選ばれた故に…

導く者と従う者。

勝つ者と負ける者。

与える者と受け取る者。

持つ者と持たざる者。


この二分化が世界の縮図。


僕は『持たざる者』でしかない。

従って受け取って―――僕はそんな人生だ。

転ばないように人生を歩くだけで必死な只の子供。

別にそれが嫌な訳ではなく、否定したいとも思わず覆したいとも考えない。

そんな権力も影響力もない身分で、決意や願望を抱く程の勇気もない。

生まれ育った村でこのまま静かに暮らし、都会に憧れながらも無意識に諦めのんびり生きる―――そんな人生を思い描いていた。

僕には『とある秘密』があり、そのせいで本当にやりたいことも真剣には出来ないけれど、それでも満足だと思っていた。


だけど―――。




「おい、所有主を無視すんな!スクラップにすんぞ!」

「あっ、はい!なな何でしょう!?」

先程の言葉に、僕の思考は完全に麻痺をしていて慌てて返事をする。

「所有物は大人しく持ち主である俺様の言うことを聞いていればいいんだよ!」

「えっ…と、その……」

「あん、なんだ?」

「何故、僕があなたの所有物にならないといけないんでしょうか?」

「……」

「あ、あの…?」

「スクラップまで、あと三、二……」

「ちょっ、ま、待って下さい!すいませんすいません!謝りますから!!!」

この人は絶対やる。躊躇せず一切の良心も無く行動に移す…下手なこと言えないよ。

「不服ですか?モノが一人前に口答えしちゃいますか?えぇ!?」

「いやいや、そういうことではなくて…えっと、なんて言えばいいのか……」

敬語が逆に怖い!煽り耐性が無い僕には、プレッシャーが凄い!

「お前が俺の所有物になる理由だっけ?」

「そうですそうです。流石です!僕の言葉足らずな発言をここまで具体的に理解して下さって…もうホント光栄の至りです!」

相手に不快感を与えないように、相手を持ち上げながら丁寧に言葉を繋げる。これなら……。

「お前ナメてる?」

駄目だったー!この人マジ面倒!!!

「いやいや、まさかそんなことあるわけないじゃないですか!」

「本当に?」

「勿論でございます」

「眼球に賭けて?」

具体例が余計怖い!なんかリアルなんですけど!?そこは普通『命賭ける』みたいな抽象的な感じじゃないのか。

「ふん、まぁいい。そこまで言うなら教えてやる」

「あっ、はい…」

ふぅ…やっと教えて貰えるのか。ここまで長かったな…もう疲れたよ…。

「教えてやる。嬉しいか?」

「それは、まぁ…」

嬉しいも何も、急に『お前は俺の所有物だ!』って言われても挨拶に困る訳で…。

「じゃあ『馬鹿でノロマで低俗な僕に、どうか教えて頂けないでしょうか?』…さぁ、どうぞ」

「えっ…」

言葉に詰まる。えっ、今の言わないといけないの?嘘でしょ!?

「どうした、言わないのか?」

「そう言われても…」

「そうか。勿論強制も強要もしない。今回ばかりはお前に発言の自由を認めよう」

「はぁ…ありがとうございます」

何故僕がお礼を言っているのかは定かじゃないけど、わざわざあんな荒唐無稽で恥ずかしい台詞を言わなくていいのなら、お礼をする価値はあると思う。

「ただ―――」

目の前にいる男はニヤリと口を歪ませ、笑いを堪えながら言葉を続ける。

「残念だなー。せっかく俺が理由を言う気になったのに…ククッ、まさかお前自ら理由を聞く権利を放棄するなんて…あーあ、残念だなー。本当に残念で仕方がないよ」


世界が崩れ落ちる音が聞こえた。


「えっ、そんな…」

まさか…この人は……!?

「そういう訳で、理由の件についてはもう終わりだ。時間短縮出来て幸いだ」

「あっ、ちょっ、待っ…!」

「あぁん?何か?」

「それは余りにもでは…?」

「はぁ?何言ってんの?お前が自らの意志で決断したことだろ?俺に言うのはお門違いだろ」

「いや、でも…」

「うぜぇ!お前が決めたんだ!人の責任にすんな!」

「…」

黙る他ない。完全に僕の負けだ…先の展開を読まず、目先のことにこだわり過ぎた…この人が簡単に終わる訳ないんだから!!!

「何黙ってんだ、おい!俺が悪いみたいじゃねぇか!お前の責任だよな?な?」

「は、はい…」

「だよな。それしか有り得ないんだから」

「その通りです…」

「で、自分の過ちに気付いたお前は…どうする?」

嫌な問いだ…あくまで決定権は僕にあると言わんばかりの台詞。

こんな悪魔みたいな大人にはならないようにしないと…。

「えっ…と、あっ…」

僕はどうすればいい!?どちらに転んでも地獄みたいな結果にしかならないのは承知の上だ…。

「お前が決めろ」

その言葉に、僕は気付けば―――。


「馬鹿でノロマで低俗な僕に、どうか教えて頂けないでしょうか…」


心が割れる音がした。

くそっ、相手の思惑通りに進んでいる…。

僕…もうお嫁にいけない…。

「ククッ、そうかそうか!馬鹿なお前はそこまでして理由を聞きたいか!そんな恥ずかしい台詞よく言えるよ!プッ、フフッ…笑いが止まらない…よし、お前の意志を尊重して、俺様が馬鹿にも分かるように教えてやる。喜べ!」

もう言葉が出ない。

最初から勝てる勝負じゃなかった…。

僕が羞恥心に負け理由を聞かなければ、何も知らないまま所有物にされる。今みたいに聞いたら聞いたで、辱めを受けながら理由を聞かされ所有物になる。

どちらにしても、『所有物』という方向は変わらない。

どちらでも良いんだ。どっちにしろ僕が所有物になるのは、彼からしたら変わらないんだから。

なんという理不尽…世界って厳しいな…。

「今にも自殺しそうな顔してどうした?お前が聞きたがっている理由をこれから教えてやるってのに」

「……」

「嬉しくて言葉にならないか?」

「あの…」

「あん、なんだ?」

僕は少しばかりの仕返しになればと思い、前々から気になっていたことを口にする。


「とりあえず…服を着て下さい」




目の前の裸体の男が服を着て、僕に理由を話始めるまでに一悶着あったのだが、語る元気を失っているので省略させてもらいます。

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