第10話勇者はアシュリー ―レオ―

 俺はただの高校生だよな?

 決してケモノじゃないよな?

 100歩譲って俺が召喚獣だったとしても、兵士に追われることになるとは思わなかった。

 モンスターの目の前に放り出されるのも勘弁だが、兵士に追いかけ回されることも勘弁だ。

 俺は平々凡々な高校生活を送るはずだったんだけど……

 あれからずっと召喚されずにいたからもう俺はこの世界に来ないと思っていた。

 現実感の強い夢だったと思うようにしていた。

 勇者も見つかったし、もうこの世界が俺に用はないと思うだろう?

 2回も続け様に召喚されてからなんの音沙汰もなかったんだから。


 聖都の様子と、アランさんとどこかで落ち合えないかと探っていたマリアさんが血相を変えて戻ってきた。

 予想していた通り、俺たちは指名手配されていた。


「アラン様の処刑が……金色の魔王の子の公開処刑が3日後と聖都中で噂になっております」


 まさかさ……だって……王子様はアランさんは強いんじゃなかったのか?


「……どうして……」


 ヴィクトリアさんの瞳が涙を堪えて揺れていた。

悔しそうに唇を噛み締め、アシュリーが


「僕じゃ、ダメかな?」


 アシュリーの提案をヴィクトリアさんは反対した。

 他に浮かぶ案もなくアシュリーの案を進めるしかなくても気持ちが追い付いてこない。

 だって、アランさんが捕まってしまったんだぞ?

 アシュリーまでと思うと……

 それでも俺たちはアシュリーに頼むしかアランさんを助け出す案を出せなかった。



 ずっと気になっていることがある。


「金色の魔王の子ってなに?」


 アシュリーを送り出して俺は今回召喚されてから気になっていたことを聞いた。

 どうもその事で追われているらしいが、俺は事情を知らない。


「まだ話しておりませんでしたか?」


 マリアさんが首を傾げた。


「わたくしが話しますわ。

金色の魔王がかつて人の国を治める王であったこと既にマリアから聞いているかと思いますわ」


 それは一番はじめに聞いた。


「その王とはわたくしとアランの父親ですの」


 それって……

 双子は実の親を倒そうとしているのか。

 そんなことってありなのか?

 感情を動かさないように己を律するようにヴィクトリアさんは淡々と語った。


「金色の魔王はわたくし達と同じ金色の髪で青い目をしており、わたくし達は金色の魔王の子と蔑まれておりますの。

 確かに、金色の魔王は実の父親ではありますけど……わたくしたちがなにをしたのでしょうか?

特にアランは父によく似ており、わたくし以上に……」


 ヴィクトリアさんは悲しそうに目を伏せ、青い目を隠した。


「わたくしだって同じ金の髪と青い目を持っておりますのに……

 金の髪も青い目も珍しくないのに、アランはいつも……

 アランは人の為に動いてしまう性分なので余計にですわ」


 ヴィクトリアさんの話は居たたまれなかった。

 親のせいで蔑まれるって。

 双子はなにも悪くないのに……


 時間がくるまで俺はこの世界のことを聞いた。

 神様がいて、天使がいる。

 俺は無宗教だし、宗教って初詣やクリスマスぐらいで身近に感じたことがないからどんなカルト教だよと思うけど、こっちじゃそれが当たり前らしい。

 俺が思うよりもきっと神様が身近なんだろう。

 全てが神様のお導きだっていうならアランさんとヴィクトリアさんの双子は過酷すぎる。

 神様はこの双子にどんな恨みがあるんだ?

 アシュリーだってそうだ。

 全ては金色の魔王が悪いと言ってしまえばそうだけど……

 もう少し救いがあってもいいじゃないか。

 神様ってスパルタなのか、贔屓が激しいのか、ただ見ているだけなのか、一体どんな存在なんだろう。


 金色の魔王を、自分達の親を討とうとしている双子をどうして教皇は処刑しようなんて思えるんだ?

 自分の、実の父親が世界の敵ってだけでも過酷なのに

 そのせいで言葉に出来ないイヤな思いを沢山してきただろに……

 この双子に救いを与えてくれるように教皇から神に祈ってくれたらいいのに。

 偉い人の考えていることはよくわかない。

 だから、偉い人なんだろうけど。

 双子を処刑したってなにも状況はかわらないって俺でもわかるのに。


 夜の深まった時間になってもなにも連絡がない。

 待ち合わせの場所にアシュリーが来ない。

 アシュリーなら教皇の元に行っても無事だと思ったんだけど、どうしたんだろうか?

 アシュリーに城に忍び込む手引きをしてもらうはずだった……

 アランさんだけじゃなく、アシュリーも……?

