第11話舞い降りた天使は ―レオ―

「教会の地下に城に通じる地下道があります。そこから城に向かってはどうかしら?」


 聖女様が地下道を案内してくれることになった。


 いざって時の城からの逃げ道らしい。

 宗主国であるから滅多なことはないらしく、今までも一度も使われたことは無いらしいと聖女様が教えてくれた。

 余りにも使われることがないため城と教会が繋がっていると聖都では公然の秘密になっているという。

 それって逃げ道として役に立つのだろうか?

 聖女様も地下道は聖女になった時に教えられたとき以来だという。


 ……あれ?


「待って、足音がする」


 俺の言葉に聖女様が訝しげに。


「ここを誰かが使うことなんてないわ」


 それでも足音がするんだ。

 こんなにはっきりと近づいて来ているのに、どうして誰も気がつかない?

 ほら、先に松明の明かりが見えて


「やっぱり、誰か前から来ている!」


 俺の言葉にヴィクトリアさんが前方に氷の矢を放った。

 松明の光が揺れ、足音が乱れた。

 声がここまで届き、3人も誰かいるとわかったらしく、ヴィクトリアさんは氷の矢を増やした。

 氷の矢をかわした者達が迫ってくる。

 俺たちはともかく、聖女様が一緒にいるのことがバレるのはマズイんじゃないか?

 俺は聖女様を前方の相手から隠すように俺の後ろに引いた。

 氷の矢をかわした兵士の剣がマリアさんの鼻先を掠めた。

 こんな狭い地下道で剣を振り回すなよ。

 マリアさんも剣を抜けずに兵士の攻撃をかわすしかない。

 相手も逆に人数が多すぎて手を出せず、行く道を塞ぐしか出来ないようだった。


 ヴィクトリアさんが小さな悲鳴を上げた。


 足が凍りつき、血が流れていた。

 相手にも魔術を使うものがいるらしく、ヴィクトリアさんの足を掠めた氷の矢が数を増やして飛んでくる。


 ヴィクトリアさんの綺麗な足が……

 なぁ、ヴィクトリアさん達が何をしたっていうんだよ?


 顔を痛みに歪めながらも氷の矢を放ち、兵士を牽制していく。


 そこどいてくれないかな?

 俺たちはアランさんを助けに行くだけで、敵対しようと思っているわけじゃない。


 俺の方に相手の放つ氷の矢が飛んできた。

 避けようにも俺の後ろには聖女様がいる。

 このまま攻撃を甘んじて受けるしか……


 黒い焔が氷の矢を喰らい、黒い焔が兵士に向かった。

 黒い焔に気がついた二人が俺に意識を向けた。

 黒い焔が暴れる。

 黒い焔は勝手に自我を持つかのように兵士に向かう。

 余った黒い焔が地下道にぶつかった。


「危ない!!」


 兵士と俺たちを分断するように地下道は崩落した。

 これじゃあ……


「……先に進めませんわ」


 ヴィクトリアさんが足を庇うように座り込んだ。



 なにも出来ないまま朝を迎えてしまった。

 俺が出したらしい黒い焔について誰も責めなかった。

 ヴィクトリアさんの怪我はすぐに治癒魔法を使ったためきれいに治り後遺症もなく済んだ。

 もう残された手段はアランさんが姿を現したとき、処刑台の上にあがったときだけ。

 どんなに警備が厳しくても、もう失敗は許されなかった。


 アシュリーが勇者と発表されたときもここまで聖都は騒がしくなかった。

 処刑台の設置された広場にはそれは大勢の人がいる。


 金色の魔王の子の処刑を喜ぶ様子の者。

 忌々しい金色の魔王に一子報いたいと睨み付ける者。

 ただ、どんな顔をした相手なのか見ようとしている者。


 そんなに金色の魔王の子、アランさんの公開処刑が嬉しいのかよ。

 朝からこんなお祭り騒ぎするようなことか?

