第9話俺は人間だ ―レオ―

 ここって……

 俺はさっきまで学校の集会に出ていたはずで……

 高校では校長先生の話がない代わりに生徒会長の話なんていう時間があるのかと、欠伸を噛み殺していたはずだ。

 それに豪華絢爛って言葉似合う場所じゃなかった。

 緞帳のような豪華なカーテン、緊張して座っていられなさそうなソファー、誰が描いたのか知らない壁一面の宗教画、行ったことはないけど、きっとヨーロッパの城の部屋ってこうだろうなあって思うような部屋の中に俺はいた。


「彼が『黒焔の獅子』ですわ」


 聞き覚えのある声へ顔を向ければ思った通りの双子たち4人がいた。

 見知らぬ場所に金髪美人の双子の男女、柔和な顔の美丈夫と赤茶けた髪の同じくらいの年の男……

 俺は召喚されたらしい。

 これが夢じゃないことは過去2回の召喚で思い知った。

 ……それでもまだ、どこか半信半疑なとこもあるけどね。

 はじめて召喚されたのはまだ中学生だった頃だ。

 怪我もなく無事に元の世界に戻れたからいいけど、下手をしたら死んでいたんじゃんないのか?

 モンスターとかいちゃうし、魔族とかに街は襲撃されちゃうし、このファンタジーな世界は危険だと思う!

 2回ともちゃんと帰れたからいいけど、今回もちゃんと帰れるんだろうか?

 帰れると信じたい。


 室内で、それも俺をそこにいる偉そうなおじさんに紹介しているってことは命の危険はないんだろう。

 モンスターの目の前に放り出されることしかなかったから安心だ。

 モンスターはやっぱ怖いんだ。

 蛇に睨まれた蛙状態になったって文句は言われないと思う。

 だって、日本の平和ボケした高校生だよ?

 俺に戦うことを要求するあの双子がおかしいって。


「レオ、こちらはこの聖教皇国の教皇ザカライア様と聖女レイラ様ですわ」


 出た! 聖女!!

 ファンタジーな世界にはやっぱりいるんだな。

 さすが聖女様は綺麗だ。

 ヴィクトリアさんとは違って柔らかそうな茶色の髪に若草色と表現した方がいいのだろうか?

 綺麗な緑色の目をしたほんわかとした美人だ。

 この世界には美人が多いのだろうか?


「はじめまして。黒須礼音です」


 この世界での挨拶の仕方なんて知らないんだけど、こんな偉そうな人達に普通の、一般人の挨拶でいいのかな?

 向こうで俺が関わったことがある偉そうな人って体育祭とかで遠目にみる教育委員長とか、なんで来ているのかわからない市議くらいしかないぞ。

 個人で挨拶すこともまずないし。


 おじさん……教皇と聖女様は俺を遠慮なしに見ていた。

 そんなにジロジロと見なくても……俺は普通の人間だから。

 双子のいう『黒焔の獅子』だとしても、獣じゃなくて人間だし。


「あの……」


 さすがに俺だって恥ずかしくなってくるよ。


「獅子の姿はあの一瞬だけなのか?」


 教皇の疑問にアランさんが


「ああ。召喚後レオはいつも人型で過ごしている。召喚者の俺たちの意思とは関係なく勝手に、な」


 なんだよ。

 そんな棘のある言い方しなくてもいいのに。

 だいたい俺は人間だ。


「アシュリーとレオ『黒焔の獅子』の力があれば金色の魔王に対抗出来るだろう」


 アランさんの言葉に教皇は考え事をするかのように黙った。


「アランさん。何度も言うけど、俺は人間なの。ただの……今は高校生だ」


「コウコウ……また訳のわからないことを言って、教皇の前だ。黙ってろよ」


 偉い人の前だから黙らなきゃいけないことはわかるけど、間違いは正しておきたいじゃないか。

 いくら正しても二人は聞いてくれないけど。


「そうだな。傀儡だったとはいえ、あの勇者アリスの息子。大いに期待できる」


 アシュリーの顔が僅かに険しくなった。


「勇者としての活躍期待している」


 教皇はアシュリーに握手を求め、アシュリーは戸惑いながらもそれに応えた。

 教皇はアシュリーの手を離そうとせず俺に


「『黒焔の獅子』は触っても問題ないか?」


 恐る恐る手を伸ばしてきた。

 触るってなんだよ?

