第16話自分勝手な国 ―レオ―

「マーゴ! どうにかしろ!」


 偉い人が声高に命じる。

 この人は命令するしか出来ないのかよ。

 ホントむかつく……

 あの双子は俺に命令はしなかった。

 お願いだったよ。

 こんな非道な魔術を使おうとしなかった。

 きっと思い付きもしなかっただろうな。


 マーゴさんは再び隷属の魔術を俺に向ける。

 何度俺にその魔術を向けようとも無駄だ。

 俺のイライラが募るだけで効果はないのに。

 黒いライオンがその魔術を喰らっていく。


「本返して」


 俺が近づくとマーゴさんは小さな悲鳴をあげ、後ずさる。

 それ、傷付くんだけど。

 俺はなにもしてないじゃないか。

 俺に害をなそうしていたのはそっちじゃないか。

 泣きたいのは俺の方だ。

 ……ああ、俺のこの姿が怖いのか。

 『黒焔の獅子』を、黒い焔を体に纏っただけ。

 やり返される覚悟もなく俺に害をなそうとしていたのか。


 むかつく……


「マーゴ、それを渡してはならぬ!」


 彼女は偉い人の声に肩をビクリと震わせ、白の書に視線を落とした。


 あの人……この世界の偉い人ってあんなのばかりなのか?

 あの教皇だって偉そうにした嫌な奴だったし。


「他の人たちはどこ?」


 マーゴさんは唇を震わせている。


「無事なの?」


 大きく頷いた。


「その本」


 白の書を俺に投げて寄越し、後ずさって行く。

 白の書を開き、文字をなぞるとその文字が光る。

 懐かしい優しい光だ。

 これで……


 これで……なんだ?

 俺はなにをしようとしているんだ?

 なにを知っているんだ?

 光は消えた。


 誰がやったか知らないが、俺に攻撃魔術を放つものがいる。

 俺がなにをしたっていうんだよ?

 マジで勘弁してほしい。


 黒いライオンが俺から出ようと暴れだした。

 感情が暴れる……

 ダメだよ。

 黒い焔が漏れる……

 この黒いライオンを解放したら楽になれるけど、抑えておかないとマズイ。

 なにをしでかすかわからないんだ。 


 部屋の扉が勢いよく開いた。


 アランさん達がいた。

 4人とも無事でなによりだ。


「レオ! いけませんわ!」


 黒い焔が俺に攻撃を仕掛けた奴を焼いていた。


 この部屋にいる人間を守るかのようにアランさんとヴィクトリアさんは俺に剣を、炎を、氷を向けてくる。


 なんで?

 俺はなにもしてない。

 なんで二人は俺に攻撃してくるんだ?

 白の書だって俺が取り戻したんだぞ。


 黒い獅子は悲しげな咆哮をあげる。


 偉い人を守るようにアシュリーが剣を抜き、俺に対峙する。

 マーゴさんを庇うようにマリアさんは俺に顔を向けた。


 ……なんで俺がこんな思いしなきゃいけないんだよ。

 俺が必要だから二人は俺をこの世界に呼びもどしたんじゃないのかよ。

 それなのに……

 俺は役立たずだとまた……


 またってなんだ?


 黒い焔が部屋を暴れまわり、黒いライオンが悲しげに鳴き叫ぶ。

 俺の気持ちを体現する黒い焔を俺は解放した。

 悲しみを怒りに変えて黒いライオンは暴れる。

 双子から向けられた感情に俺は処理が追い付いつかず、黒いライオンを鎮める気になれなかった。



 崩れていく部屋からみんなが逃げ出し、俺を助けようとするアシュリーをマリアさんが止める。

 無謀にも崩れる建物にアランさんは飛び込もうとしてヴィクトリアさんに阻止された。


 砂煙をあげて建物は倒壊した。

 黒いライオンは瓦礫の上で満足そうに伸びをした。


 そんな顔しなくても……

 これをやったのは俺なんだから無事に決まってるだろう。

 呆然としていた4人はおっかなびっくりした顔を俺に向けた。

 そんな示し合わせたように同じ顔しなくてもいいのに。

 建物を倒壊させた黒いライオンは満足したのか大人しくなった。

 崩れた建物から出てきた俺にヴィクトリアさんは抱きついた。


「心配させないでください」


 え? ヴィクトリアさん俺のために泣いてくれるの?

 なんか……ありがたいというか、もったいない。

 だってこんな美人、あっちの世界じゃお目に掛かることもなければ触ることも出来ないぞ。

 俺、ヴィクトリアさんのことぎゅーってしてもいいのかな?

 ぎゅーってしてもヴィクトリアさんは怒らないよね?

 そこでアランさんが睨んでいるのか微笑んでいるのかよく分からない表情しているんだけど。

あの表情はダメってことかな?


