第13話弱いままじゃいられません ―ヴィクトリア―

 わたくしはアランのように世界平和のためになんて思っておりませんわ。

 アランが居て、マリアが従って、笑っていられたらいいんですの。

 そこにお母様とお父様が帰って来てくださったら……

 誰にも言えませんわね。

 わたくしだけの秘密ですわ。


 それにしてもわたくしはなんと情けないのでしょう。

 アスモデウスも、ルシファーに対してもわたくしはなにも出来ませんでした。

 アランにはアスモデウスの汚い手で不快な思いをさせてしまった。

 ルシファーに対しては気を失うという失態……

 わたくしにもっと力があれば……

 レオの召喚が間に合ったから、アシュリーがいたから助かったんですもの。


 不甲斐ない……


 弱い自分が本当に嫌になりますわ。

 同じ思いなのか今日のアランの剣はいつもより重いです。

 同じだなんてアランに失礼ですわね。

 わたくしが弱いからですわ。


 剣を振るうようになったのは同じ頃でしたのにアランの剣に振り回されてばかりなんて……

 振り下ろされた剣を横に弾き、剣を突くも簡単にかわされます。

 アランの避けた先に氷を放つも踏み止まり、火を投げて寄越し退路を塞ぎ、体当たりを受けました。


 体制を崩し倒れるわたくしにアランは手を差し伸べて下さいます。


「ヴィー?ゴメン。泣くほど痛かった?」


「泣いてなんかおりませんわ!」


 アランの手をはね除け剣を払います。

 剣を素手で受け止めました。

 刃を潰した模造刀とはいえ無茶をなさいます。

 そんなにわたくしの剣は軽いのでしょうか。


「……ヴィーやっぱり」


 アランは昔からわたくしを旅の生活から遠ざけようといたします。

 それはわたくしを想ってのこととわかっておりましても、わたくしはアランの側を離れたくありませんの。

 だって、わたくしたちは双子ですもの。

 産まれる前からずっと一緒に居ります。

 アランのことは誰よりも知っておりますの。

 アランがわたくしを想ってくださるようにわたくしもアランのことを想っておりますわ。


「それはお断り致しますわ。何度も申しておりますようにわたくしはアランを守りたいのですわ」


 アランは困った顔を隠すこともなく、剣を無理矢理わたくしから奪い取り、


「俺はヴィーが心配だよ。泣きながら剣を振るわなきゃいけない今の状態はどうなんだ?」


「泣いておりませんわ」


 こんな時代ですもの。

 わたくしは守られているだけのか弱い王女様なんて出来ませんわ。


「俺はヴィーに守られるほど弱くはない」


 知っておりますわ。

 アランは誰よりも強いですわ。

 でも、今のアランは誰にも弱音を吐けないじゃないですか。

 わたくしにすら……


「アランは弱いですわ。力は今アランの方が上でもわたくしの方がずーと強いですわ!」


「全く何を意固地になっているんだ?」


 意固地?

 わたくしが?

 ……意固地にもなりますわ。

 守ると決めたアランを守れなかったんですもの。


「魔王になんか負けなんていられませんもの」


 体当たりをするように立ち上がり、アランの体制を崩します。


「アシュリー!わたくしの相手をなさい」


 声が掛かるとは思っていなかったのかアシュリーは驚いたように立ち上がりました。

 アランが奪った剣を取り返し、アランの使っていた剣をアシュリーに投げ渡します。


「ヴィー!」


 アランがわたくしの腕を掴みます。


「弱いままじゃいられませんの。……泣き虫なわたくしではアランの隣には立てないということでしょう?」


 涙を拭い、アランを睨みます。

 アランはため息とともに腕を離し、数歩下がりました。

 不意を突くようにわたくしから剣を奪い、アシュリーに向かいます。


「出来ることなら俺はヴィーに戦って欲しくはない。ヴィーを失う恐怖をわかってくれるだろう?」


 勝手ですわ。

 それはアランもわたくしの気持ちをわかってくださっているじゃないですか。


「アシュリー、2対1でいくぞ」


「え?いや……それは……」


 戸惑うアシュリーを置き去りにしてアランはアシュリーに火を投げました。

 アシュリーは火を剣で弾き、火が真っ二つに割れアシュリーを避け霧散します。

 アシュリーはなんでもないように剣を構え直しました。

 剣はなんの変哲もない模造刀です。

 伝承にあるような魔剣でも聖剣でもありません。

 なぜ、剣で火を斬ることが出来るのでしょうか?

