偽りと露見

「よし、あの滝で綺麗サッパリとしたことだし、そろそろ説明責任でも果たそうかな」


そう彼が言うまでに紆余曲折がどれだけあったか、つい先程の出来事だというのに早くも疲労困憊な僕は、その全てを覚えてはいなかった。

出会って間もないはずが、もの凄い長い時間が経過しているのではないのかと錯覚するぐらいだ。もう、お家に帰りたい。

ピンポイントで僕にだけゲリラ天災が発生した気分―――自然災害なんかよりタチが悪いなんて、もう疲れたよ。

とは言え、この負の連鎖を断ち切れるほどの意志もなく、断ち切らせてくれるほど簡単な相手でもない。

あれ、これってもしかして詰んでない!?この状況を打破出来る術が無ければ完全に詰みですよね!?

僕はこれからどうなってしまうのだろう。

どうにかなるのも事実だが、どうにもならないのもまた現実でもある。


「お前『勇者』って知ってるか?」

「へっ…?」

彼の一言は余りにも唐突で突飛だったため、僕はすぐに反応が出来なかった。

「色んな形で語り継がれている『勇者』だ。教育が行き届いてないこんな田舎でも、勇者ぐらい知ってるだろ?」

「まぁ、それは……」

さり気なく毒を吐かれたが、ここはスルーがベストだろう。

変に返すと色々面倒なことを僕はもう学んでいる。人間は成長する生き物なんだ。

……人間なら。

「文献や伝承、口コミだったり何だったりで広く浸透し、正義の象徴だったり英雄だったりする勇者。それが―――」


「勇者がこの現代に存在していたらどうする?」


「……!?」

どうすると聞かれても、正直反応に困るのが本音だ。

勇者の伝説は知っているし、勇者という御伽噺の主人公の存在も知っている。

しかし、その空想じみた存在を認めているかと聞かれれば怪しいところだ。

僕の不安を余所に、目の前にいる男は話を続ける。


「実在したかどうかも怪しい、そんな『勇者』が確実に存在していて、しかもお前の目の前にいたらどうする?」


「えっ、あ、あの…?」

訳が分からない。この人は何を言っているんだろうか?

僕の目の前って、それじゃあ―――。


「そうだ。俺がその『勇者』だ!」


目の前が真っ白になる。理解が全くと言っていいほど追い付かない。

この人が勇者!?

「信じられないか?」

「申し訳ないですけど、全く」

「それもそうだろう。なら証拠を見せてやる」

証拠だって?自分が本当に勇者であるという証拠―――確か勇者になった者には、特有の幾何学模様で出来た紋章が身体のどこかに浮かび上がると聞いたことがある。

もしかしてその紋章を見せてもらえるのか?

彼は勿体ぶりながら、ゆっくりと服を脱ぎ右腕を僕へと見せる。

「この紋章が目に入ら……あっ!」

右腕の何処にも紋章らしきものは見当たらない。

「ヤバっ、さっき身体洗ったときに水で洗い流しちまった!」

「(……)」

おや?

「ふっ、まぁあんな紋章なんかじゃ信用に値しないだろ?それ以上のものを見せてやる」

若干目が泳ぎ始めた彼は、すぐに服を着て話を逸らす。

「勇者のみが持つことを許された伝説の『勇者の剣』って知ってるか?」

『勇者の剣』名前は知っている。神から与えられ天空の魔力を司る、勇者のみが所有する権利を与えられ勇者のみが扱える伝説の剣。

もしや!この人は、その『勇者の剣』を所持しているのか……!?

「はっ、俺様にだけ許された伝説の剣がここに―――って、あれ?」

男の周りに剣らしき物は無い。それどころかこの人が他に何かを持っているようにも見えない。

「あれって、確か密林から明日届くはずだっけ?……忘れてた」

おやおや?雲行きが怪しくなってきたぞ!?

「あ、あの…」

「な、なんだ!?」

冷や汗に顔を濡らしながら、彼は少し早口で言葉を返す。

「あの…本当に勇者なんですか?」

「あ、当たり前だ!バカチンが!」

バカチンって……もしかして動揺している?

「他に証拠は無いんですか?」

「無い!!!」

開き直るの早っ!?

「あぁっ!?何?何ですか?証拠が無いと勇者として認められないんですか?そんな器の小ささで大丈夫ですか!?」

逆ギレですか。

「あなたが証拠を見せるって言うから」

「あぁ、あれは嘘だ!」

もう何が何だか……この人には発言したことの責任とか無いんですかね!?開き直って逆ギレされても、迷惑以外の何物でもないですから!

「そう。俺は―――」


「俺は『偽りの勇者レオ』だ!王族でも貴族でもエリートでもない只の平民で、先月まで自宅警備の任に就いていた!それが何だ!?些末な問題だろうが!!!」


「いやっ、けっこーな問題かと」

開き直りの頂点まで達した彼は、自信満々に僕にそう告げる。

ここまで来ると逆に誇らしく見えてしまうのは何故だろう。疲れているのかな。

「ふんっ、帝都ならバレてしまう可能性もあるが、この村みたいな田舎ならなんとかなるだろう。それで問題は解決だ!俺の話術が火を噴くぜ!」

「すでにもう、僕にバレているのですが」

この人―――レオさんの自信はどこから湧いてくるのだろうか?

「お前は俺の所有物なんだから、バレていても問題にならん!どんな手を使ってでも口封じするしな」

「恐怖!!!」

「まぁ俺は偽りの勇者で偽者だ―――それは認める。しかし俺の野望を叶えるためには、『勇者』という役割が必要なのさ」

「野望……?」

「その通り!夢も希望も持ち合わせていない俺だが、野望は抱いている!それにはお前が必須なんだ、だからこんな田舎まで足を運んだ」

野望達成に僕が必要!?だから僕を所有物にしたい訳か。でもなんで僕なんだろう……。

「『勇者』に必要なモノは何だと思う?」

「絶対的な力とか周囲からの信頼や期待、あとは神に選ばれる、とか……?」

「それは全て後付けの設定に過ぎない。勇者に一番必要なモノは!」


「『魔王』だよ」


心がざわつくのを感じる。チクリと針で心臓を刺された感覚、僕は言葉が出ない。

「『魔王』がいなければ『勇者』も現れない、その逆も然り。この二つの要素は絶対なんだ。どちらが欠けても成立しない。セット販売専用商品なんだよ」

「ここまで来たら馬鹿でも分かるだろ?俺が『勇者』になる理由。そしてお前を手に入れたい理由が、なぁ―――」


「魔族最後の生き残り―――マオ君?」

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