第1話『序』

久土真名男クドマナオ…その名前で呼ばれるのはいつ振りだろう…」

「はいええと…こちらの世界ではおよそ8年が経過していると推測されますが、戻って来られましたら1年4ヵ月ほどになります。ご家族もご健在ですし、勤務先のポストもそのままです。体感経年数的なブランクは、久土さんの場合かなり大きいかと思いますが、そういった方には帰国者復帰訓練施設がありますし、入所しておられる間の生活保障だけでなく、出所されて後の支援もとても手厚いんですよ。更に―」

飛羽流トバルツルアさん、だったかな…それともう一人の方―」

「あ、こちらは帰国促進課主任の乃村ノムラさんです」

「飛羽流さん、そこは゛乃村゛と」

「あっそうでした!゛乃村゛です。私の指導官でもあるんですが、凄い方なんですよっ―」

「飛羽流さん」

「すみません!つい」

「トバルさんに、ノムラさん…お話はよく分かりました」

「よかった。異世界に順応しすぎて母国語が通じにくくなってる方もいらっしゃるんです。あ、そうだ、こちらでは8年の月日ですが戻れば容姿は当時のままなんですよ。中には10代から30代に戻るケースもあって、戸惑われることもあるんですが久土さんは大丈夫です。

 出国は、10代後半…特にそれくらいの年齢の方が戻られると若さと共に異世界での記憶はそのまま、残念ながら身体的スキルや呪文といったものは使えなくなりますが―、経験分の落ち着きがおありになりますから、仮に再就職という形になっても上手くいくことが多いです。

 ええとそれから…―あ、罪にも問われません!監視や非常線を突破した場合でも、特例で人的被害さえ甚大でなければ罪には問われず、久土さんは異界接点の封鎖区域侵入時に器物損壊がありますが軽微なものですし―」

「―いや、そういうことではなくて…確かに君の言うように元の世界で過ぎた月日は僅かかもしれない。でも私はこの世界に長く暮らし、順応し、それなりの地位を築いてしまっている。

 ―ここは元々小さな村で、成り行きとはいえ私と仲間達でここまで大きくした。いまや私はこの地を治める領主の身だ、民への責任もある。放って元いた世界に戻ることなんて出来ない」

「その点はお察しします。…ですが、これはその仲間の方々の総意でもあるんです」

「?それはどういう―」

「マナオ様」

「マナオ」

「マナマナ」

「ルペルダ!ミエール、プリアリー…じゃあ、本当に…⁉」

「すまないマナオ…私達もマナオと別れるのは本当に辛い…でもこのままでは領内の混乱は深まる一方―、民達の未来の為にはこうするしかないと私達3人は熟慮の末、決断したんだ」

「マナマナ、結局私達は勇者とその仲間としては最強だったけど、領主としての才能はゼロだったんだよ…」

「飛羽流様、マナオ様のこの国での事は、元いた世界に戻れば罪には問われないのですよね?」

「はい。各異世界での価値観は多岐にわたっていますし、たとえ共通普遍的な事柄であったとしても、我が国の法律で裁くことは様々な各異界の情勢、独自環境など鑑みても困難であり―…その…」

「飛羽流さん、マニュアルの第4章6条だよ。大丈夫、落ち着いて」

「はっはい!…あっありました!また帰国時には記憶を除き異界に於いて取得した剣の技術、呪術等その一切の能力が失われることが分かっているため、精神状態さえ良好と判断されれば異界地でのざいはこれを不問とする―」

「よかった!お尋ね者にならずに済むんですねマナオ様」

「私達、適当過ぎたのよね、戦いではその場その場の臨機応変な対応と即行動が重要だったから、そうしないと死ぬし…長考姿勢が欠けてたっていうか…」

「つい近隣の争いに首を突っ込みたくなったりとかな!」

「それはミエールさんだけですっ」

「でも頼まれて゛少人数遠征゛とか繰り返しちゃったから、領主としての職務怠慢とかって言われて、あ、これアイドクレスさんが言ってたんだけど、杜撰な領地運営で賄賂も横行してるんだって」

「最初にやりたいって言って来たとこにやらせたら、治水工事で談合があったことになってるし、あれには困った。まあ私が剣で黙らせてやったけど」

「それが民への暴力に圧政って言われる元になったんです!」

「―とにかく、私達が治めてたんじゃこの領地はダメになる。だからアイドクレスはじめ信頼できる者にここを明け渡して、もう一度旅に出ることにしたんだ」

「それなら俺も行くよっ!当然だろ?」

「マナマナ、忘れたの、魔王の呪いのこと」

「元からマナオ様のことが――いえ、プリアリーさんのおかげで私達3人には効果はありませんけど、マナオ様には若い女性の心を焚き付ける呪いが掛かったままなんですよ。領内ではプリアリーさんの結界がありますけど、つい先日もよその町でマナオ様が目立ち過ぎて、助けた方達の恋心を焚き付けてしまったばかりでしょう」

「ああ、助けた娘全員がマナオ様マナオ様と寄って来て大変だったな」

「それを見た村の男達がマナマナに嫉妬して暴動が起きかけて、命からがら逃げ帰った。…これまで色々対策を考えたし調べてきたけど、呪いを解く方法は分からない…ゴメン」

「いやプリアリーのせいじゃない。この国随一の魔法士に無理なら他の誰にも無理だ、ありがとうなプリアリー」

「マナマナ…」

「ですが飛羽流様によれば、マナオ様が元いた世界に戻りさえすれば呪いも消えます。…私だってマナオ様と一緒に旅をしたい。ですがこの呪いがあっては行く先々で必ず無用な混乱を引き起こしてしまいます。それに領内に留まっていては、いずれ私達全員殺されてしまいますし…」

「殺されるって⁉」

「今のところアイドクレス達が押さえてくれているが、民達の不満は限界に達してるそうだ」

「そこまでだったとは…」

「マナマナ…私達も辛いけど…とりあえず急いでここから逃げないと―」

「別れは、辛いけどな…」

「そんな…俺は嫌だ―」

「飛羽流さん、もう一つ忘れてるよ」

「そうでした乃村さん!お話の途中すみません。久土真名男さん、こちらの世界での不祥事は確かに罪には問われません。ですが我が国の国際社会からの視線は近年とても厳しくなってるんです。

 時期的にご存知ないと思いますし、詳しくは後日お話致しますが、いま国内に多数ある異界接点が原因の大変な問題が起きていて、加えて多くの未成年者が異世界に流出し続けているという状況も、国家が若年層の人権を軽視しているのではないかという憶測となり、更にごく一部ですが、異世界経験者がブログやSNSで自らの不道徳、不謹慎な行為を面白おかしく発信したことで゛平和的で礼儀正しい゛などの国民性への疑いの眼差しも強まっています―、ですから政府としては諸々の因縁を」

「゛非難゛の方がいいと思うよ」

「はい!和らげるべく、皆さんに速やかな帰国を勧め、またいつ異界側からのコンタクトが可能となって、自国民の異界での悪行、迷惑行為が白日の下に晒されないとも限らないので、これらの行為が異界で確認された方には特に強く帰国を求めています。ですから、」

「そこ言わなくていいんだけどな…飛羽流さん…」

「お願いします。どうか今すぐ――」

「マナオ様、お別れするのは本当に辛いです」

「マナオ」

「マナマナ」

「でも、皆の幸せの為に、ごめんなさいマナオ様、どうか元いた世界に―」

「「帰ってくださいっ!」!」




 

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