第15話魔獣より聖獣って呼ばれる方がいい ―レオ―

 ここはどこなんだ?


 さっきまで俺は双子たちと一緒にいた。

 マーゴさんは仕事があると朝早くから出掛けており、俺たちだけで朝食を頂いた。

 さすがにご飯にお味噌汁は出ないし、見たことのない豆類?穀物だったけど美味しかった。

 向こうにもないかな? また食べたい。

 世界中の食べ物が食べられる日本だし、似たようなものがあってもいいと思う。

 実はまだ、俺は朝食を食べ終わってない。

 俺は朝食をしっかりと食べたいんだ。

 他の人たちは居ないし、見覚えのない場所だし。


 ……俺はまさか召喚されたってことだろうか。


 でも、俺はさっきまで双子と一緒にいたから召喚ってことはないだろう?

 まさか、新しい世界に召喚されたとかないよな?

 そういろんな世界に召喚されても困るんだけど。

 やっと、あの双子の世界に慣れてきたとこだったのに。

 せめて一度元の世界に帰してくれよ……


「……レオくん? どこから……」


 マーゴさんがいた。

 驚いたように俺を凝視していた。

 見知った人がいることに安堵する。

 どこからって……俺が聞きたいんだけど。

 会議室のような場所の真ん中に俺は居た。


「マーゴ、この者は一体?」


 コの字に並んだ机の真ん中に座る偉そうな格好をした人が言う。

 マーゴさんは戸惑いを押し殺すように


「あの金色の魔王の子の従者です」


 ざわめいた。

 金色の魔王って言葉が出るだけで落ち着かないものなのだろうか?

 俺に向けて攻撃の意思を示す者もあれば、今にも逃げようと腰を浮かす者もいた。


「落ち着いてください。彼はただの従者ですよ」


 マーゴさんの言葉に静かになるも、全ての人が落ち着いた訳ではなさそうだ。


「それでも、あの金色の魔王の子の従者だろう?」


「金色の魔王の子に付くものがただの人であるわけがなかろう」


「信用出来るものか」


「なにせ、あの金色の魔王の子だ」


 あのってなんだよ?

 双子はそんな言われ方をされるようなやつらじゃない。

 なんでそんなに蔑むような言い方が出来るんだ?

 俺に敵意を向ける人も、逃げようとする人も、あの双子のなにを知っているのだろうか。

 金色の魔王を親に持つだけだろ。

 双子がなにかしたわけじゃない。

 ……してないよな?


「突然ここに現れたこの者がただの人と言えるのか?」


 え? 人間です。

 俺は高校生ですからただの人で合ってますよ。

 違う世界から召喚されたってだけ。

 なんの力も持たないただの高校生です。

 あれ?


 マーゴさんの持っているその白い本って、双子の持っていたものじゃないの?

 確か、『白の書』って呼んでた。

 同じものがあるのか?


「マーゴさん、その本って……」


 マーゴさんはその白の書を他の本に隠すように置き


「なに?」


「アランさんとヴィクトリアさんのものですよね?」


 その本がなきゃ俺をこっちの世界に召喚出来ないと聞いたんだ。

 異世界召喚出来るような本がそう沢山あってたまるかよ。

 見間違えとは思えないくらい双子が持っていた本とそっくりだ。

 白い革貼りの本って珍しいと……俺の世界でも珍しい装丁だと思う。


「コレは、あの二人から貰ったんだ。」


 ……マーゴさんがそう言うならそうなのだろうか?

 でも、その本は双子にとって特別なものじゃなかったか?

 そう簡単に手放すか?

 俺の知っている二人ならこの本を誰かに渡すとは思えなんだ。

 でも……今はマーゴさんの言葉しかない。


「あの、他の人たちはどこにいるんですか?」


 そう! 気がついたらここに居たんだ。

 あの双子達はどこにいったんだ?

 いつも俺はあの双子の元に召喚されるからこの世界で側にいないと不安?

 いや、今の状況に心がざわざわするって方が合っている。

 今この場所に緊張しているのか、双子がいないからなのかわからないけど……心が落ち着かない。


「いや、レオくんが急にここに現れたんだけど?」


 それは俺がここに召喚されたってこと?

 誰に?

 だって双子はここにいない。

 それじゃあ、誰が?

 マーゴさんに?


「俺を召喚したんですか?」


 マーゴさんはは目を見開いた。

 え?違う……?

 俺、マズったこと聞いた?


「……もしかして……まさかね……でも」


 なにかをぶつぶつと呟き、怪しく目付きが光った気がする。


「レオくんの正体ってなにかな?」


 正体はどこにでもいる男子高校生です。

って、言ってもここの人たちは信用しないんだろうな。

 双子がオレを『黒焔の獅子』って呼ぶけど、でも……自分で『黒焔の獅子』っていうのは恥ずかしいし、自分をケモノ扱いするのはちょっと……

 向こうの世界では絶対に口にしない言葉だ。


 マーゴさんは白の書を手にし


「この本と関係があるのかな?」


 白の書のページを捲る。


 触るな……


 マーゴさんに白の書を触られたくない。

 心がざらざらする……

 触れられたくない心の奥を覗かれているような……


「ずっとこの本から目を離さないし、レオくんはこの本を随分と気にしているよね?」


 誰だって、見覚えのあるものがあれば気になるだろう。

 このざらざら感はそれで説明出来ないけど……


 マジでその本に触るな。


「それにあの黒い獅子の姿はなんだ?」


 なにを言っているんだ?