 だってこれから人が死ぬっていうのに……

 目の前で殺されるんだぞ?

 なにも悪さなんてしてない人がだぞ?

 趣味がいいとは思えない。


 隣にいるヴィクトリアさんも苦虫を潰したような顔をしている。

 気分がいいのものではないからそんな顔になるよな

俺だって気分が悪い。


 処刑台の側には貴賓席があり、アシュリーがいた。

 アシュリーは虚ろな目をしたまま静かに座っていた。

 今の状態のアシュリーに助けを求めることは出来そうにない。

 助けにならないならせめてそこでじっとしていて欲しい。

 罪状とも言えない罪状が読み上げられアランさんが現れた。


 ヴィクトリアさんの息を飲む音が聞こえた。


 両手両足を後ろで拘束し、首輪までつけられリードを引くかのように鎖を握る男にアランさんは引き出された。

 無理に引っ張られるせいか、アランさんは前につんのめり歩きにくそうだ。

 自由を拘束されたアランさんは暴行を受けたかのように顔を青く染め、腫らしている。

 それでもアランさんの青い目は真っ直ぐと前をしっかりと見据え、意思の強さを失ってはいない。

 太陽に煌めく金の髪も健在だ。


 あの彼を見てこの世界の人たちはなにを思うんだ?

 あの姿のアランさんを処刑することを良しとするのか?

 なあ、アランさんになにをしたんだ?

 どうしてあんな怪我をさせられなきゃいけないんだよ。

 彼はなにもしていないじゃないか。


 まただ。


 俺の中で黒い焔が蠢きだした。

 ダメだ。

 この黒い焔を押さえなくては……

 この黒い焔が外に出ていいことなんかないんだ。


 白いモノが舞っていた。

 雪が降るような季節でも、気温でもない。

 人々が空を見上げる。

 空から白い羽根が降ってきた。

 太陽の光を遮るように大きな白い翼を誇るように広げた天使がいた。

 人々からは驚嘆の声をあげる者、祈りを捧げる者、天使から目を離さない者と様々な様子を見せた。


 本当に天使がいるんだ。


 聖なるはずのそれを俺は、禍々しく感じた。

 なんでって言われたら答えようがないが、それは感覚的に闇に潜む悪意のようなものだ。

 神様ってものを信じていないからそう感じるのか、聖都の人の中には涙を流している人さえいる。


 天使は悠然とアランさんの前に降り立ち、白い翼をはためかせアランさんの側にいた男を吹き飛ばした。


「……アラン……私の……」


 天使はアランさんを慈しむように頬に触れ、首筋を撫でおろし、服を裂いた。

 露になった肌には幾つもの赤紫の痣があった。

 それに天使は口を付けていく。

 アランさんは体を捩り逃げようともがくも、鎖に邪魔をされ、動けずにいる。

 満足したのか天使はアランさんの顔を見つめ、キスした。

 天使は唇を一度離し、アランさん顔を抱えるように包み込み再び唇を貪る。

 なんだか凄くエロいんだけど。


 ずっと見ていたヴィクトリアさんが


「色欲の……アスモデウス!!」


 氷の矢を天使に向かって放った。

 氷の矢は天使に届く前に闇に解けた。

 天使は静かに振り向き


「……ヴィクトリア、あたしとアランの邪魔をしないでくれる?」


 真っ赤な唇が気だるげに言葉を紡ぐと天使の羽根が黒ずみ、落ち蝙蝠の様な羽に変わった。

 その姿も頭の上にあった輪が消え、こめかみに渦を巻くように角が現れ、体を隠すように被っていた修道服が闇に消え、役割を果たすことのないだろう全てが見えてしまいそうな白いレースの下着姿になっていた。


 あれが『色欲の魔王アスモデウス』だとマリアさんが教えてくれた。


 天使が悪魔に変わると、空から何かが落ちてきた。

 認識できる距離になると人々から悲鳴があがり、それが地面に叩きつけられた。


 手足をあらぬ方向へ曲げた教皇だった。


 混乱の中、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「ねぇ、アラン。このままあたしのものになりなさい」