 悪いことが浮かんでしまう。


「お前たち、そこで何をしている?」


 城の周りを見回る兵士に見つかった。

 俺たちまで捕まる訳にはいかない。

 夜の闇に紛れようとも、兵士は俺達を追ってくる。

 土地勘のない場所で逃げ切るって難しい。

 それだけじゃなく、追ってくる兵士の足が早いんだけど。

 このままじゃ俺たちまで?

 打つ手もなくただ闇雲に逃げていた。

 夜中だし、人目もないけど、それでも人が少なそうな場所を選ぶように走った。

 大きな教会の裏手に入り込んだときに教会の裏の小さな扉が開いた。

 俺たちを招いたのは聖女様だった。

 マリアさんがヴィクトリアさんの腕を引き聖女様に従う。

 彼女は外の様子を伺い、兵士が教会に興味を示さないことを確認し、俺たちに向かい合った。


「アランのことは本当にごめんなさい」


 聖女様は申し訳なさそうに俯いていた。


「まさか公開処刑なんて」


「アランはどうしてますの?それに、アシュリーも」


 ヴィクトリアさんは聖女様の言葉を遮り、詰め寄った。

 聖女様は言葉にしにくそうにヴィクトリアさんから目を反らし


「アランは……牢に繋がれて……」


 ヴィクトリアさんの顔から血の気が引いていく。


「アシュリーが教皇に連れていかれたとこまではわかっていますけど、そこから先は……」


 それって、アシュリー捕まっちゃったの?

 アランさんだけじゃなくて?

 なあ、俺たちなにかしたのか?


「ですが、アシュリーは勇者としての価値を教皇が求めていますので酷いことには……」


「当たり前ですわ!」


 ヴィクトリアさんが声を上げた。


「レオ! どうにか出来ませんの? あなたは『黒焔の獅子』ですのよ」


 そんなこと言われても、俺はただの高校生だし。

 この世界に来たからって無双できるわけじゃないんだ。

 なんの力もないただの人間だから。

 魔法だって使えないんだとよ?

 頭だって平均値を行ったり来たりの平々凡々な男子高校生に期待されても……


「どうしたらいいんですの……」


 ヴィクトリアさんは取り乱していた。

 そりゃ、双子の片割れが処刑されるとなったら心配になるだろう。

 俺だってもし妹がって思ったら……


「私で力になれることはありませんか?」


 聖女様が味方になってくれたらこれほどありがたいことはない。

 でも、ヴィクトリアさんは聖女様を睨み付け


「レイラ様を信じられるとでも思ってますの?」


 聖女様は目線を反らした。

 聖女様は教皇に近い人だからヴィクトリアさんが信じられないのもわかるけど、でも今助けてれたし少しでも味方が欲しい。


「ヴィクトリア様、信じるしかないのでは?」


 マリアさんがヴィクトリアさんを宥め、渋々ながらも同意した。

 それでも聖女様に対する厳しい態度は変わらなかった。


「私も教皇の横暴には驚いてます。あなたたち二人がどれだけ金色の魔王に対して戦果をあげていると思っているのか」


 ヴィクトリアさんは黙って聖女様の話を聞いていた。


「なぜ教皇がお二人の命を奪おうとするのか……私には理解が出来ません」


 マリアさんの言うことは最もだ。

 アランさんとヴィクトリアさんがなにをしたのだろうか?

 俺はこの世界の一場面しか見ていないからわからないことが多いけど、この双子が悪い奴とは思えないんだよな。


「あの教皇のことですから近々アシュリーを勇者と発表するのではないかしら」


 その通りだった。


 朝にはアシュリーが勇者だと正式な発表がされた。

 勇者が現れたと人々は歓声をあげた。

 金色の魔王に怯える日々は終わるのだと、魔族の驚異から助かるのだと喜んでいた。

 民の前に教皇は姿を表し、俺には薄っぺらに聞こえる御高説を述べ、人々は喜んで聞いていた。

 教皇の隣に立つアシュリーはどこか様子がおかしかった。

 表情がないというか、虚ろというか、表情のコロコロ変わるあいつがずっと同じ顔をしているんだ。

 人形のようにただそこにいるだけだった。


 ヴィクトリアさんは怒りを滲ませ


「あれは……催眠術……」


 それって、マズイでしょ。

 ただ捕まっているだけじゃなくて敵ってこと?

 あいつと敵対するとは思ってなかったよ。

 どうしてこうなってしまったんだ?


 このまま明日なにも出来ないままアランさんを……

 お手上げ状態だ。


「明日、処刑台の上にアランが現れた時に襲撃するしかないのかしら?」


 それは警備も厳重で厳しいだろうな。

 でも、もうそれしか思い付かない。

 思い付かないが、それは成功する気もしない。

 それでもやるしかないのか……


 アランさんが明日、処刑台の上に現れる事はわかっているが、アシュリーはわからない。

 あいつが敵としてはだかったら……

 嫌だな。

 そういうことも考えたくない。

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