第8話なにも出来ないもどかしさ ―アラン―
魔族の襲撃から一晩。
『黒焔の獅子』は凄かった。
最初はマズイと思ったんだ。
体を埋めて震えるレオから黒い焔が縦横無尽に飛び回出して、魔族よりもあいつの焔の被害の方が大きくなりそうで……
どんなに声をかけても、焔は止まらないし、どうしたらレオの力を押さえられるのか解らなかった。
俺達が召喚した手前、俺達がどうにかしなきゃだし、俺達ならばレオを押さえる事くらいなんともないと思っていた。
でも、なにも出来なかった……
自惚れていた。
伝説の召喚獣を使役しようとしたことが悪だったんじゃないかと本当に怖かった……
普段偉そうなこと言ってる手前こんな臆病なことヴィーには言えないな。
だけど、レオは魔族から俺を助けてくれた。
街を救ってくれた。
人の姿から『黒焔の獅子』の名に相応しい黒い焔の鬣を持つ獅子の姿に変わると魔族等をあっという間に倒し、街に広がる火を消したんだ。
本当に凄かった。
これこそ神の偉業じゃないかと思えるくらいだった。
……レオはあれからずっと意識がない。
人の姿に戻るとそのまま倒れた。
なんなんだこいつは?
召喚術者のいうことなんて何一つ聞きはしないし、勝手な説教して、勝手に暴れて……
召喚獣ってこんに扱い難いものなのだろうか?
溜め息が出る。
魔族の襲撃が収まったって街が元通りになるわけじゃないんだ。
建物は倒壊し、怪我人や死者が出た。
アシュリーだって目の前で父親のアルバートを亡くしたようで……
ぶっ倒れたレオの隣でアシュリーは泣きつかれて寝た。
――いや、俺が魔術で寝かした。
見ていられなっかたんだ。
無理矢理にでもアシュリーを旅に連れて行こうとしていた俺だけど、あんなに泣き崩れる姿を見てはいられないよ。
治癒魔術も苦手だからヴィーやマリアのように街の人になにも出来なくて……
俺の見た目もあの父親そっくりな為に余計な恐怖を与えないようにと、ヴィーになにもするなと言われた。
力仕事ですら駄目って、ヴィーは手厳しい。
二人の寝顔を見ていることしか出来ない。
情けないな、俺。
俺にもっと力があればアシュリーに頼ることもないのに。
街の人の役に立てたのに。
アルバートを死なせることもなかった。
魔族の襲撃を許さなかったのに。
父様を……金色の魔王なんてのさばらせることもないのに。
ヴィーだってこんな危険な旅じゃなくてどこかで静かに生活させてあげられたらって……何度も思った。
今だって思っている。
俺は守りたいものをなにも守れない……
国がなくとも王子として出来ることはないのかと頑張ってきたけど、いつも……いつも後手に回ってしまう。
魔族の考えていることなんてわかんないし、あいつら怪我も死ぬことも怖いと思ってないじゃないか思う。
戦に勝つにはまず敵を知れっていうからあいつらを調べてもなにもわからねえんだ。
気味の悪さが増しただけだった。
あいつら一体どこから来たんだ?
俺は今出来ることを精一杯頑張っているんだけど……
どうにもなんねえのだろうか……
「あ――……」
二人の寝顔だけ見ていたら気が滅入ってきた。
金色の魔王てなんだよ?
