急降下


 俺はとりあえず、ある人に会いに行き事情を話すべく街の端にある山小屋へ向かっていた。


 その人は、俺がこんな力を持っているのにも関わらず、他の人たちと変わらない態度で接してくれる唯一の存在だった。

 三年前の騒動の時に初めて会ったのだが、パニックになって転移することも忘れて走って街の人たちから逃げているところに、あの人は僕の手を取り、ただ一言「ついてきな」と言い、俺と一緒に逃げてくれた。


 その日以来、その人の住んでいる小屋へちょくちょく遊びに行っては、沢山の知識と経験を俺に与えてくれて、親代わりみたいな感じになっていた。








 沢山の木々に囲まれた森を抜けた先に、大きな崖を背にして平地があるのだが、そこにあの人が建てた小さめの小屋があった。

 シュッシュッと風を切る音と、木を激しく叩くような音が一緒になって聞こえてくる。まあ、あの人が大木に拳を打ち込んでる音だろう。半年ぐらい会ってなかったけど、未だに欠かさず続けてるんだなぁ……。









零「コウさーーーん!!」


孝汰「ん?」


孝汰「…………お、零じゃねぇか!!」





 雅(みやび)孝汰は、久しぶりに会った嬉しさのせいか、満面の笑みを浮かべていた。







孝汰「おめぇ半年もどこ行ってやがった。どんだけ心配してたと思って」


 そう言って僕の頭の撫でくり回す。


零「……ごめん。家から出てなかったんだよね」


孝汰「まあ、また騒ぎを起こしたとかそんな感じでもなさそうだしな。」


孝汰「元気そうでよかったぜ」


零「ありがとう」


孝汰「今日来たのはあれか?今日からまたトレーニング始めるために来たんだろ」


零「いや、相談というかちょっとまた力を貸してほしくて……」


孝汰「なんだなんだ改まりやがって……。なにかやばいことが起きたのか」


零「実は、街の様子がおかしくてさ」


孝汰「ほう?」


 宮澤は、コンビニで地震が起きた後のことを雅に全て話した。地震のこと、彼女のこと、そして不可思議な鉄塔のことについて。

 説明している間、孝汰は何も言わず相槌をうって、まるでこうなることが分かってたかのような顔をしていた。
















孝汰「街でそんな事があったのか。俺もしばらく森から出てなかったから街のことはさっぱりだが、地震とやらは俺んとこでもあったぞ」


零「ほんとに!?」


孝汰「あぁ、そりゃあもう小屋は潰れて周りの木もバッタバッタ倒れてよ。俺もそん時は気を失っちまって、まあ気づいたら朝になっちまってた」


孝汰「でもそれ以外だったら別に変なことはなかったぜ?」


零「そうだったのか……。コウさんニュースとか見ないもんね?」


孝汰「俺はそういう類いのもんは一切見ないからな。」


孝汰「お前ん家がなくなってんのとかニュースで取り上げたのか?」


零「いや、最近のニュース見てたけどそういうのはなかったかな……」


孝汰「そんな大それたことが起きてるっつーのにニュースにもならねぇんじゃ見る意味ねぇ気もするけどな」


零「それもそうか」


孝汰「まあ、難しいことはわからん!でもお前が困ってんだったらいくらでも力貸すぜ。」


孝汰「まあ、お前みたいな"力"にはないけどな?」



 コウさんはガハハハハと笑いながら俺の肩を叩く。ほんとにこの人だけは変わってなくて、なんだか心底ホットしていた自分がいた。



孝汰「まあなんだ。今日はもう1人の子がネットカフェ?とやらに泊まるんだろ?ならお前はその子とそこに泊まるんだな。明日になったらまた来い。その時にこれからの事を考えるぞ」


零「ありがとう。なら明日の朝、ここにまた来るとするよ」


孝汰「おう!」


 俺はコウさんに挨拶をして、コウさんの小屋のある森に背を向け小走りで進んだ。



















 杉並町 開門通り



 商店街は、夜になっても変わらず賑わっていて、ネカフェがある通りも老若男女、人が集まっていた。

 街の真ん中に位置する杉並町は、今夜は祭りが行われていた。毎年行われる伝統行事なので、太鼓や鈴の音と人々の声で余計に賑やかさを増していた。




咲「うぷ……。人酔いしそう」




 三原は、浴衣姿でいちゃつくカップルを睨みつけながら、流れるたくさんの人たちの隙間を縫うように進んでいた。


咲「(よくこんな暑苦しい状況で楽しくいられるわね……。全然目的地に着かないんですけど)」


 ネカフェの通りは、神輿を担いだふんどし姿の男達が掛け声を合わせながら通りの真ん中を占領していた。








 これだけ人が多いと、やはり揉め事を起こす人達も増える。昨年度と同じく今年も騒ぎ出す人々が来ることに備え、通りの隅にはそれぞれ警備員が配置されていた。今年は何もないといいけれど……。