 俺は人間だ。

 いくら偉い人でも失礼じゃないか?

 俺はこの人嫌いだ。

 よくわからないはじめて会う人だけど、偉いオトナの人だろうけど、最低限のマナーはあるだろう。

 いくら俺がまだ高校生だからって酷いと思う。

 思春期舐めんなよ。

 人を人として扱わない奴を嫌いになったって文句は言われないと思う。

 双子の俺に対する扱いも酷いけど、あんまりに失礼だ

 いい年をした大人がそんな態度でいいのだろうか。


 俺はアシュリーを引き寄せた。

 偉い人に対してこの態度は頂けないものだとわかっていても、嫌だ。

 教皇は驚き、目を細めた。


「そこの『黒焔の獅子』の力も大きいが、勇者に勝るものもないだろう。次代の勇者を連れてきてくれた。二人には感謝しなくてはいけないな」


 教皇の合図に兵士が俺たちを囲んだ。

 ……えっと、双子はなにか悪さをしていた?

 状況についていけないんだけど、アランさん達はこの人達に協力を求めていたんじゃないのか?


「教皇!?これは一体なんですの?」


 ヴィクトリアさんが強い口調で問う。


「アシュリー殿を勇者として金色の魔王に対抗する旗印となってもらう。忌まわしい金色の魔王の二人の子は民を鼓舞するためにも公開処刑に。『黒焔の獅子』は惜しいが、その『白の書』があればどうとでもなるだろう。いい案だろう?」


 教皇はアランさんとヴィクトリアさんに冷ややかな目線を送った。


「処刑って……この二人はなにも」


 聖女様の言葉を遮り、


「黙っていてもらおうか?聖女に政治的なことは分かるまい」


 襲いかかってくる兵士にアランさんが立ちはだかり、ヴィクトリアさんが氷の矢を放った。

 凍った足元にたじろぎながらも兵士は向かってくる。


「マリア、ヴィー達を頼む!」


 今にも押さえ掛かってきそうな兵士にアランさんは火の玉を投げた。

 アランさんに寄り添おうとするヴィクトリアさんの腕をマリアさんは引き。


「レオ様、アシュリー様行きますよ」


 アシュリーは俺を引っ張り、アランさんがそれに続いた。


「狸親父が……」


 狸って……確かに教皇と狸は似ているけどさ

 後を追ってくる兵士にアランさんは躊躇いもなく火の玉を転がしていた。

 さすが剣と魔法の世界だ。

 火の玉は焦げ目を作るだけで燃えてはいなかった。

 室内で火を使うとかどうかと思うけど、ここでは俺の常識がおかしいのだろう。

 俺達に向かって飛んでくる氷の粒をアランさんが剣を一閃させ防ぐも、鎌鼬によって動きを制限される。


「アランさんが!」


 後方を守るように走っていたアランさんが自身を囮に迎え撃っていた。


「王子様は強いから……レオ、走って」


 アシュリーは振り返らなかった。

 アシュリーだけじゃなくヴィクトリアさんとマリアさんも後ろを振り返らずに走った。

 それは、アランさんを信じての行動とわかっていても俺は彼の無事が気になって仕方がなかった。



「なにが起こっているんだ?」


 追っ手を振り切ることが出来たのは裏通りに逃げ込んで大分たってからだった。

 俺の疑問に誰も答えなかった。

 俺も答えてもらえるとは思っていなかったけど。


「……こんなつもりじゃなかった」


 マリアさんが悔しそうに呟き、ヴィクトリアさんは今にも泣きそうな顔をしていた。

 あれからアランさんと落ち合うことが出来なかった。

 アランさんは強いんじゃなかったのか?

 無事に合流出来るはずじゃなかったのか?

 アランさんのお陰で俺たちは逃げられた。

 だけど、アランさんを城に残してきたせいでみんな沈んでいた。

 今はアランさんの無事を信じるしか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る