俺の父親は、そこら辺に転がっている普通の王様じゃないのかよ。
只の王様じゃ駄目だったのかよ。
庶民の父親がいいなんてワガママ言わないから。
金色の魔王だけは辞めてくれよ。
俺、子供の頃父様のこと尊敬していたんだ。
仕事に忙しくて相手なんて殆どして貰ったことないけど、格好良くて、沢山の伝承歌があって、母様と仲が良くて……
自慢だった。
この金髪も青い目も父様にそっくりで……さ。
誰もが誉めてくれた。
今では金色の魔王の子って罵られる原因だけど、ヴィーと同じ父様そっくりの金髪と青い目は嫌いじゃないんだ。
俺は金色の魔王の子になった覚えはない。
俺はレイディエスト王国のクリストファー王の息子だ。
「王子様……?」
アシュリーがボーとした目をしばかせる。
魔術で寝かせた割りに随分と早く起きたな。
やっぱ、ショックが大きいのだろう。
「……アシュリー、もう少し寝た方が……」
アシュリーは泣き腫らした顔で俺を見ると、また涙を溢す。
そう簡単に止まるものじゃない。
俺だって、肉親ではないが旅の中で大事な者の死には何度も触れてきた。
泣けるだけ泣けばいい。
泣いて、泣いて、泣いて思い出に変えていけばいいんだ。
それに、アルバートの死を俺は直接見たわけじゃないからアレだけど、かなり酷かったらしい。
言葉にすることも憚られるって……
慰める言葉なんて浮かばない。
嗚咽を漏らしながら、必死に耐えるように体を震わせるアシュリーを見てられない。
どうしたらいいんだ?
こんな時になんて言葉をかけたらいいのか……
ヴィーやマリアならなにか気の効いた言葉を掛けるんだろうな。
「……父さんはいつも僕を……」
アシュリーが静かに語り始めた。
「体を壊しても僕に……」
しゃくり揚げながら、
「……あんなに優しかった人が……どうして……」
噛み締めるように、
「……どうして……」
俺を睨み付け、
「王様はどうして金色の魔王なんかになったんですか?」
それは俺も知りたい。
どれだけ、何度と思ったことか……
「なんで僕のとこに来たんですか?」
アシュリーは俺から目線を外し、
「……お二人が来なければ……」
なんと言われようとも俺は言葉を掛けられなかった。
だってアルバートはアシュリーのたた一人の肉親だったんだ。
大事な父親だったと俺は知っていた。
理不尽でもなんでもアシュリーの悲しみを俺に投げ付ければいいんだ。
それで……
アシュリーの気は晴れるだろうか?
「……例え金色の魔王でも王子様にはお父様がいて、……血を分けたお姫様が……」
先に続けようとした言葉を飲み込むようにアシュリーは涙を乱暴に拭うと、
「一人にして下さい……」
側を離れて行った。
「……あいつ、一人にしても大丈夫?」
レオはいつの間にか目を覚まいていた。
「だけど、一人になりたいと……」
「……だからって……俺が側に居るわ」
立ち上がり、レオは困り顔で 、
「悪けど、靴貸してくれない?」
そうだ、レオはなんで裸足なんだ?
前と格好が違うが、召喚獣のくせに服を着替えているのか?
レオはまるで人間だ。
獣にように感じたことがなかった。
魔術を齧っている手前、他のものを召喚したことがあるがレオのようなモノはいなかった。
召喚者に文句をいうようなものはいたけど、こんなに勝手に動かないぞ、普通は。
『白の書』だから?
それとも『黒焔の獅子』が特別なのか?
レオは渡した靴を履きながら、
「……なんでアランさんもそんな泣きそうな顔しているんだ?」
なんで俺が泣くんだよ?
俺が泣く理由なんて何もないぞ。
子供でもないし、俺がそう簡単に泣くかよ。
「……まあいいけど、15歳の子供に泣き言っても恥ずかしくはないよ。きっと」
「はぁ?15歳って……」
召喚獣に年齢の概念があることも驚きだけど、『黒焔の獅子』って創世記の聖獣じゃないか。
俺より年下って……
「俺をからかっても面白くないぞ」
レオはキョトンとした顔で、
「どう見ても俺はまだ中学生でしょ? まあいいや」
チュウガク……またよくわからないことを言ってアシュリーを探しに行った。
やっぱり俺はあいつがよくわからない。
『黒焔の獅子』とは召喚獣として使役しても大丈夫なのだろうか?
こんな時代だからこそ、新しい力が必要だと思って……
『白の書』を手にしたのは金色の魔王になる前の父様に渡されたからだけど……レオは魔族じゃないよな?
