第17話雪村真白 ―レオ―

「今日の遅刻はどうしたの?」


 え?

 この人に話し掛けられるとは思わなかった。

 同じクラスであっても、話すことがない人っているじゃん。

 まだ高校生になって間もないし、同じクラスの人全部と話したこともないし。

 同性であってもまだってヤツいるし、ましてや異性だよ。

 同じクラスってだけでなんの接点もないんだよ。

 俺みたいな一般人がお近づきになれるような人じゃないだよ。

 それに彼女、『雪村真白』が話しているとこ見たことがないし、凄い美人でテレビで見るようアイドルも見劣りしそうな高値の花って感じなんだ。

 造形が整っているのはもちろんだけど、肌が白くて長い髪がさらさらで……

 向こうの世界の金髪美人の二人と並んでも遜色ないと思うんだ。

 なんで俺、雪村さんに話しかけられてるの?

 彼女と話すって、俺ヒーローじゃん。

 答えられずにいる俺に雪村さんは微笑んだ。


「ごめんなさい。急に話しかけて……」


 謝られるようなことじゃないし、俺が返事しないのがいけないのに。

 だって朝玄関を出たら召喚されて異世界に行ってから学校来ました。

 なんて言えないだろう。

 信じてもらえるような話じゃないしね。

 答えに詰まっている俺に


「黒須……レオって呼んでも大丈夫?」


「それはもちろん大丈夫だよ」


 雪村さんに名前で呼んでもらえるとか光栄だよ。

 むしろ俺の名前を覚えていたことにも驚きだし。

 彼女ははにかみ


「よかった。あの神には会った?」


 なにを突然聞いてくるんだ?

 神?

 雪村さんって宗教の人とか?

 ちょっと頭のイカれた人じゃないよね?

 初めての会話で神とか普通出てこないだろう。

 え? なに? 怖いんですけど……


「……まだだった?」


 雪村さんは可愛らしく首を傾げた。

 俺、神様に関わることはこれまでも、これから先もないと思う。

 宗教にどっぷり嵌まってる人ってヤバイって思うんだけど?

 俺の家がそういうことに疎いから思うだけかも知れないけど。

 こんなに綺麗な人じゃ神様も放っておかないか。


「雪村さんって……」


「竜は元気にしてた?」


 俺の言葉を遮り聞いてくることも突拍子もない。

 竜って言ったよね?

 神様の次は竜?

 全く話が見えないんすけど……


「それってなにかゲームとか?」


 俺、竜って言われてもわからないんだけど。

 宗教の人じゃなくてオタク系の人?

 どっちかっていうと宗教よりオタクの方がいいな。

 オタクの方が平和な感じがするし、まだ仲良くなれると思う。

 神様は……下手なこと言えないし、難しそうだ。


「あれ?もしかしてまだ……」


 雪村さんは俺の目を覗き込み


「レオは力を使ったんだよね?」


 力?

 それってなに?

 ゲームとかだよな?

 漫画やアニメだったら見た?って聞くだろう。

 俺、パズルゲーム位しかやってないよ。

 他にそれらしいものって……

 まさかだけど……まさかさ、あっちの世界の事を知っている……?


 いやいやいやいや……


 あんなファンタジーに溢れた世界を知っているはずないでしょ。


 召喚されました。


 なんて俺、誰かに話したこともないし、話したところで信じて貰えないと思っているんだけど。

 雪村さんも向こうの世界に召喚されたことがある……?

 そんなファンタジーなことそうそうあるわけがないか。

 仮にそうだとしても俺は向こうの世界で雪村さんに会ったことも、見かけたこともないし。

 他に神様とか竜って、向こうの世界のことしか浮かばない。

 でも、神様に会わなければ、竜なんて話の端にも出てこなかったよ。

 雪村さんは俺に何を聞きたいんだ?

 戸惑う俺に雪村さんは微笑んだ。



 その日の夜俺は夢を見た。



 ロールは美味しそうにシラユキが用意した菓子を頬張っていた。

 菓子作りにハマっているんだと用意された焼き菓子は甘ったるくて俺は苦手だ。

 どうせならもっと酒に合うものを用意してくれたらいいのに。

 シラユキは本当にロールが可愛いんだな。

 俺も美味しそうに嬉しそうに食べるロールが可愛くて仕方がない。

 この金の竜が幸せそうにしている姿はなによりも平和を表していて、平穏であることを喜んでいた。

 俺たちはこの時間が永遠であると信じて疑わなかった。


「新しい竜が産まれたんだ。これが小さくて可愛くて……シラユキ、レオ、見に来てよ」


 竜の眷属の誕生をロールは本当に嬉しそうに話した。

 口の回りに菓子屑をつけている姿はまだまだ幼い。

 シラユキに口回りを拭ってもらう姿は微笑ましい。


「子供扱いするな」


 シラユキの手をはね除けるロールは子供に見える。

 その仕草に俺は笑いを堪えられなかった。

 ロールは俺からぷいっと顔を背けた。

 だから、その仕草が可愛いんだ。

 本人は怒って拗ねているのだろうけどね。

 シラユキに新しい茶を入れてもらい機嫌を直している。

 大人ぶっていても俺たちから見たら若輩者だ。

 ロールをおちょくるように活けてあった花を使って鼻先をくすぐると、盛大にくしゃみをした。


「レオ。おイタが過ぎますよ」


 甘いものが苦手な俺の茶にシラユキは砂糖を入れ始めた。


「ああぁ。ごめん! ごめん! 本当にそれ止めて」


 慌てて茶を取り戻すも甘くなりすぎたそれを飲む気にはなれなかった。

 俺たちの様子をロールは笑った。

一頻り笑い、


「レオ、それ飲んだら許してあげる」


「はぁ? ムリだ。調子に乗るな」


 シラユキは他人事のように笑っている。


「シラユキ。これどうにかしてくれよ」


「レオが先に仕掛けたんでしょ? その甘いお茶飲んでください」


 茶……これはもう砂糖水にしか思えないんだけど。

 俺が甘いもの苦手な事を知っている二人は楽しそうに俺を見ていた。


 本当にコレ……俺飲むの?

 ヤバイだろ?

 こんなの飲めるような代物じゃないと思うんだけど。


「マジで無理……ロール許してよ。なんでも言うこと聞くからさ」


「本当になんでも言うこと聞いてくれる?」


 ロールは目をキラキラさせて聞いてきた。


「ああ、聞く聞く。なんでも言ってくれ」


 こんな甘い茶を飲ませるくらいならロールのワガママ聞く方が断然いい。


「本当だよ? やっぱりダメなんて聞かないからね」


 ロールは念を押してくる。

 そんなに念を押さなくったってちゃんと聞くさ。

 本当に甘いものは苦手なんだ。


「それじゃあね……



 ロールは俺に何を言ったんだっけ?

 凄く照れ恥ずかしかったことだったような気がするんだけど……

 思い出せない。

 夢っていっても、コレはずっと、ずっと、ずっと、昔にあったことのような気がする。


 あの頃に戻りたい。

 あの頃っていつだっけ?

 平和だと思っていたあの頃……

 永遠だと思っていたあの頃……

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