第6話助けてくれた人は召喚獣? ―アシュリー―

 ねぇ、神様。

 神様が本当にいるんだったら教えてよ。

 なんで金色の魔王が復活したんだ?

 なんで母さんが死んだせいで金色の魔王が復活したって言われるんだ?

 なんで全部母さんが……僕たちが責められるんだ?

 病で死んだ母さんをどうして責められるんだ?

 戦って負けた訳じゃないのに……


 ん?

 なんだろう?

 なんだか嫌な気配がする……

 囲まれているような……獣?

 足音もなく、息遣いもない……

 獣がこんな日の明るい時間に、こんな森の浅い場所で人に敵意を向けてくるなんて……

 視界の端で黒い影が動いた。

 まさか……魔物?!

 どうしよう……

 黒い影がはっきりと姿を現した。

 まずい……

 慌てて出てきたせいで護身用の武器持って来てない。

 素材採取用のナイフだけで魔物に太刀打ち出来るだろうか?

 ……でも、どうにか逃げ切らなきゃ。


 なんで、僕ばかり……

 僕がなにをしたっていうんだ?

 今日は厄日だ!


 魔物が一斉に向かって来た。

 こんな数の魔物、ナイフだけでどうにかなるかよ!

 持っていた籠を目の前に向かって来た魔物に投げつけ、怯んだところをナイフを払い、魔物の囲いから抜けた。


 せっかく集めた素材だったのに。

 でも、命には変えられないし。

 もうやだ。


 僕は走った。

 魔物から逃げるために走った。

 森を抜けることが出来れば助かる可能性があがる。

 ナイフだけで魔物と対峙出来るかよ。

 魔物が放ってくる魔術弾をどうにか避けながらも走った。


「うわっ」


 木の根に足を捕られ転んだ。

 くそっ

 目の前に落としたナイフを拾い、顔を上げれば目の前に魔物が放った魔術弾が迫っていた。


 ダメだ。

 もう終わりだ。

 ……父さん。ごめん。

 僕は歯を食い縛り衝撃に備えた。


 被弾の爆風も衝撃もなく、大きな音と共に男の悲鳴が聞こえた。


 僕の前に真っ黒な獅子がいた。

 黒い鬣は焔のように揺めき、その艶やかな黒い毛皮は……

 あれ?

 さっきまで目の前にいたはずの黒い獅子は飾り気のない黒い格好をした僕と同じくらいの年の尻餅をついた男に変わっていた。

 幻……?

 瞬きした間に獅子は消えた?

 なんで?

 彼はどこから現れた……?


「またかよ……」


 彼は小さく呟き、尻を叩きながら立ち上がった。

 彼は僕に気がつくと、手を差し伸べてきた。

 一体誰だ?

 木から落ちてきた?

 亜人……エルフ?

 獣人?

 ドワーフ?

 ……魔族?

 でも、嫌な気配はない……

 さっきの獅子はなに?


「大丈夫? てか、逃げないとヤバくない?」


 彼はどこか緊迫感の薄い話し方をしていた。


 そうだ!


 魔物に追われていたんだ。

 逃げないと!

 僕は彼の手を借りて立ち上がり、再び彼と一緒に走り出した。

 彼は裸足でどこか走りにくそうにしていた。

 魔物は僕たち二人に向かって魔術を放ってくる。

 僕たちに魔術弾が届く前に黒い炎に打ち消されていく。

 あれって……?

 僕は身体強化ぐらいの魔術しか使えないから、この人があれやってるんだよね??


「なあ、あれはなんなの?」


 そんなこと聞かれたって、魔物以外になにがあるんだ?

 どうして襲われているかなんて聞かれたって、僕が知るわけがないじゃないか。

 魔物は人も獣も関係なく、生き物を見つけると襲いかかってくる。

 そこにどんな訳があるかなんて僕は知らない。


「どうにかならないの?」


 どうにかって……

 僕、襲われているんですけど……


「レオ、どうして攻撃しないんだ?」


 森を抜けてすぐ青い目が光った。

 王子様?

 なんでここにいるんだ?

 王子様に向かっていった魔物を剣を払うように倒した。

 氷の刃が魔物達に向かい、殲滅していく。

 お姫様が弓を引き魔物に対峙する。


「アランさん? ってもしかして、やっぱ、俺は召喚されたってことか?」


 王子様にレオと呼ばれた男は困惑を浮かべていた。


「また、夢の世界か……」


 彼は聞こえるかどうかの小さな声で呟いた。

 詰め寄る王子様にレオは本当に困った顔をしていた。


「御無事ですか?」


 魔物を相手していたお姫様が僕に声をかけた。

 僕の様子を見てお姫様は安心したように微笑んだ。


「ありがとうございます。あの……」


 彼のこと聞いてもいいのかな?

 王子様の知り合いのようだし、彼のお陰で助かった面もあるから……それに召喚ってなんだ?


「ああ、彼は『黒焔の獅子』創世の聖獣ですわ」


 聖獣ってどう見ても人なんだけど……

 それともさっきの黒い獅子のこと?

 それとも僕の知らない亜人種?

 それとも聖獣ともなれば人の姿も当たり前なのか?


