第7話映画の1シーンを見ている気がした ―レオ―

 この世界はファンタジーに溢れている。


 金髪に青い目のあり得ないだろってくらいの美男美女の双子に、赤茶けた髪の俺と同じくらいの年の男。

 この赤い髪だって染めたわけじゃなく、地毛だってわかるくらい自然なんだ。

 もう見た目からしてファンタジーだ。

 それに、アランさんとヴィクトリアさんは魔法? っていうのか火や氷をさっきのモンスターに向けて放っているし、大体モンスターがいるって……


 はぁ……


 俺、寝るとこだったんだ。

 今日は車に轢かれそうそうになるし、よくわからない世界に召喚? されるし、母さんは俺を車で轢いたって騒いでいるし。


 で、寝ようと思ったらまた召喚されたらしい。

 寝間着のスエットはまだいいけど、俺裸足だぞ?

 こんな森のなかなにが悲しくて裸足で走り回らなきゃいけないんだ?


 二人が勇者にしようとしているアシュリーは嫌がっているけど、そりゃ勇者っていえば聞こえはいいけど戦局の最前線配置だもんな。

 それに生け贄にされたって話を聞いたら嫌だよ。

 自分も勇者っていう名の生け贄は嫌だな。


 前回はよくわからないままに帰ることが出来たから今回も……取り合えず俺はまた無事に帰ること出来るのだろうか?


 アシュリーの暮らす街では至るところが燃えていた。

 森を出てすぐ、街の方から煙が上っているからなんだろうと思っていたら、街が燃えていた。

 ファンタジー世界だからこれが普通のことかと思えば、違うらしい。

 なんでもアリの世界じゃないんだな。

 3人は顔から血の気が引いたように青い顔してた。

 特にアシュリーは不安そうにしている。

 そりゃ、自分が暮らす街が火事になっていたら不安だし、心配になるよな。


 俺は今まで15年間幸運なことに災害や火事にあったことがないからTVの中の世界のような感じがあるけど、今俺がいるこの場所では現実なんだ。

 でも、やっぱりどこか遠い世界のような気がするのはなんでだろう?


「アラン様、ヴィクトリア様!」


 赤い炎に蹂躙される街の中から、火の粉を避けるように剣を剥き身で持ってマリアさんがこちらに走ってきた

 どこか切羽詰まった様子だったマリアさんは俺たちの無事に安心したと微笑んだ。


「これは何事ですの?」


 ヴィクトリアさんは厳しい口調で聞いた。


「お二人がアシュリー様を追いかけて街を出てすぐに魔族が攻めて来ました」


 隣に立っていたアシュリーの息を飲む音が聞こえた。


「民の避難を優先させているのですが、魔物の数も多く全てに手が回らない状況です」


 マリアさんは僕の方にも目線を寄越し協力を求めた。

 そんな風に協力求められても……俺には無理だよ。


「……父さんは?」


 アシュリーは震える声で聞いた。


「避難するようには伝えましたが、私も兵に手を貸している状況でして……」


 申し訳なさそうにマリアさんは目を伏せ、言葉の続きを聞かずにアシュリーは走り出した。


「アシュリー? 待って!!」


 声を掛けるも聞くはずもなく走っていくアシュリーを見失う訳にはいかないと思い俺は追いかけた。

 こんな火事の中でアシュリーを一人にしたらマズイだろ。

 だって……真っ青な顔して体が震えていたんだ。

 家族のことを心配するのは当たり前だと思うし、只の中学生に街の人達の避難で力になるどころか足手まといにしかならないだろう。

 魔術を使えるあの二人の方が役に立つ。


 それならアシュリーを一人にしないようにした方がいいだろう。

 さっき出会ったばかりの相手だけど、この世界では数少ない俺の知り合いだし。

 少しでも関わりのあった相手の不幸って……

 あんまり気分のいいものではないしね。


「待て!アシュリー」


 声をかけたところで止まってくれるわけもなくアシュリーは走った。

 ほぼ全速力なんだけど……

 あいつこんなに足が早いのか。

 さっき森の中で走った時よりも早くないか?