ダメだ。
一人でいると俺まで気が滅入ってくる。
ヴィー達の手伝いでもしよう。
邪魔でもいいから一人で居たくない。
この金の髪が少しでも隠れるように、青い目が目立たないようにフードを目深に被。
金髪なんてそんなに珍しいモノじゃないのに。
青い目だってほらそこにも居るくらい普通なのに。
どうして俺が金色の魔王の子だとバレるんだ?
みんながみんな父様の知り合いってわけじゃないだろうに。
伝承歌だって顔形がわかるまで詳しく唄わないだろう。
国王だった頃の肖像画だってみんなが持っているわけじゃないのに。
「アラン? 流石にそれはないですわ」
ヴィーは駆け寄ってくるなり俺のフードを浅くした。
「そんなに深く被っては逆に怪しすぎますわ」
ヴィーは微笑みがよく似合う。
きっと、城で暮らしていたら今頃は麗しい姫として皆に愛されただろうに……
「なにか手伝うことは?」
「今はなにも……」
俺が出来ることなんて大したことがない。
わかってはいたが……
「……そうか」
困った顔をしながらもヴィーは手伝いに戻っていった。
そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだ。
ヴィー達の様子をなにもするわけでもなく眺めていた。
手持ち無沙汰の俺は城にいる頃に手習いでやっていた横笛を取り出す。
落ち込んだ時に笛を吹くと気が紛れるんだ。
ヴィーが不安に泣くときも吹いたな。
子供らしくない虚ろな目をして表情を忘れてしまった顔をした子供が集まってきた。
帰る家が燃えてしまったのか、遊ぶ友達が怪我でもしてしまったのか子供達に覇気はなかった。
ああ、俺に力があれば子供から笑顔を無くすこともなかったのに……
少しでも子供が笑えるように陽気な曲を吹いた。
下を向いたままだった子供と目が合い、俺は微笑みを返した。
どうした?
子供は恥ずかしそうに俯いてしまった。
ほら、さっきよりは表情のある顔が増えた。
虚ろな目はそう簡単に変わらないが、興味を引かれた子供の数が増えた。
横笛を吹きながら俺は簡単な陣を組み、花を降らした。
ほら、あの女の子が笑った。
女の子は花好きだもんな。
一人が声を出して笑えば、近くの子に伝染していく。
さぁ、踊ろう。
花が舞う中、俺の拙い横笛だけどさ。
メチャクチャに躍る子供を隣の子供が笑う。
それを真似して楽しそうに子供が踊る。
転べばそれを笑い、手を繋いでも笑った。
俺の笛でこんなにも楽しそうにしてくれてありがとう。
「王子様」
日に照らされたアシュリーの泣き腫らした顔はどこか清々しく、俺に真っ直ぐな目を向けていた。
「僕、一緒に行くよ」
アシュリーはぎこちなく笑みを浮かべ、
「王子様の笛、昔僕に聞かせてくれた時と同じ曲」
母様の好きな中庭で俺の笛でヴィーとアシュリーと一緒に踊ったこと、覚えていたんだ。
アシュリーは幼かったから覚えてないと思っていた。
「あの頃に戻ることは出来ないけど、子供から笑顔を守る手伝いをさせてください」
それは俺たちがアシュリーに言わなきゃいけない言葉だろ。
「アシュリー、これ……」
俺は焼け落ちた工房から見つけた小さなメダルをアシュリーに渡した。
「!? ……王子様……」
あぁ、もう……
泣かせる気はなかったんだ。
今渡すべきではなかったか……
だけど、これはアルバートにとって、アシュリーにとって大事なものだろう。
いつ渡しても泣いちゃうか……
肩を震わせて、溢れる涙で顔をグシャグシャにして、メダルを握りしめた。
「それはアリスの勲章だろ?」
アシュリーは頷いた。
アリスが父様に仕えていた頃に授与されたものだろう。
俺も見たことがあるものだ。
言葉に出来ないのかアシュリーは声を出して泣いた。
俺はアシュリーが落ち着くように背中を撫でた。
「父さんが……母さんの大事な……思い出……って……いつも……」
「そうか……」
視界の端に映っていたレオが消えた。
また突然消えるのだな。
俺はレオにお礼すら伝えてない。
靴、置いて行ったのか。
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