「アシュリー。わたくし達は『黒焔の獅子』を召喚することが出来るようになりましたの。この『黒焔の獅子』の力があればあの金色の魔王に対抗出来ますわ」


 それって……


「だからその……」


「お姫様。僕はなんの力もない只の人間です」


 僕はお姫様の言葉を遮って話す。


「アルバート・ブルームの息子、アシュリー・ブルームです。母さんの……トワイニングの家名は捨てたんです」


 お姫様は僕を真っ直ぐに見据えている。


「僕に勇者は務まりません。あんな魔物に逃げることしか出来ない僕じゃ無理でしょ?」


「それはまだ、あなたが力の使い方を知らないから……」


 どうして僕を放っておいてくれないんだ?

 僕は勇者アリスの息子だってたけじゃないか。


「だから、僕は一緒に行かない!」


 僕の声にお姫様を驚かせてしまったみたいだ。

 そんなに大きな声を出したつもりはないけど……


「ヴィクトリアさん。どうしたの?」


『黒焔の獅子』が僕たちの様子に声をかけた。

短く刈り込んだ黒い髪に、真っ黒な目、なにも飾り気のない上下同じような素材の黒い服に裸足、本当に僕らと変わらない人に見える。


「レオ、彼はアシュリーです。前に話した勇者アリスの息子ですわ」


 お姫様に紹介され、『黒焔の獅子』は僕に向かい


「俺は黒須怜音。怜音って呼んで。『黒焔の獅子』は勘弁だ」


 ほら、やっぱり人にしか見えない。

 この双子は一体なにをしたんだ?

 それとも聖獣ってこういうもんなのか?


「レオ? ……あの、さっきはありがとう」


「俺はなにもしてないし、なにも出来ないよ?」


 レオは人のいい笑顔を浮かべていた。


「勇者ってやっぱ普通なヤツなんだな」


 レオも僕を勇者扱いか……

 まあ、あんな紹介されたらそうなるよな。

 僕を、母さんを知っている人はみんな僕を勇者として扱う。

 けして僕を見ている訳じゃなく、勇者アリスの息子って記号だけで僕を見るんだ。


「……僕は勇者じゃない……」


 レオは僕の呟きに


「やっぱ、人の話を聞かない双子だな」


 ……え?


「俺もこの話を聞かない双子には困ったんだ」


 レオの言葉にお姫様は否定をするけど、レオは気にもせず


「俺なんてケモノ扱いだよ?」


 おどけた話し方をする。


「詳しくは知らないけど、アシュリーは勇者嫌なんでしょ?」


 ……勇者が嫌?

 嫌なのかな?

 なんだろう?

 ちょっと違う気もする。

 勇者の重圧が重い。

 僕じゃ務まらない。

 きっと期待を裏切ってしまう。


 僕はレオの言葉に頷いた。


「嫌がっている相手に勇者押し付けても仕方ないだろう」


 レオは僕を庇ってくれるのか?


「嫌がったってアシュリーはあのアリスの息子なんだ

ぞ。」


 王子様の言葉にレオは大きく息を吐き


「なあ、嫌がる奴を戦いに駆り出してもそいつは戦力にならないんじゃないか? 下手したらすぐ死んじゃうよ?」


 僕は死にたくない。

 父さんを残して死ねない。

 父さんは僕の為に……

 僕はこれから沢山親孝行するんだ。

 王子様とお姫様みたいに敵が父親じゃないんだ。

 きっと、この二人には親孝行なんてわからないだろうな。


「それでも、俺達やアシュリーには生まれた家の責任ってヤツがあるんだ」


 王子様の言葉にレオはあからさまな嫌悪を見せた。


「なんだソレ? 随分と封建的なんだな。それともお前らは親を選んで生まれてきたとでもいうのか?」


「親を? そんなわけない……選べるなら俺たちはあんな父親選ばねえよ……」


 王子様は俯き、顔をあげると


「それでも俺は金色の魔王を倒さなきゃいけないんだ」


 僕の方へ強い意思を持った青い目を向け


「その為にはアシュリーの力がどうしても必要なんだ」


 ……どうして王子様はこんなにも勇敢なんだろう?


 僕は母さんとは違ってなんの力もない。

 僕を庇ってくれた父さんを一人にはしたくない。

 僕は只勇者アリスの息子ってだけで……どうして?


 ……僕は金色の魔王に立ち向かうことが怖いだけ?


 僕の力が役に立つならって思ったことが無いわけじゃない……


「……誰かが立ち向かわなくてはいけないならば、わたくしがいきますわ。アシュリーは悔しくないのですか?」


 どうしてお姫様の青い目はそんにも澄んでいるんだ?


「生け贄に甘んじた傀儡の勇者。あなたのお母様は蔑まれるような人じゃないでしょう?」


 母さんは立派な人だったって父さんが言っていた。

 今は金色の魔王となったかつてのレイディエストの王様の側近だったと、誰もかなわない剣と魔術の使い手だったと、誰よりも強かったと。

 僕もいくつか母さんの伝承歌を聞いたけど、誰かに後ろ指を刺されるような人じゃないってわかるよ。


 でも……


「そんなにすぐ答え出さなきゃいけないのかよ?」


 レオは僕の肩を叩いた。


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