第18話魔術理論 ―アシュリー―

 いつものようにレオは突然還っていった。

 話の途中に、話も纏まらないうちに還ってしまうんだからレオは自由だと思う。

 なんのしがらみもなく、召喚されたときだけ関わり、面倒になりそうなら還っていく。


 なんか羨ましい……


 勇者なんて僕引き受けたつもりもないのに、王子様とお姫様に付いていたらいつの間にか勇者だ。

 勇者アリスの息子なんだから遅かれ早かれ勇者になっていただろうと王子様に言われた。

 たしかにその通りだったかもと今は思う。


 それでも僕には勇者の荷が思い。

 キャサリン女史のように人の上には立てないな。

 彼女は僕より年下なのにしっかりしている。

 お父上である公爵の失脚を狙っていたとか、本当に僕より年下なの?

 公爵と一緒に権力にしがみつく亡者を一掃出来たと笑っていたけど、あの笑顔は悪人そのものだった。

 年下の女の子がするようなものじゃないと思う。

 キャサリン女史の一声で魔術公国が金色の魔王討伐に参加を決めた。


 決まった理由もレオのせいだし……

 まあ、レオは巻き込まれたっていう方があっているけど。


 隷属の魔術を向けられるってどんなだよ。

 しかもそれをはね除けるとかさすが『黒焔の獅子』だ。

 本来の召喚魔術には隷属の術式が組み込まれているらしいけど、レオは王子様たちの命令を聞いたりしてなよな。

 そもそもあの二人がレオに命令している姿を見たことがない。

 命令を聞かない……隷属の魔術が効かないのは『黒焔の獅子』だから?

 元々二人の召喚魔術に隷属の魔術が組み込まれていなかったとか?


 今だって魔術を教えてくれているマリア様とマーゴ様の説明がわからない。

 理解が追い付かない。

 二人は噛み砕いて教えてくれているはずなのに……僕には難しすぎる。


「ここまでの事はわかりましたか?」


 マリア様の張り付いたような笑顔が目の前にあった。


「……あ」


 ムリだ。

 意味がわからない。

 あ――幾ら聞いても解らないんだ。

 現象を具現化する力ってなんだかよくわからない。

 自分の力の一部だっていう感覚だったから、それを外に向けるって……


 「走るとか殴るとかそういうこととは違うってことはわかりましたよ」


 マリア様とマーゴ様は困惑されたように顔を見合わせた。


「その例えが私たちにはわからないよ」


 なんで?

 むしろ自分の力を精霊に与えるってどんな感覚?

 与えた力を対価に精霊の力をもらうってなに? 


「アシュリーの自身に向けて魔力を使うってことの方が難しいよ。

そもそも魔力は本来垂れ流し状態であることが普通なんだ。それを自身に使うって事はバケツに水を留めることに近いのかな?」


 そうなのかな? 

 一つのところに留めるって感じではないかな。


「布を纏う感覚の方が近いですけど? 鎧でも服でもいいですけど」 


「纏う……?」


 そんなに僕の魔術は変わっているかな?

 王子様とお姫様にも驚かれたけど、僕にとっては普通のことなんだけど。

 火とか氷がなにもないとこから出てくる方が不思議だと思う。

 そもそも精霊なんて見たことないし、見たって話しも聞いたことがない。

 僕だって他の人と同じように火とか水とか出してみたいと思ったことがあるよ。

 こっそりと内緒で魔術の練習したこともある。

 だけど、いくら試してもダメだった。

 今も教えて貰っているにも関わらす、全くわからない。

 魔力量の少ない、魔術が使えない人でもこの『魔力を精霊に与える』って感覚はわかるらしい。


 僕がよっぽどのバカなのか、鈍いのか……

 バカなのかな?

 僕の魔術の説明も上手く二人に伝えられてないしね。


 マーゴ様は深く息をはき、


「マリア、アリスの魔術理論だったらどうだろうか?」


 母さんの?

 マリア様は難しい顔をされて僕に向き直った。


「アシュリーの使うその魔力剣? とでもいいますか、それを私はアリス様が使っている姿を見たことがあります」


 それじゃあ、僕の説明が悪い訳じゃない?


「……アリス様の使う魔術は」


 マリア様は歯切れの悪い言い方をする。


「己の魔力を精霊に与えるというよりは精霊の力を強制的に引き出すという方がしっくりきます」


 マリア様は何かを隠すようにいつもの微笑みを浮かべた。


「アリス様は精霊の力を借りたと言ってましたけどね」


 僕もそっちの方がしっくりくる。

 力を与えるっていうより力を貸してっていう方がね。

 それでも精霊の力の使い方なんてわからないけど。


「マリア様は母さんの弟子だったってことは母さんと同じように魔術を使っているんですか?」


「私もアリス様の魔術を全てを理解している訳ではありません。治癒魔術などで強制的に精霊から力を引き出すことは出来ますが、そもそも対価を払わずに精霊の力を使うことが難しいのです」


 それは母さんの魔術も特殊ってこと?


「アリスの魔術理論はアリスにしか使えないんだ。

息子であるアシュリーなら使えるかもしれないと思うが、こればかりはわからない」


 僕には魔術が難しい。

 もう使えなくてもいいかなとか思っちゃうけど、ダメかな?

 ダメだろうな。

 僕は勇者なんだから魔術の一つや二つ簡単に使えないと、王子様とお姫様の力になれない。

 でも、難しい……


「呪文の一つでも暗唱させてみるか?」


「アリス様の使っていた呪文までは覚えてないですよ。アリス様と違って簡単なものでも後からの反動が大きくて私には使えませんでしたし……」


 僕も身体強化するときに呪文なんて使わない。

 ……使ったことないな。


 アリス様とマーゴ様は完全に二人の世界に入ってしまった。

 二人の話す魔術話は僕には全くわからない。

 僕に説明しようとして簡単な言葉に変えて教えてくれた時だって難しかったのに、今じゃ何を話しているのかさっぱりわからない。

 僕、あっちに行ってもいいかな?

 いいよね?

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