第12話特別騎士兵団の設立 ―アシュリー―

 ――特別騎士兵団の設立――


 この度聖都を騒がせた金色の魔王の子公開処刑における事案は全て聖教騎士団の作戦によるものである。

 金色の魔王の子として処刑台の上にいたレイディエスト王国のアラン王子の公開処刑は色欲の魔王をおびき寄せる為の作戦であった。

 勇者アシュリー指揮のもとに色欲の魔王を撃退するも、退治するには至らず作戦は失敗に終わり大変遺憾だ。

 教皇ザカライア様の死は本作戦とは関係なく、色欲の魔王に殺害された被害者であり、深い悲しみを残した。

 レイディエスト王国のアラン王子、ヴィクトリア王女については金色の魔王の子でありながら世界の為にと危険を省みず本作戦に参加し、またこれまでにも他の魔王を退けるという功績を残している。

 彼等二人が居なくては成し得なかったものも多岐にわたり、若くありながら多くの功績を残す二人を金色の魔王の子と罵ることはあってはならないものだ。


 また、勇者アシュリーの名の元に金色の魔王を討伐する特別騎士兵団の設立が発表された。

 教皇を失うという悲しい事があったばかりだが、勇者アシュリーがこの聖教皇国の地で金色の魔王を倒すと声明を出されたことは一筋の希望である。

 新教皇レイラ様も勇者アシュリーの活躍には期待をしており、金色の魔王の驚異に各々各自で対策をしていた各国へ討伐隊への参加を促す所存である。

 国の垣根を越えた討伐隊が組まれることが現実となれば世界の平和のため金色の魔王が退治される日もすぐであろう。


 特別騎士兵団への入隊募集は始まったばかりである。

 少しでも腕に自信のあるもの、世界の為に役にたちたいもの、勇者アシュリーに憧れるもの、どんな理由であっても是非応募して貰いたい。


 神はいつだって我らを見守っている。



 こんな新聞記事一つで王子様の処刑はなかったことになるって……

 僕も人の事は言えないか。

 簡単に催眠術に掛かってしまうとか、情けない。

 こんな情けない僕を王子様とお姫様は許してくれた。

 催眠術に掛かっている間のことはぼんやりとしか覚えてなく、教皇に会ってから王子様が襲われているところまで急に時間が経ったという感覚だった。


「アシュリー。休憩はもういいだろ?」


 王子様に剣の相手を頼んでいた。

 怪我が治りきっていないにも関わらず僕の相手をしてくれていたのに僕の方が先にバテた上、王子様は素振りまでしていた。


「王子様は休んでもないじゃないですか」


「動いていないとキモチ悪いんだよ。アスモデウスに触られたトコが……あーキモチ悪」


 王子様は本当に気持ち悪そうに自身の体を擦り、かきむしった。

 そんなにかきむしったら肌が傷付いてしまう。

 僕は王子様の手を取り止めた。


「お姫様は聖女になるんですか?」


 レイラ様が教皇にに就任しため、次の聖女が決まっていなかった。

 レイラ様はお姫様を次の聖女へと推薦されているらしく、お姫様は城と教会を行ったり来たりして忙しそうだった。


「やらねぇよ。ヴィーはそんなものに興味はないから」


 王子様は再び素振りをはじめた。


「神様が俺達に何をしてくれた?」


 王子様の呟きはここでは問題になるものだ。

 僕もその気持ちは良く解るけど、誰かに聞かれたら異端審問会にかけられても仕方がない。

 ただでさえ王子様はその立場というものが……

 僕は聞こえなかった振りをした。


「それよりもアシュリーは準備出来てんのか?」


 準備?

 僕なにかあったかな?

 王子様は呆れた表情を浮かべ


「討伐軍のことだよ。あれはアシュリーの軍なんだから」


 それは僕、荷が重い……

 だって、僕だよ?