 三原のいる通りの少し先で、何やら怒鳴り声が聞こえていた。覗いてみると、どうやらこの蒸し暑さで"馬鹿になったアホども"が騒いでいる。



ヤンキー男「邪魔なんだよ!突っ立ってんならそこどけ!」


茶髪女「ああ!?」


茶髪女「人多いんだからしょーがねぇだろ周りも見えねぇのかバーカ!」


ヤンキー男「んだとクソアマ!口の聞き方気ぃつけろや高校生のくせしやがって」


茶髪女「その高校生にムキになって頭にお茶沸かしてんのあんたでしょー?」


ヤンキー男「辞めてんじゃねぇぞ」


茶髪女「あんたじゃ私には勝てない」


ヤンキー男「上等だよ殺してやる」


 男は挑発している女の胸ぐらを掴み、拳を高く振り上げた。











 数分後、警備員がその周りのギャラリーの間に割って入り2人を抑えながら、開門通りの外へ連れていかれた。

 ほんの数分間だったとはいえ、圧倒的にやられっぱなしだったヤンキー男は、とても悔しそうな表情を浮かべて私の横を警備員と通り過ぎていった。

 茶髪の女はというと、その場で警備員に注意されて終わったようだ。逆だと私は思うけど。







 驚いたことにヤンキー男が手を上げる直前、女の方は"武器となるもの"を持っていたからだ。それも、持ち歩けるようなものじゃなかった。学校で使われているもので、用具入れの中にあるT字の形をしたホウキを彼女は振り回していた。

 普段から持ち歩いているようなものでもないし、明らかに口論になる前は持っていなかった。












 三原は何かを隠していると思い、女を尾行した。前列の通行人たちを追い越しながら、ゆっくりと通りを抜ける。




咲「すいません、ちょっといいですか」


優香「ん?誰っすか?」


 三原はいつの間にか声をかけていた。


咲「少し質問があるんですけど」


優香「………あ、その制服うちの学校と一緒じゃ〜ん。何年生?」


咲「はい、今年で2年になりました」


優香「年上?タメかと思った。あたしは水野 優香って名前だけどそっちは?」


咲「三原 咲。年下だったのか〜」


優香「名前はわかんないかな〜。で、話って何?」


咲「それなんだけど、さっきホウキでバンバン叩いてたよね。あの男の人に」


優香「あ〜、見てたのか。なんか悪いな」


咲「それはいいんだけど、あの時"何も無いところから"あのホウキが出てきたように見えたんだけど」


優香「いや!たまたまあそこに落ちてたやつを拾っただけだよ」


咲「まあ、ちょっと離れてたからそんなよくは見えなかったけど……」


優香「そうだろ??いやー、マジあそこにホウキ落ちてなかったら、あいつにコテンパンだったよ〜アハハ……」


咲「じゃあ、ここにいる人達にあそこにホントに落ちてたか質問していったらみんなそう答えると思う?」


優香「え!?……いやー、どうだろなー。端っこの方だったしあんまり目につかないかもねー」


咲「なんでそんなあたふたしてるの?」


優香「してねーーーよ!」


咲「そっかー…」


咲「でも、まあ気のせいならそれでいいかな。ごめんね変な質問しちゃって」


優香「あ、終わり?いや大丈夫大丈夫!あたしも気にしてないからさ。」


咲「ところで、1人でお祭り回ってるの?」


優香「1人っつーかさっきまで一緒にいた奴がいるんだけど、この人混みではぐれちまってよ」


優香「どこいってんだか」


咲「あ、ならこの通り抜けたちょっと先に、出店が沢山並んでる所あるから一緒に行かない?」


優香「んー、まあどっちにしろ合流するまで暇だしいいよ。」


咲「良かった〜。私も1人だと嫌だったから嬉しい」


優香「なら行くか」


咲「うん」


咲「(宮澤くんにメール送っておこう)」






















優香「的屋の通りめっちゃ並んでるなぁ〜。あいついるかな」


咲「さっきまで一緒にいたお友達?」


優香「んまあ友達というか、親戚の子なんだけど」


優香「どうしても祭り来たいって言うから連れてきてたら、いつの間にかいなくなってた」


咲「小さい子なら早く見つけないとやばくない?」


優香「もう小6だし、大丈夫っしょ」


咲「えぇ、そんなもんなの……」







 2人は、的屋の並ぶ通りで思う存分に楽しんでいた。水野は三原を連れて周り、水野のはしゃぎっぷりはとても無邪気だった。遊んでいるうちに、三原と水野はとても仲良くなっていて、水野のフレンドリーさには三原も楽しいと感じていた。時刻は21時を回る。






優香「おっ、射的あんじゃーん。」


咲「ゲーム好きなんだね……。荷物持とうか?」


優香「サンキュー!あたし射的マジ得意だから、見てて」


咲「はいはい」


優香「うっしゃーやるぞー」


咲「危ないからこっち向けて打たないでね」


優香「任せて」





 実はこの時を私は待っていた。水野が的に集中している間、私は一つ確認する為に水野のカバンが必要だった。だが、"これ"は失敗するととんでもなくヤバイ。相当なリスクがあるものの、確かめずにはいられないことだった。誘導とタイミングは完璧。あとは…………。












