003【2】

颯爽と風のような速さでグレイは学校へ走る。さすがは魔獣ケルベロスと言ったところだろうか。


「やっぱグレイ足速いなぁ……」


「さすがワンコなだけあるわね!」


「ワンコって……」


グレイの後に続くよう、キョウスケとミレイも走るが、もうグレイの姿は見えなくなっていた。

キョウスケとミレイ学校に着いたのは、グレイが到着する数分後だった。

学校の門はまだ開いており、その前にグレイが座って待っていた。


「どうやら間に合ったみたいだが、学校の中から歩き回るような物音がする……もしかしたらもう施錠をし始めているかもしれない。先を急ぐぞ!」


「ふふん♪先生に見つからないように学校に潜入するなんて楽しそうじゃない!」


「大丈夫なのかなぁ……こんなことして」


三者三様の気持ちで、三人は学校の中へと浸入する。校舎の中は薄暗く、昼間は子供達の声で溢れている教室からは何の物音も聞こえない。


「二階から物音がするな……どうやら二階の教室を施錠し回っているみたいだ。早くしないと階段で教師と鉢合わせになるぞ」


グレイはヒソヒソとキョウスケとミレイに、自分の耳で確認した情報を伝える。


「耳も良いなんてさすがワンコね」


「ワンコじゃないケルベロスだ」


ミレイの言葉に反射的に返すケルベロスのグレイ。

どうやらそこには譲れないものがあるみたいだ。


「ミレイ、あんまりグレイをいじっちゃ駄目だよ……」


「いじってなんかないわよ。冗談よじょ・う・だ・ん」


「ホントかなぁ……」


三人は一階から二階への階段までたどり着き、様子を伺う。キョウスケ達の耳からは何も物音は聞こえない。


「どうグレイ?」


「うむ……むっ!マズイこっちに来ている!二人とも隠れるぞ!!」


グレイには確かに聞こえた。教師が階段に向かって廊下を歩いている音を。


「か……隠れるって言ったってどこに!?」


キョウスケ達がいるのは一階の廊下辺り。その周りは開けており、身を潜めれるような場所は無い。


「そ……そうだ!教室に隠れよう!」


「何言ってるのよキョウスケ!そんなことしたら教室の鍵閉められて、あたし達明日の朝まで閉じ込められちゃうわよ!」


「うっ……確かに」


ダイミョウ小学校の教室の鍵は外側から鍵を開け閉めできても、内側からはできないものになっていた。

考えるキョウスケだったが、そんな時間も与えてはくれず、ついに教師の足音はキョウスケ達の耳に入るまで近づいていた。


「こうなったら一か八か……キョウスケ、グレイこっちに来て!」


ミレイは先頭に立ち、二人を指示する。

キョウスケとグレイは躊躇する間も無く、ミレイの指示に従った。

ガシャガシャと鍵が揺れる音が階段に響き渡る。

校舎の鍵を閉め回っている教師は、懐中電灯を片手に持ち、階段を下っていた。


「さてあとは一階の教室閉めてさっさと帰っちまおう。あっ……帰りにコンビニ寄って夜飯買わないとな」


独り言を呟きながら、教師は一階へたどり着く。


「ん?」


すると、いきなり教師は何かに勘付いたように周りを見回す。が、何もない。


「……気のせいか。さっ、さっさと帰ろ」


教師はそのまま階段を去っていき、懐中電灯を照らしながら廊下へと歩いて行った。


「……行ったわね」


一階の階段の陰からミレイが様子を伺う。

三人は階段の裏にある、僅かな隙間に隠れていたのだ。懐中電灯の光を当てられたら見つかっていただろう。


「よし、今のうちに向かおう!」


三人は一気に二階、三階と階段を駆け上がり、ついに屋上までやって来た。

屋上には電灯など無く、光と言えば月から照らされる僅かな光くらいで、体感としては真っ暗に近い。


「異界の門があるのはこっちだ」


グレイが二人の先を歩く。

向かったのは校舎に入る扉の裏側だった。


「うわっ!なんだこれ!!」


キョウスケはギョッとする。そこには壁に大きな六芒星が描かれており、その前には四体の悪魔を象った小さな石像が置かれている。

なんとも言えないような、凶々しい雰囲気を醸し出していた。


「へぇ……こんなところにこんなものあったのね。まあただでさえ誰も来ない屋上なのに、その裏を覗こうなんて誰も思わないわよねぇ」


しかし、ミレイはこの不気味な光景を目の当たりにしても驚きもせず、それどころか関心すらしていた。

非常に肝が座っている小学生である。


「これが魔界に繋がる異界の門だ。ここで世界の鍵を使えば、門は開き魔界へ飛ばされる」


「そ、そうか……これが異界の門なんだ」


グレイの説明でキョウスケはようやく警戒の態勢を解くが、まだ見た目の凶々しさから心は許せずにいた。

非常に臆病な小学生である。


「キョウスケ、ミレイ最後に確認だ。この門を開けばお前たちはこの人間の世界にほぼ戻れなくなってしまう。それに魔界は人間界のように優しくはない。厳しい旅になるかもしれないが、それでも着いて来てくれるか?」


「うん……大丈夫。僕は母さんともグレイとも約束したからね。必ずハルマゲドンを止めるって」


「あたしもオッケーよ!どんな世界か楽しみぃ!!」


二人の返答は即答だった。

もう二人は覚悟を決め、今この場に立っていたのだ。

一人は世界を救うため。一人は自分が探しているものを見つけるために。


「そうか……なら安心した。キョウスケ、お前に渡した世界の鍵を出してくれ」


「鍵か、えっと……これだ!」


キョウスケはポケットから世界の鍵を取り出す。真っ黒の鍵は月明かりに照らされて、僅かながら白く光る。


「それじゃあ行くぞ!異界の門よ、世界を開く鍵で我を魔の世界へ誘いたまえ!!」


グレイが叫ぶと、壁の六芒星が突如赤く点灯し、キョウスケ達は赤い光に包まれる。


「う……うわあああああああ!!!!」


キョウスケは絶叫するが、その声は次の瞬間ふっと消えてしまい、消えたのは声だけでなく、その姿までも消えてしまった。

そこに残るのは四体の悪魔を象った石像と壁に描かれた六芒星のみ。

三人は無事、魔界に飛ばされたのだ。

校舎の屋上はいつも通りの静寂を取り戻す。

月明かりはキラキラと真っ暗な闇の空を照らしていた。

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