 あんな簡単に催眠術に掛かり、魔王に対して一撃になるような攻撃を与えることも出来なかった。

 こんな弱くて頼りにならない僕なんかより。


「あれ、僕じゃなきゃダメなんですかね?王子様の方が……」


 僕の情けない言葉に王子様は溜め息を漏らした。


「立て。鍛え直してやる」


 王子様は僕に向かって模造刀を振り下ろした。

 慌てて僕はそれを後ろに仰け反り避けた。


「勇者やるって覚悟決めたんだろ」


 避けた僕に王子様の攻撃は止まらなかった。

 振り上げられたそれを僕はなんとか受け止めた。


「……だけど」


 王子様の剣は重くて、競り負けまいと力をこめた。


「僕にはなんの力もなくて……」


 王子様は競り合う気はないらしく剣を引く。


「ただ、アリスの息子ってだけで僕は」


 僕の攻撃を王子様はかわし


「勇者に選ばれて……うわっ!」


 王子様に足払いをされた。


「まだ、そんなこと言っているのか?お前がアリスの息子だから迎えに行ったことはそうだけど」


 体制を直す前に次の一撃が下りてくる。


「切っ掛けってだけだろう」


 横に転がるように避け、剣を構え直した。


「いつまでもそれに悩んでいたら先に進めないだろ」


 僕の攻撃を軽くいなし、打ち込んできた。

 王子様は息を乱すこともなく、立っていた。


「……勇者になったつもりはないんですよ? 僕は王子様達の手伝いが出来たらって思って……あちっ」


 王子様が僕に火の粉を振りかけた。


「それでもアシュリーは勇者だ」


 王子様の青い目は僕の迷いを許してはくれない。


「勇者だなんて思わなくても、アルバートとアリスに胸を張れるようにしてりゃいいんじゃねえの?」


 そんな簡単に言い切られても……

 王子様からしたら僕の人生は簡単なものかもしれないけど……

 王子様のような難しくて困難な人生はなかなかないよ。

それに。


「僕は御輿に担がれるような器じゃない」


 王子様は額に手をあて、


「アルバートめ……」


 ぼそっと独り言を溢し


「じゃあ、俺がアシュリー・トワイニングに命令しようか?」


 王子様の青い目が僕を捕らえて離さない。


「命令されて、人の言うことだけを成すことがおまえの勇者像なのか?」


 そんな勇者は嫌だな。

 母さんみたいに無敵にはなれないけどさ、王子様とお姫様の力になりたいんだ。

 恐怖に怯えずに笑って生きていける世の中に出来たって……


 王子様ははにかみ


「なに考えているのか知らねえけど、それでいいんじゃね」


 王子様は剣を構えた。

 まだ、やるのか……

 僕が剣を構え直すと城からの使者が僕たちを呼びにきた。



 討伐軍参加に呼び掛けていた国からの返事があったという。

 あまりに大事になっていく様子に僕は怖じ気づいてしまう。

 だって今まで無縁の世界だった。

 国の中枢に関わることなんてこれから先ないと、アリスの息子として呼ばれても応じないと決めていたから……

 怖じ気づいている僕を王子様の青い目が勇気づけてくれた。

 王子様の青い目は……二人の青い目は不思議だ。

 なにがって聞かれると困るけど、今のように勇気づけてくれたり、慰めてくれたり、他にもうまく言葉に出来ないけど力を感じることがある。

 勇者なんて僕に務まるかどうかわからないが、やれることを一つづつやるしかないのだろう。

 今まで逃げて……避けてきた分これから大変だな。


「アラン。ヴィクトリアに聖女を受けてくれるよう説得してはくれないか?」


 レイラ様の要請に王子様は肩をくすめた。


「レイラ様。何度もお断りしているようにわたくしは聖女にはなりませんわ」


「ご覧の通り、このじゃじゃ馬を手懐けることは難しいですよ。俺だって産まれる前から、ね?ヴィー」


 お姫様は王子様を睨み付け、


「こんなじゃじゃ馬が聖女では教会の地位が失墜してしまいますわ」


「ならば我らが王の庇護かにもどればいい」


 誰も気が付かなかった。


 突然現れた重そうな赤いマントを引きずり王冠を被ったそれは嫌みな笑みを浮かべていた。


 誰が呟いたのか「傲慢の魔王ルシファー」と震える声が聞こえた。

 