 アランも驚きを隠せず剣をさげました。


「あの……どうしたんですか?」


 アシュリーは首を傾げて構えを解きます。

 どうしたじゃありませんわ。

 だって、剣で火を斬ったんですのよ?

 ありえませんわ。


「さすが、アリスの息子だな」


 アランが小さな声で呟きます。

 どんな技ですの?

 アリスの息子だからなんて理由になりませんわ。

 はじめて目にするその技はアリスが使用していて聖剣と同じ力……


「アシュリー、それはどうやったんですか?」


「それって?」


 アシュリーは何を聞かれているのかわからないと首を傾げます。

 火を切ったというのに無自覚なのですね。


「今、火を斬ったじゃないですか」


「え?ただ剣に魔力を通しただけで……お二人もしますよね?」


 剣に魔力を通すとはなんでしょうか?

 アランと顔を見合わせましたけど、アランも不思議そうな顔をしておりますわ。

 だって、魔力を剣に通すって意味が解りませんもの。

 魔力は現象を具現化させる力ですわ。

 それを剣に通すって……


「アシュリー、あなたは誰に魔術を習ったんですか?」


 アラン、アシュリーを睨まないでください。


「誰にも……僕の側に魔術を使う人はいませんでしたよ?」


 誰にも教わってないのですか?

 だからって、魔力をそのまま力として使うなんて……

 アリスの息子だから?

 いいえ。

 そんなことで説明出来ませんわ。

 独学で魔術を扱うことは出来るようにはなりますでしょうけど……


「本当に独学か……?」


「なにか変ですか?」


 アリスは魔術の使い方が特殊だったと聞きます。

 アリスを師に持つマリアもわたくしたちとは違う少し魔術の使い方をします。

 それでも基本は同じです。

 ですが、剣で火を斬るようなことを見たことがありません。

 アシュリーはなんて面白い魔力の使い方をするのでしょうか。


「変だ。アシュリーは他にどんな魔術を使うんだ?」


「他って、僕が出来るのは身体強化くらいですよ」


 身体強化? またアシュリーはおかしなことを言いますわ。

 わたくしの魔術に関する常識に当てはまらないことを言います。

 力を力のままに使うのですね。


「それってなんだよ? ちょっと相手しろ」


 アランがアシュリーに剣を振り下ろします……って、それ真剣じゃないですか?!

 アシュリーも気がついた様子で慌てて横に逃げます。

 逃げることを許さないかのようにアランの剣がアシュリーを追い掛け、構えの間に合わないアシュリーが腕で剣を受け止めました。

 なんという無謀なことをするのかと治癒魔術の用意を始めますが、アシュリーは無傷でした。


「王子様!いきなりなにをするんですか?」


 アシュリーが剣を構えます。


「これが身体強化?」


 真剣を、アランの一撃で怪我をしないなんて……

 この魔術、実用化したらと思うと……ゾクゾクいたしますわ。

 アランは調子付いたのかアシュリーに向かって斬撃を浴びせます。

 剣でなんとか受け止めているそれも模造刀での状態ですから、全てをかわすことも出来ず幾つかをその身に受けております。

 アランが扱うのもは真剣でありますから怪我をしてもおかしくありません。

 鎧兜を身に着けているわけでもないのに、アシュリーは怪我をせずに済んでおります。


 もともとアシュリーは怪我が少ないので丈夫なのだと、器用に立ち回っているのだと思っておりましけど、違ったのですね。

 呪文詠唱もなく、印を組むこともなく、魔方陣を引くようすもなく純粋に魔力を力として使うことがあるなんて知りませんでしたわ。

 アリスの息子だから、いいえ。

 アシュリーだからこその力の使い方なのでしょう。

 これで魔術を使えるようになったらアシュリーは本当に強い勇者ですわね。

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