「心配事はアランだけで十分ですわ」


 アランさんディスられてるし。

 白の書を渡すと、ヴィクトリアさん大事そうに抱き締めた。

 ほら、この本は大切なものじゃないか。

 白の書を誰かに渡すなんてあり得ないと思ったんだ。


「アシュリー。俺はこの国信用出来ないんだけど、討伐軍に必要?」


 アシュリーは自分に問いかけられると思っていなかったのか返事にまごつく。

 てか、勇者はアシュリーでいいんだよな?

 アランさんの方がよっぽど勇者らしいと思うけど、聞く相手もアシュリーでいいんだよね?

 ぼけーっとしたとこがあるから心配だ。

 アシュリーに代わってマリアさんが答えてくれた。


「魔術に関してこの国に敵う国がありません。この魔術公国が討伐軍に参加されれば戦力の増強は間違いないでしょう」


 マリアさんはそのまま偉い人に笑顔を向け


「公爵。もちろん参加ですよね?」


 なにも答えない偉い人に笑顔のまま無言の圧力を与える。

 様子を見ていたマーゴさんは悲鳴を押し殺している。

 マリアさんを怖いと思うことがあるとは思わなかった。


「こ、こんなことをしてただで済むと思うな小僧が……」


 偉い人はごちゃごちゃと喚き始めた。

 なんかウザい。

 この人は命令するだけで自分でなにもしないんだな。

 マリアさんのに返事だってちゃんと返さないし。


「公爵? だっけ、俺あなたのことが嫌いです」


 偉い人にこんなこと言って、こんな態度とったらマズイと思う。

 俺、この世界で処刑とかされちゃうかな?

 その前にあっちに帰れればいいけど。

 帰れることを期待して、言いたいこと言ってやる!


「俺に命令とかふざけるなっていうの。それだけじゃなくて隷属させようとか鬼畜だ」


 アランさんの顔が曇り、ヴィクトリアさんが能面のようになった。


「俺はあの二人がいなければこの世界なんか知らないんだ」


 公爵が息を飲む。


「俺はあなたが嫌いだ。」


 公爵の顔に恐怖が浮かぶ。


「あなたのような命令するだけの自分勝手な国ならば」


 周りが俺に警戒しはじめる。


「金色の魔王に滅ぼされることを待つまでもなく俺が今ここで滅ぼす」


「レオ!」


 双子の声が重なる。

 建物を崩壊させたばかりの俺が言うんだから脅しになるのだろう。

 白の書を解き明かした双子は俺の力がどんなものか知っているはずだ。

 今のように建物を壊すことくらい俺の中にいる黒いライオンは容易いだろう。

 それが国でも変わらない。

 『黒焔の獅子』にはそれが可能だ。


「わかりましたわ」


 建物の崩壊から逃げ出した人々の中から声が上がった。


「勇者御一行の方に嫌われてはこの国もままならないでしょう」


 妹のさくらと同じくらいの年頃の女の子が歩み寄ってきた。


「キャサリン?」


 キャサリンと呼ばれたその子は公爵に冷たい緯線を送り


「父の所業は目に余るものがありますし、私も思うところがありますもの」


 彼女は公爵を睨み付け


「お父様、今ここで公爵位を御退位下さいませ。後のことは全て私が行いますわ」


「なにを言って……」


 汚物を見るような目を父親である公爵へ向け


「賄賂に買収……公国を束ねるものでありながら己の欲望に忠実な貴方を父とすることが恥ずかしいですわ」


 持っていた扇子で口許を隠し


「ああ、お母様が貴方の治らない浮気癖に終止符を打つと申しておりましたわ」


 項垂れる公爵の返事を待つこともなく彼女は俺に対して膝を付き


「我が父等の悪行大変申し訳ございませんでした」


 なにこれ?

 こんな畏まった謝罪いらないんだけど。

 助けを求めようとアランさんに視線を向ければ、興味がない様子で、ヴィクトリアさんはいつもの穏やかな表情でこっちを見ていた。

 マリアさんも心配は無くなったとばかりにニコニコとして、アシュリーはなにも考えてなさそうだ。


「件の者等には詮議の上にそれなりの処遇を与えましょう。あなた様のそのお怒りが民に向かないようにして頂くには何が必要でしょうか?」


 何ってその謝罪で十分です。

 ご家庭の事情まで暴露されて……公爵、元公爵放心してるし。

 さくらもだけど、このくらいの年の女の子ってこんなに怖いものだっけ?

 しっかりしていると言えば聞こえはいいけど、俺は怖いと思うな。


「あなた様が望まれるのでしたら我が国は討伐軍に参加いたします」


それは俺が決めることじゃないと思うんだけど?

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