 慌てるように聖教騎士がレイラ様を守るように立ちはだかり、王子様は魔術の構築をはじめた。

 先にお姫様の氷がルシファーに向かい、王子様の火が後を狙った。

 ルシファーはマントを翻し氷と火を消す。


「我の顔を見るなり攻撃してくるとは姫君も王子も酷いですな」


 ルシファーは僕を一瞥し、馬鹿にするような笑みを浮かべ


「勇者? ……これが勇者か」


 近くにいた騎士から剣を奪いルシファーに斬りかかり、避けられた先に剣を払った。

 あしらうようにルシファーは僕の剣をいなす。

 どれだけ舐められているのかルシファーは僕に攻撃を仕掛けるでもなく僕の剣をいなしていた。

 なにが可笑しいのか笑い声を漏らし、


「これで、勇者なのか?」


 僕になんの力もないことはわかっているんだ。

 それでも引くわけにはいかない。

 だって……


 ――黒い焔を纏う獅子の名は――


 小さな黒い焔が目の前で大きくなり、集束していくと黒い鬣を焔のように揺めかせ、その艶やかな黒い毛皮を誇る獅子となった。

 獅子は咆哮をあげると人の姿に、レオが顕れた。


 ルシファーの目の前に顕れたレオは悲鳴をあげた。

 悲鳴をあげたレオから黒い焔がルシファーに向かっていった。

 余裕を浮かべていたルシファーは黒い焔を受け、呻き声を洩らした。


 隙を狙い王子様とお姫様の攻撃がルシファーを捉えた。

 二人の剣を掌で受け止め、剣先を掴んで放さず、二人を投げ飛ばした。

 二人は壁にぶつかり倒れた。


「『黒焔の獅子』の焔がこういうものだとは……」


 ルシファーは憎々しそうに呟やく声が聞こえた。


「レオ! 大丈夫?」


 腰を抜かすレオを引きずり、ルシファーとの距離を取った。

 なんで『黒焔の獅子』が腰抜かしてんの?

 あんなに凄い力があるのに。

 レオって僕よりも臆病……?

 そんなことはないか。

 レオが臆病者だったら僕は今ここにいないだろうし。


「……あの怖い人はもしかして……」


 そこまで恐怖に怯えた表情をしなくてもいいのに。


「そうだよ。あれは傲慢の魔王ルシファーだよ」


 レオは縋るように僕に顔を向け


「逃げなくていいの?」


 うわー ……レオ、言っちゃった。

 それは僕たちが口にしてはいけない言葉じゃないかな?

 そんなレオの様子を気にすることもなくルシファーは倒れている王子様とお姫様に対して


「我らはいつでもお二人をお迎えできる用意は出来てる。今からでも共に来るといい」


 このまま二人を魔王に連れ拐われる訳にはいかない。

 僕はルシファーの背中に向かって剣を突き出した。

何事もなかったようにルシファーは僕の剣を下に弾き、僕の上に足を乗せた。

 息が詰まり、声も出ない。

 抜けようにも抜けられず、もがくしか出来ない。


「くふっ……」


 体重を乗せられもがくことすら封じられた。

 いつまでも腰を抜かしているのかとレオを見れば、体を震わせていた。


「あのさ、ルシファーだっけ?その足を退けてくれませんか?」


 ルシファーは卑下た笑い声をあげながらレオに黒い炎を投げた。

 レオは守るように体をくすめ、炎を受け。炎はレオの体に吸収された。


「あの、本当に足、退けてくれませんか……?もう押さえる……ことできそうに……なくて……」


 レオは本当に体の震えを辛そうにしていた。

 震えを押さえようと自身を抱き締め、黒い焔がレオから漏れだし、壁に、床に焔を溢している。


「もう……ダメ……だ」


 レオは『黒焔の獅子』の姿に変わり、ルシファーに喰らい付いた。

 ルシファーは情けない呻き声をあげ『黒焔の獅子』を振りほどくも喰らい付いた場所が黒い焔に焼かれていた。

 自由になった僕は体の痛みを堪え二人の側で剣を構える。


 この二人を守らなければ……


 『黒焔の獅子』は咆哮をあげるとルシファーに黒い焔を吹き掛ける。

 ルシファーは黒い焔を掠めながらも避け消えた。

 ルシファーが、驚異がなくなったことを確認した『黒焔の獅子』は姿を消した。


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