優香「ふいーー。やっぱりこんなでっかいクマに、こんなオンボロの銃じゃびくともしねぇな」


咲「…………」


優香「ん?咲どうした?」


咲「え??あ、何でもないよ。人混みすごいなーっと思って」


優香「……そうか。まあ、射的も飽きたし次行こ次!」


咲「そうだね。次あそこなんかどう?あのダーツみたいなやつ」


優香「おっ、いいねぇ。ダーツにはあたし腕に自信があるよ〜。」


咲「さっきもそれ言ってた〜アハハ」


優香「ダーツはマジなんだって!」


咲「ほんとかな〜」


















優香「おっちゃんダーツ5回分!」


おっちゃん「あいよ500円ね」


優香「ほいー。財布財布〜…………」


優香「(ん?あれ財布どこいった。どっかに落としちまったのか。)」


おっちゃん「?」


優香「ちょっとまってくれ」


優香「(やばいな。ないから多分落としたんだろう。拾いに行くべきか。いやでもこの人混みじゃまともに探せねぇし。)」


おっちゃん「大丈夫か?」


優香「(あーー、もうめんどくせぇ。咲にもこの角度ならカバンの中に手を突っ込んでるだけにしか見えないし、大丈夫か)」





優香「あぁ、ごめんごめんあったわ。はい、500円」


おっちゃん「まいど。はいこれ五回分」


優香「おっしゃーー。やるぞー」


咲「……」

















 私の予想は当たりだった。


 優香が持っているカバンの中身には絶対に財布は存在しなかった。射的の店で私にカバンの預けた時、"抜いて"おいたからだ。他に財布がないかも既に確認済み。もう言い逃れはできないしさせない。






 優香は"能力者"だ。ほぼ確実に。







 もし優香がただの女子高生なら、財布を落としていたことにして渡すつもりだったが…………こうも簡単にいくと逆に怖いくらいだ。優香が単純な人で良かった。













 私は、優香に問い詰めるべく近くの人気のない場所に誘い込むことにした。




咲「優香、ちょっと話あるんだけど来てくれる?」


優香「ああ、ちょっとまってダーツ、あと5回だけやらせて!」


咲「じゃあ、ここの的屋のテントの裏に小さい空き地があるからそこで待ってる」


優香「ん?ああ」


























優香「どうした?話って」


咲「この財布、誰のだと思う?」



 三原はポケットから、水野の財布を取り出し本人の顔に近づけた。



優香「え!?あたしの財布じゃん!なんで咲が持ってんの?」


咲「拾ったの」


優香「おぉ、ありがとありがと。まじ助かっ………」





 三原は財布を持ったまま水野の手をかわす。








咲「…………なわけないでしょ。優香のカバンから拝借したのよ」


優香「なんの冗談??」


咲「もし…」


咲「もし優香に力が、"何もないところから何かを生み出す力"があるのだとしたら、きっと財布なくなったらそれを使うと思ったから」


咲「だから、冗談でやったわけではないよ」


優香「…なるほどね………」





 水野は、三原が上に持ち上げた財布を掴むと、視線を下に傾けてポケットへしまった。















 それから少しの間、無言の間が続いて遠くから花火の音が聞こえ始めた。





 水野が口を開く。




優香「お前は何でこんな回りくどい真似すんの?あたしの力を知っててこんなことするなんて普通じゃない」


咲「何者でもないよ。普通の高校生だよ」


咲「ここの空き地にくれば誰もいないし、話してくれると思ったんだけど」


咲「…………答えてよ」


優香「…………」


優香「そうだよ。たしかにあたしは変な力をもってる」


咲「それはわかるよ」


優香「この力を使えるようになった頃とかは覚えてない。気づいたら自然に使うようになってた」


優香「さっきの開門通りのイチャモンつけてきたあのヤンキー野郎の時のホウキも、あたしのカバンに入ってるもう一つの財布も」


優香「あたしが頭の中で描いて生み出したものだよ」


咲「想像するだけでそれを実体化できるの?………そんなすごい能力なら巨大な隕石を地球に降らせることだってできるじゃん」


優香「頭のいいやつとかなら出来るんだろうけど、あたしは想像力っていうの?それが足りないから無理だし、なんせあたしはそんなことは望んでなんかない」


優香「ていうか咲はどうして力のことを話してもそんな驚かないの?ここまで追い詰められたの初めてで、力のこと話したのも咲が初めてなんだけど。やっぱり普通じゃない」


咲「まぁ、……その、私も、微力ながらそういう能力もってる。」


優香「え?そーなの?」


優香「あたし以外のこういう力使える人いたんだね」


咲「へぇ、あんまり驚かないのね」


優香「驚いたよ。心底びっくりした」


咲「あと、力使える人は他にもう一人いるわよ。もうすぐ開門通りの方に着くはずなんだけど」


優香「まだいるのか〜。もしかしたらその人以外にもいそうな気がするよね」


咲「いるんじゃない?探してみないとわからないけど」


優香「ねぇ」


咲「何?」


優香「あたしもその人と会ってみたいんだけど、いいかな」


咲「メール送ってみるよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る