偽る君は嘘吐きな僕と

緋月

偽りの開幕

『お前に世界の半分をやろう。我の元でその剣を振るわないか?』


『断る!!!』


『……何?』


『この世界はお前の所有物じゃない。ましてや俺のモノでもあるはずがない―――この世界に存在する全ての命ある者達のものだ!』


『ふっ、そんな戯言を!あんな虫ケラ共、どうなっても構わないだろう?』


『虫ケラだって!?許さない!お前の独裁的な野望はここまでだ!』


『人間風情が調子に乗るな!我のモノにならぬなら―――ここで死ね!』


『お前の思い通りにはさせない!いくぞっ!!!』


古い伝承にもあるように、勇者と魔王の思想や行動はこのようになっているのが一般的だ。

勇者は世界のため魔王は野望のために対立し、互いの存亡を懸けて戦う。

正義が勇者で悪が魔王―――この誰かに刷り込まれたような定義付け、今では当たり前のことになっている風潮。

人間の立場だとそうなるが、魔王側の立場になるとその逆になるという可能性は今は置いておこうと思う。

何が正義で何が悪なのか―――昔の文献では『勝った方が正義』と書かれていたりもする。

勝てば官軍なのだろう。

どんなに正しくて、どんなに美しい思想や行動だろうと、負けてしまえば意味が無い。無駄で無意味となってしまう。

いつの時代も負け犬に発言権は無いのが現実なんだ。遠吠えすらさせてもらえないのが現状で、そのまま惨めに消えていくだけだ。

別にそれを否定して批判するつもりもない―――階級があり上下関係が普通の文化、対人関係においても何でも『他者より優れていたい』と思うのは、人として当たり前の感情であり思想であるからだ。

故に自分の道を貫くなら、思想や行動を正当化するなら、絶対に勝たなくてはいけない。

認めさせるよりも、『勝利』という具体的で誰からも理解されやすい結果が必要なんだ。

勝利という絶対の過程の先にある結果―――自身の存在を、ここで初めて人は認め崇め信じるのだろう。

難儀な世界ではあるが、シンプルで分かりやすい世界でもある。

どんな歴史もどんな文化や環境であっても、弱肉強食の法則は崩れないし逆らえない。

それが法律になってきているのも確かだが、法律は人が決めたモノ―――善くも悪くも勝者の発言から成り立つものだ。しかし法則は世界の仕組みであり、誰にも覆すことなんて出来ない。その仕組みに人々も則っているにすぎない。

結局は勝者が好き勝手に自分の立場を決められるという事実だけが残る訳だ。


さてと、こんな小難しいようで哲学にもなっていない当たり前の話題はこれまでにしよう。僕みたいな小者代表が考えて答えがまとまる訳がないし。

しかしながら何故、僕がこんな果てのないことを考えていたかというと、それには勿論理由がある。


最初に触れた一般的に正義の象徴になりつつある『勇者』。

もしもこの時代に存在していたら?

その勇者が僕の目の前に現れたとすれば?

そして勇者が伝説や伝承、古い文献から想像し考察出来る『勇者』とかけ離れていたら?


「世界は俺のモノだ!俺の所有物にしてやる!ふふっ、野望が広がっていくぜ!」


「今この時点から、お前は俺の所有物で俺の奴隷だ!野望を果たすために、死ぬ気で死なずに俺のためだけに生きて奉仕しろ!」


「今後一切お前に決定権は無いと断言してやる。ホラ、喜べ」




人々の希望であり正義の象徴。

勝者になるべく存在している者。

勇者は何処までも勇者のはずなのだが。

僕の前に現れた勇者は、勇者であって勇者ではなかった。

夢も希望も持ち合わせてなく、あるのは野望のみ。極悪非道を愛し、人を人とも思わない卑劣な人格。


そんな彼と行動を共にすることになる僕としては、胃がキリキリと痛くなるような思い……いや、それ以上の地獄の日々が待っていた。

やっていけるのかな、僕。

逃げ出してもいいよね。

勇者が正義で魔王が悪という流れを真っ向から壊していく日々の始まり。


ここにどうしようもない新たな英雄譚と勇者像が刻まれる。




この物語は、偽りの勇者と振り回される魔王の何とも情けない行動記録である。

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