第14話黒い焔って本当に俺が出してるの? ―レオ―

「さくら、先に行くぞ」


 地元の高校に進学した俺は中学生の妹さくらと一緒に登校することが多い。

 途中まで通学路が一緒ってことで時間が重なることが多いからだ。

 あの双子のように兄妹仲がいいって訳ではない。

 あ、もちろん悪い訳でもなく普通だ。

 あの双子が異様とも言えるくらいに仲がいいだけ。


 いつものように玄関を出ると、目の前に顔の赤い人がいた。

 熱があるとか、酔っ払いとかそういう形容詞じゃなく赤い絵の具で塗ったような赤い顔だ。

 近所にこんな赤い顔をした人なんていないから変質者かと家の中に戻ろうと玄関のドアノブを……ない?

 振り向けば今出てきたはずの玄関、家がなかった。


 これは……召喚されたってことだろう。


 赤い顔の人は俺に気味の悪い笑みを向け、剣を振り下ろしてきた。

 なんの訓練も受けていないただの高校生が避けらる訳もなく、そのまま動けずにいる俺の肩を引かれ剣が目の前を裂いた。


「レオ!ボーッとすんな!」


 アランさんの剣が顔の赤い人を薙ぎ、霧散させた。


「……アランさん」


 無事だったんだ……

 魔王に吹き飛ばされて倒れていたし、なにより処刑台の上にいたんだ。

 その後どうなったか俺、知らなかったし、知りようがないから。

 あのエロいアスモ……魔王に襲われて……処刑台に乗せられたってことが心配だったんだ。

 遠目にもわかるくらい顔を腫らしてさ……

 ルシファーってやつのときはアランさん居たっけ?

 アシュリーを俺が助けたってことは覚えてはいるけど……


「よかった」


 泣きそうなくらい嬉しい。

 思わずアランさんに抱きついてしまっても誰からも責められないと思う。


「やめろ。俺は男と抱き合う趣味はねぇし」


 俺が急に抱きついたせいでアランさんはバランスを崩した。


「戦闘中になにすんだ!」


「うわっ」


 見事な背負い投げを受けてしまった。


 いってぇぇ……


 腰から落ちたんですすけど?

 恨みがましくアランさんを見上げてると、すでに俺に興味はないらしく剣を構えていた。

 本当に俺は呑気だったらしく、魔族と呼ばれる人達に囲まれていた。

 アシュリーは俺を見て笑っているし……恥ずかしい。


「レオ様大丈夫ですか?」


 優しい言葉をかけてくれるのはやっぱりマリアさんだ。

 ヴィクトリアさんなんか冷たい視線を向け


「わたくしのことは心配してくださらないし、どうしてレオは召喚獣らしく敵を殲滅してくださらないのかしら」


 その独り言、聞こえてます。

 ヴィクトリアさんのことだって心配だったし、そして俺はケモノじゃない。

 毎回毎度、どうして俺を危険に巻き込むんだ?

 異世界旅行に誘ってくれるならせめて危険のない観光地を案内してくれたらいいのに。

 今いるこの魔族って人達はこの前のルシファーってやつに比べると怖く感じない。

 それでも怖いものは怖いけど。

 慣れてしまったのだろうか?

 ヴィクトリアさんの氷が、アランさんの火が魔族に放たれ、アシュリーが剣を振るう。


「レオ様、黒い焔を出しては下さらないのですか?」


 マリアさん、そんなこと言われても俺はただの高校生だ。

 そんなファンタジーな力持ってない……使ったことないよな?


 あれ?


 なんだ今の?

 黒い焔を扱う俺の姿が浮かんだ。

 今の俺じゃなくて大人な俺だった。

 俺……?

 俺だよな?

 知らない俺の記憶……


「さすがレオ様です!」


 囲むようにいた魔族達が黒い焔に包まれていた。

これって、俺がやったの?


「レオはどうしてはじめからコレやらないの?」


 だって俺はたたの高校生だもん。

 出来るわけがない。

 今のコレだって本当に俺なのか?


「この力は『黒焔の獅子』であるレオのものですわ。何度も召喚に応じてくださっているのですから理解して欲しいものです」


 そんなこと言われても……

 まず、召喚されている。コレを理解していることを誉めて欲しいよ。

 普通あり得ないことだし。

 あ……


「兵士に追われているとかはないですよね……?」


 ずっとこっちの世界にいる訳じゃないから今どんな状況かわからないんだよね。

 アシュリーが側で笑っているくらいだから追われてはいないと思うけど、双子の立場が微妙だってことを教えてもらったからね。


「ええ。追われていませんよ。今は魔術公国グリモルティアに向かっているところです」


 周囲を警戒していたアランさんが剣を閉まった。


「レオ。心配してたのか?」


 そりゃ心配してたよ。

 召喚されないかぎり関わることなんかないけど、夢の世界のことと割りきっているつもりだけどさ……それでも……


「ありがとうな」


 アランさんは太陽のような笑顔を見せた。

 キラキラと金色の髪が光を反射させて、青い目がこんなに輝いて……男の人に綺麗だって褒め言葉になるのかな?

