるかもしれないって思うんですよ。考えすぎなんでしょうけど、気を付けるに越したことはないんじゃないかと」
ヨコタニに笑われるものと思っていたが、意外にも感心された。
「それは考えなかった。確かに気を付けた方がいいかもしれない」
「何かあったらその番号まで連絡してくれればいいですから」
「分かりました。でも、そんな風に考えるなんてソリガチさんってスパイみたいですね」
ぎくっとしたがもちろん顔には出さない。ここでの私は駄菓子の
日曜日。阿久津のインターネットの生放送があるので、夕方から自由が丘のスタジオまで出かける。
「サジッタさん、こちらです」
徳見くんが廊下から顔を出している。隣の控室まで行くと、10人足らずのカラフルな覆面を被った男女が並んでいて、銀行強盗でも始まるのかとぎょっとしたが、私も同じように被らなければならないことを思い出した。全く人騒がせなことだ。
「まもなく放送が始まるので、今日もよろしくお願いします」
それだけ言うと徳見くんは
「なんだかイライラしてますね」
「阿久津さんが駅前のカフェから戻ってこないんだよ」
銀と青の覆面をした男が答えてくれたが、髭がはみ出しているので赤根だと分かる。彼はこの生放送のスタッフも兼ねていた。
「お昼に
緑色のマスクを渡された。両目の周りが羽根の形に赤く
「サジッタさん、凄いじゃないですか」
水曜に怒鳴ったり悪態をついていた青年が今日は私を
「凄いじゃないですか、新聞デビューですよ」
もう一度言われたが、やはりわけがわからない。
「新聞って?」
「今日の朝刊ですよ。阿久津さんの記事、呼んでいないんですか?」
「うちは新聞とってないから」
たまりかねたように、テッペイが銀のスタジャンのポケットを探って新聞の切り抜きを取り出して広げてみせた。私に見せるために用意していたのだろうか。
「俺なんか1回も使われたこともないのに、参加したばっかですぐに採用されるなんて、サジッタさん、マジ凄いっすよ」
「阿久津さんはいつもこんな風に僕らが言った話をそのまま使ってるの?」
「そうですよ。ACT2で社会問題をテーマに話をする時はネタを集めようとしてるんです。“また新聞や雑誌で使われるぞ”と思って、俺、気合い入れてやってるんですけどね」
水曜の彼の話にやたら熱が入っていたのはそういう理由もあったのか。テッペイは本気で私を
「もしもパイくんの話が使われたとしても、みんなはそれを阿久津さんの話としか思わないんじゃないかな」
「別にいいですよ。俺だけは俺の話だって分かってますから」
人並み以上の
「ネットではもう結構評判になってますよ。それ、あげます」
テッペイも部屋を出ていき、私一人が残された。手の中の記事に改めて目を通すと、阿久津のコメントは
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