はじまりはじまり

「魔族最後の生き残り―――マオ君?」


レオさんの言葉に僕の時間が止まる。

今にも死んでしまうんじゃないかと思うぐらいに、身体中から熱気が失われて世界の色が褪せていく。

「あっ、あああの、そ、そ……」

言葉にならない。口が動かない。何も考えられない。

「どうした?自殺でもしたくなったか?言っておくが、お前は俺が死ぬまでこき使う予定だから死なせないよ?」

「な…んで…そのひ…みつを……」

必死になって単語を繋げていく。今の僕にはこれが限界だった。何故なら―――。

「それを知っているのはお前と村長の二人だけのはず、なんでだろうな?ククッ、それは秘密だ」

(……)

「過程は何であれ、結果として俺は知っている。それで十分だろ?」

(……)

「ふんっ、沈黙に徹するか…これじゃ話が進まねぇな」

「何処まで知っているんですか?」

「あぁん?」

「何処まで…」

「全部だよ」

(……)

「そう全部。お前が魔族最後の生き残りで、『とある儀式』によって『ほぼ人間』になっていることまで…」

「もういいです」

「知るか、続けるぞ。その『とある儀式』ってのも中々に問題で―――」

「止めて下さい…」

「人間からしたら禁忌だよな?だって―――」

「やめてっ!!!」


「『親殺し』が儀式の内容だもんな?」


「両親を殺して魔族の力を封印する―――それでお前は『ほぼ人間』という地位に立てた訳だ?」

「もう、やめて下さいよ…僕があなたに何をしたって言うんですか……」

「何もしていない、ただお前は親を殺した」

(……)

「だからお前は人間ではない、魔族だ!いくら誤魔化して欺いて隠していても…バレるものはバレてしまうんだよ!」

(……)

もう終わりな気がした。

レオさんに言われるまでもなく僕は人じゃない。魔族の化物で、親殺しをした嘘吐きだ。

やっぱり無駄だった…駄目だった…現代は人間が支配する世界で、その世界に魔族は邪魔でしかない。僕は存在しているだけで不適合で異物なだけ。

そんな僕はやっぱり―――。


「何ウジウジしてんだ、うぜぇ!!!」


バチンと頭を殴られる。

「確かにお前は嘘吐きで、人間からしたら『敵』なんだろうな。で、だから何だ?」

「えっ…?」

「お前が魔族だから価値があるんじゃねぇか!他人のことなんか知るか!ほっとけ、無関係だ!」


「『魔族のお前』が俺には必要なんだ。親殺しとか何だとか俺にはどうでもいいわ!」


「レオさん……」

「ウジウジしてる暇があるなら、一秒でも多く俺のために尽くせ!」


「俺がお前に価値を作ってやる」


人間の皮を被った悪魔のような人―――レオさんの悪魔の囁きに僕は。




「おい、何チンタラ準備してんだ!急げ!」

「あ、すいません!」

夜逃げにも似た速度で、僕とレオさんはこの村を後にする。

村長には手紙だけ書き残し、僕は生まれ育った場所から離れる。

こんな人生初の一大イベントを促したのは、他でもない隣を歩くレオさん―――『勇者』を名乗る只の偽者だ。

とは言え、人間に成り変わっている僕も十分に嘘吐きだろう。こんなどうしようもない二人旅は、こうして始まる訳である。

「あ、あの…」

「あん、なんだ?」

「先程言っていた『野望』ってのは教えて貰えないんですか?」

「あぁ、すっかり忘れてたぜ。もちろん教えるし、キッチリ記憶して理解してもらう」

「はぁ…」

自信に満ち溢れた表情のレオさんは続ける。


「印税生活で女に囲まれた生活を送ることだ!」


低俗な野望だった。ドン引きなんですけど!?

「えっと…」

「なんだ、最高の人生じゃねぇか!文句あんのか?」

「いや、文句は無いですけど…」

呆れて文句すら出てこない状態なのを察して頂きたいのですが!?

「不労所得―――考えるだけで最高に気持ち良い気分になってくる!」

この人変態さんだあああ!!!

「金があれば買えないモノなんて皆無だしな!好きなモノを好きなだけ好き放題出来る…最高だろう」

現金すぎる人だなぁ…金の話題だけに?って、おい!

「これが俺の野望だ!理解出来たか?」

「はぁ…まぁ、最低限…」

理解したくもない現実だった…低俗すぎる。

人の欲望として当たり前ではあるんだけど、もっと他に無かったのだろうか…。

レオさんと同行しているのを早くも後悔してきた…。

「だからこそ、俺の野望にはお前が不可欠なんだ!」

「はぁ…」

どう不可欠なのか全く分からないけど、あまり低俗なことに巻き込まれたくないのも事実だ。

「お前本は読むか?」

「…えっ、あ、はいっ!」

レオさんから唐突な質問、僕はすぐに反応出来ず、少し間が空きながらの返事をする。

「読むのは勿論ですが、僕は書………」

ここで僕は、自らの失態に気付く。

僕と会話しているのは誰だ?

その相手はどんな人格だ?

自分の趣味を簡単に教えてしまって良い人物なのか?

―――答えは、否っ!!!

対話相手は、人間の皮を被った悪魔のような人物ではなかったのか!?

そんな人に教えたら……終わるよ?

しかしもう過ぎたこと、失態をカバー出来る訳でもなく、時間を巻き戻すことも出来る訳がない。

結果を先に言えば―――詰んだ、以上である。

レオさんは悪魔のような歪んだ笑顔を見せ、僕に向かって言う。


「俺が勇者として活躍する『英雄譚』を執筆しろ!その印税で野望を果たす!」


あぁ、終わった。

「えっと」

「出来る出来ないなんて聞いてない。やれ!!!」

はぁ…僕の儚い夢よ、さようなら…。

「トントン拍子に進んで素晴らしい流れだ!『勇者の英雄譚』を世に出して儲けることは前々から考えていたんだが、俺は小説なんて書けないし面倒だから選択肢から外していたんだ。しかしお前がここで役に立つとはな…フフっ、野望が広がるぜ…」

「不敵な笑みを出さないで下さい!」

「よし、方向性は完全に決まった!」

「はい…」


「勇者である俺が魔王であるお前を退治して世の中を救う英雄譚。これを各地方で実践しながら物語として小説にするんだ!」


「僕、魔王なんですかっ!?」

それに驚きだ!何故僕が!?僕は小説を書くだけじゃないんですか!しかもレオさんにボコボコにされる役を…。

「だってお前魔族の生き残りじゃん。魔族が一人しかいないなら『魔王』でいいじゃん!」

「いや、ですが…」

「しかも名前が『マオ』だもんな。魔王にして下さいって言ってるようなもんだろ」

「何も反論出来ない…」

まさか自分の名前が出落ちになっていたなんて…ガッカリだ!改名ってどこでするんだろう…。

それはそうとして、もう一つ気になった箇所がある。

『実践しながら』これは一体どういうことなんだろうか?

「実践とかしなくても、想像や空想で買いちゃ駄目なんですか?」

わざわざそんな時間や手間がかかる作業なんてしなくても、想像でいくらでも書けそうな気がするんだけど…。

そんな僕へ彼は―――。


「それじゃ意味が無いんだ。俺達の行動を他人が見る…これこそが大事で大切なんだ!」




僕には何が何だか謎だらけ。

偽りの勇者と偽りの魔王がお送りする、自作自演な英雄譚の始まり始まり。

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