「やっと……追い付いた……」


 息が上がって苦しいけど、そんな場合じゃない。


「……工房が……」


 煙に目が染みる中必死に追い付けば、アシュリーは炎が上がる建物の前にいた。

 建物を見上げ、炎に照らされた顔は涙が伝っていた。


「父さん……?」


 アシュリーは涙を拭うと建物を睨み付け。


「ダメだって!」


 炎の上がる建物に飛び込もうとするアシュリーを押さえた。

 こんな炎の中に飛び込んでいったら只じゃ済まない。


「離せ! 離せよ!!」


 小柄なくせに凄い力で暴れるんだ。

 このまま離したら本当に危ない。


「ダメだ。アシュリー危ないだろ」


「離せ! まだ父さんが中にいるかもしれなだろ!?」


 こんな炎に包まれた建物の中に人がいるわけがない。

 中にいたとしても助からない。

 今から中に入ったらアシュリーだって無事じゃ済まないだろう。


「落ち着けよ!こんな火の中じゃ助からない!」


「だけど、父さんが……」


 急に力の抜けたようにアシュリーは項垂れた。

 肩を震わせて、地面に頭を打ち付けてアシュリーは声を出して泣いている。


 でも、まだアシュリーの家族が死んだって決まった訳じゃないんだ。

 アシュリーの家? が燃えたってだけだ。


「……アシュリー」


 俺の声と重なるように高笑いが聞こえた。

 どこの馬鹿だよ?

 こんな時に馬鹿笑いしてるやつはどこだ?


 ふざけてる……


 アシュリーが目を見開いて屋根の上を凝視していた。

 流れる涙を気にすることもなくじっと見ている先に人? がいた。

 こめかみの辺りから角が二本生え生気の失せたような顔をした男は炎を気にすることもなく屋根の上にいた。


 あれが、マリアさんの言っていた魔族か?

 魔族らしき男の手には首があった。

 はじめて見る生首に俺はどこか映画の1シーンを見ている気がした。

 現実味を感じなかった。


「……父さん……?」


 え?


 アシュリーの呟きに魔族は首を俺たちに見せるように持ち変えた。


 アシュリーは動きを止めた。

 涙だけが流れ、アシュリーの顔にはなんの表情も無かった。


 それって……

 あの首はアシュリーの父さんなのか?

 そんなことがあるなんて……


 アシュリーが声を上げた。


 叫び声ともいえる泣き声……


 悲しみが……怒りが伝わってくる。

 アシュリーの父さんに対する想いが直接俺の中に入ってくる。

 涙が勝手に出てくる。


 どこか他人ごとだったこの魔族の襲撃……

 それがなぜか今現実味を帯びて俺の中に入ってくる。

 アシュリーの悲しみと憎しみ、怒りが俺の中で暴れる。

 例えるなら……焔……ライオン?

 意思を持った焔が俺の中から外へ出ようと暴れてる。

 ……ダメだ。

 これを外に出したらいけない気がする。

 どうしたらいいんだ?

 感情のコントロールが……

 泣きたくて、恨めしくて怒りでなにかを破壊したくなる……


 魔族が首を掲げ、顔を楽しそうに歪め、その首を黒い灰に変えた。

 手ぶらになった魔族はアシュリーに魔術弾を放った。

 アシュリーに当たることもなく魔術弾は霧散し、魔族は高笑いを上げた。


 なんであいつはあんなにも楽しそうに笑うんだ?

 普通攻撃を外したら悔しいものじゃないのか?

 アシュリーは憎しみを込めた表情で睨み付けると、ナイフを投げ魔族の額に命中させた。

 魔族はナイフを投げたアシュリーを見るでもなく笑い続け体を灰にした。


 アシュリーは声を上げて泣き続けていた。

 あの魔族を倒したくらいで落ち着くわけないよな……


 アシュリーの……俺の中で暴れる感情が大きくなっていく。

 俺は踏鑪を踏みながら後ずさり、アシュリーから距離をとった。

 なぜかアシュリーから離れないといけないと思ったんだ。

 このままじゃ俺の中のこの焔のライオンがアシュリーを傷つけると感じた。


 もう、押さえることが苦しくて……

 でも、外に出したらマズイ事だけはわかって……


 俺の中から漏れた黒い焔が赤い炎を飲み込み、火に油を注いだような爆発で辺りを焦がした。

 近くにいたモンスターを黒い焔が襲いかかり、逃げ行く人にまで黒い焔は牙を剥いた。


 誰でもいいからコレ、どうにかしてくれないかな?