 双子のいう『黒焔の獅子』はただの渾名みたいなものだ。 

 それに黒い獅子って……そんなものここにはないじゃないか。


「この本に書かれている『黒焔の獅子』について知っていることは?」


 俺のことを双子がそう呼ぶってことくらいしか知らない。

 答えに詰まっているおれにマーゴさんはグイグイ責めてくる。

 何を聞かれても俺に答えられることなんか殆どないし、マーゴさんは俺になにを聞きたいのだろうか?


「マーゴ。もう一度問うぞ。その者は何者だ?」


 真ん中に座る偉そうな人にマーゴさんは恐縮したかのように視線を合わせた。


「彼は金色の魔王の子の……」


「マーゴ」


 偉い人の声は静かに響き、マーゴさんは肩を竦めた。


「金色の魔王退治に欠かせない魔獣かと思われます」


 えー、俺はやっぱりケモノ扱いなの?

 魔獣って……『黒焔の獅子』を聖獣って言っていた双子の扱いよりも酷そうだし、嫌だな。

 俺のことを気にすることもなく彼らは話しをしていた。

 俺がここにいる必要がなければ、せめてこの場所から立ち去りたい。

 人をケモノ扱いするのはこの世界では当たり前のことなのか?

 俺が召喚されてこっちの世界に来たから?

 それでも凄く失礼だ。

 失礼なことであるはずなのに、あの双子からケモノ扱いを受けることはそこまで気にならない。

 この違いはなんだろう。


 ……どうでもいいけど、その白の書返して欲しいな。


「なんと……」


「我らの魔術とこの魔獣がいれば」


「金色の魔王に対抗できるか?」


「だが、金色の魔王の子が行った召喚だ」


「それが問題か……」


「金色の魔王が倒せるならば手段はどうでもいいじゃないか」


「魔術も使えぬ勇者の息子と騎士で構成された討伐軍に加わらずとも我らで事を成せる」


 真ん中に座る一番偉そうな人は周りの話を一通り聞くと立ち上がり、今までざわめいていた人たちは静かになった。


「魔獣、レオと申したな。そなたには金色の魔王討伐を命じる」


 俺、命令された?

 なんで?

 俺はただの高校生だよ?

 この人何者?

 偉そうにしているし、王様とか?

 マーゴさんが畏まっているんだし偉い人なんだろうな。

 でも、なんで俺命令されてるの?

 なんでこの人は当たり前のように俺に命令するんだ?

 俺この世界に関係ないんだけど?

 アランさんとヴィクトリアさんが居なければ関わることもない世界だし、そんな命令を受ける謂れもないよね?


「えっと、それを断ることは……」


「断ることは許されない。魔獣ごときが立場をわきまえよ」


 俺は魔獣じゃないし、せめて聖獣の方がいいな。

 俺の足元に魔方陣っていうの?光ながら模様が浮き上がってきた。

 足から俺にまとわりついてくるその光は物凄い不快感を感じる。

 泥のなかに沈むような……自由を奪われていくような……


 マーゴさんも含めてみんなで俺に向かって呪文を唱えていた。

 これってさ、これこそ禁術ってものじゃないのか?

 この人数で俺一人に向けるには非道な魔術だ。

 いや、人に向ける時点で非道な奴等だ。

 魔術のことなんかなにも知らないけど、知らないはずなんだけど、今俺に向けられているものがどんな魔術かわかってしまう。


 むかつく……


 窓ガラスを黒い焔が割った。


 命令されたこともだけど、この魔術を平気な顔して使うこいつらが凄いむかつく。

 自分の思い通りにするために隷属させる魔術を使うとか、なんなんだ?


 黒いライオンがニヤリとした。


 そうだ。

 俺は『黒焔の獅子』だ。

 『黒焔の獅子』と俺の意識、どっちかわからなくなる時がある。


 こんな人を隷属させることをなんとも思わない奴等、どうなろうとも関係ない。

 こいつらにアイツが倒せる訳がない。


 アイツって誰だ?


 金色の……


 黒い焔が俺から溢れる。

 魔方陣を焼き、自由を取り戻す。


 焼き尽くしてやる。


 そんなことをしてはダメだ。


 黒いライオンが咆哮をあげた。


 ああ、そうだ。


「その白の書を返して欲しい」


 マーゴさんじゃ理解出来ないだろう。

 辛うじて『黒焔の獅子』という言葉が理解出来ただけで、なにが書いてあるかわからないはずた。

 そんな顔してもダメだよ。

 その白の書はあなたのものじゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る