 子供達といたときみたいな素直な笑顔……

 向けられた笑顔が嬉しいってはじめて思った。


「あ、いや……」


 なんかすげー照れるんですけど……


「丁度いいですわ。レオもあまり魔術に詳しくないようですし、一緒に行きましょう。」


 一緒に?

 俺は魔術なんて使えないし、必要だと思ったことないよ。

 使えたらって思ったことはあるけど、ねぇ……


「レオ、勝手に還っちゃダメだよ?」


 アシュリーが俺の顔を覗き込むように言う。

 勝手にって……俺の意思でこっちに召喚される訳でも帰る訳でもない。

 いつだって急なんだけどな。


「レオと一緒なら僕頑張れそうだよ」


 何を頑張るんだ?

 でも、嬉しそうにしているからいいか。


「おい、大丈夫か?」


 掛けられた声に反応するようにアランさんがフードを目深に被った。

 その警戒、やっぱりまだ追われているんじゃないのか?

 馬上の人にマリアさんは


「マーゴ!迎えに来てくれたんですか?」


「街道に魔族が現れたと聞いて……黒い炎が上がっていたからもしかしたらと思ったんだ。やっぱりマリアだった」


 彼女は馬を降りるとマリアさんと抱き合い再開を喜び、双子に手を差し出した。


「魔術公国グリモルティア筆頭魔術師マーゴ・デニスだ」


 彼女の印象はキャリアウーマンだ。

 グレイのスーツ姿なら馬より車の方が似合うと思うな。

 こっちの世界に車があるかなんて知らないけど。

 マーゴさんはマリアさんの知り合いらしく、フードを被り警戒していたアランさんもすっかり打ち解けていた。

 さっきのあの警戒はなんだったんだと思うくらいあっさりだ。


 マーゴさんの国は、魔術公国というくらい魔術研究の盛んな国らしい。

 盛んというか、魔術至上主義らしく、己に火の粉が掛からなければ金色の魔王ですらどうでもいいらしいとヴィクトリアさんが耳打ちしてくれた。


 アシュリーを勇者として旗印に掲げた金色の魔王討伐軍への参加も魔術公国からは返事もなく、今回その返事を貰うために訪れたのだという。

 そのついでに双子の行う俺の召喚術の解明や、アシュリーが魔術を使えるようになればというものもあるんだと。


 城へ行くには日が傾きかけているとマーゴさんの家へ招待された。

 筆頭魔術師と肩書きが付くくらいにマーゴさんの地位は高いらしく、急な客人に対応出来る位大きな家だ。

 父さんの35年ローンの家はなんだろうかと思ってしまう俺は親不孝かもしれない……


 研究バカの多い魔術師を纏めるには苦労が絶えないと晩餐の席でマリアさんに絡んでいる。

 双子にもアシュリーにもマーゴさんはドライだった。

 巷で噂の魔王の子と勇者だぞ?

 気にならないのかな?

 マリアさんとマーゴさんは若かりし頃一緒に旅をした仲だという。

 旧知の仲ってやつだろうか。


 屋敷に入る前マリアさんにマーゴさんには気を付けろと言われた。

 なにを気を付けるのだろうか。

 探られるようなものは何もないんだけど?


 大人の酒は長い。

 高校生の俺に酒の席は退屈だ。

 欠伸を噛み殺しているとアシュリーと目があった。

 アシュリーは欠伸を隠そうともしていなかった。

 双子はさすが王子様とお姫様といった様子ですました顔して席にいる。


 んー用事がないなら帰りたい。


「マーゴ飲み過ぎです。もう、そろそろ……」


 並々に注がれた酒を飲み干し、マーゴさんは


「えーまだまだ話し足りない。そっちのレオくんとかさ」


 え? 俺?

 マリアさんばっかりでほぼスルーしてたじゃん。

俺が『黒焔の獅子』であることもまだ空かしてないし、興味を持たれるようなことはないかと思うけど。


「何を言っているんですか」


 マーゴさんが注ぎ足そうとしていた酒瓶を奪い、側にいた給事の人に渡した。


「わたくしも酔いが回っておりますし、失礼させていただきますわ」


 ヴィクトリアさんは優雅に一礼した。

 美人はなにをしても優雅に決まるんだな。


「……そう」


 マーゴさんはどこか冷めた目を見せ、


「それじゃあ、おやすみなさい。」


 俺たちに手を振った。


「マリア、明日はレオ君の正体教えてね」


 マリアさんは微笑むだけでなにも答えなかった。

 俺の正体っていわれてもさ、ただの高校生だよとしか言えないんだけどね。

 どうもこっちの世界に高校生はいないらしいが、いうなれば俺はただの学生、一般人だ。

 王子様とかお姫様とか、勇者なんて肩書きはなにもない。


 朝、俺は知らない場所にいた。


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