 本当にヤバイ……

 意識まで持っていかれそうだ。


 視界の端に双子が映った。

 黒い焔からアシュリーを守り、アランさんとヴィクトリアさんが俺に何かを言っている。


 ……何を言っているんだ?

 聞こえない。

 もっと大きな声で話してくれよ。

 こんな火事の騒ぎの中じゃ大声でなきゃ聞こえないよ。

 そんな蚊の泣くような声じゃ聞こえるわけなだろ?


 俺の様子に気がついたアシュリーが俺に手を伸ばしてきた。


 ダメだ。

 俺に触ったらアシュリーが只じゃ済まない……

 火傷で済むようなものじゃないんだ。


 ……なんで?


 どうてそんな怖いものを見るような顔で俺を見るんだ?

 どうしてそんな恐怖に怯える表情で俺を見るんだよ?

 俺……アシュリーになにかしたか?

 そりゃこんな黒い焔撒き散らしていたらアレだけど……


 俺の両手が黒い焔に包まれていた。


 ……あぁ、これじゃあ怖くて当たり前だ。


 急に自分が冷静になっていくのがわかった。

 あんなにも悲しくて、憎しみ、怒っていた感情が落ちついていく……

 あの激しかった感情が他人事に変わっていく。


 俺の中で暴れていた黒いライオンが静かになっていくように辺りに振り撒いていた黒い焔が小さくなっていった。


「……レオ?」


 恐怖が薄れたのかアシュリーが俺に声をかけてくれた。

 俺がアシュリーに顔を向けると、アシュリーはぎこちなくも微笑んだ。


 ……そんな無理に笑わなくていいのに。

 大事な人が亡くなってすぐそんな風に人を労れるアシュリーって……

 俺なんか感情をコントロール出来なくなっていたから……

 なんか恥ずかしい。


「レオ? ……レオですのよね?」


 ヴィクトリアさんはあからさまに狼狽していた。

 コレって心配してくれたんだよね?

 美人に心配してもらえるなんて俺、はじめて召喚されてよかったと思ったよ。

 まだ、怖がって近づいてはくれないけど、それでいい。

 まだ俺の中の黒いライオンが落ち着いているわけじゃない。

 いつ牙を剥くか、暴れだすかわからないんだ。


 アランさんの後ろに煙に紛れて魔族が近づいた。

 誰もが俺に気を取られていたせいで気が付くことに遅れた。

 間一髪魔族の攻撃をアランさんは避けることが出来た。

 魔族は憎しみの表情を隠すこともなくアランさんにその禍々しい爪を振り下ろし、アランさんは頭の上で受け止め、剣で力任せに弾いた。

 もしも爪がアランさんに届いたらと思ったら……


 俺の中の黒いライオンが押さえも効かず飛び出した。

 黒い焔が俺の中でライオンを起こし、俺の感情だったそれは俺の意思とは関係なく外へ飛び出し、暴れ出した。


 アランさんに攻撃を仕掛けた魔族に黒い焔が襲う。

 街で好きなように暴れていた魔族とモンスターが黒い焔に包まれ、火の海と表現出来る街の火事に黒い焔が降り注いだ。

 黒い焔でライオンが遊んでいるかのように街で黒い焔が踊っていた。

 黒い焔は魔族と魔物だけに襲いかかり、それを街の人は見ていた。


 見ていた……


 うん、俺はその様子を見ていたんだ。


 黒い焔は俺の意思を乗せ、黒いライオンが俺自身で、俺という存在が『黒焔の獅子』だとその時は認識していた。


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