第3章 アンダーグラウンド

001【1】

「こ……ここは?」


先程までキョウスケの目の前にはダイミョウ小学校の屋上の風景があったが、それは一変する。

そこは人間世界の曇りの日の昼間よりも薄暗く、遠くには刺々しい山が無数に並んでいた。

とても人の住むような場所ではない。

そこは明らかに魔界。魔の住むところだった。


「ここは……どうやらアンダーグラウンドに飛ばされちまったみたいだな」


「アンダーグラウンド?」


「あぁ……いわゆる地下世界だ。ここは魔界の中央であるデモンズスクエアのちょうど地下にある……が非常に厄介な場所でな。かなりガラの悪い魔物が集まる、いわばスラム街ってやつだな」


グレイは辺りを見渡しながら、キョウスケに言う。

その言葉に、キョウスケは背中をゾクッとさせる。普通の魔物ですら彼にとって恐ろしいというのに、ガラの悪い魔物ともなるとなおさら恐怖を感じずにはいられなかった。


「なに怯えてるのよキョウスケ!あんたにはグレイがいるじゃない。あたしなんか相棒もいないから丸腰よ?あんたがしっかりしないとあたしまでやられちゃうんだからもっとちゃんとする!!」


「ひいいい……」


相変わらずミレイはしっかりしていたのだが、心の底では不安を感じていた。

今まで踏み入れたことの無い世界に踏み出す。それは大きな一歩であると同時に、勇気のいる一歩でもあるのだ。

それは小学生だからという意味ではなく、人間として怯え、不安を抱くのは当然であった。


「とにかくこの先にアンダーグラウンドの市街地があるはずだ。そこに行ってデモンズスクエアに向かう世界の鍵がどこで手に入るか情報を手に入れないとな」


「情報収集ってやつね!キョウスケ行くわよ!」


「う……うんそうだね。それに魔王を倒すのならここで仲間を増やしてはおきたいし」


キョウスケの手元には五枚の空の魔札が残っている。魔札には契約した魔物を召喚できるようになる力があり、それこそがデビルサモナーの特権だ。

それに人間の、しかも小学生のキョウスケ自身が戦っても魔物に勝てるはずもない。

だからこそ仲間を増やす必要があった。


「キョウスケの言う通りだな。今の俺ではベルゼブブに挑んでも捻り潰されちまう……そう考えるとデモンズスクエアじゃなくアンダーグラウンドに飛ばされたのは救いだったかもな」


グレイは長年自分の力を抑えていたせいか、本来の力は発揮できずにいた。

それを徐々に解放していく。その手順も必要なのだ。

キョウスケ達はアンダーグラウンドの異界の門を後にし、市街地へと入っていく。

市街地は人間の世界のような整備された市街地ではなく、建物は所々崩れており、道もガタガタになってヒビが入っていた。


「気をつけろよ二人とも……ここはならず者の街だからな」


「うん……」


市街地とはいえ、ここはスラム街。どんなならず者がいてもおかしくない場所だ。


「襲ってこようもんならあたしのドロップキックで返り討ちにしてやるわ!」


フンと、鼻息を鳴らしてやる気満々のミレイだが。


「フッ……だがやめておけ。ドロップキックで倒せるほど魔物はやわじゃない」


「うぅ……あたしも魔物が使えたらなぁ……キョウスケあたしにグレイ貸しなさいよ!」


「そんなメチャクチャな……」


好戦的なミレイに対して、相変わらず臆病なキョウスケ。

そんなやりとりをしていると、一体の魔物がキョウスケ達の元に近づいて来た。


「……何だお前は」


グレイはキョウスケと近づいてきた魔物の間に割って入る。


「ヘッヘッ……まあそんなに警戒すんなよ。ケルベロスに人間なんて珍しい組み合わせだからよ、ちょっと気になって話しかけてみただけさ」


魔物は怪しく笑ってみせる。魔物は黒いバンダナをしており、カボチャに穴を開けたものを被っていた。


「お前……ジャック・オー・ランタンか」


グレイは魔物の外見を見回すと、魔物は再び笑った。


「ヘッそうさ。オイラはジャック・オー・ランタンのジャック。盗賊をやってるんだ……おっと!お前らからは何も盗まんから警戒せんでおくれ。オイラは汚いカネを持ってる連中からしか盗みはしないからな」


「ほう……いわゆる義賊というやつか。珍しいな」


「そんな綺麗なもんじゃねぇよ。ところでケルベロスさんよ、その人間どこから連れて来たのさ?魔界に人間はいないはずだぜ?」


疑ぐるような視線でジャックはグレイを睨む。

しかしグレイはいつもの鼻笑いで返した。


「フッ……疑ってるようだが別にさらって来たわけじゃない、連れて来たのさ。あの少年は俺の契約者だからな」


「契約者!?ってことはあの子供が噂のデビルサモナーってことなのかい……」


「そういうことだ」


グレイの言葉にジャックは驚愕する。

噂でしか聞いたことのない、ベルゼブブの軍団を殲滅寸前にまで追い込んだ人間、デビルサモナー。

その存在が今、ジャックの目の前にいたのだから。


「ヘッヘッ……まさかこんなところであの伝説の存在に出会えるとはなぁ。オイラ感動したよ」


「で……でもジャックさんの知ってるデビルサモナーは僕の父さんのことだと思うんだ……僕はまだ戦ったこともないし」


キョウスケは俯き、答える。

キョウスケの父、シュンジは魔物達から伝説と呼ばれるほど有名で強いデビルサモナーだった。

だがキョウスケはまだビギナーどころか、実践経験すら全くない。

あまりにも大き過ぎる遺功だった。


「へぇそうかい。じゃあ君は伝説のデビルサモナーの息子さんってことか」


「そ……そうですね」


キョウスケの表情を見て、ジャックはニタリと笑う。その怪しい表情に真っ先に気づいたのは隣で成り行きを見ていたミレイだった。


「キョウスケ気をつけて……何か企んでるかも」


「う……うん」


ミレイの耳打ちを受け、キョウスケは身構える。

その姿を見て、ジャックは再び笑った。


「ヘッヘッヘッヘッ!なかなか良い目をしてるみたいだ!そんじゃあ……」


すると次の瞬間、ジャックは懐にしまっていた短剣を取り出した。


「その度胸、ここで試させてもらうよ!」


ジャックは短剣を振り上げる。


「うわっ!!!!!」


キョウスケは反射的に腕で自身を庇う。

ジャックの短剣がヒュッヒュッと空を裂く音がする。しかし、キョウスケに切られたような痛みはなかった。

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