出会い

ここはウォーレンハイム帝国の北東部にあるソフィアンテの村―――百人程度の人口しかいない小さな村で、周りは木々に溢れ、自然と共存しているかのような雰囲気がある。

高年齢層が中心で若年層は殆どいないこの村が僕の故郷であり、今も尚ここで住んでいる。

両親はだいぶ前に亡くなってしまったので、村長の養子になり、のどかな生活の中育ってきた。


僕の名前はマオ―――14歳で名字はない。


この世界では、貴族以上でしか名字を与えられない決まりになっている。

何時からそうなったのか、最初からそうなのか。このウォーレンハイム帝国では古くからある制度の一つだ。王族、貴族文化が当たり前になっている故の風習なのだろう。

そのことについては別に構わない。むしろ僕みたいな凡人たる平民には、とやかく発言する権利も権力も無い。この国で生まれ育ったからには、この国の法律だったり制度に従うしかない。


とある事柄を除けば、僕は何でもないしがない村人Aなのだ。

モブキャラがお似合いだろう。


『おーい、マオよ。村の端にある滝から水を汲んできてくれ』


育ての親である村長に頼まれ、僕は滝へと向かう。家にも水道はあるのだが、量が必要らしいとのこと。

滝まで少し距離があるがバケツ片手に家を後にする。


『世界の終焉は近い。それを止めるには城に囚われている眠り姫を助けなければ―――勇者とその仲間は敵が蔓延る城へと突撃する。果たして勇者は眠り姫を助け世界を救えるのか』

「うん、イイ感じ」

木々に囲まれ木漏れ日が差し込む中、僕はいつものように思考労働をしながら道中を歩く。

心地良い風と気持ち良い日の光を浴びて、僕は何を思考しているのか?

僕にとっては通常運転な行動の目的とは?

勿体ぶって言う程のことでは勿論無いんだけど、だけど………。

何て言って良いのか分からない気恥ずかしさが溢れてくる。出来れば察して欲しいんだけど、そういう訳にはいかないんだろう。


考え事をしていると早いもので、目的地である滝に到着した。

日光に照らされてキラキラと光輝く水しぶき、透明という言葉の意味を改めて感じさせる水面、ここが僕が住む村の自慢出来るスポットである滝だ。

滝からマイナスイオンが発生しているとかしていないとか言われているけど、正直どちらでもいい。大切なのはどちらにせよ、滝を見て近くで感じていると癒される気分になるということだ。

何度足を運んでもこの滝は素晴らしいと思う。全く飽きる気配が無い。

そんな滝を感じながら、持ってきていたバケツで水を掬おうとした瞬間、僕の視界に何かが映り込んだ。

この綺麗な景色には違和感しかなく、異質で異常な光景。

それは―――。


滝を使って身体を洗っている一人の男がいた。


「えぇ……」

ドン引きというレベルを超えていた。えっ、あの人マジで何してるの!?って感じだ。

この美しい光景の中で、裸の男が水浴びって―――これはトラウマだ。悪夢なら早く醒めて欲しい。マジで何やってんだ……。

あぁ、頭洗ってる……引くわぁ。

呆然を通り過ぎ、憎悪に近い視線を送っていると、その気配に気付いたのか裸体の男はこちらに視線を合わせてくる。

14歳の少年と裸体の青年が見つめ合う。

これが美少女だったら、漫画のような素敵な出会いのシーンなのに―――別にラッキースケベを期待している訳じゃないんだけど。

そして均衡は破られる。


「何ジロジロ見てんだ、あぁん?」


まさかまさかの展開!向こうの方が一般的には悪いはずなのに、何故かこちらが怒られる理不尽!?

「あ、あの…」

「質問に答えろ。何勝手にジロジロ見てんだ?」

この人怖い!色々破綻してるんじゃないかな。

「おい、言葉通じてんのか?田舎すぎて教育すら受けてない原始人か?」

「ちがっ、違います。ちゃんと通じてます、ただ―――」

確かにちゃんとした教育を受けるには、大金を払った商人達や貴族でなければならない。しかしそれでも、僕だって最低限の教育ぐらいは受けているはずだ。

ただこの人に何を言っても意味が無いんではないだろうか?絶対罵声が返ってきそう。

「ただ?早く言えよ、オイ!」

怖すぎる!僕の生まれ育った村には、こんな人なんていなかったから耐性が全くない。

ただただオロオロするだけだ。

「えっと…あの、その…ですね……」

「あん?ダラダラすんな!お前喧嘩売ってる?」

喧嘩売ってるのは、どう考えてもあなたでしょうに。

「ちちち違います違います!勘違いですよ!」

「じゃあなんだよ。早くしてくれねぇかな?」

なんでこちらがこんなに責められているのだろう。うぅ…泣きたい。

「あ、あの、ですね…あなた様は此処で何をされているんですか?」

恐る恐る気になっていたことを聞く。

「あん?体全身洗ってたに決まってんだろ!」

それは知ってます。そういう意味ではなくて……。

「なんだ、その目は。だから綺麗な滝を見つけたから風呂気分で浸ってただけだ」

浸らないで頂きたい。村で有名な滝で風呂気分になられても。

「そんな目で見られても俺には関係無い。この滝がどんなもんだろうと知るか!」

そりゃあ村の住人じゃなければ、ただの滝にしか見えないだろうけど。

「申し訳ありませんが、この滝は村民からしたら大切な滝なので…あの、その……」

「うっせぇ!知るか、ボケ!」

デスヨネー。

この人に何言っても無駄なんだ。

この世界には、諦めも肝心な事柄ってやっぱりあるんだなぁ。

「何でもいいんだけどさ、お前ってこの村の人間?」

「そうですけど」

「じゃあ『マオ』って奴を探してんだけど知らないか?」

「えっ!あ、あの……」

「あん、なんだ?知らないか?」

「それ僕です」

これまた恐る恐るの発言。

初めて出会った人に、突然自分を探していると言われ動揺が全身を駆け巡る。

「くくっ……そうか」

笑ってる!?怖い!何々!?

「お前がマオか!ようやく見つけた……」


「今からお前は俺の所有物だ!異論反論なんて論外でお前に拒否権はない!!!」




これが、偽りの勇者との出会い。

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