生誕

 宮澤 零(みやさわ れい)。これが俺の名前。俺の住む街はどちらかと言えば田舎で、少し貧乏ながらも母と妹で難なくやりくりしていた。


 家族の中でも、俺は生まれた時からほかの人とは少し”ずれて”いた。母が言うには、奇行が多かったそうだ。

 買った玩具をその日にバラバラにして壊したり、外で遊んでいたら急にいなくなって警察に捜索願を出したら数時間後隣町で発見され、何処から持ってきたのかわからないお地蔵さんの石像が部屋に置いてあったりとキリがないとかなんとか。


 俺は小学生の頃の記憶が曖昧ではあるが、それらに共通して確かなのは俺には人とは違う何かがあるということ。でもそう意識し始めたのも高校を中退して、引きこもり生活をし始めてからだった。


 中退した当時、アニメやマンガなどにハマってバトルものを見るようになると、俺と似たような能力をシーンに使っているものが沢山あり、これが現実世界じゃ有り得ないことを理解した俺はその時はっきりと自分の能力が普通じゃないことに気がついた。


 手を使わずにものを動かしたり、目をつぶると遠くのものを透かして見ることや、そこへ瞬間的に移動したりも最近はできるようになった。意識して力を使うようになった俺は、毎日が楽しくてしょうがなく、街の人にバレないかどうかのドキドキ感が癖になり、街に出かけていたりした。


 当然、そんなことがずっと続けれるはずもなく、ある日とうとう力を使っているところを何人かの通行人に見られ、噂はじわじわと街へと広がっていった。

 その頃から、街の住民からチラホラと俺が急に何も無いはずの空間から現れたとか車を宙に浮かしていたなどの目撃情報と現場の写真などが出回っていた。


 これは流石に目立ちすぎたと思っていた俺は、家に押しかけてきた住民や地元のテレビ会社などには無理やりな理由をつけて追い払っていた。力を使うのが怖くなった俺はそれ以来むやみやたらに街へ出かけたり力に頼らないようにしている。







零「引きこもりを始めてからもう3年が経つのかぁ……」


 いつものようにどこに出かけるでもなく、俺はPCでネトゲに没頭していた。昼に起きて自分で飯を作って食べて、部屋に戻ってネトゲをする。この繰り返しで、正直3年も何も変わらずに過ごしていると、将来的な危機感も麻痺してきて飽きてきてさえいる。


 唯一出かけるとしたら細々とした買い物ぐらいで、一人で遊びに行くなんてことはなかった。こうなることがわかってたなら友達の1人ぐらい作っておけばよかった。




零「飯作るのめんどくさいな……。コンビニ行くか」




 ため息混じりにそう呟くと、クローゼットにかかっている黒のジャージと灰色の帽子を空中に取り出して浮かせる。能力をこんなことに使ってると、全国の中二病患者達は発狂しそうだな……。いや、普通の人達でも羨ましいがるんだろうけど。

 この格好に着替えると、一見不審者に見られがちだが、俺の顔は街の人々達に認識されているからこれぐらいがちょうど良かった。

 あの騒ぎがあってからもう二年ちょっと経つはずだけど引きこもりをやめられないのは、あれ以来家族以外の人間に対して恐怖心を感じるようになったせいでエスカレートしたのもあった。まあ、父さんはどっか行っちゃったし母ちゃんも自殺で死んじゃったし。兄弟もいないから信頼できる人はもういない。





 着替えた後、スニーカーを履いて2回ほど軽いステップを踏み、自分の部屋からコンビニの裏手へとワープ。この能力は脳内である程度しっかりイメージしないと転移することが出来なかったりするので、目で見える範囲であれば容易なのに対して遠くへ"飛ぶ"場合だとちょっと大変だ。

 この力に頼りっぱなしだとダメになりそう…………いやニートの時点でもうダメなのかもしれないけど。






 七月の夜の風は、初夏を感じさせない寒さだった。立地が悪いのか相変わらず客入りの少ないコンビニの前で、俺は熱々の肉まんを両手に口いっぱいに頬張る。

 正直な話、転移させる力があるならコンビニの肉まんを取るぐらい朝飯前というか晩飯というかそんな感じなんだが、良心が痛むのでちゃんと金は払っている。店員のお姉ちゃんにもなんか悪い感じもするしな。



零「やばいな……貯金が底をつくのも時間の問題になってきたぞ」



零「…………働くか」




 母ちゃんが自殺する前に言ってた。”あなたがこの先ちゃんと生きていけるように働きながら貯めてきたお金があるから、あまり使わないようにしながらどうしても使わないといけなくなるまで大事にしておくのよ”


 俺は母ちゃんの言いつけを忘れていたわけではなかった。でも俺がこの街で生きていくには、家から出ないようにしなければまた俺が傷つくのは分かっていた。頼れる人もいなければ、街の外へいく勇気もない。

 俺は、ただ過去の傷を掘り返さないように逃げていただけだった。





零「寒い」



 自分の部屋へ戻るためコンビニの裏手 へ戻ろうと立ち上がった。すると、珍しく夜中に学生服を着た女の子がコンビニ向かいの道路を歩いているのが見える。

 俺が中退した高校の制服だったので、つい懐かしく思えた。まあ、ほんの数ヶ月しかいなかったんだけど。



 女生徒がコンビニへゆっくり向かって歩いて、俺はその横を通り過ぎようとした。



 可愛い、と思ったその瞬間までは何も無かった。ほんの数秒間だけ。足元がぐらつき、視界がグチャグチャにかき混ぜられた感覚、まるで景色をスクランブルエッグ状に。

 あぁ、やばい倒れる。なにが起こったのかその時は考える余地もなかったが、”地震”みたいなことが起きたと認識したのは意識が戻ってからだった。

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