 その色っぽい声で甘えるようにアランさんに垂れかかった。

 色欲の冠を持つだけあってその声は欲情を掻き立てる。

 男子高校生には刺激が強い。


「アランから離れなさい!」


 ヴィクトリアさんはアスモデウスを睨み付けていた。


「イヤよ?せっかくアランが色っぽい格好でいるのよ」


 アランさんの頬に手を乗せた。


「……触るな……キモい」


 アランさんが嫌がってもアスモデウスは喜び、


「……責められるのはイヤなの? でも気持ちいいでしょ?」


 アランさんの肌を撫でた。


 魔王だとしてもあんな姿の女の人に責められたら俺……

 てか、見ていてもエロい……

 それどころじゃないのに欲情が沸いてくる。


 いつの間にかヴィクトリアさんは処刑台の上にいた。

 剣をアスモデウスに向けていた。

 アスモデウスは面倒臭そうにゆっくりとヴィクトリアさんに向き合い。


「同じ、あの方の子でもヴィクトリアは要らないの。あたしはアランがいいの」


 ゆったりと喋る様子は体の底から欲情を呼び起こそうとする。

 健全な高校生に見せるようなものじゃない。

 勘弁して欲しい。


「本当にヴィクトリアは嫌い。あの方の愛もアランの気持ちも独り占め……」


 アスモデウスから放たれる光線をヴィクトリアさんは避けるも、処刑台の上から落とされた。


「ねぇ、アラン。あたしはアランが好きなのよ?」


 ヴィクトリアさんを気にする様子もなくアスモデウスはアランさんに抱き首筋に唇を這わせる。

 アランさんはそれを忌々しそうに体を捩り


「離れろ……」


 アランさんは話すことも辛そうだ。

 ヴィクトリアさんの氷がアスモデウスに向かうも氷は闇に解ける。


 どれだけの跳躍力だよ。


 アシュリーの剣がアスモデウスに振り下ろされた。

 剣は掠めることもなく避けられ、アランさんからアスモデウスを引き離すことに成功していた。

 催眠が解けたのかアシュリーに表情が戻っていた。

 マリアさんが隙をつき、アランさんの拘束を解く。


「……どうして、あたしの邪魔するの?」


 アスモデウスのエロい表情が怒りの表情に顔が歪む。


「寵愛のマリアごときがあたしのアランに触るな!」


 アスモデウスの一閃がマリアさんを捉えた。

 避けられそうもない一閃をアランさんが自身を拘束していた鎖で弾いた。


「どうして……」


 アスモデウスがアランさんの行動に動揺している?

 アシュリーがアスモデウスに剣を払い、アスモデウスが後ろに飛び退き空に浮いた。

 そのまま空に浮くアスモデウスにアランさんが


「俺に、触るな!」


 鎖に炎を纏わせてアスモデウスに投げつけ、ヴィクトリアさんがそれに合わせるように氷の雨をアスモデウスに降らせた。

 炎と氷を避けず、悲鳴をあげることもなく、炎と氷を受けたアスモデウスは欲情した視線をアランさんに向け、怒りの表情をヴィクトリアさんに投げる。


 自分の部屋にいた。


 向こうの世界から帰ってきたみたいだ。

 デジタル表記の時計は召喚された日を示し、まだ学校にいるはずの時間を示している。

 はじめて召喚された世界から帰ってくるときのような耳鳴りもなく、兆候もなく戻ってきた。

 また俺の都合関係なく召喚され、都合関係なく戻ってくる。

 アランさんたちは無事なのだろうか?

 心配したとこで俺が向こうに行けるわけでも、なにか出来るわけでもない。

 疎外感とでもいうのだろうか?

 凄くもどかしい。

 俺はベッドに潜り込んだ。

 向こうに行っていた数日間まともに寝ていないせいで眠かった。

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